揺れる甲板で脚をふんばり、腰を落として武器を構える。まるで天地をひっくり返したような振動の中、誰の目も皆、一様に獲物を見据えていた。その瞳に狂奔にも似た興奮の色がありありと浮かぶ。  今、この龍撃船にいるのは四人の狩人と三匹のネコ。その誰もが恐れを忘れて声をあげる。 「コウジンサイ様っ、突っ込んできます! 舵を切って、このままでは――」 「なんのなんのぉ! このままっ、ブチ当てるのみっ! 振り落とされるでないぞっ」  龍撃船の横っ腹へと向かって、身を翻したジエン・モーランが突っ込んでくる。その雄々しく猛々しい一対の牙が、砂を掻き分け突進してきた。だが、コウジンサイは避けるどころか舵輪を回して船を寄せてゆく。  オルカはアズラエルと再度命綱を確認すると、手近な手すりにしがみついた。  直後、激震走る。 「乗り上げたっ!? これはもしや――」 「チャンス、ということになるでしょうね」  こんな時でも嫌に冷静なアズラエルが、バリスタのトリガーを引く。ワイヤーが尾を引き幾重にも飛び交って、甲板上に乗り上げてきたジエン・モーランへと絡まっていった。  そしてコウジンサイの巨躯がずしゃりと降りてくるや、背の太刀を抜き放って声を荒げる。 「ミヅキ、船を頼む。どぉれ、一太刀馳走してくれよう! いざっ、参る!」 「参る、ってまさか……え、アズさんも? だってこれ」 「そのまさかですよ、オルカさん。さ、参りましょう」  船体にジエン・モーランを縛り付けた……と言えば聞こえはいいが、圧倒的な質量差に長くは持ちそうもない。それでも苦しげにジエン・モーランが身を揺すれば、それだけで龍撃船はギシギシと嫌に軋んだ。下手をすれば船ごと砂の渦に沈められる、そういう危機感がしかしオルカは不思議と心地良い。変に高揚した気持ちが、妙に急いて恐怖を忘れさせた。 「どうした小僧、ぶるったか? なに、笑いはせぬよ……対巨龍爆弾を持てぃ! ゆくぞっ」  颯爽とコウジンサイが、甲冑の重さも感じさせぬ足取りで牙に飛び乗る。そのまま器用にジエン・モーランをよじ登ってゆく背中に、当然のように臆した様子もなくアズラエルも続いていた。 「オルカさん、お気をつけて! わたしは舵を切りつつ援護しますっ」 「うん。じゃあ……ちょっと行ってくる!」  船尾に寄せてあった対巨龍爆弾をオトモから受け取るや、オルカも身を躍らせる。  降り立ったジエン・モーランの背中の揺れは、龍撃船の比ではなかった。 「小僧、爆弾は牙に置けぃ!」 「はいっ!」  互いに声を張り上げても、その言葉が上手く聞き取れない。吠え荒ぶジエン・モーランは遂にワイヤーを振り切るや、オルカ達を乗せたまま再び砂の海へと身を翻した。その背に揺られながらオルカは、自分が乗ってきた龍撃船が小さくなってゆくのを見る。  ミヅキは懸命に矢をつがえては射掛けながら、舵輪に飛びつくや全体重をかけて面舵を切っていた。 「爆弾よしっ、点火! ……あとはっ」  巨大なタルを牙の上に結びつけて、安全ピンを抜く。この規模の大きさになると導火線は不要で、原始的だが時限装置がついている。その作動を確認するやオルカは走り出した。背中で牙がへし折れる音と、それを飲み込む火薬の炸裂を聞く。  ジエン・モーランは身をよじって吠えながら、背の三人を振り落とそうともがいた。 「ジエン・モーランは氷に弱いって話だ……ならっ!」 「任せるっ! ワシは後に風穴をあけてやるわいっ! ガッハッハ、楽しいのう!」  ガシャガシャと遠ざかるコウジンサイを見送り、オルカは目の前の岩盤のような甲殻にスラッシュアクスを突き立てる。氷牙竜ベリオロスの素材から作られた剣斧は、その凝縮された冷気を刃に霜と浮かべて突き立った。肉質は、意外と柔らかい。だが、斬っても斬ってもその甲殻は手応えがなく、ダメージが通ってる気がしない。  がむしゃらに武器を振り回すオルカは、自分の体力がどんどん奪われていることに気付いた。  だがどうだろう、このジエン・モーランは衰えた様子もなく、再度龍撃船へと体当たりを敢行する。 「くっ、どうすれば……確かにあってる筈なんだ、ここを攻撃すれば」  だが、剣斧に内蔵された劇薬のビンが圧縮限界に達するほどに振り抜いても、ジエン・モーランの甲殻はびくともしない。  焦るオルカの背中をその時、ずるりと緊張感に欠く抑揚のない声が撫でた。 「オルカ様、そういう時こそこれを」 「アズさんっ! ありがとうっ、こういう時こそそう、これを――って、アズさん!?」  アズラエルが渡してきたのは……ピッケルだった。  思わずそれを全力で振り上げたところで、オルカは固まり背後を振り返る。そこには、両手に山ほど甲殻や鱗を抱えたアズラエルが立っていた。そう、平然と立っていた……恐るべきバランス感覚と足腰の強さ。加えて言うなら、一流のモンスターハンターとしての体幹の良さがその立ち姿からは見て取れた。  そのアズラエルだが、悪びれた様子もなく真顔で、 「素材がこんなに剥げますよ。さ、オルカ様も」 「い、いや、その……あのさ、アズさん」 「どの道これは私達で狩ります。ならば、素材はできるだけ多く持ち帰りたいですね」 「ま、まぁそうだけど」  どこからその自信は来るのだろう。アズラエルは平然とオルカに採掘ポイントを指さすや、素材をポーチにしまい込む。同時に脱槍して身構えると、その凍れる無表情はひときわ冴え冴えと鋭い目付きになった。 「ここの破壊は私が引き継ぎます。さ、オルカさん。素材を掘ってきてください」 「う、うん。でも」 「コウジンサイ様なんか、ピッケルグレートを持ち込んでましたよ」 「そ、そうなの!?」  仰天のオルカはしかし、変に力んだ身体も焦る気持ちもほぐれてゆくのを感じる。  アズラエルは槍を構えると気迫一閃、強烈な突きを連打して甲殻を削り始めた。  言われるままにオルカがピッケルを示された場所に突き立てると……出るわ出るわ、ぼろぼろと、 「……アズさぁーん! シープライト鉱石しか出ないんだけどっ!」 「まあ、そういう時もありますね」 「そんな気したんだよな。……ま、あって困るものでもないけどね」  両手に余るくらいのシープライト鉱石をポーチにしまい込み、再び構えた武器を変形させる。  しばらく水没林で採取に勤しむ必要は無さそうだ。 「アズさんっ、俺も手伝うっ!」 「お願いします。もう少しだと思うんですが――」  上段に構えた武器を、真っ直ぐに振り落とした、その時だった。ステップで場所を開けてくれたアズラエルに合わせて、全体重を乗せてオルカが斬りかかる。目の前の甲殻にひびが走り、それはやがてその付近一帯へと広がっていった。  すかさず返す刀で剣斧を突き立て、力いっぱい押しこむと同時にオルカはトリガーを引き絞る。  開放された強撃ビンの属性が、目の前にそびえていた巨大な壁を木っ端微塵に砕いた。 「やりましたね、オルカ様」 「うん、この下は……もっと、肉質が柔らかいっ!」  剥き出しになったジエン・モーランの傷口に、ありったけの力で武器をねじ込む。オルカを援護するように、その周囲をアズラエルが丁寧に削りとった。人一人がすっぽり入れる大きさに掘った穴の中で、汗と砂にまみれてオルカが武器を押し込む。  力を込めるたびに足元が揺れて、ジエン・モーランの吼える声は先程よりも弱々しい。 「ここが弱点っ! ならっ――」  再び属性解放のトリガーに人差し指を置いた、その瞬間だった。  一際激しく足元が揺れるや、バランスを失ったオルカは放り出されて宙を舞った。アズラエルも同時で、二人は落とされたと感じた次の瞬間には命綱を握っていた。腰に結わえたそれは、龍撃船へとつながっている。  砂へと叩きつけられ何度もバウンド、そのまま流れに埋もれて溺れそうになりながらもオルカは必死で綱を握った。  そんな彼を小脇に抱えるアズラエルも、普段の余裕が顔から失せていた。 「みなさんっ、今引っ張り上げます!」  ようやく砂の上に顔を出したオルカは、龍撃船の船尾と、そこに立つミヅキの姿を捉える。狩りはまだまだこれから、落とされれば再びよじ登り、振り落とす力がなくなるまで痛めつける。そういう覚悟でロープを握るオルカは、アズラエルの小さな呟きを耳に拾った。 「……コウジンサイ様? なにを」  不意に、ミヅキの背後にコウジンサイが立った。手練の老将は恐らく、首尾よくジエン・モーランの背を破壊して一足先に船に戻っていたのだろう。だが、様子がおかしい。 「あっ、コウジンサイ様っ! 今二人を引っ張り上げま――」  その時、オルカは信じられないものを二つ見た。  一つは、ミヅキを片手で軽々と抱えるや、船尾から放り投げるコウジンサイ。  そしてもう一つは……命綱へと刃を振り下ろすコウジンサイを見て、瞬発力を爆発させたアズラエル。  オルカは握る綱の手応えが失せるや、錐揉みに転がってくるミヅキと団子になって砂に沈む。辛うじて視界には、船内へ消えるコウジンサイの背中と、それを追って龍撃船によじ登るアズラエルが見えた。それも今、ジエン・モーランと共に急激に遠ざかる。 「助太刀御苦労っ! このコウジンサイ、大恩あの世でも忘れぬ。最後は年寄りに任せい」  死ぬ気だと直感した時にはもう、龍撃船は怒りも顕に荒ぶるジエン・モーランへと吸い込まれていった。  砂丘の彼方へと消えるジエン・モーランと龍撃船……ようやく砂を掴んでミヅキを引っ張りあげ、自分の脚で立ち上がったオルカは聞いた。竜骨がへし折れ船体がひしゃげる音を。轟音と共に響く、ジエン・モーランの悲痛な声を。  あっけにとられるオルカを、地から離れた太陽の弱々しい朝日が照らしていた。