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 多くの移民達で賑わう、夕暮れ時の山猫亭。その古く小さな宿屋兼酒場はいつでも、まるで厳しい食料統制が嘘の様に、酒と料理で満ちていた。
 この店に来る度、エディン=ハライソはしみじみと実感する…普段は忍耐に抑圧されている、人間本来の活力と生々しさを。その迫力に圧倒されながらも彼は、おっかなびっくり人混みを掻き分け進んだ。
 ここでは誰もが屈託無く、日常を忘れて酒に酔いしれる。ある者は仕事の憂さを晴らし、またある者は家庭の悩みを吐き出す。このパイオニア2船団では誰もが、未開の新天地を夢見つつ、こうして時々息抜きをしながら暮らしていた。

「相変わらず混んでるな…っと、居た居た。あっちゃー、一人かぁ」

 カウンターの右から三番目。そこは常に、彼女だけの特等席で。今も目を向ければ、愛用のセイバーを分解整備する、その無表情だが真剣な横顔を窺う事が出来た。
 外装を外して、フォトンドライブを露出させる。そこから触媒となる石を取り出し、丹念に磨いてゆく…黙々と作業する彼女に、思わずエディンは声を掛ける事が躊躇われる。だからずっと、行き交う人の流れに立ち尽くして、黙ってその小さな手を、細い指を眺めていた。

「おいおい、エディン?そんな熱っぽい視線を送る、手前ぇはまさかロリコンか?ああ?」
「うわっ!な、なんですかフェイさん、脅かさないでくだ…酒臭っ!」

 不意に馴れ馴れしく、一人のレイキャシールが肩を組んできた。黒い長身から放たれる、からかうような視線と、アルコールの臭いがエディンに絡み付く。
 彼女の良く響く大声に、酒場のアチコチから飛んでくる悪態と挨拶。陽気に振り向き答えながら、フェイと呼ばれたアンドロイドの女性は、自己主張の激しい肉体をエディンへ密着させてもたれ掛かった。既に彼女はもう酒気に酔い、その目は薄っすらと潤んでいる。
 フェイが凄腕の古参レンジャーだとは、今でもエディンには思えない。まして、ハンターズ仲間の間では"ブラックウィドウ"の異名で知られる有名人だとはとても。そう、その実力を何度も見せ付けられても。

「浮気は良くねぇな、それじゃーオレとしてはアレだ、手前ぇの恋路を応援出来ねぇだろーが」
「そ、それは…って、これから仕事なのに飲んでるんですか。まったく」

 フェイの良く響く声に、指定席のハニュエールは振り向いた。
 向けられた大きな、紫色の双眸と目が合うエディン。瞬き一つせずに自分を見詰める瞳に、思わず彼は萎縮してしまった。
 だが、妙な緊張に強張る頬に笑顔を命じて、絡むフェイを引き剥がすと。エディンは間近に歩み寄ると、努めて気さくに声を掛けた。

「こ、こんちわ!今日も熱心ですね。やっぱりハンターズにとっては、自分の武器は大、事…」

 エディンの挨拶に応える声は無く。ニューマンの少女は、エディンと、その隣で笑いを噛み殺してるフェイを交互に見やると…そのまま無言でカウンターに向かい、再び作業に没頭し始めた。
 引きつった笑顔のまま硬直したエディンは、フェイが堪えきれずに笑い出すと同時に溜息を一つ。

「僕、嫌われてるんですかね…まだ一度も話した事無いんですけど、アンセルムスさんと」

 少女の名はラグナ=アンセルムス。それだけが唯一、エディンが知る彼女の確かな事。

「ばっか、ラグナは常にあーなんだよ。ま、腕が立つから別に構ゃしねーけどな」

 エディンの背中をバシバシ叩いて、フェイは豪快に笑いながら離れると。ラグナの隣に遠慮無く腰を降ろし、その無造作に短く刈られた頭をワシワシと撫でた。
 すぐさま小さな手が払い除けたが、お互いに気を悪くした様子も無く。二人のハンターズはカウンターに並んで、リーダーがクエストを受注してくるのを待つ。

「入るチームを間違えたかな、僕…まったく、ハンターズって奴は。でもなぁ」

 エディンは大小並んだ二つの背中を眺めて、落胆の表情で肩を落とした。
 ハンターズとは、金次第でどんな仕事もこなす何でも屋。実力がモノを言う業界だけに、多少の奇人変人に対する覚悟がエディンにはあったが。いざ飛び込んでみると、予想以上の埒外揃いに正直、辟易もしていた。
 しかし、二人ともハンターズとしては優秀…特に腕っ節が物を言う荒事に関しては。
 エディンは短い期間で何度も、フェイが通り名で恐れられる理由を見聞きしたし、ラグナの卓越した運動能力に助けられもした。

「エディン、何突っ立ってるんだ?こっち来て飲めよ!今日も楽勝、前祝と行こうぜ」
「未成年にお酒を勧めないでください…ああもう、アンセルムスさんも何とか言って下さいよ」

 悪びれた様子も無く、この店の名物女将からジョッキを受け取ると。一気に飲み干し、口元の泡を拭って…フェイはゲラゲラ笑いながら次の杯を注文する。その横では相変わらず、ラグナがセイバーの石磨きに夢中。
 改めてチームの先輩方を見ると、何やら気が滅入るエディン。しかし彼には、彼女達と同じチームで、ハンターズとして暮らす大事な理由があった。その理由を探して、エディンはそわそわと周囲を見渡す。

「ったく、何をシケた面してやがる…今日のパーティもオレ等が主役だぜ?」
「今日のクエストだって、ドンパチチャンバラ騒ぎとは限らないじゃないですか」

 ハンターズが請け負うクエストの内容は、人探しから用心棒まで多岐に渡る。ギルドに登録されたハンターズならば、殺さず犯さず奪わず…法の許す範囲でしかし、何でもやるのが常だ。時には剣や射撃の腕前よりも、交渉術や知識を必要とするクエストも多々ある。

「この間みたいなのは勘弁して下さいよ?銃突き付けて、無理矢理首を縦に振らせるなんて」
「ああ、あれか!肝っ玉の小せぇ悪党だよな、小便チビっちまってよ…思い出しても傑作だぜ!」

 思い出す光景は同じでも、抱く印象は違うらしい。
 額に手を当て、軽い頭痛と闘うエディンはしかし…腹を抱えて笑うフェイに、より深い溜息を吐かざるを得なかった。全く関心が無い様子で、セイバーを組み立てていくラグナの姿は、何の慰めにもなりはしない。

「結果的に上手くいっても、正しい手段を用いなければ…」
「手前ぇがオレに説教か?十年早いっつーの。あの高利貸しは非合法金利で売ってるんだぜ?」

 先日のクエストでは、借金の利子を巡る交渉を委任されたが…エディンが資料を身ながら論理的な解決を図ろうとしたそばから、フェイが銃口にモノを言わせたのだ。
 その事を今も、エディンは覚えていたし、多少は根にも持っていた。自分は力及ばずとも、その手段に間違いは無かったと思うから。逆にフェイのような、結果の為に手段を選ばぬやり口には賛同出来ない。

「ハライソ君の言う通りよ、フェイ。今日はそゆの、勘弁して頂戴…良くて?」

 冷静を自分に言い聞かせながらも、熱っぽい言葉でフェイに食ってかかろうとした、その時。不意に澄み切った声が、エディンの反論を遮った。

「何言ってんだ、また今度もお前さんが上手く話を纏めるさ。そうだろ?サクヤ」

 ハンターズ達の喧騒でざわめく、騒がしい山猫亭の店内で。良く通る声にフェイが笑って応え、次いでラグナが無言で振り返る。
 待ち人来る…エディンはいつも通り高鳴る鼓動を感じつつ、平静を装って声の主と対面した。

「クエストを受注してきたわ、みんな。悪いけど今日は、暴力反対の方向で一つ、ね?」
「へいへい、オレ等は大人しくしてろって話だろ?楽だが退屈な仕事だ」

 パーティのリーダー、サクヤ=サクラギ。彼女が居るだけで、アクの強いバラバラの個性が、一つのチームへと纏まってゆく。今も凛とした表情で、彼女は仲間達を見回しクエストの受注を告げていた。
 その中に自分が含まれる…よりいっそう、高鳴るエディンの鼓動。その源は今にも、渇く唇を割って口から飛び出てきそうに思える。
 テーブルへ席を移し、サクヤがクエストの内容を仲間達へ告げる。その一言一言、一字一句を聞き逃すまいと、エディンは何度も頷き確認しながら聞き入った。その目はもう、蒼髪のフォマールに釘付け。

「張り切っちゃって…可愛いねぇ。そりゃ尻追っかけて、ハンターズになりもするか?ハッ」
「なっ、何言ってるんですかフェイさん!僕はべっ、べべ、別にそゆ目的でハンターズに…」

 細かい当日の打ち合わせに、ラグナが無言で頷く横で。フェイは下卑た笑いを浮かべつつ、肘でエディンを突っ突いた。サクヤに見惚れていたエディンは、慌てて苦しい弁解を何とか捻り出す。

「ぼ、僕は別に…」

 不意に脳裏で、一つの単語が弾けた。それは確か、大学で読んだ有名なレポートの著者達。赤い輪のリコを初めとする、高名なハンターズを讃える言葉。

「そ、そう!あれですよ…いつか英雄と呼ばれる、立派な男にですね…」
「嘘が下手だねベイビー…ま、頑張んな。ありゃしかし、かなりの難物、お高い女だぜ?」

 へらりと笑って、フェイは顔をエディンに近づけ耳打ちする。確かの彼女の言う通り、サクヤはエディンにとって高嶺の花…否、銀嶺の頂に登り詰めてさえ手の届かぬ、夜空に輝く一番星。

「…話、聞いてる?フェイ?ハライソ君も…今日のクエスト、割と面倒なんだからね?」

 ふと我に返り、慌ててサクヤに向き直ると。エディンは改めて身を正し、真剣な顔で頷いた。
 その横ではフェイが、面倒な仕事と聞いて目の色を変える。困難な仕事ほど、報酬も多額になるからだ。
 ラグナは相変わらず、手持ち無沙汰といった感じでセイバーを弄んでいる。

「さて、と…行きましょうか。先方をもう待たせてあるの」

 サクヤが立ち上がると、ラグナが無言で後に続く。フェイは最後の一杯を一気に飲み干すと、空のジョッキでテーブルを叩いて椅子を蹴った。遅れを取らぬよう、慌てて席を立つエディン。
 四人はいよいよ本格的に混みだした店内を出ると、硝子の夜空が映す星明りの元。今日もまたクエストへと、各々それぞれの思いを抱きながら、連れ立って駅へと歩いた。

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