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「随分と元気な連中を引っ張って来たな、タナカ君…ええ?」

 生え際の後退した額に青筋を浮かべて、上司が引きつった笑いを浮かべる。その張り付いた表情の裏に、自分を問い詰める無言の圧力を感じて…タナカと呼ばれた男は内心、不条理を感じずには居られなかった。

「突入班、全滅!鎮圧失敗…これで八回目です、どうされます?課長?」

 何の応答も無くなったインカムを手に、移民局特務課の職員が上司を振り向く。同じ制服の皆が皆、困惑を隠しきれず同じ様に、課長へと指示を仰いだ。想定外の事態に彼等の上司は、小刻みに震える拳を握ったまま、モニターを睨むだけだったが。

『ヘイ、カモォン!もう終わりかい?大した事ないぜ、特務課の執行官さん達もよ』
『ちょっと、フェイ?言い過ぎよ、訓練なんだから…課長さん、お次どうぞ』

 ここは移民局特務課の訓練施設。本日は"違法ハンターズが立て篭もった施設の鎮圧と奪還"という、お決まりのメニューをこなすだけだった筈が。仮想敵に雇ったハンターズが思いの他手強く、エリート揃いの執行官達が今日に限ってコテンパンに打ちのめされ、何度もミッションエラーを重ねていた。

「…突入班を倍に増やせ!クソッ、特務課の腕っこきが揃ってこの様か!?」

 無駄だと思うけど、とは口に出さずに。タナカは黙って課長の命令を伝達する。既に疲れ切って、半ば嫌気のさした執行官達は、やれやれと再び訓練用の銃に模擬弾を込めた。
 彼等は皆、移民達の不法行為を取り締まり、特にハンターズに対して目を光らせる…治警課と並んで、いわばパイオニア2船団の警察力なのだが。タナカが上司に言われるままに、ギルドで何気なく雇ったハンターズ相手にこの有様。

「つーか、あのブラックウィドウが相手じゃなぁ」
「あのチビも手強いんだよな…はしっこいというか」

 確かに高名なハンターズは手強いし、無名ながら実力のあるハンターズは星の数ほど居る。では、そんな彼等が違法行為に手を染めたら?無論、その時は移民局の特務課が対処しなければならない。断固として。
 タナカは自分が現場の人間では無い事を、今日ほど感謝した事は無かったが…苦虫を噛み潰したような表情で苛立つ上司の隣よりは、現場の方がマシとも感じていた。

「オフェンスの二人も手強いが…頭のイイのがいるな、恐ろしく目配せの利く奴が」

 再びモニターの映像は、マニュアル通りに施設に突入する執行官達に切り替わった。そして今まで通り、僅か三人の手勢を相手に、一歩も踏み込めず時間だけが過ぎてゆく。この半日で彼等が得た物は少ない。ハンターズの底知れぬ実力と、己の無力さと…それと、僅かばかりの自尊心を支える、ささやかな成果と。その成果物が、恐る恐る口を開くのを見て、タナカは再び深い溜息を吐いた。

「あ、あのぉ…そろそろやめませんか?多分、何度やっても無理なんじゃないかと…」

 それはタナカもそう思う。そう思うのだが、彼には…一回目の突入開始時に、僅か五分で捕縛された少年には言われたく無かった。物凄い形相で彼を睨み返す、自分の上司同様に。課長の眼光に気圧され、萎縮した少年はしかし、何かをボソボソと呟きながら俯く。

「僕なら突入班を二手に分けるな、数の有利を生かさなきゃ」

 確かエディン=ハライソとか言ったか。タナカは素人同然のルーキーハンターズを一瞥して、再度モニターを注視する。地の利があるとは言え、移民局の特務課を相手にこれだけ立ち回れるハンターズはそう居ない。否、居てはならないのだ。

『へへ、コイツはゴキゲンだ!おいラグナ、勝負しようぜ。どっちがどれだけ多くの…』
『フェイ、お願い…そゆ事は通信を切ってから言って頂戴。向こう側に丸聞こえよ』

 緊張感に欠く会話を耳にして、課長が珈琲の紙コップを握り潰す。タナカは胃がシクシクと痛み出すのを感じ、もっと無難な相手を選べば良かったと後悔し始めていた。それ以前に、もっと平和な課に勤務したいとさえ思えてならない。
 パイオニア計画の発足と同時に、超長距離恒星間移民の事務的な窓口として、移民局はコーラルで産声を上げた。タナカが入局した当時は、まさかこんな仕事まであるとは、思いもしなかったのである。今では移民局は、船団内のあらゆる公的サービスを管轄としている。医療、防災、各種届出に納税、年金…そして無論、治安の維持も。特務課はパイオニア2出港後に新設された、最も若く危険な課である。

『お、聞こえてんのか向こうに…そりゃいいぜ、おいエディィィィン!生きてっかー!』

 不意にモニターに映る建物の窓から、黒い長身が無防備な姿を曝した。余りに突然の暴挙に、慌てて狙撃しようとする執行官達を、見もせず次々と撃破してゆくフェイ。彼女はカメラの位置を探し当てると、立てた中指を突き付け、口汚い挑発を楽しそうに叫んだ。

「も、もぉ堪忍袋の尾が切れたぁ!全員突入、突入っ!あんの連中を引き摺りだせぇ!」
「すみません、ホントすみません!でも、あの、冷静に…フェイの挑発に乗るとまた…」

 少年の忠告も無駄に終わると、タナカには妙な確信があった。彼の…エディンの一言が嘘であれば、とも。だが事実、この場面では挑発に乗ってはいけない。実際の事件に際しても。
 タナカはしかし、その可能性が実現しない事を知っていた。真っ赤な顔で湯気を昇らせ、地団太を踏みながら叫ぶ課長。こうなってはもう、訓練どころの騒ぎでは無い。

「突入、突入ぅ!貴様等、これで取り押さえられなかったら、四十八時間の特別カリキュラムだ!」

 高レベルのテクニックによる援護を得た二人のハンターズが、遠近交互にレンジを変えて次々と執行官達を倒してゆく。その映像と興奮した課長とを交互に見やり、タナカは現場の連中に同情を禁じえなかった。

「貴様も同罪だ、タナカ!今日の訓練内容をレポートで提出、今日中だ!今日中!」

 結局、その日は一度も突入に成功せず、移民局の特務課は内外から存在自体を問われる事となった。この事件を契機に、より実戦的な超法規的戦力が必要だとの論調が移民局上層部でも持ち上がったが、それはまた別の御話。無論、特務課が特務壱課として刷新され、非公式に特務攻性弐課が新設されるのも…その課長代理の椅子にタナカが座らせられるのも、まだまだ今は未来の事である。

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