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「っしゃあ、走れ二人ともぁ!後は心配しなくていいぜ」

 次々と再起動するダブチックを、起き上がる順から即撃破して。フェイがマシンガンを片手にがなり立てる。その声をエディンが聞くよりも先に、小さな影は飛び出していた。まるで引き絞られた矢の様に、一直線に駆け去る。群がる機械を蹴散らしながら。
 ケーキ職人ナウラ三姉妹が所有する、秘密の巨大地下倉庫。その暴走した警備システムを沈黙させるのが今回の仕事だったが。まさか、ダブチックを大量に配備しているとは…仕事を取って来たサクヤでも、想像出来ない事だった。

「ハライソ君、ラグナを追って!目標はダブイッチ、解るわね?お願いっ」

 ロッドで這い寄るダブチックを退けながら、サクヤが片手で印を結んだ。ふわりと蒼髪が棚引き、彼女の呼吸と鼓動がエディンに重なる。身体能力を向上させるテクニックが実行され、不思議な高揚感に満たされながら、エディンはクラインポケットからソードを引き抜いた。

「まっ、任せて下さい!エディン=ハライソ、行きますっ!」

 嘘だった。本当は身も竦んで動けない。今直ぐこの場から逃げ出したい。いくらメディカルルームでの治療が受けられると言っても、飛び交うフォトンの礫は当れば致命傷だし。単純な直接打撃も、かなりの威力がある。正直、エディンは怖くてたまらなかった。
 だが今、不思議と身体が熱いのは…何も高レベルのシフタが身体能力の限界を引き上げているからでは無い。それは恐ろしく単純で明快な理由。サクヤの願いならばエディンは、全裸で宇宙空間にすら飛び出せるような気がしたから。だから意を決して、小さく叫んで床を蹴る。

「よーし、男を見せてみなエディン!ケツはしっかり守ってやっからよ!」

 走り出したエディンへと、半壊した機械群が殺到する。しかし彼は立ち止まらない…進む道を示すように、背後から粒子の弾丸が飛来するから。武器をライフルへと持ち買えたフェイが、正確な射撃でエディンを援護した。鉄屑となって尚再生するダブチックを踏み越えて、エディンは全速力で駆ける。
 サクヤならずとも、こんな番人がいる事を誰も予想出来ないだろう。それ以前に、ナウラ三姉妹を名乗るケーキ職人が、合法的にこれだけの食料…それも甘味料関係のものばかりを、大量に備蓄している事にエディンは驚いた。
 超長距離恒星間移民船団パイオニア2には、厳しい食料統制が布かれている。嗜好品の類である菓子や酒は、なかなかお目にかかれない。だからこそ、山猫亭やナウラのような、移民局の認可を受けた店の繁盛があるのだが。

「だからって、こんな厳重な…いや、だから、かっ!」

 扉を潜って角を曲がり、身を屈めてダブチックを避けながら。そのまま前転してやり過ごすと、エディンは立ち上がりながらソードを振り上げた。普段からあまり使う機会の少ない大剣が、フォトンの刃を唸らせながら重金属を断ち割る。
 だが、その剣は鈍い音を立てて装甲に食い込むと、そのまま引っかかって沈黙した。焦って引き抜こうとするエディンに、容赦無く周囲のダブチックが群がる。
 絶体絶命…ソードから手を離したエディンはしかし、予備の武器など持ち合わせてる筈も無く。かと言って、迫るダブチックは言葉の通じる相手でも無かった。情けない悲鳴を辛うじて飲み込みつつ、全く身動きが取れなくなるエディン。だが、彼の鼻先に伸べられた機械の手は、不意にピタリと止まった。

「!?…と、止まった…助かった、のか?」

 フォトンリアクターから粒圧の抜ける音を響かせて。動かぬ彫像と化したダブチックは、エディンの目の前で次々と自壊した。呆然とその光景を眺める彼は、その場にへたり込みながら悟った。ダブチック達を操り、無限の再生活動を促す制御機…ダブイッチが破壊された、と。

「はぁ、今日もいいとこ無し…まぁ、いつもの事か。この手の仕事は僕には向いてな…ん?」

 この手の仕事に向いてる、今日一番の功労者が姿を現した。一仕事終えたにも関わらず、一滴の汗すら浮かべぬその涼しげな無表情のラグナ。だが、その小さな身体をすっぽりと包む影に、エディンは咄嗟に警戒を叫んだ。同時にラグナが身を投げ出し、セイバーにフォトンを灯らせる。

「あっ、あれは…あんな物まで!?嘘…」

 たかが甘味、たかがお菓子…たかがケーキ。だが、厳重すぎる警備が逆に、それが移民達にとってどれ程望まれているかをエディンは思い知った。最も、自立警備システムとしては最新鋭の、シノワビートまでも配備するのは、些かやりすぎとも思えたが。
 ダブイッチの破壊と同時に、建物内の警戒レベルが跳ね上がる。倉庫内の電源が全て落ち、今は不安を煽る赤い非常灯だけの暗闇。その奥底から、フォトンの刃を唸らせシノワビートが襲い掛かって来た。今度はもう、絶叫と共に逃げ回るしかないエディン。

「うっ、うう、うわあああああ!たっ、たっ、助けてぇ!」

 正気を失い取り乱して。合金製の硬い床を転げ回るエディン。その後を正確に、シノワビートの無機質な作動音が追った。が、その両肘から生えるフォトンブレードが、彼に触れる事は無い。

「ま、まだ死にたくな…?ア、アンセ…ルム、さん?」

 エディンとシノワビートの間に、ラグナは吸い込まれるように割って入ると。鮮やかな剣捌きで左右の連撃をいなす。彼女は、再攻撃するべく距離を取るシノワビートを、ぼんやり睨んで大きく息を吸った。そのまま呼吸を止めれば、大きな紫色の双眸が見開かれる。
 不意に、ラグナの持つセイバーが眩く輝きだした。迸るフォトンの濁流は、その刀身を何倍にも膨れ上がらせて。周囲の空気を震わせながら、まるで主の強靭な意志が宿ったかのように。周囲を煌々と照らして翻る巨大な光の刃。それは振るい手のイメージする通り、飛来するシノワビートに吸い込まれる。

「っしゃ、終わった終わった…ヘイ、エディン?情けない声が丸聞こえだったぜ?」
「二人とも怪我は無いわね?良かった…ごめん、私のミス。こんな危ない仕事だったなんて…」

 フェイとサクヤが顔を見せた時には、もう照明は復旧していた。ただ、エディンだけが発する言葉も無く無言で立ち上がる。
 同じハンターとして、格の違いを見せ付けられた…何事も無かったかのように、眼前でセイバーをクルクルと回し、腰のホルダーへと納める少女。その絶対にして圧倒的な差に、エディンはただただ、心配するサクヤに弱々しい笑みを返すだけだった。

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