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「フッ…簡単な事じゃないか、ちょっと知恵を働かせれば」

 失いかけた自信を理論武装で取り戻して。エディンは山猫亭の店内に入ると、いつもの仲間を探した。

「それがよ、臭いのなんのって…たまんねぇよな、仕事つってもよ?」

 目立つ漆黒の長身と大声、その横で作業に没頭する姿。仲間はすぐ見つかる。彼はニヤリと笑って、普段からは考えられないような気楽さで声を掛けた。

「いやホントありゃ、この世の物とは思えぬ臭いだって!鼻が曲がるかと…」
「アンセルムスさん!後で僕と…模擬戦でいいんで、勝負して下さいっ!」

 夢中で話していたフェイが、次いでラグナが面を上げる。酒場の何人かは興味をそそられたらしく、エディンは大勢の注目を浴びて立ち尽くした。鼻息も荒く、得意気な表情を浮かべて。

「…でよー、あんまり臭かったんでオレぁ言ってやった訳」
「ちょっ、ちょっと!無視しないで下さい!」

 しばしエディンを凝視していたフェイは、何事も無かったかのように馬鹿話を再開した。一方的に話し掛けられるラグナも、再びセイバーの組み立てを始める。周囲はやれやれと溜息を零しながら、各々がそれぞれの今までに戻ってゆくだけ。最早、声のトーンを上げるエディンを誰も見ては居なかった。

「はいはい、解ったぜベイビー…どした?恋わずらいだけじゃなく、変な病気でもヤったか?」
「僕は健康で正気です!ふ、ふふふ…これを見てもまだっ、同じ事が言えま、す、かっ!」

 大袈裟に身を翻して、エディンはクラインポケットから一振りの大剣を取り出す。本人は格好良いつもりだが、周囲の目から見れば…特にフェイから見れば、その姿は滑稽で。ラグナに至っては見てすらいない。

「ハッ!面白ぇじゃねぇか…おいラグナ、見ろよ!この馬鹿、ホントに大馬鹿者だぜ」
「よしてください、そんな。照れるじゃないですか。僕はまぁ、これ以上足手纏いには…」
「パープルフォトンか、高かったろ?しかもこれ、エレメント付きじゃねーか」
「いやもう、安い買い物ですよ。いいでしょ?ヴォーテック社製純正、サンダーブレイカー」

 本当は大出費だった。貯金の大半が消えた。だが、それでもエディンは満足だったが。これ以上はもう、無様は見せられない…そう思う彼は、間違いなく見栄っ張り。余りに周りが、屈強なハンターズに見えすぎたから。

「こいつは傑作だ、エディン。お前さん、財布の紐って話を知らないのかよ」
「え?何です、それ…」
「お前さんの大好きな、サクヤが前に解決したクエストさ…まあいい、ちょっと振って見ろよ」
「いやでも、山猫亭の店内でそれはご法度ですよ。それよりアンセルムスさん、僕と…」

 いいからいいから…笑ってフェイが薦めると、周囲の客達も何かを察したように場所を開ける。自然と店の中央に押し出されたエディンは、おだてるような周りの声に悪い気がしなかった。それでは、と期待に応えて、真新しい大剣を普段以上に緊張して構えて。そっとスイッチに恐る恐る触れた。

「…あ、あれ?フォトンが…何で?不良品!?」
「ま、高い授業料払ったと思って諦めな。ラグナなら兎も角エディン、お前にゃ無理だ」
「遅れてゴメンッ!みんな、新しい仕事を…あら?どしたの?」

 周囲から失笑が漏れた。訳も解らずに項垂れるエディンと、溜息を吐くフェイ。山猫亭に現れたサクヤの目に飛び込んで来た光景は、とても奇異な光景に映った。

「因みにそれ、不良品じゃないぜ?ラグナ、ちょっと振って見せろよ」

 フェイが言うより早く、小柄な少女がカウンターの席から飛び降りると。エディンから奪うように大剣を受け取り構える。鋭い残響音を響かせ、紫色のフォトンが刀身に灯った。
 大気中に満ちる氣を、鉱石を触媒に発現させる力…フォトン。だが、フォトンの元となる氣は、周囲の空気中からだけ得られる訳では無い。寧ろ高レベルの武器程、振るい手の力に左右されるのだ。ハンターになりたてのエディンではむしろ、起動出来る武器の方が少ない位である。

「んー、話は解ったわ…ね、ハライソ君。前から気になってたんだけど。貴方、マグは?」

 フェイの説明に、半分納得したような、半分訳が解らぬような顔で。サクヤの声にエディンは、弱々しく大剣を仕舞うと…聞き慣れない単語に心当たりがあって、クラインポケットの中を掻き混ぜた。程無くして、お目当ての物を見つけたらしく、彼は引っ張り出したそれを仲間達の前へ差し出す。

「ハン、そんなこったろーと思ったぜ。エディン、お前さんハンターズ失格だな」
「もうっ、フェイ!ハライソ君はまだ初心者なんだから…えっと、ギルドの説明は無かったかしら?」

 そう言えば、ハンターズギルドに登録したあの日…渡された支給品の説明を聞いたような気もしたが。これであの人と…サクヤ=サクラギと同じハンターズなんだと、浮かれていたエディン。彼の耳にはその時、ギルド職員の声など届いていなかったのだ。

「ハンターズにとってマグは、自分の分身みたいなものよ…ほら」

 そう言ってサクヤは、自分のマグを取り出す。猫のような姿をしたそれは、言われてみればエディンには見覚えがあった。最も、彼はサクヤばかり見ていて、その周囲に浮かんでいるそれが何かまでは、気が回らなかったが。

「サクヤのはシャトだな、んでオレのがヴァラーハ。ラグナのは…何だよ、見せろって」

 自分のマグを背中に浮かべながら、逃げるラグナを追うフェイ…そのドタバタに溜息を付きながら。サクヤは、両の手で自分のマグを持ったまま、呆然と佇むエディンを振り返った。未熟で無知な自分を、妙に生真面目な少年は責めているのだろうか?僅かに震えるその肩にそっと手を添えると。いつもの頼り無い顔が面を上げた。

「大丈夫よ、ハライソ君。今から育てればいいじゃない…みんな最初はただのマグなんだから」
「いや、まあ…そうなんですけど。なんか僕、ホントにダメダメだなって…いてっ!」

 不意にエディンは、額をバチン!と指で弾かれた。

「こらっ、そんなに私の仲間の事、駄目だ駄目だと言わないでくれる?ん?」

 それでも、と口ごもるエディンに、めっ!とダメ押し。

「さっきの武器も、マグを育てて自分を鍛えれば…無駄にはならないと思うけどな」

 そう言ってサクヤは、そっとエディンの手を握ると。そのまま彼の指を解いて、マグを解き放った。ふわりとエディンの掌から浮かぶそれは、ゆっくりと定位置に収まった。主であるエディンの、その隣に。ニコリと笑うサクヤにつられて、エディンはぎこちなく微笑んだ。

「にゃろ、意地でもマグ見てや…そういやラグナ、お前。ま、いいさ。それよりサクヤ!」
「そうだ、いっけない!仕事を取ってきたの、忘れてた…ゴメンみんな!急いで頂戴っ!」

 道すがら説明するとだけ言って、サクヤは慌てて走り出した。その柔らかな手が離れて、ふと我に返るエディン。その背をバン!と叩いてウィンクすると、フェイが後を追って店を出る。無言で追うラグナ。
 エディンも急いで駆け出した。そのすぐ後を、健気にもついてくるマグ。これからの頼れる相棒を呼ぶように、クラインポケットを開くと…素直にマグは飛び込んで来る。そのまま仲間達を追って、エディンは人の行き交う往来へと溶け込んでゆく。ハンターズとしての自分の、再出発を誓って。

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