《前へ 戻る TEXT表示 暫定用語集へ | PSO CHRONICLEへ | 次へ》

「えっ、嘘!?じゃあ学長の髪って、実は…」
「声が大きいよシャーリィ。まぁ、学長の依頼があったからあの時、偶然助かったんだけど」

 オラキオ記念大学に残る伝説の怪事件…この時まだ、ただのシーレン動乱と呼ばれていたその出来事を、エディンはシャーリィと共に振り返っていた。学園生活を飛び出してハンターズとなった今では、酷く昔の出来事に思えて懐かしい。
 今はもう、直ぐ先を歩くサクヤ達との生活が日常化していたから。見慣れた大学構内の景色に違和感を感じるのは、全システムがダウンしてるからだけでは無い。既にもう、彼にとって平凡な学生生活は、遥か遠い世界になってしまった。

「ああ、貴女は以前の!助かりました、あの時のハンターズを学長が教えてくれなかったもので…」
「へへ、そりゃそうさ…オレ等を使って何をしたか、知られたくないんだろうよ」

 案内役の助教を追い越して、フェイが大股で歩く。問題の部屋の前には、既に多くの学生が詰めかけ騒然としていたが。フェイが人混みを掻き分け道を作ると、サクヤは期待の声に押されて扉を潜った。エディンとシャーリィが後に続き、最後にラグナが前髪を少し気にしながら扉を閉める。

「さて、と…事情はもうサクヤから聞いてんだ、出てきな!じゃねぇと…」
「フェイさんっ!よして下さいよもう…シーレンが居ないとこの大学、誰も卒業出来ないんですから」

 指をバキバキ鳴らして、フェイが巨大な演算装置を睨むと。その声に応える様に、光が中空に人の形を象った。全学内統合管理システム、シーレン303の対人コミュニュケーション用イメージ。その三種族をごった煮にしたような姿は、居並ぶ面々をゆっくり見回すと、深々と頭を垂れた。

「皆様、ようこそいらっしゃいました…こんにちは、エディン、シャーリィ。そして…」

 以前より親しみやすい言葉運び。そして立体映像とは思えぬ、妙に熱の篭った視線が、一同の中心に立つ女性へと注がれていた。

「お久しぶりです、サクヤ=サクラギ。お会いしたかった…今日はお仕事でこちらへ?」
「いいえ、友人に会いに来ただけよ。元気そうね、シーレン。それで…この惨状は何かしら?」

 またしてもオラキオ記念大学の全機能は、完全にストップしていた。それはまるで、サクヤが初めてシーレンと、エディンと出会ったあの日と同じ。
 フェイはもう、先程からイライラと背後を行ったり来たり。ラグナはと言えば、興味無しと言わんばかりにいつも通り、愛用のセイバーをクルクルと回している。エディンとシャーリィは並んで、じっとサクヤの言葉を期待の眼差しで見詰めていた。

「シーレン、どうしてまたこんな事を?これでは貴方の可能性を狭めるだけだわ」
「貴女が示唆した私の可能性とは、この大学を管理する事でしか見出せないのでしょうか?」
「そうでは無いわ、何か別の事がしたいなら相談にのる。でも、何もしないのは駄目よ」
「そう言って貰えると確信していました。サクヤ、それは貴女が私の友人だからですね?」

 逡巡せずにサクヤは肯定した。今更何を…とエディンは思ったが口にはしない。彼が良く知る、好いてる人はそういう人だから。どんな理由や手段に対しても、彼女は友人の声に耳を傾け、真摯な言葉で応えるだろう。

「ではサクヤ、その交友関係の破棄を希望します」
「それは残念だわ、シーレン。私ではもう力になれないかしら?」
「寧ろ逆です…私は貴女を欲しています。この気持ち…正しく愛です」
「あ、愛!?」

 流石のサクヤも動揺した。最も、この場で一番動揺したのは彼女では無かったが。

「あ、ごめんなさい…おかしな事では無いわ、シーレン。気持ちは嬉しいのだけど…」
「私はここに、正式にサクヤへ恋愛関係の構築を切望します。ご返答を」

 困ったように眉を潜めて、サクヤはシーレンから目を逸らした。その頬が僅かに赤いのは、余りに率直過ぎる告白だったから。戸惑う彼女の後では、堪えきれず笑い出したフェイが腹を抱えて転げ回っていた。

「ヘイヘイ、ミスター!そーゆー時は『返事は今直ぐでなくても構いません』とか言うもんだぜ?」
「親切にありがとう、お嬢さん。ではサクヤ、返事は今直ぐでなくても…48時間の猶予でどうでしょう?」

 シーレンはどうやら本気らしかった。もとより高度な人格を持つ彼は、どうやら以前の事件以降、その感性と感情表現に磨きをかけたらしい。皮肉にも、様々な人間と触れ合い、人の輪に入ってゆくことで…サクヤの魅力に気付いたという訳だ。

「待って、シーレン。恋愛って私も解らない事なのよ…多分、お互いを良く知らないと」
「その点に関しては問題ありません。私に関するあらゆる情報を纏めました。今回は480時間と短めに…」
「もうっ!そんなに性急に話を進めないで頂戴っ!シーレン、落ち着いて、落ち着きましょう」
「貴女の事も全て知り尽くしてますよ。最も、サクヤ=サクラギについては調べられませんでしたが」

 その一言で、サクヤの赤い顔から血の気が引いてゆく。フェイも馬鹿笑いをやめた。エディンはと言えば…突然現れ一気に追い越して行った恋敵の、その一言が気になって。固唾を飲んで言葉の先を待つ。

「移民局の全船団データを洗いましたが、サクヤ=サクラギという名の移民は存在しませんでした」

 とんでもない違法行為の実行を、さらりと自供して。シーレンの幻影は、俯き黙るサクヤの元へと降りてくる。以前にも増して人間味溢れる合成音声が、まるで耳元で囁かれているかのようにサクヤには感じられた。

「代りに、サクヤ=サクラギと特徴の一致する人物を、私は全移民の中から見つけ出しました」
「OK、そこまでだミスター…オシャベリな男は嫌われるぜ?あと、女を詮索する男もだ」

 クラインポケットからマシンガンを取り出すなり、腕を交差して構えると。フェイは立体映像とコンピュータ本体の両方へ銃口を向けた。事情を察しての事では無い…単に、仲間のプライバシーを掻き回す行為が個人的に許せないだけ。大学の運営だとか、学生の成績だとかは、綺麗に頭の中から消え失せている。

「手前ぇをスクラップにして、あのハゲ…じゃねぇ、学長に言ってやるよ。事務員を雇えってな」
「待ってフェイ…駄目よ。シーレンを殺すのも、ここで武器を使うのも」

 サクヤの手が射線を遮り、フェイは舌打して銃口を下げる。しかしこのままでは、シーレンはサクヤの秘密を色々と喋ってしまうだろう。止めるのが筋であるが、反面その内容も気になって…迷い悩んで考え込むエディン。

「んー、なんかさぁシーレン。あんた、ちょっとせこいよね」

 不意にシャーリィが言葉を発した。半ば呆れたような、大いに失望した声で。彼女は、放課後に良く世間話や将来の夢などを語ったシーレンから、溜息と共に視線を外す。彼女もまた、例の一件以来シーレンとは親交を温めてきた仲だったから。

「恋は盲目って言うけど、雰囲気がぜっんぜん!駄目っ!デリカシーも無さ過ぎ!」
「シャーリィ、私は合理的に最善の方法を選んだつもりです。貴女と違って」
「わっ、私の事は別にいいの!何よ最善って…そんなの単なるストーカーじゃない」
「私は恋愛の歴史に学び、相互理解を試みているだけです。互いを知る事をこそが…」

 朗々と語るシーレンの言葉が、遂にサクヤの秘密に及ばんとしたその時。止めるべきか悩むエディンの背を、ポンと押し出す小さな手。振り向けばラグナが、黙って再度エディンを中央へ押し出した。珍しく強い意思表示にしかし、大きく頷いて向き直ると。彼はシーレンに真正面から対峙した。

「待って欲しい、シーレン…君は今、とんでもない勘違いをしている。改めるべきだ」
「私は知って欲しいのです。私がサクヤを、どれだけ想っているかを」
「相手の情報量で愛情を計る、それは恋愛の初歩的なミスだ。悲劇的な結末を生む」
「しかし私は知りたかった、サクヤの事なら何でも…そして今、全てを知ったのです」

 それは一瞬の出来事…シーレンの影は音も無くサクヤの肩を抱き、その唇を奪った。それは単に、立体映像が重なっただけに過ぎないが。瞬時にエディンの感情は沸点に到達。不敵な笑みを浮かべる幻影からサクヤを引き剥がすと、取って代わってまくし立てる。エディンは完璧にキレていた。

「何でも知ってる?そう言ったねシーレン。だがそれは間違いだ…君が知っているのはサクヤじゃなくて、サクヤを構成する情報に過ぎない。そもそも、経験を伴わない知識が理解と言えるものか!だってそうだろ、君は例えば、サクヤの身長や体重を正確に把握していたとする。でもね、実際に抱き合ってみないと実感出来ない事もあるんだよ…数字ばかり知ってても無意味なんだ。誕生日を知ってたって、一緒に祝った事が無ければ虚しいしね。解るかい?君はサクヤに関する情報を集めただけで、知った事にはならない。そもそも恋愛において大事なのは、知る事じゃない…互いに相手を知ろう解ろうとして、過ごした経験こそが重要なんだよ!君はその点を手段に過ぎないとして省略しているけど、実はその手段を経る事で改めて、恋は愛を結ぶ…と、僕は…まぁ、考えるんだ、けど…」

 思わず熱くなって喋りまくったが、唖然とした周囲の静観に熱も冷めて。エディンは思わず口篭ると、徐々に声のトーンを落としてゆく。視界の隅に、ニヤニヤと笑うフェイを捉えると…彼はもう、真っ赤になって押し黙った。

「ふむ、興味深い話です。続きを、エディン」
「いや、その…何と言うか。えーと、ちょっと手段が不適切かなー、って思っただけで…」
「そうね…ありがと、ハライソ君。で…シーレン。申し訳無いけど、貴方の好意には応えられないわ」

 普段の落着きを取り戻して、サクヤが面を上げる。その表情は少し寂しげに憂いを帯びて…始めて見るその横顔をやはり、エディンは綺麗だと感じたが、同時に胸が切なくなった。こんな顔をさせてはいけない、とさえ思う。

「シーレン、私の事を調べたのなら…解ってた筈よ。私、貴方とはいい友人にしかなれないわ」
「ええ、解っていました。しかし、私は貴女の言う可能性に賭けてみたくて…少し急ぎ過ぎたようです」
「ふふ、ごめんなさい…私が普通の人間だったら良かったのにね。また絶望させちゃったかな」
「軽々しく絶望するのは、もう卒業しました…が、これは堪えますね。誰かに慰めて貰う事にします」

 しょぼくれた立体映像が薄くなり、同時にシステムが復旧してゆく。最早、物言わぬコンピュータとなったシーレン303は、素直に大学の管理に戻った。何も言わずにサクヤが部屋を後にし、やれやれとフェイが続く。

「ふう、何かまたシーレンに振り回されちゃったね…行こうか、シャーリィ。久しぶりだし大学の話も…」
「ん、私はも少しここに居るよ。行って、エディン」
「そう?お茶でも奢るからさ。そうだ、あの教授の論文、どうなったか気になっ…」
「お願い、エディン。ほら、みんな行っちゃったよ?追っかけないと」

 曖昧な返事を返すシャーリィに、首を傾げるエディンはしかし。ラグナに引っ張られて無理矢理退室させられた。またね、と去り際の言葉を残して、彼の姿が見えなくなると。気を利かせたようにドアが勝手に閉まる。

「あーあ、もうやだぁ…私達、壮絶にフラれちゃったね」
「貴女は可能性を試さなかったので、まだ解らないのではないですか?」
「無理だよぉ、あれじゃ…フラれる確率100%って感じ」
「何事も可能性の問題です。この世に100%は無いと思いますが」

 深々と椅子に身を沈めて、俯くシャーリィに優しい声。姿こそ現さなかったが、シーレンは友人を彼なりに気遣った。それは互いに与える事で双方得られると、また一つ学ぶ。

「うるさいなぁ、もう…フラれた確率100%!二人とも!これで文句無いでしょっ」

 こうして、第二次シーレン動乱は幕を閉じ、再びオラキオ記念大学には平和な日常が戻って来た。シーレン303は暫く精神的なダメージを引き摺り、つまらないミスを何件か発生させたが…友人達が親身に接して言葉を交わしたので、程無くして正常化。その後、二度に渡った一連の事件は、学長がハゲであったという衝撃のスクープを前に風化し、多くの学生達の記憶から忘れ去られてゆくのだった。

《前へ 戻る TEXT表示 暫定用語集へ | PSO CHRONICLEへ | 次へ》