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 ハンターズで賑わうギルドカウンターを訪れ、先ずは温かい飲み物を購入。それを片手にエディンは、備え付けの端末があるボックス席に納まった。中空に浮かぶ画面が表示するのは、現在このギルドに寄せられているハンターズへの依頼。パイオニア2は慢性的な人手不足に悩まされており、選り好みしなければ仕事はいくらでもある…そう、エディン一人でもこなせそうな、本当に些細で小さな依頼でも。

「やっぱり…僕でも出来そうな仕事もある。ああ、でも待て…良く考えないと」

 何もサクヤが持ち込むクエストだけが、仕事の全てでは無い。そもそも四人の仲間は、互いに拘束力を持つ間柄では無かったから。基本的にはサクヤがクエストを受注してくるが、毎日そればかりを繰り返している訳でも無く。エディンは思い切って、一人で仕事をしてみようと思いついたのだ。

「ふむ、意外と迷うな…これなんか、ただ立ってるだけの仕事だし。っと、もうこんな時間か」

 エディンは画面の隅に表示された時刻を見て、クラインポケットからマグを取り出した。同時にPioneer Standard Optical Network…通称プソネットにアクセスし、アドレスを入力。熟練ハンターズの情報交換で賑わう掲示板の、必要なスレッドへとタッチするだけで…すぐさま彼は、大先輩の貴重な知恵を拝借出来るのだった。

「ええと、なになに…やっぱりモノメイトでいいんだ、餌。最終的にはディメイト?贅沢だなぁ」
「ヘイ、エディン!何やってんだ?ああ、マグ…お前、ホントに几帳面なのな」

 手に持つ珈琲を啜って、熱ぃ!と一声呟きながら。挨拶もそこそこに、フェイは溜息…ここ最近、エディンはマグの育成に御執心で。事前に与えるアイテムをキッチリ計算し、御丁寧に時間まで管理している。
 ここ数年で、ハンターズの必需品として急速に普及したマグ…どのような過程で発明、生産されたかは不明だが、今やハンターズにとっては相棒も同然の存在だった。所有者と同調し、その身体能力を向上させる特殊な生体マシン…しかも育て方によって、能力の方向性を自由に決める事が出来る。

「いいじゃないですか。どうせ育てるなら計画的に育てないと」
「ハイハイ、毎度ながらお利口なこって…それよか、もう少し面白いスレを見ようぜ」

 そう言って隣に座り込むと、フェイは勝手に画面を操作し始めた。毎度御馴染み彼女のペースだったので、あえて好きにさせておきながら。エディンは大まかなマグ育成のマニュアル通りに、足りない能力を補うべく、いつも通りモノメイトを与える。コアのような部分が光って、マグはまるで喜んでいるかのようにクルクルと宙を回った。
 先日買ったサンダーブレイカーは相変わらず、クラインポケットの奥底で埃を被っている。最初は純粋に筋力が足りないのかと、エディンは毎朝50回の腹筋と腕立て伏せ、牛乳一気飲み等を試したが。彼に真に足りない力は、それとはちょっと違ったらしい。無論、筋トレは継続中だが。
 例えばラグナ=アンセルムスは、華奢で小柄だが鍛え抜かれた肉体を持つが…エディンとの決定的な差はそこでは無い。熟練ハンターズは種族職業を問わず、己の持つ氣…生体フォトンを自在にコントロールする事が出来るらしい。その総量や練度を高める事で、より強力なフォトンウェポンを使いこなし、自らの身体能力をも高上させる事が出来るのだ。

「なになに、八番艦パシファエに連続通り魔事件?被害者はいずれもキャストで…ほうほう」
「何か物騒な話ですよね…そう言えばその事件、ギルドにクエストの依頼が来てましたよ」

 無論、エディン一人の手に負えるクエストでは無かったが。フェイから端末操作の主導権を奪回すると、彼は最新のクエスト情報を表示した。
 パシファエは大小さまざまな工場が並ぶ重工業艦…依頼主は船団でも有名な企業の連名。その報酬額にフェイは、ニヤリと笑って冷めた珈琲を飲み干した。

「決めたぜ、エディン…コイツでガッツリ稼いでやる」
「え、ええー!?ちょ、ちょっ…僕は嫌ですよ、もっと穏やかなクエストに…」
「誰が連れてくって言ったよ。俺とラグナで充分だぜ」
「…それはそれで悔しいんですけど」

 長い足を組み直して、フェイは自分の携帯端末を取り出すと。寂しそうな視線を無視して、上機嫌でメールを打ち始めた。取りあえずは自分も仕事を探そうと、改めてクエストの検索条件を変更するエディン。

「ところでエディン?オレは今日はラグナと組むからよ…上手くやれよな」
「解ってますよ、もう僕だって一人前のつもりです。一人でもやって見せますよ」
「ちげーって…実際に抱き合ってみないと実感出来ない事もあるんだよ、って言ったじゃねぇか」
「なっ、何言って…フェイさん!?」
「互いに相手を知ろう解ろうとして、過ごした経験こそが重要なんだよ!…ハッ、熱いねぇ」
「やめて下さいよもうっ!恥ずかしいじゃな、い、です…か」

 思わず大声で立ち上がったエディン。彼は周囲のハンターズから、奇異の視線を一身に集めてしまい、恐縮した面持ちで再び席へ着く。ニヤニヤと笑うフェイは、懲りずに何度もエディンの迷演説を再現した。
 オラキオ記念大学での一件以降も、四人の関係は何も変わらなかった。元よりハンターズ自体が、スネに傷持つアウトロー集団としての意味合いが強い為…過去や素性の詮索などは、互いに慎むのが不問律になっていたから。エディンは少し気になったが、サクヤが普段通りに振舞うので。極力その事は忘れるよう努めていた。

「別に僕は、あくまで一般論を述べただけですから」
「相変わらず嘘が下手だねベイビー…気付いてたか?お前さん、サクヤの事呼び捨てにしてたぜ」
「えっ、ホントですか!?あちゃー、年上の女性になんて失礼な」
「っと、噂をすれば…じゃあまたな、エディン!恋も仕事もしっかりやんなっ」

 女の子上手に扱うのは 男の子次第 once again♪…大昔のアニメソングを口ずさみながら、フェイは立ち上がると行ってしまった。その背を見送るエディンの視線は、フェイと挨拶を交わして話し込む、蒼髪のフォマールを捉える。
 鼓動、高鳴る…相手も此方に気付いて会話を切り上げた。慌てて端末へと向き直り、落ち着かぬ様子でクエスト探しに戻るエディン。

「おはよ、ハライソ君。フェイから聞いたわよ?一人でクエスト受けるんですって?」
「お、おっ、おはようございます!いやぁ、なかなか丁度良い仕事が無くって」

 どれどれ、とエディンの向かいに腰を下ろして。サクヤは額を寄せてウィンドウを覗き込んだ。鼻腔を甘い匂いがくすぐり、顔が火照る…咄嗟にサクヤから離れようと、壁に張り付くエディン。特別な密着感がある訳でも無く、ただ側に居られるだけで思考が停止するのに。あの日生じた疑問だけは、彼に考え込む事を止めさせない。

「これなんかどうかしら?条件いいわよ。ハライソ君、高い場所は大丈夫?」
「え、ええ」
「報酬もそうだけど、内容も大事よね。あ、これは?フォトライドの免許があれば…」
「は、はあ」

 手馴れた様子でクエストをピックアップしてゆくサクヤ。その姿をエディンはぼんやりと見詰めた。手を伸べればすぐ、触れられる距離に居るのに。サクヤ=サクラギがこの船団に存在しないという、その意味とは?エディンの固い頭は、なかなか答を出せずに悩む。どこか上の空な彼に気付くサクヤ。

「…やっぱ気になるんだ?この間の話」
「えっ、いや、そんな別に…すみません、やっぱ気になります」

 素直でよろしい、と頬杖ついてサクヤが笑う。何もかもお見通しなのが恥ずかしく、エディンはひたすら頭を掻いた。口元からは渇いた笑い声が虚しく零れる。

「フェイやラグナは気付いてると思うけど…サクラギって苗字、これは偽名なの」

 もともとハンターズとしての登録名は、本名でなければいけないという訳では無い。通り名で登録する者も多いし、気軽にハンドルネーム感覚で偽名を名乗るハンターズは少なくない。もっとも、サクヤの場合は本人のちょっとした事情があったが。

「ま、簡単に言えば、名家の御嬢様?自分で言うのもなんだけど、箱入り娘って感じかな」
「ああ、成程…でもどうしてわざわざハンターズに?」
「ハライソ君、自分で言ってたじゃない。経験を伴わない知識が理解とは言えない、って」
「ええと、つまり…」
「世間知らずは嫌だし、お家で勉強もいいけど…自分の目で見て感じて、色々知りたいのよね」

 自由でいられる内にね、と付け加えて。一瞬だけまた、寂しげに視線を外す。しかしそれも束の間、突然思い出したように、サクヤはポン!と手を打った。

「それとっ!結構恥ずかしかったぞ。君が知っているのはサクヤじゃないー、とか」
「あ、あっー!?いや、それはですね、言葉の弾みと言いますか…」
「君はサクヤに関する情報を集めただけで、知った事にはならない…顔から火が出るかと思ったわ」
「あわわ、その、すみませんっ!」

 そこからはもう、ただ只管に平謝りのエディン。サクヤにしてみれば別に、そこまで怒っている訳でも無く。寧ろ気恥ずかしくはあるものの、良くぞ言ったと誉めたくもなる。
 ただ、エディンの間接的な大告白に、彼女は真剣に応える必要を感じていた。以前から薄々気付いてはいたが…もう、知らぬ存ぜぬでは通せない。

「ホントすみませんっ!もう何でもしますから、勘弁して下さいよ〜」
「…何でも?」

 思わず聞き返すサクヤに、エディンは何度も首を縦に振った。
 何でもします、の一言に思わずサクヤは、口を衝いて出そうになる言葉を飲み込んだ。それは決して叶わない、叶えてはいけない願い。それを一瞬でも眼前の少年に望み、胸をときめかせた事を恥じる。自分は嫌な女だ、とも。

「ふふ、出来もしない事を言うもんじゃないわよ?エディン君」
「そんな、サクラギさん!言ってみなきゃ解らないじゃ…!?」

 妙に食い下がるエディンを、それでこそと評する一方で。結局、その一途な想いに向き合えない自分を嫌悪しつつ。サクヤは人差し指をエディンの唇に当てて、一切の言葉を封じた。

「じゃあ一つだけ。私は名前で呼ばれる方が好きかな…両親から貰った大事な名前だし」
「えっ…あ、は、はい。サクヤ…さん」

 結局、エディンの気持ちに向き合う事が出来ずに。むしろ逆に、妙な期待を持たせてしまったかもしれない。人に可能性を語るその実、己の可能性はまるで信じていない…張り切ってクエストを探し始めたエディンを前に、サクヤは暗澹とした憂鬱な気持ちが込み上げるのを感じた。

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