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 巨大な夕焼けを映して、硝子の空が紅く燃える。その温かな光に影引かれて、誰もが家路を急ぐ夕暮れ。フェイやラグナと合流したエディンとサクヤは、四番艦カリストの名物商店街を歩いていた。普段通り、山猫亭で情報収集を兼ねて夕食を共にし、そのまま現地解散でも良かったのだが。ラグナの意外な提案…と言うよりはお願いに近い依頼が、エディン達を初めての町へと誘う。

「じゃあ、結局逃がしちゃったんですか。残念でしたね」
「まあ、当分は再起不能だなありゃ…暫く大人しくしてんだろうよ」

 小規模ながらも、商店街はどの店も情熱的な活気に満ち溢れて。その光景はどこか、人の心をじんわりと温め解す。大金をせしめ損ねた割りにフェイの機嫌が良いのも、エディンには頷ける話だった。

「ところで何です?さっきから言ってる、その…レフトハンターズってのは」
「ああ?まぁ、モグリのハンターズの事だな。金の為なら平気で何でも…あんだよ」

 ニヤニヤと笑うエディンを小突こうとして、ヒラリと避けられ。つんのめりつつもフェイは、肩を組むなり額を寄せ合った。一瞬険しい表情を見せたのも束の間、彼女はいつもの不適な笑みでエディンを見下ろす。

「いやぁ、それを言うならフェイさんだってお金に関しては…」
「オレを連中と一緒にすんなよ?奴等はハンターズの面汚しさ、なぁサクヤ!…サクヤ?」

 二度呼ばれて初めて、サクヤはその声に気付き。しかし話の前後が掴めずに、ぎこちなく微笑んだ。
 努めて平静を装いつつ、サクヤは未だに内心動揺していた。何も、自分の正体を知る者との遭遇が、胸中を騒がせているのでは無い。その者が身に秘める、圧倒的な力に恐怖したのだ。
 一緒に居たエディンは気付かなかったようだが、その事をサクヤは未熟とは思わない。真に実力あるハンターズは、その力を全く相手に感じさせないから。そしてサクヤが今日感じたのは、恐ろしく強大で純粋な暴力。サクヤの直感が、その血が警鐘を鳴らす…あの男は危険だと。

「ごめんなさい、エディン君の考え癖がうつったみたい。っとラグナ、少し買い物を…あ、待って」
「サクヤさん、じゃあ僕も…しっかし何でもあるな、この街。まるでコンビニを広げたみた…」
「はい残念、男の子はあっちへどうぞ。私は着替えを買いに行くんですからね」
「残念だったな、エディン。ま、お前さんのパンツはオレが選んでやんよ」

 ラグナが指差す、古めかしい衣料店へとサクヤを見送ると。エディンは肩をバシバシとフェイに叩かれながら、何故か平然と周囲に溶け込み共存している、大手コンビニチェーン店の敷居を跨いだ。心なしか見慣れたコンビニエンスストアも、すっかり地域色に染まって見える。

「しっかしエディン、オレぁ見直したぜ!パンツ奢ってやる、パンツ!もう好きなだけ選べって」
「フェイさん、そんなにパンツ連呼しないで下さいよ…ってゆーか僕、ブリーフ派ですから」

 ゲラゲラ笑ってフェイが篭に放り込む、悪趣味な柄のトランクスを元の棚へ戻して。こんな時はキャストは便利だと思いながら、エディンは替えの下着を一揃え選んだ。どうも話の流れでは、ラグナが明日の朝早くから仕事を頼みたいと言うのだ。そして明日に備えて、今夜はラグナが一宿一晩を提供するらしい。

「名前で呼び合う仲になったか、そうか…オーライ、エディンにしちゃ上出来だ」
「…まぁ、その後ド派手に振られたんですけどね」
「そうかそうか、さらに振られ…ああ!?何だそら、お前さん何やらかしたんだ!?」
「別に何も…だからヘコんでもいないです。今時身分がどうのとか前時代的、ナンセンスですよ」

 そうかい、と溜息を吐きながら、フェイは立ち読みしていた月刊バーニングレンジャーを戻すと。エディンの腕を掴んでズンズンと、店の奥へ大股で歩く。呆気に取られるエディンの篭へ、フェイはスコッチの瓶を突っ込んだ。帆船のラベルが貼られたそれは、化学的に合成された模造酒だったが、フェイがいつも山猫亭で愛飲している品。

「本当に嘘が下手だねベイビー…ヒューマンは面倒だよな、家柄とか血筋とかよ」
「僕、飲めませんよ。未成年ですから」
「オレが飲むんだよ、文句あっか?」
「…無いです、すみません」

 エディンから篭を引っ手繰ると、フェイは黙ってレジに並んだ。その背中が今日ばかりは、エディンには広く逞しく、何より優しく見える。彼女なりの気遣いなのだと知れば、落ち込む素振りを見せてはならないと思いつつ…鼻の奥がツンと痛んで、しばしエディンは目頭を押さえた。
 だが、それも一瞬の事で。自分でも不思議な位、エディンは気持ちをポジティブに切り替える事が出来た。普段なら思い悩んで考え込み、理詰めで深く思案の海へと溺れてゆくのに…ここ最近の彼ときたら、酷く前向きで。諦めないと宣言したからには、実行してみせる気概すら感じられるのだった。

「ヘイ、エディン!さっさと行くぜ…あーくそっ、小銭が増えちまったじゃねぇか」

 ビニール袋を断り、下着類を持ち主に投げ付けると。フェイは酒瓶を担いで店を出た。慌ててエディンが後を追えば、サクヤも買い物を終えたようで。その手に持つ包みの中身が、色やらサイズやら気になったが、エディンは苦笑して自分を律する。これではまるで、思春期の中学生だと呆れながら。

「ふぅん、エディン君は白か。まあ、昔から男子最後の着衣は、白が潔いと…」
「わっ、み、見ないで下さいよっ!もう」
「だって見えるんですもの。早く仕舞ったら?」
「…ハイ。っと、そうだ。ついでだから」

 クラインポケットへと下着を放り込み、代わりにマグを引っ張り出すと。歩きながら器用に、モノメイトを与えるエディン。そのすぐ横を歩くサクヤが、興味津々で手元を覗き込んでくる。二人の視線が交差する先で、マグは舞うようにクルクルと回った。

「もうヴァルナになったんだ…エディン君、早いじゃない。パワー重視かな、この子」
「取り合えず今はこの仕様で、今後の育成方針としては…」
「よっ、おかえりラグナちゃん!今日の仕事は終いかい?あ、ああ、この姐さん達が明日の?」

 不意に呼び止める声が響いて。ラグナが足を止めれば、行く手を一人の男が遮る。両手で野菜を抱いた彼は、その姿から察するに八百屋だろうか?隣のフェイを、続いて後ろのエディンとサクヤを一瞥すると、嬉しそうに彼は顔を綻ばせた。ラグナは黙って小さく頷く。

「いやぁ、これで人数はバッチリ…助かるぜラッシャイ!姐さん方、明日は頼んますよぉ」

 そう言うと八百屋は、禿げかけた頭をペコリと下げて。これで勝てる、勝てるぞと呟き笑いながら、ゆっくりと面を上げる。彼は心底嬉しそうに、何度も礼を言いながら。せめてもの気持ちと、両手を塞ぐ野菜をラグナへと押し付けるように渡した。七番艦エラーラで栽培されたであろうそれは、見るも巨大なオバケ茄子。

「ハハーン、これが夕飯って訳か。まぁ、オレは電源貸して貰えりゃ何でもいいんだが…」
「ちょい待ちっ!素通りなんてツレないじゃない、ラグナちゃん。あ、この人達が明日の?」

 追加でさらに大きな茄子を持って来た、奥さんに耳を引っ張られて。八百屋が退場するや、入れ替わりで現れたのは精肉店の女主人。例に漏れず何度も四人に礼を言うと、ラグナが抱く茄子を見るなり店へ取って返す。再び現れた彼女は、いいからいいからとフェイに豚のひき肉を大量に包んで持たせた。

「ラグナちゃん、材料を買い足せば麻婆茄子が作れるわよぉ!オバサンも得意なの、麻婆茄子」
「どーすんだラグナ、こんなに沢山…あ?大丈夫?問題無い、ってお前、誰が食うよこんなに」

 精肉店の女主人に、丁寧に頭を下げると。巨大な茄子を2本抱えて、ラグナはどんどん先を歩き続ける。その後を追ったフェイは、すぐにまた足止めを食う事となった。互いに顔を見合わせるサクヤとエディンも、遂には荷物持ちをやらされるハメに。

「ここがアンセルムスさんのホームタウンって訳か…何か楽しそうですね、サクヤさん」
「ふふ、何か昔読んだ絵本を思い出しちゃって。ラグナはこの街のハンターズなのね…」

 それは昔、サクヤの母親が読んでくれた絵本で。色んな人が協力して、一匹の猫を育てる話だったと思う。さながら物語の猫の如く、ラグナが商店街を歩けば、自然と住人達の厚意が押し寄せてきた。その全てにラグナが甘える理由が、四人の前に見えてくる…商店街を抜け、並ぶ民家の向こう側。微かに見える古い十字架。

「あっ、ラグねーちゃんだ!」
「ホントだ、ラグねーちゃんおかえりー!」

 そこは古い古い教会で。その玄関前で遊んでいた子供達が、ラグナを見るなり駆けて来る。誰もが皆、声を上げて瞳を輝かせながら。両手の塞がった四人は、たちまち子供達に包囲されてしまった。見ればどの子も、身形は御世辞にもいいとは言えなかったが、満面の笑みが目に眩しい。

「すっげー!このナス、ラグねーちゃんがとってきたの!?」
「ばーか、ラグねーちゃんはハンターズなんだぞ!ハンターズはナスなんかとらないんだぞっ」
「すごいねラグねーちゃん、このおナスおっきいね。おなかいっぱいたべられるね」

 はしゃぐ子供達の一人が茄子を取り上げ…その重さに引っくり返った。茄子に圧し掛かられて、ジタバタと手足を振り回す幼児を、茄子ごと引っ張り上げるラグナ。
 子供達の興味は、次第に茄子からエディン達へと移り始める。サクヤが説明を求めてラグナを見詰めたが、彼女はじゃれ付く子供達を中空へと放り上げたりと忙しくて。終いにはフェイまで、酒瓶と豚肉をエディンに押し付け、子供達と遊び始めた。キャストが珍しいらしく、一際大きな歓声が上がる。

「…ラグナ?ラグナなの?大変、院長を…シスターカーネリアを呼んでこなくちゃ」
「全く!猫じゃないんだから、連絡位頂戴…いつもそうやって、ふらりと帰ってくるんだから」
「おお主よ…って、祈ってる場合じゃありませんわ。ラグナ、そちらの方々は?」

 騒ぎを聞きつけ、シスター達も姿を現した。彼女達はラグナの姿を見て一様に驚き、バタバタと四方に散り始める。気にした様子も無く、子供達の相手を続けるラグナに代って、その一人を掴まえるサクヤ。

「まあ、ラグナのお仕事の…ハンターズで。ええ、ええ、まぁまぁ…」
「あ、でもご迷惑でしたら…ラグナも事前に、何も言ってないみたいですし」

 持ち切れぬ荷物を抱えて立ち尽くすエディンは、ぼんやりと教会を眺める。それ自体は珍しくも無く、どこの艦にも一つはあるものだが。宗派の違いがあるのか、この場所の雰囲気はエディンが知るものとは大きく違う。厳かでどこか格式ばった空気が、不思議と感じられなかった。そしてこの尋常ならざる子供の数。訝しげな視線を屋根の十字架に向けたエディンの、その耳朶を優しい声が打つ。

「あらあら、どうしたの皆さん。お客様をそんな所に立たせて…是非休んでいって貰いましょう」

 既に消え行く夕日の、最後の残滓が浮かび上がらせる影…気付けば玄関に、優しく微笑む一人の老婆。迫る夜気を運ぶ冷たい風が、彼女の抱く幼子の焦桃色の髪を揺らした。

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