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 パイオニア2教区カリスト福音教会…エディンがプソネットで検索した限りでは、それがこの施設の名称だったが。同じ敷地内にあるパイオニア2総督府認可の孤児院、あすなろ園の名は余り知られていないらしい。

「はいはい、みんな!いい子だからご飯の次は、お風呂に入りましょうね」
「わーい、ラグねーちゃんとおふろ〜」
「フェイねーちゃんも、おふろいこ?」
「わーった、わーったからそんなに引っ張るなって…ハハハ」

 子供達は皆が皆、行儀良く元気にごちそうさまの声を上げ、食堂から飛び出してゆく。その勢いは日が落ちても衰えず、寧ろ盛り上がる一方。その原因は、相変わらずの無表情で子供達に囲まれているラグナだった。余程懐かれているらしく、彼女はここに来てから終始振り回されっぱなし。
 ざっとエディンが見た感じでは、子供達は4〜5歳位が一番多く、ヒューマンとニューマンが半々の比率で。一番小さな子はまだ、院長先生らしき老シスターが付きっ切りで世話をしていた。その皆が皆、本星の戦災孤児だと知れば、自然とエディンは心が痛む。母なる星コーラルが、元老院を名乗る一部の超越者達の手で、国境無き世界へと刷新されて尚。戦争は無くならない…例え住むべき星が荒れ果てても。

「あらあら、お客様にそんな事をさせるのは心苦しいわ」
「いえ、シスター…ええと」
「エメリーよ、サクヤさん。お茶でも飲んでてくださいな、子供達が騒がしくてお疲れでしょうし」
「こんな賑やかで楽しい夕食は初めてです、シスターエメリー。私もお手伝を」

 サクヤは腕まくりをして素早くタスキを掛けると。散らかった食器を集めて台所へとシスターエメリーを追う。自分も手伝おうと立ち上がるエディンは、ガシリとその腕を掴まれ振り返った。

「男手が居なくて困ってましたの、助かりますわ」
「は、はぁ…え、ええとじゃあ、僕は何を手伝えば…」
「わたくしはシトリ、よろしくエディン。取り合えず、廊下の蛍光灯が切れてますので」
「了解、シスターシトリ。脚立とかお借り出来ますか?」

 妙な馴れ馴れしささえ、天然の愛嬌で許させてしまう。そんな類の人間はいるもので。シスターシトリはエディンの腕を両手で抱くと、独自のマイペースに彼を引きずり込んだ。何やら心中穏やかでは無い様子のサクヤに見送られて、二人は食堂を後にする。

「殿方がいらっしゃるなんて何年ぶりかしら?ねえエディン、外の事を聞かせてくださる?」
「は、はぁ…あの、そんなにくっつかれると、その。困ります」

 物置から脚立を運び出し、広い廊下で天井を見上げれば。確かに蛍光灯の一つが唸りながら点滅を繰り返していた。男手必須の仕事とは思えなかったが、御婦人の前では男が率先してやるべきだと自分に言い聞かせて。手早くエディンは電源を切り、交換用の蛍光灯を片手に脚立へ足を掛けた。
 薄暗がりの中、ゆっくりと古い蛍光灯を外してゆくエディン。彼はシスターシトリにせがまれるままに、ハンターズ生活での様々な出来事を語った。迷子の猫探しから、ケーキ屋の警備破り…果ては大学のコンピュータとの激論まで。口に出してみればエディンも、我ながら良くもまぁと感心する。そのどれもが今は、貴重な経験と感じるから。

「まぁ、素敵ね。世間じゃ悪い事言う人も居るけど、わたくしはハンターズって好きですわ」
「ど、どうも…そうだ、シスターシトリ。僕も一つだけ聞いてもよろしいですか?」

 ええ、と見上げ頷くシスターシトリに、外した古い蛍光灯を渡しながら。エディンは未だに謎多き仲間、ラグナ=アンセルムスの事を聞こうと思ったのだが。余りにも解らない事が多すぎて、何から聞いていいものやらと言い澱む。ハンターズ同士での詮索は避けるべしという不問律も、彼が言葉を選ぶ邪魔をした。
 そんなエディンの意を汲んでか、先に口を開くシスターシトリ。

「解っておりますわ、エディン。貴方はラグナの事を色々とお知りになりたいのでしょう?」
「は、はぁ…まあ」

 他言は無用です、と念を押した上で。シスターシトリは脚立のステップに腰を下ろした。長い話になりそうだと、エディンも天板に座り込む。

「あれはそう、この船団が出航して間もない頃…雨の降る日だったのを、今でも覚えていますわ」

 膝の上に頬杖ついて、シスターシトリが追憶を振り返りながら語る。それはとある少女の物語。

「凍えるように寒い、土砂降りの朝。ラグナは正門の前に血塗れで倒れてましたの」

 最初に気付いたのは、シスターエメリーで。すぐさま教会に担ぎ込まれた少女は、献身的な手当で一命を取りとめる。シスター達が皆、癒しのテクニックに覚えのあるフォースだった事も幸いだった。しかし彼女は意識が戻った当初、心を閉ざし一切を語らなかったという。
 古びたセイバーを両手で固く握り、片時も放そうとせず独り震えるばかり…そんな少女をしかし、孤児院の院長であるシスターカーネリアは、根気強く面倒を見た。
 エディンはふと、話の途中で疑問に思い口を挟む。深手を負ったニューマンの少女を見て、何かしらの事件性を感じなかったのか、と。しかしシスターシトリは、当局への通報等が行われなかった理由を一言で片付けた。

「その時わたくし達は皆、消えゆく命を繋ぎ留めるので精一杯でしたわ」
「は、はぁ…でも、一段落したらやっぱり、しかるべき手続きを取るのがお互いの…」

 だが、シスターシトリは明言する。その必要が無かった事を。頑なに自分の殻に閉じこもる少女に、孤児院の子供達が手を差し伸べたのだ。幼く無垢な子等は皆、何の警戒も抱かず和の中へと迎え入れる…手負いの獣の様に、心のささくれ立った少女を。そして訪れる小さな変化。それは些細な、しかし目に見えて確実に。徐々に心を開いてゆく少女が、自ら名前を名乗った時…あすなろ園は喜んでラグナを迎え入れた。

「うーん、何か夢みたいなお話ですね。いいのかなぁ」
「あら、一応本人から一通り説明は受けましたわ。ゆく当ても住む場所も無いハンターズだと」
「それ、普通は怪しみませんか?こんな御時勢ですし、一口にハンターズと言っても…」
「こんな御時勢だからこそ、ですわ。何も時勢に合わせて生きる必要なんてありませんもの」

 それは神を奉じて信仰心に生きる、敬虔な信徒ならではの物言いとも思えて。そこに危さを感じてしまい、世知辛いものだとエディンは溜息を一つ。そんな彼をしかし、シスターシトリは責める訳でも無く。説教臭い小言の一つも言わず、話の本筋を進めた。
 孤児院の一員となったラグナの噂は、すぐに地元の商店街に広まり…彼女の元へはギルドを通さず、細々とした様々な仕事が舞い込むようになった。それはどれも、他愛の無い雑事だったが。ラグナは一つ一つ丁寧に仕事をこなしていった。その評判は次第に高まり、彼女は地元商店街の人気者になってゆく。

「今思えば、商店街の皆様も心配して下さったのですわ。それでわざわざ、ラグナにお仕事を…」
「へえ、あのアンセルムスさんがそんな小さな仕事を」
「ええ、でも…商店街の皆様と接する内に、ラグナは気付いてしまったのです」
「な、何にですか?何か秘密でも…」

 シスターシトリは周囲を見回すと、脚立に足を掛けて立ち上がり。エディンの耳に口を寄せて囁いた。

「えーっ!?それ、完璧に破綻してるじゃないですか」
「声が大きいですわ、お静かに…子供達に聞かれてしまいます、エディン」
「す、すみません。でも、総督府からの援助が受けられるのでは?」
「勿論受けています、受けてはいますが…それでも圧倒的に足りないのです」

 あすなろ園はパイオニア2総督府認可の孤児院である。しかし聞けば、船団内のどこの施設も経営は苦しいらしく。あすなろ園も例に漏れず、その財政状況は逼迫したものだった。元より星間移民の定数を埋める為、数合わせに方舟に乗せられた孤児達である。総督府からの援助も、決して充分な物とは言えないのが現状。

「そしてある日、ラグナは忽然と姿を消しましたわ…すぐに戻って来ましたけども」

 ラグナはより高額の報酬を得る為に。商店街での依頼をこなす傍ら、ハンターズギルドで大きな仕事を取り始める。何が彼女をそうまでさせるのかは、誰にも解らなかったが。一宿一晩の恩を返すには、ラグナのもたらす資金は余りに大きすぎて。しかし戸惑いながらも頼らざるを得ないのが、あすなろ園の現状だった。

「シスターシトリー!おふろ、おわったー」
「あのね、ラグねえちゃんがね、シャンプーがまんしたからね、アタシもがまんした!」
「あらあら、ビショビショではありませんか。そんな事では風邪を引いてしまいますわ」

 裸でズブ濡れの子供達が、薄暗い廊下へと突然飛び出して来た。慌てて脚立から飛び降りると、シスターシトリはその後を追い回す。彼女達は脚立の周囲をグルグルと回り、食堂へと駆けていった。その背を見送り、作業へと戻るべく立ち上がるエディン。

「でも、わたくし安心しましたわ。あの子に…ラグナにこんな素敵な仲間が居て」

 一度だけ立ち止まって振り返ると、シスターシトリはそう言い残して。歓声を上げる子供達を追って見えなくなる。ややあって食堂が大騒ぎになるのを、どこか遠くへ聞きながら…エディンは自分の中でその一言を反芻した。
 素敵な仲間…ラグナを良く知る人間からの一言は、エディンにとっては素直に嬉しく。もし本人からそう言って貰えたならもう、舞い上がってしまうだろう…無論、その可能性は限り無く低いが。自分がそう評されたように、サクヤやフェイが誉められた事が何より嬉しかった。
 実際の所、ラグナ=アンセルムスが自分の事をどう評価しているか…それは誰にも解らないが。今なら前より少し、胸を張って堂々と言える。フェイにからかわれても、サクヤに微笑まれても…無論、ラグナに普段通りの無表情で関心を持って貰えずとも。彼女等が皆、誰にでも誇れる大事な仲間だと。相手にどう思われているかも大事だが、自分がどう思っているかも大事。

「仲間か…そうか、仲間だから逆に知らなくてもいいんだ、今までの事は。寧ろ大事なのは」

 ハンターズの間で、互いの詮索を良しとしないのは、何も戒められての事では無いと知る。大事なのは、これからの事だから。自然とそう感じるエディンはやはり、どこか妙に前向きな自分をおかしいと笑った。どんどん自分が、自分の知らない…予想も出来なかった自分へと変ってゆく。その実感が今は心地よくて。蛍光灯を丁寧に付け終えると、彼は勢い良く脚立から飛び降りた。

「おう、エディン!さっさと片付けて一杯やろうぜ。愚痴位は聞いてやっからよ」
「僕は飲めませんってば。愚痴も今は結構です。でもいつか…多分お世話になると思いますけど」

 全身ピカピカになったフェイが、スイッチに手を伸ばすと。廊下に温かな乳白色の光が満ちる。それは小さな小さな、仕事と言うのもおこがましい些細なお手伝いだったが。他の仲間達がそうするように、丁寧に確認するエディン。彼は脚立を畳んで物置へと返すと。フェイと連れ立って、笑い声の響く食堂へ向った。

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