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 快音を響かせ、白球は矢となり硝子の空を駆け上る。その軌跡を追って立ち上がると、キャッチャーのエディンはマスクをかなぐり捨てた。打球は風に乗って伸びるものの、場外へはまだ遠く。ボールを見上げてセンターのフェイが、危なげ無く捕球体勢を取った。平凡なセンターフライに安堵するも、三塁ランナーを意識して焦れるエディン。
 そのスポーツは数ある球技の中でも、突出して競技人口が多い訳では無い。専用の球場や多数の用具が必要だったし、ルールも複雑で難解だから。だが、だからこそ…一部の熱狂的な愛好家に、熱烈に支持され続けていた。
 そんな訳で今日も、カリスト移民スタジアムへと野球馬鹿は集う。九人と九人が鎬を削るパイオニア草野球シリーズ非公式戦、地元商店街チームに対するは退役軍人会チーム。平均年齢68歳(キャスト除く)ながら強豪として名高く、ホームゲームとは言え楽な相手では無かった。

「フェイさんっ、バックホームッ!三塁ランナーがっ!」
「おっしゃ、やらせるかっ!喰らっ、えぇぇぇぇぇっ!」

 三塁ランナーのキャストが地を蹴り、ホームベースへ向ってイカツいボディを一直線にぶつけてくる。その姿を視界の片隅に捉えて、エディンはミットを構えて返球を待った。その視線の先には、犠牲フライを阻止するべく左腕を振りかぶるフェイの姿。
 鋼の肉体を撓らせ、人工筋肉が躍動した。機械と言うには余りに情動的かつ、ダイナミックなフォームで。イチロー顔負けのレーザービームを放つフェイ。それは真っ直ぐにエディンのミットへと、大きな音を立てて吸い込まれた。同時に飛び込んで来る走者を、エディンは間髪入れず捕殺…しつつ、吹っ飛ばされる。

「ん、んん、むぅ…セ、セー…いや、アウトォォォッ!」
「エディン君、大丈夫…じゃないか。平気?」

 もうもうと舞い上がる砂煙の中、一塁で心配するサクヤにピースサインを返して。微妙にして絶妙なジャッジに安堵しながら、エディンは身を起こした。彼は即座にポジションに戻ると、両手を上げてナイン全員に声を掛ける。腰やら首やらも痛かったが、何より痛いのはフェイの送球を受け止めた左手。

「ツーアウトでーす!締まっていきまっしょー!」

 守備位置のあちこちから元気な声が返って来る。九回表、ツーアウトでランナー無し。あと一人抑えれば、この回の裏でイッパツ逆転…八百屋や魚屋のオヤジ達も、呉服屋の若旦那も小料理屋の板前も士気は高い。野球好きを通して野球狂いの彼等には、僅か一点のビハインドは何よりの御馳走。
 ハンターズへ舞い込む依頼は多岐に渡り、その内容も難易度も様々で。しかしこれは流石に、ともエディンは思うのだが。ラグナのたっての願いとなれば、無碍にも出来ず。幼少期を思い出しながら、キャッチャーミットを手にする事となったのだが。やるとなれば自然と、皆が皆本気で全力投球だった。

「イチチ、手が…こりゃもう、ちょっとした超人ベースボールだよなぁ」

 相手は皆、退役したとは言え体格に恵まれた元軍人達で。対する地元商店街の面々は非力ながらも、ラグナやフェイといった身体能力の高いハンターズが入り混じる。よくもまぁ、最終回まで無事生き残れたものだと、大袈裟に自分を誉めながら。エディンはミットを構えて屈み込むと、マウンドのラグナが小さく頷く。
 甘い玉をレフトスタンドに運ばれ、一点を許したものの。ラグナは良く好投していると言えた。彼女はエディンのサインに首振る事も無く、巧みなサブマリン投法で時には振らせ、時には打たせて。次々とバッターを討ち取ってゆく。打線の援護が全く振るわなかったが、両チームの勝負は実力伯仲。

「ハッハッハ、あのお嬢さんも頑張るなぁ。オジサン打っちゃうよ?ガツーンと」

 他の仕事でもそうだが、その容姿からラグナを過小評価する人間は後を絶たない。バッターボックスに入るなりエディンに、ニヤニヤと語り掛ける小太りの男もそう。エディンは今まで、そんな大人達が舌を巻くのを何度も見て来たから。だから気にせず、マウンドのラグナへとサインを送った。少しビビらせてやろうとも思ったから。
 内角ギリギリのボールが、バッターの胸元を掠めるようにミットを叩く。思わず仰け反ったバッターをチラリと盗み見て、内心舌を出すエディン。審判は高らかにストライクを叫んだ。

「あっ、危ないじゃないか…いいね。燃えてきたよ、お嬢さん」

 男の表情が一変した。その真剣な眼差しは、彼が現役時代は優秀な軍人であった事を雄弁に語る。続いて放られた140キロ級のフォークを、微動だにせず見送ると。もう見切ったとばかりに、足元をならしてバットを構えた。ツーストライクに追い込まれてるにも関わらず、その顔には笑みさえ浮かぶ。

「ふう、次の一球でなんとか…決め球お願いしますよ、アンセルムスさん」
「そうは問屋がっ、卸さな、いっ、ぜ!」

 最後の一球を真芯で捉え損ねて。しかしラストバッターは腕力に物を言わせて振り抜いた。詰まった打球の行方を気にもせず、男は猛然と一塁へ走り出す。ショートの足元を抜けたゴロは左中間を転がった。

「っしゃ!シッカリ捕れよっ、サクヤ!」
「任せて、フェイッ!」

 レフトの若旦那を制して、利き手で直接ボールを拾うと。そのままフェイは一塁へと身を捻って。不自然な姿勢ながら、正確な送球が真っ直ぐ飛ぶ。サクヤが身を乗り出して構えれば、ランナーがベースへ滑り込むより僅かに速く、白球がファーストミットを叩いた。

「っしゃ、最終回で大逆転だラッシャイ!」
「ラグナちゃん、お疲れちゃん〜!いやもう、ホント助かるわ〜」
「あら、もうチェンジ?だってまだスリーアウトじゃ…」
「ヘイ、サクヤ。さっきから何度も言ってるけどな、野球はスリーアウトでチェンジな…ん?」

 皆口々に互いを励ましながら、ベンチへと帰って行く。外野から戻って来たフェイは、サクヤに本日何度目かのルールの説明を試み…言葉を失った。人影疎らなスタンド席で、意外な人物が自分を見詰めていたから。首を傾げるサクヤを置いて、フェイは思わずフェンスまで駆け寄る。

「ほお、気付いたか…ククク、たまには野球観戦でもするかと思ってナ」
「フェイさん、すぐに打順回って来ま…あれ、お知り合いですか?」

 プロテクターを外したエディンは、フェンスを挟んで見詰め合う二人を交互に見やって。声を掛けたが、フェイから返事は無い。彼女の視線を吸い込む男は、低く独特な笑いを浮かべるだけだった。

「知り合いなんかじゃねーよ…なぁ?地獄のチューナー、ジュン=キタミ」
「そうそうボウズ、ブラックウィドウにこんな知り合いは必要ないのヨ」
「ったりめーだ、オレは鍛えてるからな。手前ぇの世話になんざ、死んでもならねぇ」
「いい動きだ…性能を現状で限界まで引き出している。ククッ、伊達に看板背負ってないわナ」

 顔に大きな傷のある、その男をフェイはジュン=キタミと呼んだ。聞き覚えが無い名で、エディンは首を傾げる。地獄のチューナーという物騒な、気恥ずかしくもある二つ名も不気味で。彼がその意味を知るのは、プソネットで不確かな情報を集めた後だった。

「人の事じろじろ見やがって、薄気味悪いぜ…行くぞエディン!」
「あ、は、はいっ!じゃあ、僕達はこれで」

 フェイはキタミに背を向けると、大股でとっとと行ってしまった。慌てて追い掛けるエディンの背を、囁くような言葉が叩く。

「噂通りのイイ機体だナ…こんなに最適化されたキャストはそうは居ない」
「そりゃ、ブラックウィドウの名は伊達じゃないでしょうから」

 思わず振り向き、エディンは言葉を返してしまった。低く笑うキタミは、独り言を呟くように突然語り出す。ボソボソと響くその声はしかし、嫌にエディンの耳の奥へ残った。

「あの送球する時のモーメントバランス、ありゃもう生物の域なのヨ」
「でも普通のキャストならアレくらいは…」
「例えるなら、曲線の動きなのヨ。完全に自分のイメージ通りに動く肉体…素晴らしい」
「は、はぁ」
「キャストの本質は機械、機械の動きはどうしても直線的なのヨ…だが、使い込めば」
「フェイさんは人間です!そんな物言いでしかキャストを見れないのならっ」

 ベンチから声援の声が上がった。ラグナが意表を衝くセフティバントで出塁したのだ。同点ランナーが出た事でもう、商店街の面々は期待の声をフェイへと寄せる。同点のチャンス…あわよくば逆転サヨナラを演出する事も。フェイの性格からすると、最高のシチュエーションの筈だが。何故か彼女は浮かない顔で、盛り上がりも今一つ。

「ま、ボウズ…ブラックウィドウに伝えてくれ。気が変わったらいつでも来い、と…ククク」

 それだけ言い残して立ち上がると。キタミは行ってしまった。エディンが思わず引き止めようとした瞬間、甲高い音と一際大きな歓声。あっさりと逆転ホームランを放つと、フェイはバットを放り捨てる。駆け足で塁を回るラグナを追って、彼女は妙に神妙な面持ちでダイヤモンドを一周した。
 普段のフェイなら、劇的にヒロイックな自分にもっと高揚する筈なのに。無表情でサクヤや商店街の面々とハイタッチする、ラグナに続こうともせずに。ゲームセットの声を聞くなり、フェイはベンチに引っ込んでしまった。

「御疲れ様、どしたの?らしくないわよ、フェイ」
「あー、悪ぃサクヤ。あれだ、気に入らねぇ奴につい構っちまってよ」

 大人気無くフェイは不貞腐れていたのだ。それ程までに彼女は、キタミの存在を忌み嫌っている。それは当然で、彼女ならずとも真っ当なキャストであれば嫌悪感を抱くだろう。地獄のチューナーは大半のキャストに軽蔑される一方でしかし…極僅かな者達を魅了し誘惑する。更なる高みへと。

「ま、誰でもそゆ事あるわよ。整列、行きましょ?」
「ああ、そうだな…ヘッ、オレがシケた面してちゃ、折角の逆転勝利も冷めちまうぜ」

 サクヤとフェイは連れ立って、他の面々に並んで整列した。相手チームはまさかの敗北に驚いているものの、イイ勝負が出来たと満足気で。審判を中心に一礼した後は、お互いに健闘を讃えあった。その和の中でエディンは、普段通り豪快な笑みでみんなに胴上げされてるフェイに一安心。

「まぁ、オレに任せりゃざっとこんなもんよ!それよかラグナ、今回の報酬…」

 ヒーローに祭り上げられ、気を取り直してはしゃぐフェイはしかし。後になって後悔する事になる…今回の報酬が全て、地元商店街の地域限定クレジットで支払われたから。その事で暫く、フェイはラグナに猛抗議し続けたが、全く相手にされず。結局フェイもエディンもサクヤも、暫くその商店街での買い物を余儀なくされるのであった。

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