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 週末の山猫亭は、あいも変わらずの大繁盛で。酒場のあちこちで賑やかに、誰もが酒を酌み交わす。男も女も、老いも若くも。その熱狂的な喧騒の中、待ち合わせの相手を求めて…アルピーヌ・ド・トゥールビヨンは人混みを縫うように歩く。キョロキョロと周囲を見渡せば、カウンター席で女将と話していた男が振り返った。

「こっちだ、アル」
「普通はもっとこう、雰囲気のあるお店に誘うんじゃないかな?ヨォン君」

 嫌いじゃないけど、と付け足して。寧ろ好ましいとさえ思える騒がしさを背に、アルピーヌはヨォンの隣に腰を下ろした。彼女自身、久々に連絡をくれた知己との再会に、一流ビストロなどを期待しては居なかったから。だから口でああは言って見せたものの、彼女自身も仕事上がりのラフな格好だった。

「カッカッカ、ここは馴染みの店でね…贔屓にしてるのさ。悪くはないだろう?」

 そう言ってジョッキを一気に乾かすと。ヨォンは女将に同じ物を二つ注文する。再会の挨拶もそこそこに、アルピーヌはメニューを眺めながら去りかけた女将を呼び止めた。

「エラーラ地鶏の香草焼きと、天然ドスマグロユッケ、女将のオススメサラダにホッケと…」

 今時珍しい、紙と皮のメニューを指差しながら。アルピーヌは片っ端から料理を注文してゆく。無論、全部一人で食べるつもりで。その旺盛な食欲に呆れて苦笑しつつも、ヨォンは月日を経ても変わらぬ旧知の友に目を細めた。
 この世界に生きるニューマンは皆、個体差はあれど大半が寿命が不安定。短命で終わる者が後を絶たぬ一方で、驚くべき長寿を誇る者も数多く存在する。そしてトゥールビヨン公爵家の現当主は後者だった。だからヨォンの倍以上を生きているにも関わらず、アルピーヌの容姿は若く瑞々しい。それは確実な老いを刻むヨォンには眩しくもあり、同時に少し寂しくもある。

「何を遠い目で見詰めているかな、キミは…ほらっ、乾杯するぞ」
「いや何、変わらぬなと。つい…な」

 運ばれてきた杯を互いに手に取り、先ずは再会を祝って乾杯。直にこうして会うのは、二人にとっては数年ぶりで。パイオニア2船団内で会うのは、今夜が初めてだった。それでもこうして顔を合わせれば、若かりし頃からの変わらぬ付き合いが蘇る。否、会う度に蘇る訳では無い…会わずとも両者には、不偏にして不動の絆があった。

「そう言えばアル、また男と別れたんだってな…どうしてそう、長続きしないんだ?」
「そりゃもう、バチコーン!と言ってやったよ。三行半ってやつだね、って…どこで聞いたの?」
「ハンターズは情報が命、ってね。名門貴族の女公爵様だ、嫌でも耳に入ってくるさ」
「名前だけの貴族だけどね。今じゃ公社勤めの2DK暮らしときたもんだ…とんだ没落貴族って感じ」

 見ていて気持ちが良くなる位の、爽快な飲みっぷりを披露して。アルピーヌは空になったジョッキを翳して給仕を呼ぶ。しかし店内は一層の混雑で喧騒に沸き返り、呼べども呼べども給仕は来ない。小柄で華奢な彼女はついには、立ち上がって飛び跳ねながら、無理矢理キャストの店員を捕まえた。

「で、ヨォン君は最近どうなの?」
「俺か、俺はまぁ…そうだな、美人は沢山居るが。あいつに比べたら皆…」
「ちっがーう!仕事のハナシ!こっちはもう、先月開幕したPRCで大忙しなんだから」
「ああ、やっぱ排ガスとか影響出んのかね?レースごっこ位、公社も大目に見れば良かろう」
「とんでもない!ここはねヨォン君、密閉された循環社会なんだぞ?人類の瓶詰めなんだから」

 アルピーヌは貴族ながら、領地も既得権益も親の遺産も無く。今はしがない船団管理公社の職員として毎日を忙しく暮らしている。ここ最近は特に、旧世紀の四輪自動車によるお祭り騒ぎで、事の外多忙な日々だった。
 極めて母星に近い環境を再現している故に、暮らす人々は不便ながらも忘れてしまう…自分達が生きているこの場所が、超長距離恒星間移民船団の中だという事を。何故なら船団管理公社が、緻密且つ完璧なスケジュールで各移民船の環境を維持管理しているから。

「っとに、毎日テンテコマイだよ。今日だってハンターズの手まで借りて、空の一斉大清掃」

 やっと運ばれてきたグラスを受け取り、その半分を一気に喉へ流し込んで。度の強い蛍光色の合成酒を片手にもてあそびながら、アルピーヌはカウンターに頬杖を突いて溜息を一つ。ヨォンは自分には日本酒の熱燗、それもオリジナルの天然物を注文すると、黙って聞き役に徹した。今日の目的の半分はそれだから。

「硝子の空だってみんな笑うけどさ、空を青く保つのだって大変なんだ」

 運ばれて来た料理に舌鼓を打ちながら、アルピーヌは愚痴を零した。その食いっぷりに見惚れつつ、ヨォンは先を促す。二人の仲に遠慮は不要。アルピーヌもそれを承知の上で、内心感謝しながら喋り続ける。

「今日来た連中はでも、結構手際が良かったな。あ、そうだ!ヨォン君、ブラックウィドウが…」
「代替わりしてた、だろ?もう会ったよ。ティアンが名を譲るだけある、いい腕なんだろう」
「なんだ、知ってたか。後はこう、無愛想な子供と…ああ、リーダーは育ちイイ人っぽかったな」
「…まあ、当らずとも遠からず。それと、もう一人居ただろ?理屈っぽい若造が」

 ヨォンに言われて、ンン?と考え込み。アルピーヌは思惟を巡らせ思い出す。三人の才女に付属して来た、エディン=ハライソの事を。それはどうやら愉快な記憶で彩られているらしく、アルピーヌは思い出し笑いを堪えてカウンターを叩いた。

「いた、いたよ確かに…あー可笑しいっ!彼さ、何か凄い張り切っちゃってて」
「何かヘマでもやらかしたかい?俺の見立てでは、磨けば光る素質だと思うんだが」
「イイトコ見せようってのがもう、見え見えってゆーか。まぁ、可愛いんじゃないの?」
「若いからな…俺も身に覚えがあるよ。女性の前で男は、つい見栄を張ってしまうものさ」

 運ばれて来た御猪口を手に、ヨォンは熱い徳利を摘み上げた。美人の酌で飲む酒も美味いが、今は手酌でいい…ただ黙って隣に居てくれるだけでいい。無論、アルピーヌは黙るどころかさっきから喋りっぱなしだったが。それでも不思議と、料理はどんどん減ってゆく。
 若気の至り、という言葉がある。その一言は、ヨォンの脳裏に様々な追憶を思い出させた。今はもう昔、血気盛んで好奇心に満ち、探究心に溢れ活力に漲っていた自分。怖いものは何も無く、己と仲間が居れば何でも出来た。とびきりの冒険と酒と美味い飯、書物に音楽…そして女。彼もエディン=ハライソのように、異性の関心を惹く為に心を砕いたし、時には命を賭けもした。結果、最良の伴侶を一時ではあるが得ることも出来た。

「まあでも、怪我が無くて良かったけど。つーか落ちたら怪我じゃすまないし」

 硝子の空とは言え、実際には各移民船の天蓋ドームはかなりの高さがある。普段は公社の職員が行うが、天蓋ドームの定期点検と清掃は、非常に危険な作業だった。それは本来、ハンターズにとって割のいい仕事とは言えないだろう。公社の出す報酬などたかが知れているし、手間ばかりかかる地味な仕事。
 しかしサクヤは、他のハンターズが引き受けないような小さな仕事も、丁寧に拾ってこなしていた。ヨォンは過去のデータをギルドで調べたが、彼女とその仲間達の仕事ぶりは、御世辞にも華々しいとは言えない。あの凄腕ガンスリンガー、ブラックウィドウが一緒であるにも関わらず。何度か派手に鉄火場で大立回りをしてはいるが…基本的には、移民達のささやかな悩みの解決が主な仕事。

「それにしても面白い連中を集めたものだ。ブラックウィドウにオチビちゃん、そしてあの若造」

 美しく成長した嘗ての教え子を想い、ヨォンは一人呟いた。彼の愛弟子は自らを今、生まれ育って暮らし死にゆく、小さな閉じた社会の外に置いているのだ。そうする事で重苦しいしきたりの頚城を解かれ、何よりも大切な知識を得、経験を積むだろう。限られた僅かな、もう少ししか残されていない時間の中で。
 思えば残酷な事だと、ヨォンは酒をあおった。市井に生まれたなら、いくらでも生き方を選べただろうが…残念ながらサクヤは、そうでは無かった。その血筋故に彼女は、人並みの幸せを捨てて生きねばならない。太古の昔より脈々と受け継がれし、異能の力を絶やさぬ為に。その力を持って人の世を、正しき方向へと影ながら導く為に。

「それを自ら望み選んで、しかしまだ受け入れられぬのか?そうだな、誰もそんなに強くは…」
「ちょっとヨォン君。さっきから何をブツブツ…独り言?やぁね、老け込むのはまだ早いぞ?」

 神妙な顔付きのヨォンを、隣から覗き込むアルピーヌ。その顔は酒気に酔い、僅かに赤みが差して上気していた。初めて会ったあの日から変わらぬ、大きな瞳が僅かに潤んで光を吸い込む。彼女のその目に映る自分に、言い知れぬ老いを感じながら。それも一興と笑ってヨォンは酒を注いだ。

「何の、俺もまだまだよ。まぁ、ちょっと考え事をな」
「ふーん、アタシを呼びつけといて考え事ね…何?こら、白状しなよ」
「はは、悪い悪い…ま、ちょっと。なあ、アル」
「すいませーん!お酒追加で!ん、何?」

 それは数多の冒険を生き抜き、数々の栄光を手にして来た男の呟きにしては、余りに小さく弱々しい。店の奥へと走る店員に叫んでいたアルピーヌは、すぐにその雰囲気を察して向き直った。

「もし、限られた時間の中で、今しか出来ない事をするとしたら。アル、お前はどうする?」
「何か抽象的…ま、いいけど。今しか出来ない事…そんなの、決まってるよ」

 人差し指をピンと立て、アルピーヌが身を乗り出すと。その勢いに負けて思わず、ヨォンは少々仰け反った。それに構わず、真っ直ぐ相手の目を見詰めて、アルピーヌはキッパリと断言する。

「恋よ、恋!仕事もいいし冒険もまたしたいけど、やっぱ恋でしょ。むしろ愛?」

 ウンウン、と大きく頷き自分に言い聞かせながら。運ばれて来た酒をチビリと舐めるアルピーヌ。随分と酒が回ったようで、その言動は少々覚束ないが。彼女の価値観は十二分にヨォンに伝わった。それが参考になるかどうかは別にして。しかし僅かに胸中に響くものを感じ、ヨォンはふむと唸る。

「恋か…なるほど、確かにサクヤはあれでもまだまだ心は乙女。ありえるやもしれんな」
「誰それ?やだな、もぉ…誰、なんだ、よっ!ちょっとー、聞いてる?」

 アルピーヌにせっつかれるままに、ヨォンは今までの経緯を簡単に説明した。自身に言い聞かせるように。彼はもう、責任ある大人になって久しく、今や後進の指導を気に掛ける立場だから。
 数々の武勲を誇り、剣聖などと持ち上げられてはいるが…ヨォンにとってそれはどうでもいい事で。長いハンターズとしての人生が、既に折り返しを過ぎた今だからこそ、愛弟子の事が心配だった。同時に、その周囲を取り巻く仲間達の事も。特に、エディン=ハライソの事が気になる。

「驚いた、コーラルを所狭しと暴れ回ったヨォン君が…そっか」
「俺はサクヤに剣を教えて、力ある者としての道を説いた。そのアフターケアみたいなもんさ」
「ふふ、見直した。ちょっとカッコいいぞ。ね、もっと話してよ…お弟子さんとその仲間達の話」
「ああ、今度は俺が話す番だな。じゃあ…再会を祝して、俺の部屋でってのはどうだい?」

 一瞬、虚を疲れたような。その実、待ち侘びていたような。ヨォンの一言に、小さく驚いてみせるアルピーヌ。どうしようかな、と彼女は考える素振りでグラスをもてあそぶと。既に用意しておいた返事を、もったいぶって焦らしながら…ふと気持ちが昔の二人に若返った気がして。アルピーヌは素直に頷いた。

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