《前へ 戻る TEXT表示 暫定用語集へ | PSO CHRONICLEへ | 次へ》

 意識、集中。精神、統一。心を研ぎ澄まして氣を練り上げ、エディンはフォトンウェポンのスイッチを入れた。唸るような低周波の響きと共に、緑鮮やかなフォトンが迸る。それが雌雄一対の刃を形成すると、エディンは身構えカッと目を見開いた。

「いくぞぉ…セイッ!ハァ!ネリャァ!…どうですか?今のモーション、完璧ですよね」

 そう言ってエディンは、大袈裟な構えを解くと。ダブルセイバーの刃を静かに納める。自信はあったが、結果のほうはと言えば…黙って見守っていた仲間達から、手厳しい声があがった。何より同じハンターであるラグナの、無言の視線が痛い。

「ハッ!何が完璧だ、嘘ぶっこくなっつーの。ダメダメだぜ、エディン」
「エディン君、言い難いのだけど…本物のダブルセイバーなら、両足ちょん切れてるわよ?」

 周囲の技術者達も慌しく動き出し、エディンの全身を覆う特殊スーツに表示された値を読み取りながら。中空に今しがたの彼の攻撃モーションを立体映像で投影する。再現された姿は、本人は格好良く立ち回ってるつもりでも、どこかチグハグで滑稽。そしてサクヤの指摘通り、フォトンの刃は綺麗にエディンの両足を通過していた。
 ここは十番艦カルメ内にあるミク社のラボ。ミク社とは、トラト社やクリス社に並ぶ、フォトン用品の大手開発企業である。どの会社も製品開発は多岐に渡り、フォトビジョンからフォトライド、フォトンウェポン全般まで手広く扱っている。そしてこのラボでは今、新製品のデフォルトモーションパターン作成の為に、エディン達ハンターズが訪れていた。

「おっかしいなぁ…ああ、きっとこのマグと僕のシンクロが良くないんですよ」

 自分でも苦しい言い訳だと思ったが。ラボから貸し出されたマグをコツンと軽く小突いて、シンクロを解除するエディン。自前のマグより遥かに高レベルのそれは、仮初の主の仕打ちに文句も言わず、フワフワと宙を舞った。

「それにしても…両剣ももう、一般用モーションが作成される時代なのね」
「発売されたら流行るぜ、多少値が張るだろうけどよ」

 ハンターズは新し物好きが多いとフェイは言う。実際に販売ラインに乗るかどうかは兎も角、予め提示されたスペックを見る限りでは、充分に魅力的な武器だとエディンは思った。最も、自分で両足をちょん切ってしまうようでは話にならないから…だからこうして、予めプリセットされたモーションパターンを作っておくのだ。
 両剣自体は、実剣光剣を問わず昔から使われて来た武器である。しかしその扱いは難しく、未熟な使い手では今のエディンのように、自身を傷付けてしまう事になりかねない。その為、両剣はその殆どが使い手自らの手によるカスタマイズウェポンで、市場には出回らぬ代物だった。
 だが、フェイは扱いの難しいこの手の武器を、自在に操る人間を二人も知っている。一人は以前、八番艦パシファエで対峙した通り魔事件の犯人…ツギハギだらけのネイキットガール。その暴力的で無軌道な剣筋は我流だろうが、間違いなく達人の域。そしてもう一人は…

「エディン君、貸してみて。この剣はね、ちょっとしたコツがあるのよ」

 サクヤもエディン同様、データ計測用の特殊スーツに身を包んでいた。彼女はエディンからダブルセイバーを受け取ると、指定されたサークル内で身構える。彼女のマグは自前で、普段とは毛色の違うシャトが傍らに寄り添う。

「フェイさん…あれ、あのマグって普段の奴と違いますよね。いつものは青かったような」
「オレ等位のレベルになっとな、エディン。用途に合わせて複数のマグを育てておくもんなんだよ」

 いいから黙って見てろと言い放ち、フェイも久々に魅入る。彼女が知るもう一人の使い手の、その華麗な技を。フォースにしては卓越し過ぎていると、以前から思っていたが…先日の件で彼女は合点がいったのだ。剣聖ヨォン=グレイオン直伝なれば、その腕前にも納得。
 見てろと言われてしかし、エディンはサクヤを直視する事が躊躇われた。実際にはもう、穴が開くほど見詰めていたいのだが…モーションデータ作成の為の特殊スーツは、余りに装着者の体のラインを浮き立たせ過ぎる。すらりとスタイルの良いサクヤの、くびれた腰やふくよかな胸、何よりたわわに実った尻にばかり視線は吸い込まれた。

「…っと、こりゃ無理、無理だわ!ストーップ!」
「すみません、あの…もう少し難度の低い型でお願い出来ないでしょうか」
「いや、補正掛けて7フレームずつタイミングを…って、本末転倒かそりゃ」

 ミク社のスタッフ達が動き出して初めて、エディンはふと我に返った。スタッフ達ですら僅か数秒の間、呆気に取られていたが。その剣は余りにも流麗にして華美…まるで舞うようにサクヤはダブルセイバーを振るう。洗練されたその技はしかし、両剣初心者用のデフォルトモーションパターンにしては、些か難易度が高すぎた。

「ごめんなさい、久しぶりでつい…次、も少し軽めの型をやってみますね」

 表示された自分の立体映像を見ながら、スタッフ達と何やら難しい話のやり取り。モーションフレーム数がどうとかディレイがどうとか…聞いても良く解らず、エディンはサクヤの華麗な剣技にただただ見惚れるばかりだった。
 その後、何度かサクヤが挑戦するものの。やはり剣聖直伝の技はどれも、初心者用には難しすぎるようで。基礎中の基礎だと彼女自身が語ったモーションでさえ、エディンには同じ動きをトレースする自信が無かった。

「ま、そんなこったろうと思ったぜ…ハッ、真打登場だな」
「えっ、フェイさん剣もいけるんですか?」

 ハンターズが扱う武器は、職業毎に制限があるが。ノーマルなグリーンフォトンのダブルセイバーに限って言えば、あらゆる種族のあらゆる職業が扱う事が出来る。もっとも、フェイはチッチと指を振り、自分の腕前を披露しなかったが。彼女に代わって歩み出たのは、やはり例の特殊スーツを身に纏ったラグナ。彼女はスタッフに申し訳なさそうに謝るサクヤから、ダブルセイバーを受け取った。

「そういやラグナ、お前さん両剣は使った事あんのかよ?」

 フェイの言葉にラグナは、静かに首を横に振って。黙ってサークル内に入ると、マグも連れずにダブルセイバーを起動した。華奢で小柄な彼女が握れば、どんな武器も不釣合いに見えてしまうが。握る柄の両側から、粒子の刃を迸らせるダブルセイバーも、今は一回り大きくエディンには見えた。

「ホーッホッホ!やってますわね、ハンターズの皆さん。ご苦労様ですわ」

 不意に高笑いが響いて、スタッフ一同は身を正す。何事かと振り返ったエディンは、作業着に身を包んだ若い女性と目が合った。その格好から恐らく、このラボの主任か、それに類する役職の人物だろうが…エディンは目の前の金髪が、綺麗な縦ロールに巻かれている事に違和感を感じた。

「お邪魔しております、ホルス=ミク社長」
「ゆっくりしてって頂戴、何もおもてなし出来ないけど。で、どう?良いモーションは取れて?」
「えっ、社長って…この方が!?」

 一同を代表して挨拶を述べるサクヤは、その人物を社長と呼んだ。ホルス=ミク…確かにこのミク社の敏腕若社長の名であり、同時に凄腕のウェポンマイスター。エディンは社長と言えば、ビルの最上階で逆光をバックにブランデーグラス、膝の上には猫というイメージだったが…どうやら彼女は違うらしい。自ら現場に率先して顔を出し、最先端の技術をその目で見、その耳で聞く。なるほど職人気質らしいとエディンは感心してしまった。

「ラグナなら上手くやるさ…それより社長さんよ。悪ぃがちょっと見て貰いてぇもんがあんだ」
「あら、貴女ブラックウィドウじゃないの。何かしら?今なら時間、少しは取れましてよ?」
「恩に着るぜ、社長さん。こいつの出所を探してる…これだけ目立つ得物だ、心当たりが有れば」
「これは…貴女、これを何処で?デモリションコメットじゃないの。しかもこの粒圧波形は」

 フェイの携帯端末から投影された光りが、ホルス=ミクの眼前に立体映像を映し出す。それはフェイが直接目で見たデータを編集した物で、ヒューキャシールと思しきアンドロイドが、刺々しい異形の両剣を振るっていた。

「おっ、いい!いいじゃないの、今のモーション」
「ああ、シンプルイズベストって感じだ…ありがとよ、お嬢ちゃん!」

 スタッフ達の間から歓声が上がった。どうやらラグナのモーションを元に、無事にデフォルトモーションパターン作成の目処がついたらしい。普段からどんな局面でも、愛用のセイバー一本で器用にこなしてしまうラグナだったから。やはり心得が無いとは言え、その身体能力の高さは特筆すべき物だった。初めての武器でも無難に、最大限に効率良く振り回せてしまう。
 その姿に一瞬目を細めながら。しかし脳裏でホルス=ミクは別の事を考えていた。フェイが見せた画像の武器は、一般のハンターズではなかなか手に入らない高級品。何故なら、このクラスの武器を作成出来る人間は限られているから。例えば自身がそうであるように、余程の腕前でなければ製造不可能。

「間違い無い、この粒圧波形は…ああもうっ、忘れかけてたのに思い出してしまいましたわ!」
「知ってんのか、社長さんよ。なら話は早ぇぜ、教えてくれ…オレが直接出向く」

 異様な拘りを見せるフェイを前に、サクヤとエディンは顔を見合わせた。互いの訝しげな表情を見て、頷き合うと。その訳を問うべくエディンは口を開こうとした瞬間、振り向くフェイが先に喋り出す。

「っしゃ、このアドレスだな。ヘイ、エディン!この後、空いてっか?空いてるよな」

 ろくに返事も確認せず、サクヤにエディンを借りるとだけ言って。足早にフェイは研究室を出てゆく。慌てて続こうとしたエディンは、先ずはこのピッチリしたスーツから着替えるべく、隣の部屋へと駆け込んだ。その背を目で追い、何事かと首を傾げるサクヤは確かに耳にする。ホルス=ミクの小さな呟きを。

「あの女…何をしているのかしら?ヒー様の御名前を汚すような真似、してなきゃいいけど」

 そう言ってホルス=ミクはスタッフの一人に声を掛けると。今しがた取れたばかりのモーションを自らの手で補正して、瞬く間に制式版のダブルセイバーへとインストール。鮮やかな手並みは流石に匠の技で。こうして今まで一部の達人が扱うのみだった両剣の、一般向けスタンダードスタイルが産声を上げた。最も、市場に出回るかどうかはまだ、数々の実働テストをクリアしなければいけなかったが。

「すみませんサクヤさん、僕ちょっとフェイさんを追いま…っと、これは?」

 普段の白いヒューマースーツに着替えたエディン。彼は部屋を出るなり投げ付けられた、ダブルセイバーを受け取り問うた。それを放った張本人、ホルス=ミクに。苦労して作り上げた製品の、プロトタイプの初号である一振り。それをエディンに持たせる意味とは?

「それをあの女に渡しなさい…いい?この、私が、造った事をよく伝えるのよ!」

 それだけ言って、ホルス=ミクは踵を返すと。すたすたと出て行ってしまった。その様子はあからさまに不機嫌で。自分達がその原因かと、ラグナやサクヤと視線を交えたが。皆が皆、ラボのスタッフでさえ首を捻り肩を竦めるだけで。ともあれ、出来たてのダブルセイバーをクラインポケットに放り込むと。エディンは挨拶もそこそこに、フェイを追って駆け出した。

《前へ 戻る TEXT表示 暫定用語集へ | PSO CHRONICLEへ | 次へ》