《前へ 戻る TEXT表示 暫定用語集へ | PSO CHRONICLEへ | 次へ》

 リム=フロウウェン。九番艦リシテアの外れにある、その邸宅に掲げられた表札の文字を、書いてあるままにエディンはそう読んだ。もう一度だけ、声に出して呟いてみる。

「フロウウェン…ヒースクリフ=フロウウェン?あの軍の英雄の?」
「こんなけったいな苗字、他にあるかよ」

 フロウウェン…それは気高き英雄の名。しかしその名に反して、豪邸と言うには慎ましい一軒屋。だが、庭付きの一戸建てというのは、移民船内でも郊外にあたる土地ならではで。果たしてこの家の主は、コーラルに名を馳せた英雄と、どういった関係なのか…ともあれチャイムを押せば邸内に、小さなベルの音が鳴った。

「おかしいな、留守なのかな。フェイさん、どうします?」
「どうします、ってお前な…ん?お嬢ちゃん、この家の子?お母さんとか居っかな?」

 何度チャイムを鳴らしても、この家の主が応える事は無く。変わりに庭先に、小さな女の子が現れた。子供と見れば誰にでもそうするように、フェイは膝に手を当て目線を合わせると。人懐っこい笑みを浮かべて話しかける。だが、返事をする代わりに女の子は、建物の影にあたる庭の方へと逃げてしまった。
 やれやれ、とその小さな背を追いかけ、庭へと回るフェイ。その足取りに続くエディンは、先程の女の子と何処かで会ったような気がして。記憶の糸を手繰り寄せて、思い出そうと腕組み首を捻った。彼は確かに見覚えがある…何より先ず、目立つ翠緑色のオカッパ頭は一度見たら忘れない筈。散らばる点でしかないエディンの記憶はしかし、縁側に面した開けた庭に出て線を結んだ。

「どうしたクェス?おや、これは…先日はありがとう。名前をまだ聞いていなかったね」

 少女が駆け寄る先には、青いスーツに身を包んだ青髪のヒューマー。その姿を見てやっと、エディンは先日の事を思い出した。サクヤと二人で、赤い風船を取ってあげようとした女の子の事を。同時にその時のサクヤとのやりとりまで思い出されて、気恥ずかしさに照れながら。彼は名乗って、差し出された手を握る。その横では、フェイが無言で硬直していた。

「エディン=ハライソ…良き名だ、楽園の様な響きだね。私はブラウレーベン・フォン・グライアス」
「フォン…爵位をお持ちなんですか?グライアス卿」
「皆がそう呼ぶがね。この時代に肩書きなぞ、意味無きに等しいものだよ」
「マスターはでもね、本星にこぉーんな!おっきい御屋敷を持ってるの!」

 師が誇らしいのか、大きな身振りで傍らの少女が両手を広げて見せる。その姿に目を細めながらグライアスは、犬小屋みたいなものだよ、と笑って。エディンの隣で立ち尽くすフェイへと歩み寄り手を伸べた。

「二代目とは初めましてだな、ブラックウィドウ。会えて光栄だよ」
「あ、ああ…フェイだ、宜しく頼む」

 促されるままに手を取り、固く握手を交わして。フェイはそのまま、振り払うように手を引っ込めた
 フェイ程のレベルになれば自ずと、ハンターズの立ち姿を見ただけで、ある程度の力量を測る事が出来る。手を握ればさらに、仔細が知れる筈なのだが。本能的な警戒心を喚起させられる眼前の男の、その秘めたる力が全く読み取れない。それは彼女にとって、とても恐ろしい事だった。
 足元にじゃれつく少女の相手をしながら、エディンと歓談するグライアス…見た目は二十代半ば位だろうか?ひょろりと細長い背格好は、特別にマッシブな印象では無いが。穏やかな雰囲気を湛えたその奥に、獰猛な獣が潜んでいる。そんな気がフェイにはするのだ。

「おやおや、随分賑やかだねぇ…グライアス、アンタの剣は仕上がったよ」

 突如声がして、皆が一様に縁側を振り返った。そこには褐色の肌も眩しいニューマンの女性。彼女は布に包まれた巨大な剣を両手で抱えながら、我家の庭に集った面々を見回した。彼女もやはりフェイと目が合うなり、ほうと眉を僅かに動かす。

「待ち侘びたよ、リム。さあ、ディバインアームマイスターの業物を…早く私に振らせて欲しい」
「リム…リム=フロウウェン。フェイさん、あの人がミク社長の言ってた…フェイさん?」
「あ、ああ…ん、そうだな。こりゃいけねぇ、一つずつ片付けていかねぇとな」

 暫し呆けていたフェイは、エディンの声に自ら頬を叩くと。気合を入れ直して、自分の携帯端末を取り出した。何やらブラックウィドウが自分に用があるのが、少しだけ興味を引くらしく。抱える剣をグライアスに渡すと、リムはフェイに向き直る。

「あたしがリム=フロウウェンだ。ブラックウィドウは何がお望みだい?」
「生憎と武器にゃ困っちゃいねえよ。それよりこいつを見てく…!?」

 その時、突如として暴風が駆け抜けた。何事かとフェイは振り返れば、口を開いたまま硬直するエディンの姿。彼は先程までリムの打った剣を包んでいた、白い布を握り締めたまま。余りの驚きに言葉を失っているのだった。その視線の先に…真紅の大剣を片手で構え、硝子の天へと振り上げる男の姿があった。
 燃え立つような緋色の、血の様に赤い紅ノ牙。それをグライアスは、再び片手で軽々と振り下ろす。真っ赤なフォトンの切っ先が、空気を引き裂き風を巻き起こした。フェイも現物は始めて見る…それは間違いなくレッドフォトン。若き英雄にして天才、レッドリング・リコの持つ武器と同じ、超高純度高濃度の特別なフォトンを用いた武器。

「素晴らしい、これぞ求めていた至高の一振り。礼を言うぞ、リム=フロウウェン」
「気に入ったようだね…RIMM-Spec、最初の一振りだ。持ってくがいいさね」

 紳士のヴェールが僅かにめくれて、獰猛な獣が牙と爪を覗かせる。それも一瞬の出来事で、グライアスはすぐに破顔一笑。満面の笑みでリムの腕前を讃えた。それはまるで、新しい玩具を与えられた幼子のようで。スイッチを切りフォトンの刃を納めて尚、彼は何度も大剣を構えては、足元に少女を楽しげにじゃれつかせた。

「ねえリムッ、アタシのは?アタシにも何か作って頂戴。マスターにだけなんてずるい」
「クェス、お前さんにはソウルイーターがあるじゃないか。大事におしよ」
「だってあれ、レプリカモデルなんでしょ?アタシも強い武器が欲しいっ」
「…そうかい、まだクェスは会えてないんだね。ま、その方が幸せさね」

 グライアスの周りではしゃいでた少女が、縁側に詰め寄りリムを見上げる。その言葉にフェイは、一瞬険しい表情で鋭い視線を向けてしまった。少女を優しい笑みで見下ろす、眼前の武器職人へ。以前出会った、パシファエの通り魔…彼女もこうして無邪気に強請り、強力な武器を得たのだろうか?だとしたらそれは、フェイにとっては許せぬ所業だった。
 ハンターズはその仕事の性質上、個人での武器携帯が許されていたが。過ぎたる力が身を滅ぼすと知ってさえ、誰もが強力な武具を欲して止まない。そんな人間は常に、己の心身を鍛える事に無頓着で。しかし急速に普及したマグや、体内に摂取して生体フォトンの質を上昇させるマテリアルの流通も手伝って…心無き力を振るうハンターズは増える一方。そしてそんな連中は大半が、正規の仕事に満足出来ずドロップアウトしてゆく。行き着く先は誰もが同じ、非合法の荒くれ者…レフトハンターズ。

「さて、何の話か?ブラックウィドウ。ああ、それかい…あたしが造った奴さね」
「随分と手を焼かされたぜ。なあ、仮にもフロウウェンの看板背負ってんだろ?アンタは」

 フェイはいつも、グリーンフォトンのハンドガンやライフルを使っていた。マシンガンもショットも全部、最低ランクの低威力フォトンウェポンである。それは彼女自身が、己の信条を実践していたから。実際、彼女にとってはそれで用が足りたから…必要以上の力を持つ意味も無いし、ハンターズたる者は力を誇示するような真似は慎むべきだと。フェイはそう学んだし、自分でもそう思っていた。
 その事を熱心に説いて、無闇に強力な武器をばら撒かないよう懇願。珍しく人に物を頼むフェイを、エディンは始めて見た。しかしリムには馬の耳に念仏で。彼女はフェイを見定めポンと手を叩くと。いきなり屋敷の奥へと踵を取って返した。思わずその後を追いそうになるフェイの背を、笑う声が一つ。

「…旦那、今オレを笑ったか?そいつはいけねぇ、手が滑っちまいそうだ」
「これは失礼をした。ブラックウィドウが随分と甘い事を、と思ってね」

 非礼を詫びる言葉を述べながらも、悪びれた様子も無く。真っ赤な大剣をクラインポケットに仕舞うと、グライアスはニヤリと再び笑った。一触即発の空気に、思わず両者の間に割って入るエディン。しかしその身体を押し退け、フェイはグライアスの眼前に迫った。

「オレぁ自分の考えを押し付ける気はねぇよ。頭下げて頼んでんだ…やめてくれ、ってな」
「私はそれが悲しい。ブラックウィドウ、その名を継いだお前が、言葉で何を願う?何故?」
「軽々しく呼ぶんじゃねぇ。ハッ!旦那、同じ匂いがするぜ?オレの大嫌いな連中の匂いが」
「我等は力で語るべきなのだよ。ふむ…君はどう思うかね?エディン=ハライソ」

 突然呼ばれて、思わず身を正すと。エディンは自分を見詰める、フェイとグライアスの両者を交互に見やって。ゆっくりと息を吸うと、自分の考えを手短に纏めて述べた。

「グライアス卿、僕等は人間です。どんな事であれ、力での解決を望むのであれば…」
「私は何の解決も欲してはいない…ただ純粋に、力を振るう口実は欲しいがね」
「力が手段では無く目的ならば、それこそ野の獣にも劣りましょう…理性を持つ人間とは言えません」
「なるほど、正論だ。さながら澱みなき清流の如き…ふむ、小気味良い男だな、君は」

 勢いに続こうと口を開く、フェイをいつに無く強い意志で制して。エディンは尚も言葉を続ける。

「グライアス卿…どんなに強い力でも、それを正しく用いなければ、それは不幸です」
「皆が皆声高に、言葉で正しさを主張する。だが、それぞれがぶつかる時はどうするのだ?」
「言葉は無力、力の強い者が正しい…グライアス卿はそうお考えでは?」
「当らずとも遠からず、だよ。そもそも私は正しさなどは求めていないがね」
「では求めて下さい。より良い方向を模索して、その為にだけ力を…その前に言葉を交わして下さい」
「フハハハハ!君は面白いな…実に愉快だ」

 高らかに笑うグライアスの足元では、少女が鋭い目付きでエディンを睨んでいる。そのオカッパ頭を撫でてやると、それ以上グライアスは何も語らなかった。ただ、制するエディンの手を払って前に出ると、フェイが最後に威勢良く啖呵を切る。

「ハンターズってなぁ、みんなのヒーローなんだよ!理屈でも力でもねぇ…クソッ、何て言ゃいい」
「言葉はもどかしいな、ブラックウィドウ…我々は一切合切を決する、最高の手段を持つというのに」

 エディンにもフェイの言いたい事は解る。そしてフェイがそれを実践して体現している事も認める。だからこそ…今この場で、最も明快な決着方法を選ぶ事を彼女は拒絶しているのだ。グライアスの挑発に耐える彼女をしかし、もっとも効果的な一言が襲う。

「何がヒーローよ、マスターより弱い癖にっ!ブラックウィドウなんて、アタシで充分だわ」
「よしなさい、クェス…ヒーローは子供を撃たない。いや、撃てないな。残念だが」

 また会おう、とだけ言い残すと。グライアスは少女を伴い去ってゆく。彼は一度だけ肩越しに振り向き、エディンを見て笑ったが。エディンは固く拳を握って立ち尽くしたまま、その冷たい眼差しをガンとして跳ね除けた。

《前へ 戻る TEXT表示 暫定用語集へ | PSO CHRONICLEへ | 次へ》