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「行った、か…ヘイ、エディン!怖いもの知らずにも程があるぜ」
「フェイさんこそ、焦らせないで下さいよ。こんな所でドンパチなんて…あれ?」

 不意に全身から力が抜けて、エディンはその場にへたりこんだ。今まで張り詰めていた緊張感が、彼から恐怖という感情を払拭していたのだ。だが今、その細い緊張の糸は切れ、勢いに支えられていた肉体から力が抜ける。今になって襲い来る戦慄が、萎えた全身を震えさせた。
 自分の情けなさに笑うエディンをしかし、成長したものだとフェイは感心。相手の力量を察し、自らの弱さを知る。恐れを感じぬ者は、真に強いハンターズにはなれないから。最も眼前で落胆する少年は、強さを求めては居ないかもしれないが。
 しかしフェイも今なら解る。冷たい青を纏うあの男は、確実に今の自分よりも強い。こんなにも強い氣を受ける人間を、彼女は二人しか知らなかった。一人は己の師である先代のブラックウィドウ、そしてもう一人は…唯一無二にして絶対の称号、剣聖の銘を持つヨォン=グレイオン。だがその両者に対して、ブラウレーベン・フォン・グライアスの力は余りに獰猛過ぎた。真に恐ろしいのは、その恐るべき暴力を彼が、普段は完全に潜めている事。

「おや、グライアスはもう帰ったのかい?やれやれ、これだから剣士って奴は」
「…おっかねえな、あの旦那はよ。もう二度と会いたかねぇ…特に敵には回したくねぇな」

 再び現れたリム=フロウウェンは、今しがたまで居た古い馴染みの客を探して。ぐるりと庭を見渡すも、目立つ青一色のヒューマーの姿は無く。どこか疲れた様子のフェイと、その足元に座り込むエディンしか見当たらない。それでももう、彼女は納品を終えていたから…既に興味は、次の客へと移っていた。

「ま、それよりミセス・フロウウェン…」
「お生憎様、あたしゃ独身だよ。世間じゃどう見てるか知らないけど、養子で弟子のつもりさね」
「そりゃ失敬、ミス・フロウウェン。改めて頼むぜ?ああやってポイポイと強力な…っと、何だよ」
「ちょいと構えとくれ。待ってたんだよ、お前さんみたいな腕っこきのガンスリンガーを」

 改めて抗議するフェイの、その言葉に全く耳を貸さずに。リムは先程取ってきた真っ赤な拳銃を無造作に放った。思わず受け取るフェイは訝しげな表情で眉を潜めつつ…手の内にある質感に思わず息を飲む。
 それは造形的には、市販のハンドガンやオートガンと変わらない。だが、深紅に染め上げられた銃身には、超高純度高濃度のレッドフォトンが宿る。その出来栄えは素晴らしく、思わずフェイは言われるままに銃を構えた。軽い…何のフリクションも感じず、ピタリと銃口は空を睨む。銃爪を引かずとも、容易に威力は想像出来た。

「ふむ、思った通りさね。そいつも喜んでる。どうだい?いい武器だろう」
「ハッ、銃の気持ちが解るのかよ」
「そりゃ解るさね。人の命を乗せる器だからねぇ…魂が宿っているのさ、あたしの子には」
「ヘイヘイ…だが、こいつはちょいと強力過ぎる。オレ等ハンターズは軍隊じゃねぇんだ」

 クルクルと真っ赤なハンドガンを回して、ピシリと持ち直すと。フェイは銃杷を相手へ向けて、それを押し返した。しかし肩を竦めて、リムは受け取ろうとしない。

「力が怖いのかい?ブラックウィドウ」
「ああ、怖ぇ。強過ぎる力は争いを呼ぶからな。オレ位の腕になりゃ、銃なんざ何でも…」
「恐れを知るだけでは駄目さね。それを克服して初めて一人前、違うかい?そっちの坊やも」
「…恐れを知り、それを…乗り越える」

 ふと自分に向けられた視線から、思わず目を背けて。エディンは俯き呟く。恐れを知り、それを乗り越える…彼がいくら、機転と口先で立ち回ろうとも、結局はハンターズは無宿無頼の冒険者。日々鍛錬を重ねているとは言え、エディンはまだ一度も人間と真剣を交えた事が無かったから。寧ろそうならぬよう心掛けていたし、避けて然りとも。

「ミス・フロウウェン、アンタの言いたい事も解る。だけどよ…」

 フェイは結局、真っ赤な拳銃を縁側にそっと置くと。やはり重ねて自重する様に言い放つ。リムが言うような、心身ともに強き者ならば…強力な武器の使い方を誤らないだろう。だが現実には、先程のグライアスやパシファエの通り魔のような、ただ力を欲する者達の手にその武器はある。余りに洗練され過ぎた、芸術的とさえ言えるリム=フロウウェンの作品。だがそれは確実に、心無き者が握れば悲劇を呼ぶ。

「ふむ、猟犬の子が猟犬になる訳も無く、か。飼い犬のような聞き分けの良さじゃないか、ええ?」

 不意にリムは、意味深な呟きを零して。挑発的とも取れる物言いにしかし、フェイは動じる事無く。見守るエディンだけがハラハラと、落ち着き無く指を組み替え何度も両手を握り合わせた。

「兎に角、オレは我慢がならねぇ…ハンターズってのは、ヒーローじゃなきゃ駄目だ」
「我が師、ヒースクリフ=フロウウェンのように…その愛弟子、リコ=タイレルのようにか?」

 レッドリング・リコ…それは正しく、英雄の代名詞。彼女とリムの師である、ヒースクリフの名もまた、ハンターズならば知らぬ者は居なかった。羨望と憧れを一身に集める、栄えある英雄…その名はコーラル全土に轟き、誰もがその冒険譚に想いを馳せる。

「さっきエディンも言ってたろうが。正しい事の為にしか、力は使っちゃいけねぇんだよ」
「そうさね、確かに…では、その正しさというのは、誰が決めるんだい?お前かい、フェイ?」

 初めてリムは、フェイの名を呼んだ。ブラックウィドウの名を継ぐ、凄腕ガンスリンガーとしてではなく…ハンターズよヒーローたれ、と説くフェイ自身を。そして問う…彼女が言う正しさが、如何なる理由でどのように決定されるかを。
 その問いに対する明快な答を、フェイは言葉で語る事が出来ずに押し黙る。彼女にとってそれは、余りに単純すぎる、己が身で体現して実践するだけの事だったから。つい、いつもの屁理屈にも似た青臭い、しかし理に適った言葉を求めて、フェイはエディンへと視線を逃がした。

「まあ、いいさね…正しさの定義なんて、それこそ人の数だけあるのだからねぇ」
「ではフロウウェンさん、貴女は…貴女の正しさとは何ですか?」

 エディンが重い口を開いた。自ら相手に問うからには、それが返って来る事も重々承知で。肩を竦めて髪を纏めるバンダナを解くと、リムは深い溜息を前置きに語り出した。

「我が師、ヒースクリフ=フロウウェンは仰った。あたしはそれを、その答を求めているのさね」

 自分もグライアス同様、正しさを求めて居ない事を先に述べて。リムは自分が高性能の武器を生み出す理由を語り出した。
 軍の英雄、ヒースクリフ=フロウウェンは愛弟子であり我が子である、リムにこう説いた。何百の命を奪う武器…それは使い方次第では、何千という命を救うと。あるいはそれは己を例えた上で、自らに言い聞かせていたのかもしれない。だからリムは、その答を求めて武器を生む。剣を打ち、銃を組む。師が言う言葉を証明する為に…或いはその過ちを正す為に。

「戒めを止めると書き、武と読む。その器が武器…少年、あえて言うならそれがあたしの正しささね」

 刀匠でもあったヒースクリフの、全ての技を受け継ぐ者…リムをいつの頃からか、人々はディバインアームマイスターと呼んで敬った。その名は即ち、全てを断つ武器の創造主。誰もが我先にと、彼女の武器を欲したが…フェイが言うように誰もが、その要求を叶えられる訳では無かった。ディバインアームマイスターが生み出す芸術品は、その使い手を自ら選ぶから。そして選ばれし者がどんな素性の人間であれ、リムは快く力を授けるのだった。

「それは…職人としての生き方は解ります。解る、つもりですけど」
「ふふ、納得は出来ない、って顔してるねえ」
「いつだって暴力を振るうのは人間で、でも武器がもし無ければもっと人は…」
「その理屈はあたしだって解っちゃいるさね。まぁ、これはあたしのエゴ…性かねぇ」

 相応しき射手に拒絶された、真紅の拳銃を拾い上げて。それ以上、リムは言葉を重ねなかった。勿論エディンも納得しなかったし、フェイに至っては許容すら出来ないだろう。擦れ違う想いはしかし、それぞれが正しく、それ故に間違っているのかもしれない。真に正しい事をそれでも、エディンは捜し求め、フェイは信じて実践するしかない。

「ハン、まぁいいさ…アンタの武器で暴れる奴がいたら、オレがブッ潰してやんよ」
「おやおや、頼もしいねぇ。でもフェイ、今の手持ちの武器でそれが出来るかい?」
「…ハンターズに大事なのは武器じゃねぇよ、一番大事なのはココさ」
「ふふ、まだそう言える奴が居たんだねえ…ますます気に入ったさね」

 フェイはドン!と自分の胸を叩いて。説得を諦める代わりに誓いを立てる。取りあえずは、無闇に誰にでも武器をばら撒いている訳では無いと知ったから。半端者が彼女の、ディバインアームマイスターの武器に認められる筈も無く。それでも一部の、力に魅入られた者が吸い寄せられるなら。無理を通して道理を蹴っ飛ばしてでも、己の信念を押し通す。例え相手が誰であろうと…自分よりも強かろうと。

「あっ!武器で思い出した…フロウウェンさん、お届け物があります。ミク社の社長から」

 エディンは唐突に、今まで失念していた目的を思い出して。慌ててクラインポケットに手を突っ込み、探し物を求めて中身を掻き混ぜた。懐かしい名を聞き、追憶に想いを馳せるリムの鼻先へと、彼は預かったダブルセイバーを差し出す。

「おやおや、両剣を量産しようってのかい…トラト社やクリス社が乗るかねぇ」
「でも成功すれば多分、両社ともライセンス生産に応じるでしょう」
「デフォルトモーションパターンは?おや、登録されてるねぇ…どれ、試してみるさね」
「えっ、フロウウェンさん?」

 手にしたダブルセイバーの、デフォルトモーションパターンを表示させれば。見慣れたラグナの姿が浮かび上がる。両剣に限らず、この時代の個人携行武器は全て、予め初心者用のデフォルトモーションパターンがプリセットされていた。実際に扱う前に、それを表示して見たり、必要ならば自分を重ねて練習する事も出来る。等身大の立体映像は庭先で、くるくると器用に両剣を振り回した。
 その表示を途中で打ち切り、リムはサンダルを足に引っ掛けると。ぶらりと庭に下りて身構えた。彼女が握るダブルセイバーのスイッチを入れれば、マグに頼らずとも粒子の刃が唸りを上げて。刀身が形成されるなり、彼女は自在にそれを振り回した。サクヤやラグナとも明らかに違うが、その型は明らかに正当な剣術の流派を感じさせる。

「ふむ、まあこんなもんさね。良く出来てる…あたしものんびりしてられないねえ」
「フロウウェンさん、ミク社長とはどんな、わっ、ととと…こ、これは?」
「今ので全部解ったさね、もういらない…貰っておけ。ホルス=ミクか…ふん、面白い」
「は、はあ…でもなぁ」

 フォトンを納めるなり、ダブルセイバーをエディンに放るリム。彼女は不適な笑みで、旧友にしてライバルの挑戦状を受け取った。量産を前提として作られたダブルセイバーには、意図された明確な意思が潜んでいる。質と量の両立、扱いが難しい両剣の普及…それはリムの職人魂に火を点けるには、充分過ぎる課題だった。
 こうしてまた、エディンは自分で起動出来ぬ武器を一つ増やす事になって。マグのレベルが上がる度に、人知れずこっそりと、大剣を構え両剣を翳すが。どちらもまだ、彼の力に応える事は無かった。

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