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「ほう、君もウチの製品を?それは嬉しいな、光栄だよ…ハンターズ君」
「まあ力及ばず、使えこなせていないのが現状ですが。エディン=ハライソです、社長」

 正確に言えば、使えないというのが実状だったが。ついエディンは見栄を張ってしまった。最初の握手でそれが見抜かれているとも知らずに。ともあれこうして、彼の今日のクエスト…パガニーニ=ヴォーテックとの交渉はスタートした。場所は十三番艦アンブリエルのヴォーテック邸。

「良い名だ…ふむ、エディンと呼んでもいいかな?」
「え、ええ、それは構いませんが。そんなに良い名前ですかね」

 響きがね、と眼前の青年実業家は笑う。その姿をエディンは気取られぬように観察し、洞察力を総動員して探りを入れる。パガニーニ=ヴォーテックはパイオニア2出港に前後して起業した、新鋭企業ヴォーテック社の社長である。まだまだパイオニア2の経済界に影響力を持つようなレベルでは無いものの、フォトンウェポンの生産から流通を独自のラインで確保するという敏腕振りで、ちょっとした話題になっていた。その人となりはしかし、未だ未知数だが。

「ではエディン、単刀直入に話そう。私は持って回った話は嫌いでね…時間も惜しい」
「同感です社長。本日、私は…」
「固いな、エディン。もっと楽にしたらどうだい?」
「は、はぁ…しかし」

 不味い、とエディンは思った。メイドが運んで来た珈琲がでは無い。完璧に相手に呑まれている、この交渉の雰囲気が、である。眼前でカップを手に取り香りを楽しむ、パガニーニに完全に空気は支配されていた。それならばと自分も珈琲で唇を濡らして、敢えて誘いに乗るエディン。

「では社長、僕が今日来た理由を率直に言います。依頼主はとある企業で」
「トラト社かクリス社あたりだろう?ミク社は…ホルス=ミクはあれで中々に昔気質だからな」
「依頼主は明かせませんが要求は単純です。貴社と是非とも企業提携を結びたいと」
「なるほど、良く解ったよ。ありがたいお話だが、謹んでご遠慮申し上げると伝えてくれ」

 エディンはどこか遠くで、クエスト終了のチャイムを聞いたような気がした。正しく即断即決、パガニーニは珈琲一杯飲み終える前に、あっさりと交渉を打ち切る。はいそうですかと引き下がる訳にもいかず、エディンは食い下がろうと試みるが…目の前の交渉相手は既に、携帯端末で次の予定を調べ始めていた。

「エディン、君は交渉の成否に関わらず報酬は貰えるのだろう?」
「ええ、それはそうですが。依頼主への報告義務もあるので、理由位は聞きたいですね」

 フム、と唸ってパガニーニは、冷めかけた珈琲を飲み干すと。応接室のソファにかけ直して寛ぎながら語り出した。

「そもそもエディン、君はこの交渉が上手く運ぶと思っていたのかい?」
「それは…」

 本音を言えば、エディンにもその依頼は不可解なものだった。何も企業同士の提携を申し込むのに、ハンターズを挟む理由など無いから。互いの会社の専門の部署を通じて、粛々と行えばいいのだ。言葉に詰まるエディンにしかし、パガニーニは言葉を続ける。

「君は嘘の吐けない人間だな。エディン、君は依頼の内容を取り違えているぞ」
「いえ、そんな筈は…僕は確かにギルドで」
「そう、正規のハンターズギルドにさえ、こんな依頼が蔓延する。最近の良くない風潮だな」
「こんな依頼?それはどういう意味ですか」

 ハンターズギルドに並ぶクエストは、どれもが法的に正当性のあるものに限られている。少なくともエディンの認識はそうだったが。どうやらパガニーニが語る言葉には、その不問律が崩れつつあるという現実が垣間見えた。にわかには信じられない話だが。

「つまりエディン、君はクリス社から…」
「トラト社です…あ、しまった」
「ハハハ、そっちか。君はトラト社からもっと、違う交渉のやり方を期待されたのだと思うよ」
「違うやり方、ですか。それはまた、どういった…まさか」

 そのまさかだと、パガニーニの目が無言で語っていた。

「最近はどうもキナ臭くてね。ハンターズギルドの使い方を誤る者も出てくる」
「ギルドの方ではでも、ちゃんと依頼内容を精査している筈ですが」
「うん、だから今日の依頼も君のような、真っ当なハンターズが受けてしまった訳だ」
「まさかでも、ハンターズに脅し紛いの交渉を期待するなんて」

 それではまるで、フェイが言っていたモグリの非合法ハンターズ…レフトハンターズと同じで。正規のライセンスを手にするギルドのハンターズとしては、許されない行為だった。では何故、そんなクエストがギルドでもまかり通ってしまったのだろうか?その答は恐らく、最近活発化しているレフトハンターズの跳梁と関係が有る。少なくともエディンはそう思ったし、パガニーニは同意するように頷く。

「ハンターズ自体が非合法な何でも屋だと…そんな認識が急速に広がっているのさ」

 そう言ってパガニーニはパイプを取り出すと、いいかね?と問う。どうぞ、と呟くエディンはしかし、膝の上に固く拳を握って俯いたままだった。
 ハンターズは常にヒーローたれ、と…そう言い己の身で体現する仲間が居る。それを少しやりすぎだとは思いながらも…ハンターズという職業をどこか、社会的に意味のある仕事だとエディンも考えていた。無論、社会的に無意味な仕事などありはしないが。

「ハンターズはもっと、パイオニア2移民にとって身近で、公共性を持った物であるべきです」
「私はそうは思わないが、それも一つの考え方だろう。しかし…彼等はどう考えているのかな?」

 パイプの煙草に火を付け、大きく吸い込んで煙を吐き出しながら。パガニーニは意味深な言葉で視線を部屋のドアへと向ける。にわかに廊下が慌しくなり、先程珈琲を運んでくれたメイドの声に、荒々しい怒鳴り声が重なった。

「旦那様は今、接客中でございます。どうか別室でお待ちを」
「時間は取らせねぇよ、下がってなネーチャン」
「怪我する事になるぜ?ヘヘッ、メイドと二人暮らしたぁ無用心だね」
「いいかい、あくまで今日は警告、脅しだよ!適度に暴れといで!」

 突如としてドアが蹴破られ、武装した一団が押し入って来た。皆が皆、手には粒子の刃煌く剣を持ち。リーダーらしき女性もロッドを構えて、テクニックを行使するべく精神力を紡いでいた。咄嗟に立ち上がり振り向くエディンと、動じず足を組み替えパイプを吹かすパガニーニ。

「っと、先客が居たか。御仲間さん?じゃねぇーよな、ハハッ」
「ギルドのハンターズだね?そこをお退きよ、あたしゃ気が短いんだ」
「っつー訳だボウズ…引っ込んでな」

 パガニーニを庇って立ちはだかるエディンは、いかつい大男に襟首を掴まれて。抵抗虚しく、軽々と吊るし上げられてしまう。パガニーニの試すような視線にさらされながらしかし、彼は武器を取らなかった。

「貴方達はっ…こんな事をして、ハンターズとして、恥ずかしくっ、うわっ!」

 相手の良心とプライドに訴えかけるエディンは、そのまま壁へと放り投げられて。叩き付けられるなり短く呻いて、そのまま床に崩れ落ちた。そのやり口を見るまでもなく、相手は真っ当なハンターズでは無い…しかし今はその正当性を論じるよりも、パガニーニの身の安全が彼には気がかりだった。

「どこの手の者かな?何せ新参者で敵が多くてね…この類の企業努力には頭が下がる思いだ」

 迫る悪漢を前に、パガニーニは変わらぬ余裕の笑みで。鼻先に向けられる剣を見詰めて、眉一つ動かさない。だがどう見ても、パガニーニ本人が護身の術に長けているようには、エディンには見えなかった。恐らくレフトハンターズであろう、男達の数はざっと見て4人。その目的はどうやら、エディンと同じらしかったが…その手法を断じて、彼は認める訳にはいかなかった。

「悪いねぇ、ヴォーテックの旦那。目障りだってさ…命が惜しかったら商売畳んじまいな」
「それは出来ない相談だ、レディ。それと最後に一つ質問を。君達の黒幕はどこ…いや、誰かな?」
「ハッ!依頼主の名なら心当たりは無いかい?随分と恨みを買ってるみたいだったけど」
「私が聞きたいのは依頼主では無いよ。まあいい、見当は付いている…後は頼むよ、エマ」

 はい、旦那様…静かで落ち着いた声が響いたと同時に。悪漢の一人、大剣を担いだヒューキャストが天井へと吹き飛んだ。何事かと皆が振り返り、エディンも弱々しく立ち上がって首を巡らす。その視線の先にもう、パガニーニの懐刀は居なかった。

「何やってんだい、相手はどこさ!ほら、グズグズするんじゃないよ!」
「姐御、メイドだ!あのメイドがガフッ!」
「糞っ、悪い冗談だぜ!死にさらせぇ!…あれ、居ねぇ?ど、どこダファ!」

 それは先程、エディンをこの応接室へ通して珈琲を出したメイド。彼女はしかしメイドとは思えぬ身のこなしで、瞬く間に二人の悪漢を黙らせる。その手際は驚くべきもので、正にあっという間とはこの事だった。彼女は最後に残った女が、テクニックを行使するよりも早く…その喉元へと滑り込んで銃を衝き付ける。

「自己紹介が遅れました。私は当家のメイドをしております、エマ=ストウナーと申します」

 以後お見知りおきを、と眼鏡のブリッジをクイと上げて言いながら。エマは無表情で女を蹴り飛ばすと、パガニーニの傍らに寄り添った。まるで主人を守る番犬の様に。よろよろと立ち上がる悪漢達は、銘々にお約束の捨て台詞を吐いて去る。再び静かになった室内を見渡し、パガニーニは小さな溜息。

「やれやれ、何とも解りやすい連中だ。面倒をかけたね、エマ」
「とんでも御座いません、旦那様。事前にお引取り戴くべきだったと猛省しております」
「いや、良い。少しはこちらの態度も知って貰わないといけないからな」
「先程の者達ですが、背後関係を探りますか?昨今のハンターズ事情を鑑みるに恐らく…」

 頼む、と呟き腰を上げると。パガニーニはエディンにゆっくりと歩み寄った。気遣う視線に思わず、目を逸らすエディン。不甲斐なく情けない自分が今は、少しだけ許せなかった。例えそれが、正当な行為の末の、当然の結果だったとしても。それをすんなりと許容するには、彼はまだ若過ぎた。

「やあ、災難だったね…つまりこういう事さ。エディン、何故あの時反撃しなかった?」
「…例え不当な暴力だとしても、先ずは対話を試みるべきです」
「私ならば相手を見て選ぶがね。今のような場合、力には力だ。無論、正しいとは思わないがね」
「力に力で応える事は、力の論理を肯定する事になります。僕は…それは出来ない」

 エディンは痛む全身に顔を歪めつつ、パガニーニに身を正して向き直ると。一礼して静かに場を辞する。既に部屋の片付けを始めたエマが、その煤けた背中に言葉をかけようとしたが…彼女の主は厳として、慰めの言葉を許さなかった。
 不器用で青臭い、その生き方を曲げられぬのならば。あの男はこれからも苦難の道を歩むだろう。パガニーニは屋敷を出てゆく白いスーツを、目を細めて見送りながら…心のどこかでしかし、淡い期待を感じていた。何者かの手により、俄かに秩序が乱れ始めたパイオニア2。そんな現状を救えるのは、もしかしたら彼のような愚直な男かもしれない。そう思うパガニーニはしかし、その考えをすぐに否定して己を笑った。

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