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「よおハゲ!まだ潰れず営業してっか?冷やかしに来てやったぜ」

 フェイの口が悪いのは、彼女の初期人格設定がそうさせているから。自称ヒーローはしかし、それを改める様子を微塵も見せない。だがこの町ではそんな性格も自然に感じるから、サクヤは少し不思議だった。だから気にした様子も無く、フェイを追って狭く雑多な店内へ続く。

「うるせー、鉄ビッチ!うちが潰れて困るのは手前ぇだろうがよ、ハッ!」

 耳を覆いたくなるような雑言が返って来たが、それを聞くフェイも放った店主もニヤリと笑って。その空気に慣れ初めている事に、少しだけサクヤは驚いていた。宗家の年寄り達が見たら恐らく、卒倒してしまうに違いないと思えば、それもまた面白いと彼女は内心呟く。
 住めば都とフェイは言ったが、確かにこの町は滞在してみれば不自由は少ない。外界との流通も僅かながらあって、出所の妖しい商品を並べるこのような店も存在する。だからコーラル統一通貨であるメセタを払えば、割高だが何でも買う事が出来た。

「とりあえず今月分の代金は振り込んどいたぜ。今日はそれを伝えに来た」
「オーケー、来月もキッチリ仕入れてやる。ティアンには安心するよう伝えてくんな」
「ババァも喜んでる、ありがとよ。だけどよ、オッサン…もう少し負からないか?」
「オイオイ、こんな隔絶地に食材仕入れるのは大変なんだぜ?これでも安いくらいだ」

 広々とした店内に、所狭しと商品が並ぶ。その入口には割腹の良い店主が、見事に禿げ上がった頭を輝かせて座っている。まばらな客は皆、顔なじみらしく。何人かと挨拶を交わしたフェイはカウンターに腰掛けると、ティアンからの伝言を伝えると同時に価格交渉に突入した。
 ティアンは溜め込んだ莫大な私財を、惜しみなく町の者達の為に使っていた。そう、本星の為政者達に見捨てられた、棄民達の為に。そうする事が彼女の罪滅ぼしなのか、慈母の情か…はたまた世捨て人の気まぐれか。それは解らないが、サクヤにはその行いが価値ある物のように思えた。

「月に600,000メセタだ、それ以上は無理だぜフェイ。役人に払う賄賂だってバカにならねぇ」
「移民局のタマ無し野郎共が…500,000、いや550,000メセタでどうよ?頼むぜオッサン」

 正規の流通ルートを経由した一般的な店では、決して見る事の出来ない品々。それ等を珍しげに眺めながら、サクヤは店内を歩き出した。交渉事はサクヤも得意だが、餅は餅屋…この町での交渉は、この町の者同士が一番と思ったから。彼女はフェイに全てを任せて、自分の買い物を物色し始めた。こんなに長居するつもりは最初は無かったが、今は外の世界での暮らしをこの町で終えてもいいと思っていたから。そうと決まれば、着替えから何から色々と入用で。取りに一度帰ってもいいのだが、それも何故か躊躇われた。
 エディン=ハライソとはもう、会わない方がいい。そう自分に言い聞かせて、サクヤはそれを飲み込み納得する事にした。何かしらの誤解を知らぬうちに生んで、その事が両者に不和をもたらしたが。その事自体が、きっと罰なのだと思うから。好意を寄せる人間に態度を保留しながら、内心ではその真摯な想いにときめいていた。しかしその一方で、共にクエストをこなす仲間としてのみ、相手を求めた。思えば残酷な事だと、忸怩たる思いに沈みそうになるが。今はそれを受け止め、出来る事をしようとサクヤは考えていた。過ぎた事より未来へむかって、そんな人間になりたいと思うから。

「そう言えばラグナも、何かエディン君とトラブったのかな?何も言ってくれないけども」

 店主と互いに手の指を突きつけあって、一歩も引かぬ構えのフェイ。彼女は以前約束してくれた通り、ささやかなパジャマパーティを開いてくれた。もっとも彼女の寝巻きは、無骨な電源用のソケットで。ティアン宅の狭い今に布団を敷き詰め、皆で夜更けまで色々な事を語った。ティアンが若かりし頃に愛用していた寝巻きは、どれもサクヤやラグナには刺激が強すぎたが…この店の事を知らなかったので借りる他無く。そのティアン本人はと言えば、自分のベットに剣聖様を隔離して、若い娘達に混じって楽しそうだった。
 サクヤが自分の家の事を他人に話すのは初めてで。しかしその時、誰もが皆真面目に聞いて、思い思いの助言をしてくれた。特に年長者であるティアンの言葉は、強引なまでに力強くて。迷いを振り切ったサクヤの背を、強く強く後押しした。後はお決まりの、フェイとティアンの武勇伝比べ。しかしそれもどうやら年の功、フェイも師には頭が上がらないようだった。そして本題をフェイが切り出そうとした時には…その隣でラグナはもう、健やかな寝息を立てていたのだった。

「…んー、ラグナはやっぱり子供なのかしら。例えばそうね…案外あれ位の子だったりして」

 ニューマンの年齢を外見から判断するのは非常に難しい。サクヤは食料品が並ぶ店の一角で、小さな女の子を見つけて。その翠緑色のオカッパ頭に仲間の面影を重ねて…ふと、その姿をどこかで見たような既視感に捉われる。視線に敏感に気付いた少女は、髪と同じ色の瞳を瞬かせて。サクヤを射抜くような眼で一瞥して、再び棚の菓子に向き直った。

「どれどれ、チョコレート?本物かしらこれ…やだ、2,000メセタ?トリメイトと同じじゃない」
「それって、高い?」

 膝に手を突き、少女と同じ目線の高さで。同じ物を見つめ、その値札を読み上げてサクヤは仰天する。厳しい食料統制で入手困難な筈のチョコレートが、こんな場所に置かれている事も驚きだが。その非常識な値段設定には、それだけの手間を払った品であろう事が窺い知れた。
 トリメイトは、ハンターズが常備する薬品の中では最高級品の一つ。半分健康食品のような扱いのモノメイトの、実に40倍もの値段が適正価格。あらゆる外傷を瞬時に治癒する、フォトン科学文明の薬学技術の最先端…それと同じ値段で今、チョコレートが売られていた。

「うーん、高いと言えば高いかしら。でも場所的にも時期的にも、妥当と言えば妥当のような」
「やっぱり、高いんだ」

 少女は板状のチョコレートを手に取り、銀紙で包まれ包装を纏ったそれを両手で掲げて見る。2,000メセタという金額は、眼前の子供ならずサクヤにとってもちょっとした額で。平均的なハンターズの日収よりも、それはうんと高い値段だった。

「マスター、買ってくれないかな。食べたいな、チョコレート」

 マスター、の一言でサクヤは思い出した。前に三番艦ガニメデのオフィス街で、赤い風船を取ってあげた女の子を。眼前で名残惜しそうにチョコレートを棚に戻す、その姿は確かに見覚えがあった。最も、相手は覚えていないようで。彼女がマスターと呼ぶ保護者が居ないせいか、その姿はどこか頼り無げで。そわそわと落ち着きの無い様子で再びチョコレートを手に取る。
 その小さく弱々しい背中は、以前のガニメデでの事をサクヤに思い出させる。それは同時に、またしても仲間だった少年の…否、青年の事へ直結した。サクヤを助けると言って、些細な事に力を貸してくれたエディン=ハライソ。それも今はもう、昔の話で。その確かな絆はもう、失われてしまったのだと思い知る。

「よう、お嬢ちゃん。チョコレートが欲しいのか?見てくれ通りに子供だな、安心したぜ」

 気付けばサクヤの隣で、フェイが少女に笑い掛けていた。交渉は一時休戦らしく、店の入口を振り返れば、店主が伝票の束を前に頭を抱えていた。結局チョコレートをまた手に取っていた少女は、フェイには覚えがあるらしく振り返った。

「あっ、ブラックウィドウ…何か用?」
「何か用?じゃねー、よっと。フェイ姐さん、だろ?その名を気安く呼んじゃいけないぜ」

 少女のオデコを指で軽く弾いて。フェイは彼女の前に屈み込んだ。鳩が豆鉄砲を食らった様な顔とは、この事だと。傍らで見守るサクヤは、微笑ましさに思わず顔を綻ばす。当の少女本人は面食らったまま、じっとフェイの事を見詰めていた。

「今日はあのおっかねえ旦那は一緒じゃないのか?最近人の出入りが激しいな、この町も」
「今日はマスター、お仕事だから。もうすぐ来るよ、アタシもこれからお仕事だもん」

 サクヤとフェイは今、同じ人物を思い出していた。青一色に染まった、凍て付く恐怖の体現者を。即座に顔を見合わせ、深刻な表情で再び少女に向き合うと。その緊張感を察してか、小柄で華奢な身は身構え一歩飛び退いた。チョコレートを手にしたまま。

「決めた、今日はマスターに御褒美にチョコレートを買ってもらうの」
「ほう、あの旦那はこの町で何をやらかそうってんだ?ちょいと黙ってらんねえな」
「お嬢ちゃん、あの人は恐ろしい人よ…私はそんな気がするの。だから教えて、ね?」

 ついつい殺気立つフェイを制して、サクヤが穏やかに相手の警戒心を解こうと試みる。しかしそれも徒労に終わり、店主が悲鳴を叫ぶと。振り返れば店の外に、どう見ても正規のギルドに所属してるとは思えぬハンターズが、ずらり並んで店を覗き込んでいた。その数は10や20では利かない。

「マスターはみんなとお掃除、あとは久しぶりの真剣勝負だって。この町に強者が居るって」

 フェイの表情が一際険しくなって。血相を変えて振り向き、店の外へと出ようとした瞬間。それを追ったサクヤの視界の隅で、少女は巨大な鎌を現出させると。その石突で不意に、フェイの背を襲う。幼く細い足が踏み込めば床が軋んでひび割れ、咄嗟に身構えるフェイは店の入口まで吹き飛んだ。

「ヘイ、フェェェイッ!揉め事はゴメンだぜ、喧嘩なら店の外でやってくれ!」
「っつ、痛ぇなオイ。わーってる、わーってるぜハゲ。外は?クソッ、多いな」

 背中をさすって立ち上がると、フェイは改めて少女を睨んだ。その視線に臆する事無く、虹の如く揺らめく刃の大鎌を担いで。少女は最後にサクヤを一瞥して、無防備に間合いを詰めてゆく。以前に一度だけ見ていたが、その身体能力は常軌を逸していたが。サクヤは同じ類の人間を身近に知っていた。幼くして鍛え抜かれた、まるで存在自体が武器であるかのように洗練された少女を。

「上等じゃねぇか、オレの町で勝手が通ると思うなよ?全員纏めて移民局に突き出してやらぁ」
「それは無理ね、ブラックウィドウ。だってアタシの事、撃てないもの」
「表に出ろよ、クソガキが…フェイ姐さんが教育してやんぜ。真っ赤に腫れるまで尻叩きだ!」
「何それ、結局撃てないじゃない。マスターは違うって言ったけど、アタシの方が強いわ」

 フェイの眼前まで歩み寄ると、少女はその長身を見上げて冷たい笑みを浮かべる。それは彼女の師同様に、凍える狂気が潜んで。しかしそれを燃え滾る怒りで跳ね除け、フェイが顎をしゃくると。二人は並んで店から出て行こうとしていた。慌てて後を追うサクヤはしかし、肩越しに振り向くフェイに止められる。

「サクヤ、ここで待ってな。何があっても出てくんじゃねえ。すぐ終わっからよ」
「フェイ、貴方でもこの数は無理だわ!それも殺さずになんて…私が援護するから」
「そいつはいけねぇ…サクヤ、オレぁ前から思ってたんだけどよ」

 フェイは語った。サクヤの力はもっと、大きな事の為に使われるべき物と感じていると。その血に宿る異能の力を、フェイは直感的に悟っていた。それは彼女にとっては、正規のクエストなら兎も角、こんなゴロツキ連中との喧嘩では、間違っても振るわれていい力では無い。苦楽を共にした仲間だから、それ位はずっと前に解っていた。

「おいハゲ、サクヤの事は頼まぁ…ちょっくらこのガキと遊んでやっからよ」
「フェイ、さっきの話だが550,000でいい…この店を、この町を連中から守ってくれ!」

 無言の背中が黙って語る。オレに任せろ、と。店を出れば、この町唯一の通りに居並ぶは無宿無頼の無法者。正規のライセンスを持たぬレフトハンターズ。その群に少女が合流すると…フェイはクラインポケットに入れてあるありったけの武器を、天井の低い空へとブチ撒けた。

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