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 棄民の町に一本だけの大通り。その中央にテーブルを置いて椅子を持ち寄り、ティアンは近所の馴染みと日課のポーカーに興じていた。グラス一杯のワインを恋人に。不養生にも程があるが、こればかりは止められない。口うるさいフェイはサクヤを連れて買い物だし、ヨォンとラグナは外の世界へ帰って行ったから。少しだけいつも通りの日常が戻り、彼女はそれが普通なのにどこか寂しさを感じていた。

「あの、済みません…ええと」
「ええいもうっ、またブタかいっ!どうしてこう大きい役に限って…ん?何だい」
「ティアン=ノースロップさんでいらっしゃいますか…あ、ティアン?まてよ、どこかで」
「人を呼んどいて考え事かい?急ぎの用じゃ無きゃ後にしとくれ、忙しいんだよこっちは」

 自分の名を呼んだ男は、青年と言うよりはまだ少年と形容する事が相応しいような。しかし格好を見ればすぐにティアンには、彼がギルドのハンターズだと知れた。ポーカー仲間も奇異の視線を送ったが、それも一瞬の事で。さしたる興味もない様子で再びカードを配りだす。無論ティアンもこの時、どこか頼り無さそうなヒューマーよりも、次の手札の方が気になった。男が名乗るまでは。

「私はエディン=ハライソと言います。実はこの町の事について少々お話が」

 ダイヤのエースに、ハートの2、クラブの姉妹が仲良く4と5。邪魔者のキングを捨てて山札に手を掛けながら、ティアンは改めて振り返った。フェイが何度も何度も話すので、その名は愚か人物像までもがティアンの中に確立されていたが。現物に会ってみれば、その印象は少し…否、大きく違う。彼女の弟子の舎弟は、もっと溌溂とした雰囲気の人間だとティアンは思い込んでいた。

「おやまあ、貴方がエディン?フェイから話は聞いてるわ。良く足を伸ばしてくれたわね」
「フェイさんが?…ああ!そうか、ティアン、聞き覚えがあると思ったら…フェイさんのお師さん」
「オッホン、いかにも!ふふ、それで?お見舞いって雰囲気じゃないわね、ご用件を聞こうかしら」
「はい、その…非常にお伝えし難いんですが、立ち退きをお願い出来ないかと…この町ごと」

 ニューマンの老人もお隣の娘も、エディンの一言に殺気だって椅子を蹴る。それを制してストレートの出来損ないをテーブルに放ると。ティアンは立ち上がり、改めてエディンに向き直った。地上げはこの町では日常茶飯事だし、もっと手荒い方法でやるのが普通だから。正面切って話し合いを切り出してくる実直さは、確かにフェイが語った人物像そのもの。

「依頼主はどこかしら…移民局が本腰を上げた、って感じじゃないしねえ。どうしてあたしに?」
「この町の自治は全て貴女が中心だと。依頼主に関しては、僕が受けたクエストでは無いので何とも」
「それはまた…要領を得ない話ね。貴方はギルドでクエストを受けてここに来たんじゃないの?」
「違います、僕はただ…ただ、無用な流血は避けたいし、違法な行いも正したいだけです」

 成程、愛弟子の人を見る目は確かだと。ティアンはそう思いながら、友人一同に解散を申し出て。今日も負け越したカードを回収してシャッフル。エディンを睨んでフンと顔を背けると、若い娘が椅子を持って自宅へと飛び込んだ。老人も「いつも済まないな」とティアンに頭を垂れて椅子を抱えて。最後にエディンを一瞥して通りの奥へ消える。
 フェイが見て感じて語った通り、エディン=ハライソは愚直なまでに真面目で、何よりも理を重んずる性質らしい。それは構わない、寧ろ可愛らしいとさえ思うが。ティアンはその要求に応える気はさらさら無かった。移民IDを持たぬ者達のこの町は、確かに違法な存在だ。移民局や船体管理公社にとっては眼の上のタンコブ。僻地ながらも旗艦パイオニア2内ともなれば、この土地を有効活用したいと画策する企業も後を絶たない。それを今まで尽く退けて来たティアンだから。それがフェイの仲間でも容赦はしない。

「エディン、立ち退きを要求するからには、この町の全員に行く当てを保障してくれるんでしょうね?」
「当然保障されるべきだと思います。その件に関しては、自分が責任を持って移民局に交渉します」
「それは…無理だと思うわよ?移民局がダンマリを決め込むから、あたし達はここに居る訳だし」
「皆さんが棄民政策の犠牲者だとしても、総督府には全移民の生活を保障する義務が…」
「だからエディン、あたし達は移民じゃないのよ…も少しここ、間借り出来ないかしらん?」
「移民も棄民も無いですよ!この宇宙の大海原では、どこにも行けませんが…でも、手を取り合えば」

 先程エディンは、自分の受けたクエストでは無いと言った。それは事実だろう…地上げを引き受けるような人物だとは、ティアンはフェイから聞かされていない。それでもこうして熱心に説得し、自分でも労を惜しまぬ態度を見せるのは何故か?どこかそれは、恐るべき事態を回避するのに必死であるかの様で。
 エディンが力説している事は、パイオニア2がコーラルを出航する前に既にティアンが試した。何度も総督府に陳情し、移民局では様々な部署をたらい回しにされ…結局取り合っては貰えなかった。多少の賄賂を握らせてみても、事が大きすぎて解決までには至らない。元老院は棄民を放り出し、総督府はそれを見なかった事にして。そうしてただ誰もが、ラグオルへの入植を待った。あの星に入植が始まれば、棄民問題などは最初から無かったかのように消えてしまうと。

「エディン、上手く事は運びそうかね?悪いが余り時間の猶予も無いのだよ」

 不意に良く通る澄んだ声が響いて。エディンが振り向く先に、真っ青な人影を見てティアンは眼を疑った。それはまるで、追憶の中から飛び出て来たかのように若々しく。初めて会った日の様に、一人だけ時間の流れに取り残された姿がそこにはあった。彼はゆっくりと、二人へと歩み寄る。

「グライアス卿、貴方の依頼主はこの町の住民に何らかの保障をする義務が…」
「私達が受けた依頼は空き地の掃除だよ、エディン。少なくとも若社長と私はそう合意したが」
「グライアス卿!現実問題として、ここでは人が暮らし生きています!まさかそれを…」
「だから我々が掃除するのだよ。そう、我々無法者の無頼漢、レフトハンターズがね」

 ブラウレーベン・フォン・グライアス…その名を初めて知ったあの日から。その姿は些かも変わっては居ない。変わったのは、より静かに、確かに禍々しく高められたその力。彼は詰め寄るエディンを制しながら、冷たい微笑でティアンを見定める。

「久しいな、ティアン=ノースロップ…いや、ティアン・ザ・ブラックウィドウ」
「その名は捨てたよ、ブラウレーベン・フォン・グライアス。ったく、何て様だいっ!」
「この姿の事を言っているのかな?便利な薬があってね…若干の副作用があるが」

 既にエディンを蚊帳の外において、グライアスとティアンの二人は共有する思い出を振り返りながら。しかし両者の胸中を過ぎる感情は異なるものだった。二人を交互に見やるエディンには、とても同じ過去を生きた人間には見えない。親子程も、無理に見れば祖母と孫にも見えなくない程に、二人の年齢は離れて見えたから。

「変わらないねえ…進歩が無いっ、坊やっ!まだ力そのものに囚われ固執してっ!」
「そう言う貴女は変わってしまった。あれ程に強く美しかった貴女が。時の流れは残酷な物だ」
「お言いだね、坊や。この町に手を出すようなら、この私が相手に…ゴホゴホッ!」
「死に至る病と聞いている。だがその力、衰えようともそのまま死なすには余りに惜しい」

 突如咳き込み身を屈めて、口元を押さえるティアンの手に血が滲む。しかしその姿に動じる事無く、グライアスはクラインポケットから一振りの大剣を取り出した。片手で無造作に軽々と構える、それはティアンが吐き出す血よりも鮮やかに紅い。

「その命、その力…我が身を磨く贄と散れ。お別れだ、ティアン」

 ほんの一瞬だけ、グライアスは寂しげな表情で笑って。それは見る者が見れば、涙を堪えている様にも感じただろう。だが、エディンは余りに突然の事で、それを考える余裕も無く。己の無力さにただ打ちのめされていた。
 こうなる事は最初から解っていた。グライアスが動くという事は、流血は避けられないと。解っていたから、それを避けるためにこの場へと赴いたのに。しかし結果は何一つ変わらず、定められた予定調和へと向おうとしている。自分の、自分なりの努力を嘲笑うかのように。

「エディン、この町の者達は皆、表社会に生きられぬ違法の民…我等レフトハンターズと同じ」
「一緒にするんじゃないよ、坊や…エディン!坊やの、グライアスの言葉に耳を貸すんじゃないよ!」
「どうした?エディン…言葉が尽きたか?お前の正しさとは、その程度の物なのか?」
「いいから黙って見といで、エディン…この男の業はあたしが連れてくから」

 よろけながらも立ち上がると、数歩下がって距離を取るティアン。それはレンジャーの間合いだったが、グライアスは意に返さず真紅の大剣を片手で振りかぶる。その切っ先が低い天井を睨んでピタリと静止すると。ティアンはその構えに相対して拳を握ると、その手から震えを追い払った。
 エディンは以前、フェイに見せてもらった事がある。最大で同時に八丁の銃器を、同時に発砲する神技を。それが彼女がブラックウィドウと呼ばれる、その名を継いだ由来なら。その師であるティアンもまた、同じ技を持つだろう。それはグライアスが動いた瞬間、蜂の巣になる事を意味していた。

「力を正しき事に使う、その前に言葉で解決を図ると…私に言ったな、エディン」

 遠くで銃声が聞こえる。にわかに町は騒がしくなり、通りに出てきた住民達はティアンを、その正面に対峙する青い戦鬼を見て絶句。しかし構わずグライアスは、ティアンを睨んだままエディンに語り掛ける。返す言葉も無く、黙って俯くエディン。

「だが同時に、力を欲していないとも言う…では、言葉が尽きれば終わりか?エディン」
「僕は…それでも僕はっ!」
「悔しければ私を憎んで力を磨け。ティアンの死に…言葉の無力さを知るがいい」

 言われるまでも無くエディンは、無力さを思い知っていた。言葉の無力さでは無く、己の無力さを。自分が信じる正しさを見失い、その手段も潰えて。今はただ、圧倒的な暴力を前に震えているしかない。理屈を並べなくとも解るし、逆にグライアスが理路整然と正当性を主張しても明白…今、エディンの目の前で不当に命が危険に曝されている。仲間の師が、この船団で最も獰猛な獣の牙に砕かれようとしていた。

「…フッ、どこまでも甘い男だな。エディン=ハライソ、私は後からでも一向に構わないのだが」
「僕は臆病者です…でもっ、卑怯者じゃないっ!」

 勢い良くクラインポケットからマグが、ルドラが飛び出して来る。それが仲良く揃って背に付くと同時に、エディンは大剣を引き抜いた。以前、ウェポンショップで買ったヴォーテック社製のサンダーブレイカー。その刀身に初めて、フォトンの刃が灯る。それを構えて今、エディンはグライアスを精一杯の勇気で睨んだ。今にも逃げ出しそうになる、震えの止まらない身体に鞭打って。

「グライアス卿っ!貴方が力を求めるなら、僕は強さを求めるっ!」
「ほう、その二つは何が違うのだね?」

 ティアンに背を向け、ゆっくりとグライアスが振り向く。その全身から滲み出る殺気は、この場の空気を飲み込み膨れ上がって。遠巻きに見守る町の住人達は、見えない壁に阻まれるように誰もが後ずさった。エディンも思わず気圧されそうになり、必死でその場に踏み止まる。眼前に佇む男の姿は、今の彼には普段の何倍も大きく見えた。全身から冷たい汗が噴出し、カタカタと歯が鳴る。

「誰かの為に、自分が正しいと思える時に力を振るえる…それが僕の目指す強さ!」
「それもまた力の本質と知れ、エディン。力に善悪など不用と、私がその身に先ずは刻もう」

 気勢を叫んでエディンは、グライアスへと闇雲に突貫した。それを迎え撃つ動きが、エディンには手に取るように見える。ゆっくりとスローモーションで。紅ノ牙を振り上げる、その半身片手の構え。見える、見切れる…そう思ったエディンは、それよりもさらに遅い自分を感じて。周囲を流れる空気すら重く纏わり付き、身体が前に進まない。握る剣は振るえども、思うように動かず…ゆっくりと真紅の刃が落ちてくるのを、彼は目を見開いて見詰めた。

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