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 それは一瞬の出来事だった。まるで青い闇へと吸い込まれるように。ラグナは捨て身でグライアスの間合いへと飛び込んでゆく。その頭上へと無情にも、紅ノ牙が振り下ろされた。そして鮮血が舞い、惨劇をエディンは目の当たりにする。最もそれは、彼が思っていた最悪の結末では無い。両者の間に割って入る男の背中があったから。

「お嬢ちゃん、命を粗末にしちゃいけないぜ…ティアンの奴をあの世で泣かせちまう」

 ラグナの一突きを左腕で受け止め、グライアスの刃を右の野太刀で大地へ逸らすと。ヨォンは震えるラグナにニコリと微笑んで。そのまま眼光鋭くグライアスを睨む。

「貴様っ、何故だ…何故ティアンが死ななければいけないっ!応えろっ!」

 望まぬ流血に恐れ戦慄き、ラグナが悲鳴を叫んで崩れ落ちる。その手にするセイバーから光が消え失せると、ヨォンはそのまま左手を固く握って拳を作り…それを眼前のグライアスへと叩き付けた。怒りの鉄拳は涼しい表情の右頬を抉り、同時にヨォンの左腕から血飛沫が上がった。

「…気は済んだか、ヨォン=グレイオン」
「済ませるものかっ!ティアンはなあ、ティアンは…」
「私よりも弱かった、ただそれだけだ」
「言いたい事はそれだけかっ!グライアスッ!」

 二人を中心に空気が沸騰して弾けた。ヨォンの怒気が周囲に広がり、たちまちその場を支配する。しかしそれに気圧される事無く、グライアスが右腕に力を込めれば。大地に縫い付けられた真紅の大剣が、未だ鞘を纏う野太刀を徐々に押し上げてゆく。
 それは正しく、拮抗する力と力のぶつかり合い。互いに剛の剣を誇る二人の剣士が、真正面からぶつかり合う真っ向勝負。両者はしかし、額を寄せ合うように睨み合う表情は対照的で。涼しげに冷笑を浮かべるグライアスに対して、激しく燃え滾る怒りも露なヨォン。両者は突如、短い合気を叫んでエディンの視界から消えた。

「貴様程の男が力に溺れてっ!そうして今まで、何人の命を奪って来た!」

 それはラグナが天を仰ぐのと同時で。頭上からの声にエディンも首を巡らせれば。棄民の町の低い空へと、高く舞い上がる影が二つ。両者は重力に掴まり落下しながら、眼にも留まらぬ早業で斬り結ぶ。それはあたかも、二人の周囲で閃光が断続的に瞬いているようにしか見えず。剣と剣とがぶつかり合う衝撃音が、途切れなく当たりに響いた。

「そのような物、数えるに値しない。私が求めるは唯一つ、私をも超える絶対的な力!」

 僅かの乱れも無く、巨大な大剣を片手で軽々と振るうと。まるで両の足が大地を掴んでいるかのような安定感で、グライアスの剣がヨォンを襲う。それは何のフェインとも無く、ただ上段から振り下ろされただけの剣だが。受けるヨォンは受けきれず、瞬時に鞘を左手で支えて。再び吹き出す血に呻けば、そのまま真紅の一撃に押し切られ…真っ逆さまに地面へと叩き付けられた。続いてグライアスが音も無く着地。

「どうした、ヨォン?剣聖がその様では星刀が泣くぞ。抜けぬ星刀がな」

 もうもうと舞い上がる砂煙に、一瞬視界を奪われたが。雄々しく立ち上がるヨォンの背中が見えて、エディンは思わずその名を叫んだ。剣聖ヨォン=グレイオンの名を聞き、にわかに周囲は慌しくなる中…グライアスは迷わず、無防備に歩み寄る。嘗て友と呼び合った男へ。

「抜かずの剣こそ至高と…お前は昔、私に言ったな。ヨォン、その抜けぬ剣で私が斬れるか?」
「斬る、断ち切るっ!貴様だけは俺の手でっ…それがティアンへの、せめてもの手向け」

 ヨォンが手にするは伝説の星刀、その名を罪斬。神代の時代より魔を滅し、邪を退けて来た神器だが。その刃は今は、強力な封印を施された鞘に覆われて。いかな使い手が剣聖と称えられた達人でも、その求めに刃が鞘を走る事は無い。対してグライアスが振るうレッドフォトンの大剣は、かのリム=フロウウェンが鍛えし逸刀。レプリカモデルとはその性能は段違い。
 純粋に得物に差があるばかりではない。あれ程激しく打ち合ったばかりだが、グライアスは呼吸の乱れも無く。汗の一滴すら浮かべては居ない。逆にヨォンは既に、大きく肩で呼吸を貪っていた。左手の出血はいよいよ激しく、足元に大きな血溜まりを作る。

「老いとは恐ろしく、そして切ない。そうは思わないか?ヨォン」
「生きとし生ける者は皆、等しく老いて衰える。それが受け入れられぬのなら、それこそ弱さよ」
「何とでも言うがいい…私はそれでも力を、絶対的な力をこそ欲する。老いに抗ってまで、だ」
「ならば活目するがいいっ!このヨォン=グレイオン、伊達に剣聖と呼ばれてはおらぬよ」

 ズシリと大地を踏み締めて。呼吸を整え、長大な野太刀を両手で握ると。ヨォンはそれを構えて身を捩った。ハンターズスーツの下で筋肉が躍動し、昂ぶる氣は覇気となってその身から迸る。限界まで引き絞られた力が一点に集中すると、咄嗟に剣で己を庇うグライアスへと向けて。ヨォンは必殺の剣を解き放った。

「あの世でティアンに詫びて来い。いや、貴様がティアンと同じ場所にっ…行けるものかよっ!」

 電光石火の一撃がグライアスを襲った。鞘を纏っているとは言え、野太刀の斬撃は重く。まして剣聖が全力で打ち込む剣はニノ太刀要らず。避ける事無く正面からまともに食らったグライアスは、そのまま吹き飛ばされて民家へ突っ込んだ。
 同時にガクリと片膝を突いて。既に力の入らぬ左手を軽く振りながら、ヨォンは油断無くグライアスを…その姿が消えた瓦礫の山を睨む。手応えは有った、全力全開の一撃は間違いなく相手を直撃した。極限まで高めた己の氣を乗せた、究極の剣。剣聖の放つ技ともなればもう、得物が何であるかはもはや関係が無かった。例え小枝を握ろうとも、鋼を断ち大地を裂き…流れる瀑布をも逆流させる。それが剣聖の力。

「ヨォンさん!血が…今、止血を」
「来るな!俺よりお嬢ちゃんだ、エディン…こっちに来るな。まだ勝負はついちゃいない」

 慌てて駆け寄るエディンを、血塗れの手で制して。ヨォンは立ち上がると油断無く構えた。己が持つ最高の技を、持てる全ての力で叩き付けたのだ…これで勝負はついたも同然。そう思う気持ちが今は、微塵も持てないヨォン。
 彼程の達人ともなれば、剣を合わせずとも相手の力量は容易く読み取れる。いかに巧妙に潜め、普通のハンターズならば見逃そうとも…グライアスの秘めた狂気の力は、それ程までに強大だった。

「死んだ者はどこにも行かぬ、ヨォン。死ねばただ、皆無へと還るだけ」

 瓦礫を払って立ち上がると、グライアスは平然と呟いた。まるで自身へと言い聞かせるように。その身にはしかし、明らかなダメージが見て取れる。やはり生粋の修羅と言えども生身の人間…僅かな希望を見出し、ヨォンに加勢すべく並ぶエディン。しかしヨォンは、弱々しく彼を下がらせた。

「ハンターズに多対一は無い、覚えとけエディン。あいつは、俺が、倒すっ」

 畳み掛けるように地を蹴って、グライアスへと斬り掛かるヨォン。その太刀筋にエディンは、老いや疲れを微塵も感じなかったが。受けに徹するグライアスの表情は徐々に翳り、失望も色濃く溜息を一つ。それを意に返さず鍔迫り合いに持ち込むと、ヨォンはありったけの力を込めて野太刀を押し込んだ。

「…老いたな、ヨォン。嘗てこの私に並ぶと言われた剛覇の剣が」
「そう言う貴様は何だ!あの頃とちっとも変わっちゃいない。見た目も!中身も!」
「無論、変わろう筈も無い。今も昔も変わらず、私は力を求め…突き進むのみ!」
「ならば俺が阻もう!修羅をも食らう悪鬼と成りて…貴様を討つ!」

 ヨォンの気迫がグライアスを圧倒するかに見えたが。無情にも勝利の女神は、ヨォンに微笑まなかった。グライアスは軽々と鍔迫り合いを押し返すと、体勢を崩した相手の胴を薙ぐ。辛うじて野太刀で受け止めるヨォンは、そのまま恐るべき胆力で吹き飛ばされた。

「どうした、ヨォン?エディン、君でも構わない…私に挑み、打ち倒し、超えて見せろ」

 その声に三度立ち上がる者が居た。その華奢で小さな身体を支えるものは、執念に他ならない。ラグナ=アンセルムスはクラインポケットからモノフルイドを取り出し、震える手で無痛注射を首筋に打ち立てると。即座にレスタを実行、その癒しの光が己を包むのを待たずにグライアスへ身体を浴びせた。

「捨て身では勝てぬよ、私はそんな剣を教えた覚えは無い。さあ、構えろ」

 エディンの中で先程からの、小さな疑問が再び首を擡げた。ラグナがここまでグライアスへと執念を燃やすのは、他ならぬ二人に遺恨があるからだろうが。それは同時に、ラグナ自身の生い立ちまでも無言で語っていた。そう言えばラグナは、マグを持っては居なかった…その経歴は全て謎に包まれており、彼女が拠り所とする教会では、ある日突然血塗れで現れたという。点と点が線を結び、次第に一つの結論が思い浮かぶと。グライアスの声がそれを肯定した。

「我が元での日々を思い出せ…我が教えを。そして全力で挑んで来い、ラグナ」

 気勢を叫んでラグナが繰り出す、その剣はしかし既に力は無く。僅かに身を反らすグライアスの周りで、虚しく空を斬る。既に気力体力共に限界を超え、それでもラグナは挑み続けた。言葉にならない声を叫びながら。

「アンセルムスさん!もういいです、もうやめて…やめて下さいっ!」

 もはや見ていられず、エディンは後からラグナを抱きすくめると。腕の中で暴れる彼女を庇って、グライアスの前に身を曝した。既に手に剣は無く、戦う力もありはしない。しかしこのまま、仲間がグライアスの手に掛かるのを、黙って見ている訳にはいかなかった。

「エディン!お嬢ちゃんを連れて逃げろ…大丈夫だ、俺に、任せ…」
「どうするエディン?ヨォンの言う事も一理ある…逃げれば追わぬよ、私は弱者に興味は無い」

 弱々しく立ち上がるヨォンを見て、エディンは決断を迫られる。目の前に立ちはだかる男は、正しく青い戦鬼と呼ぶに相応しい様子で。身に受けた傷すらも楽しむかのように、余裕の表情でエディンを見詰めている。

「僕は、僕はっ!」
「君の苦悩は己の無力さに起因している。その力を私が与えよう…君の思う強さとすればいい」

 グライアスが手を差し出す。涙目でそれを睨むエディンはもう、その恐ろしさが十二分に解った。紳士的な態度で温厚な笑みを浮かべる、その奥に潜んだ魔性と狂気を。だから彼は、全身全霊で拒絶を叫んでその手を払い除けた。同時に胸の中で震えるラグナを、庇うように身体を盾にする。

「僕は貴方を許さない…グライアス卿、いやっ、ブラウレーベン・フォン・グライアス!」
「ほう、吼えたか…よかろう、今はその命を預けよう。事は成った…今日はこれまで」

 クラインポケットに真紅の大剣を納めると。肩で風切りグライアスが去る。後に残されたのは、彼によって敗者となった者達と…燃えて廃墟となった町。そこに住む人々はただただ、己の境遇を嘆いて逃げ惑うだけだった。

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