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「んだよ、ババァ!?…って、空耳かよ」

 あのブラックウィドウが、戦闘の真っ最中に。あろう事か視線を外して独り言。その隙を見逃す程、居並ぶ者達は愚かでは無かった。無論、多勢で一人を捻じ伏せる事も厭わない…正規のハンターズライセンスを持たぬ無法者、レフトハンターズだから。無数の刃が煌き、無数の銃口がフェイを睨む。その後ではフォースのテクニックが今にも発現しようとしていた。

「手前ぇら、まだやんのか?この町で勝手すっと、こうなるって言ってんだろうがよ」

 そう言ってフェイは形良い顎をしゃくって。その先に堆く積まれた人の山を指した。既に買い物中の彼女を襲ったレフトハンターズは、約半数が片付けられて。勿論、一人たりとも殺してはいない…正確な狙いで武器を叩き落し、同時にわざわざ当身をくれて昏倒させる。圧倒的な技量差が無ければ不可能な、それは彼女なりの当然の手加減。真っ当なハンターズは殺しなど、進んでするものでは無いから。

「お、お前先に行けよ…おお、おっ、俺が援護してやっからよ」
「手前ぇこそ!討ち取って名を上げるとかほざいてたじゃねえかよ」
「誰でもいいから何とかしてよもう。フルイド代だって馬鹿んならないんだからね!」

 レフトハンターズと言えば聞こえは良いが、その大半はハンターズ崩れのゴロツキで。割に合わないと解れば自然と腰も退けるというもの。もう一押しかと一同をねめつけ、フェイは大きく息を吸い込む。適当にショットの二丁同時掃射で踊らせてやれば、蜘蛛の子を散らすように逃げる筈。既に火の手が回った町が心配で、正直フェイはチンピラ風情の事はどうでも良かった。
 フェイは心底、大嫌いだった。金さえ貰えればどんな非合法な仕事にも手を染める、ハンターズの暗部…レフトハンターズが。無論、正規のライセンスを持つギルドのハンターズにも、いけ好かない奴は大勢居たが。そんな連中もしかし、同じハンターズとしての流儀と道理が通じる間柄。レフトハンターズは違う…端的にフェイから言わせれば、ヒーローとは対極の存在だった。

「もうっ、何でマスターの言う通りに出来ないの?何なのよ、だらしない」

 フェイの一睨みに怯んで竦む、有象無象を掻き分けて。大鎌を担いだ少女が歩み出る。彼女はイライラと周囲を一瞥してから、憮然とフェイを睨んだ。その態度は見た目よりさらに幼く、フェイに強烈に子供を感じさせる。幼子は時として、思うようにままならない現状を処理出来ない事がある。そんな時は眼前の少女の様に、ただ感情を発露させるしかない。

「お嬢、そうは言うけどよ…相手はあの、ブラックウィドウだぜ」
「俺達ぁグライアス卿みたいな力なんか無ぇしよ、怪我でもしたら」
「馬鹿みたい、怪我する前に殺せばいいじゃない」

 平然と恐ろしい事を口にして、それを即座に彼女は実行に移した。虹色に煌く刃を撓らせて、まるで地を這う影の様にフェイへと忍び寄る。その無音無拍子の動作は、良く訓練された物に見えて。しかし余裕のフェイはその姿に、とある身近な人物の姿を重ねて見ていた。

「チッ、しゃあねえな…教育してやるぜ、ビービー泣くなよ?クェスちゃん」
「!…気安く呼ばないで、ブラックウィドウ。その名で呼んでいいのは、マスターだけ」
「オーライ、手前ぇこそ気安く呼ぶんじゃねえ…その身で思い知るまでは、なっ!」

 瞬時に肉薄したクェスが、手にする大鎌を横に薙ぐ。それを易々と回避すると、フェイはクェスの額に人差し指を押し当てて。手で銃を象り、BANG!と小さく囁く。これが本物の銃ならば、その結果は明白で。ツンと額を押されて、クェスは顔を真っ赤に怒り出した。
 そこからは正直、フェイには手加減する自信が無かった。烈火の如く怒り出した眼前の少女の、その動きは既に眼では追い切れず。内心バケモノと舌打ちして、慌てて前言を撤回。真に恐ろしいバケモノは、無垢なる子供をこうまでさせる男の影。その証拠に、自分へと注がれるのは一点の曇りも無い無邪気な殺意で。その純真さをもてあそんで、マシーンのように育てた者の存在をフェイは許せなかった。

「お仕置きだ、ベイビー!その尻ひん剥いて、真っ赤になるまでブッ叩く!」
「やれるもんならっ、やってみなさ…!?」

 ニヤリと笑うフェイへと、無軌道な動きで再び肉薄するクェス。彼女は必殺の間合いにフェイを捕らえて、渾身の一撃を繰り出した瞬間…その手応えの無さに慌てて振り向く。最小限の動作で攻撃を避けたばかりか、気配を殺して背後を取ったフェイ。

「撃てないんじゃないぜ、クェスちゃん?撃たなかったんだ…今までは、なっ!」

 咄嗟に身を翻して得物を振るう。煌く虹の刃はソウルイーター、噂に名高い魂喰らい。クェスはレプリカモデルの模造品だと言われたそれを、全力で振り向き様に叩き付ける。しかしその時、我が身は驚く程に遅くて。思うままに動く鍛えられた肉体が、今は恐ろしく重い。
 一瞬の刹那を何倍にも引き伸ばされた、静止したに等しい刻の中を。フェイだけが平然と動く。彼女はクェスに掌を翳して手を伸べ、それを横へとスライドさせると。それを追う様に次々と、クラインポケットからハンドガンが現れる。後はもう、クェスには見ているしか無い。落下する銃を次々と拾っては構え、銃爪を引くフェイのしなやかな黒い手を。

「お嬢っ!手前ぇ、お嬢をよくもっ!…お、おい誰か!な、何か持ってこいよ!」
「何て恐ろしい事を…グライアス卿に殺されるぞ!おっ、おお、俺ぁ知らねっ!」
「おうこらブラックウィドウ!こんなんで目の保養になっかコラァ!今日はこの辺で勘弁してや…」

 ハラリ、擦り切れた布地が舞う。死を覚悟して瞑った目を、クェスが再び開いた時。彼女を包んでいた衣服は四散していた。下着までも綺麗に。眼に眩しい柔肌を前に、流石の荒くれ達も目を背ける。フェイはまるでミシンで縫うように正確に、しかしミシンとは逆に布地だけを引き裂いて。有言実行、クェスを裸にひん剥いた。即座に大鎌を手放し、恥ずかしさに震えながら大事な所を隠して蹲る…そうフェイは踏んだが、期待は裏切られる。

「ちっ、じゃあ次は尻叩きだ…が、侘びを入れるなら勘弁するぜ?クェスちゃん」
「それで勝ったつもり、フェイ。アタシ、まだ生きてるもんっ!」
「フェイ姐さん、だろ?…いいからちったー隠せや。ったく、毛も生え揃わねぇガキが」
「うっ、うるさい!フェイなんか、マスターに比べたら全然っ、弱いんだからっ!」

 全裸の少女のその姿は、居並ぶ者達には全く見えなかった。余りにその動きが機敏に過ぎたから。より一層激しい怒りに身を震わせながら、クェスは秘すべきを隠すより先ずは大鎌を振るう。しかしそれは、フェイを追い詰めこそするものの、その命を奪うまでは至らない。
 余裕の笑みで避けるフェイを見れば、クェスはますます怒りに我を忘れて。ヒステリックに敵の名を叫んで、加速する己にトップギアを叩き込んだ瞬間…その行く手を遮る影が現れた。

「ハイ、楽しそうねブラックウィドウ…私も混ぜて貰えるかしら?」
「お断りだね、ネイキッドガール。相変わらずうるせえ音だな、虫唾が走るぜ」

 突如現れ間に割って入った、異音を響かせるヒューキャシールには見覚えがあって。フェイは僅かに眉を潜ませ、その両手にマシンガンを構える。全身をスッポリと覆うボロ布を脱ぐと、それをクェスの華奢な肩へと預けて。嘗てパシファエの通り魔として、パイオニア2を震撼させたメカニカルノイズが甲高く響いた。

「クエスチョンだ、ネイキッドガール…どうしてあの旦那に手を貸す?」
「あら、簡単な事よ…私はもっと強い力が欲しいの。あの男はそれを持ってるわ、だから」
「はン、だったら真っ先に挑めよ、オレじゃなくてあの旦那によ。この町ぁ関係無ぇだろうが!」
「今はまだ勝てないわ…私は始めて、恐怖を知ったの。解るでしょ?貴女にはあの男の力が」

 世間ではアウトローの代名詞、ハンターズ。その中でも嫌われ者の無法者であるレフトハンターズを、力と恐怖で束ね従える男がいる。貪欲に、純粋に力を求めて強者を貪る一方で。まだ幼い子供にも容赦無く歪な強者の理を叩き込む者が。耳障りな駆動音で異形の両剣を取り出す、眼前のヒューキャシールが呟くまでも無く。その諸悪の根源をフェイは知っていた。

「ブラックウィドウ、貴女を引き千切って…その中身をブチ撒けて、私の力にして差し上げますわ」
「下らねぇ…強さ?力?解って無ぇな。それは求めるモノじゃねぇ。必要な時に備えて秘めるもんだ」

 フェイは自分に言い聞かせるように呟いて。両手のマシンガンをそれぞれ、眼前のヒューキャシールとクェスへと構える。与えられたボロ布を身に纏いながらも、クェスが引き下がる様子は微塵も無く。まして、以前よりもハイチューンである事を感じるその音を耳にすれば…いかなフェイとは言え苦戦は必定。多対一を良しとしないのは、あくまでもカタギのハンターズだけ。加えて今まで弱気だった周囲の者達までもが、これを機にと身を乗り出す。

「チェックメイトね、ブラックウィドウ。最期に私の名を教えてあげ…」
「はじめまして、パシファエの通り魔さん。お噂はかねがね」

 突如、凛とした声が異音を遮って。カラン、と緊張感の無い音が鳴り響き、雑貨屋のドアが開け放たれた。現れたのは蒼髪のフォマール。その伏せ眼勝ちな瞳はしかし、はっきりとフェイの敵達を睨んで。同時に短く機械音が響き、それを追ってクェスが跳躍すれば。周囲を高レベルのテクニックが広範囲を襲った。

「な、なっ、何だ…力が、入らな、い…!?」
「と、とりっ、取り合えず誰か!お嬢を守れ!お嬢っ!」
「こんな、こんな高レベルの…ありえない!力が…くそっ、動け!動け、アタイの身体ぁ!」

 超常の力を宿した、その血が滾って顕現した。常軌を逸したテクニックの発現に、その範囲から逃れられなかった者達は膝を付く。異能の力を紡いで束ねた、常人ならざる高レベルのテクニック、ジェルンが実行されて。誰もが身体能力の極端な低下を感じ、既に立つ事も困難。ジェルンはもともと、対象の精神力と集中力へ作用してその力を減退させる効果があるが。今、この場に満ちたそれは、圧倒的な力で戦意をも根こそぎ奪い去った。

「フェイ、私に黙って見てろと言うの?フェイの…友達の危機なのに」

 現れたサクヤ=サクラギはフェイに肩を並べて。そう言い放つなり、クラインポケットからロッドを取り出して。その柄に引っ掛かって一緒に飛び出した、小さな風呂敷包みを拾い上げる。それが何だったかを思い出すより先に、彼女はフェイに寄り添いその背を守るように身構えた。

「フェイ、怒ってる?ごめんなさい、気持ちは嬉しいけど…初めての友達を私、見捨てられない」
「腹ぁ立つぜ、ド畜生…背中を預けていい、そんなダチをオレはよ。馬鹿だぜ、ホント」

 既にもう、サクヤの放った強力なテクニックで大勢は決していた。集団戦において高レベルのテクニックは、瞬時に戦況を引っくり返すことが多々あるが…サクヤのそれは常識の範疇を超えて。その身に色濃い血の力は、容易く異能の力を自然と振るう。正しくそれは、持たざる者が見聞きして感じれば奇跡の業。

「あら、まあ…これは分が悪いわね。グライアス卿ももっと、フォースを育てればいいのに」
「まだ、二対二になっただけ。マスターなら、一対二でも…ひっ!?」

 徹底抗戦を訴えるクェスの首根っこを掴んで吊るし上げ、鋭い眼光で睨んで。しかしゆっくり降ろすと、その裸体を隠すようにボロ布の前を合わせて。既に頃合と見切って、不快な異音がキュインと響く。

「この勝負、預けるわ…ブラックウィドウ。それと、私の名前を覚えて頂戴」
「そう言って絡んで来た奴ぁ、今まで何人いた事か…いいぜ、名乗れよネイキッドガール」
「私はストラトゥース…貴女をスクラップにする名前よ。覚えておいて損はないんじゃなくて?」
「じゃかしぃ!このフェイ姐さんが鉄屑になると思うなよ…手前ぇこそ、次はドック入りだ!」

 高笑いを響かせ、クェスを抱かかえると。ストラトゥースと名乗ったヒューキャシールは、耳に残る残響を残して跳躍し…屋根伝いに公社の船体管理区画へと消える。その姿を見送るフェイは、妙な胸騒ぎを感じて落ち着かなく。傍らで小さな風呂敷包みを手に、決意を固めるサクヤに気を配れずに居た。

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