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 四番艦カリストの名物商店街は、普段と変わらぬ喧騒で。訪れるエディンがハンターズと知っても、目の色を変える者は少ない。相変わらず八百屋の旦那も、精肉店の女主人も元気が良かったが。エディンを見るなり、二人とも商売そっちのけで駆け寄って来た。互いに競う様にある人物の事を……この町の小さなハンターズの事を聞いて来る。
 しかしエディンは答える言葉を知らない。寧ろ彼の方が聞きたい位。そう、エディンはあの日以来連絡の取れない、ラグナ=アンセルムスの姿を求めてこの町にやって来た。しかし地元の人間でも解らないと知ると、自然と足はそのまま彼女の大事な場所へ。多くの孤児達が暮らす、カリスト福音協会のあすなろ園へと向った。

「あっ、ハンターズだ!みんな、あすなろえんをまもれー」
「ちがうよ、アタシこのひとしってる。まえにラグねえちゃんがつれてきたひとだ!」
「こーらっ!人を指差してはいけません。さ、皆さんは中へお入りなさい」

 子供達の反応は、今のハンターズへの風評そのものだった。無邪気で無垢な幼子にとって、純粋に今のハンターズは怖くて悪い人達なのだろう。それでもまだ、彼等彼女等にとって身近なハニュエールの少女だけは特別らしく。その事はエディンを、少しだけ安堵させた。

「御無沙汰してます、シスターシトリ。これ、商店街で色々買わされちゃって……良かったら皆さんで」
「エディン、お久しぶりですわ。まあこんなに?ささ、中に入って頂戴」

 両手一杯の生鮮食料品を抱えたまま、エディンは小柄なシスターシトリの後を追って。教会の敷地内に建てられた、あすなろ園の敷居を跨ぐ。子供達は奇異の視線をエディンへと注ぎ、ある者は怯え、またある者は真っ直ぐ睨んでくる。

「皆さん。お客様にご挨拶しましょうね。あら、貴方は確かラグナの……」
「シスターエメリー、エディンはその事で多分今日、尋ねて下さったのですわ」

 まばらに子供達が、挨拶の声をあげる。その中心でシスターエメリーは、エディンの顔をまじまじと見詰めて。それが、彼女が今一番心配している人物の関係者だと思い出す。シスターシトリはその事を察して、自分も何よりその話を聞きたかったが。エディンから食料の山を取り上げると、子供達を連れて食堂へと引っ込んだ。

「あ、あの……アンセルムスさんの事なんですが。宜しいですか?シスターエメリー」
「え、ええ。それはでも、私達の方が聞きたいくらいですわ。なんで突然あんな……」
「?……何かあったんですか?ニュースでは特に、アンセルムスさんの事は何も」

 旗艦パイオニア2での騒動は、当初はニュースで大きく取り扱われていたが。ある日を境にプツリと報道は途絶えてしまった。あたかも、もう全てが解決してしまったかのように。しかし僅かな間とはいえ、メディアが伝える事件の概要は衝撃的で。前後して船団の各地で、非合法ハンターズによる事件が多発すれば、社会の眼は自然とハンターズ全体へと厳しく向けられた。
 この孤児院のシスター達にとってはしかし、件の事件よりも忙しい日常の方が大事で。まさか身近な人間が関わっているとは知る由も無いと、この時エディンは思っていた。確かにシスター達は、棄民達の存在や悲劇的な事件には驚き同情を寄せていたが。彼女達の心中を一際騒がせているのは、一人の少女の事だった。

「先日、ラグナが園に顔を出しましたの。酷く疲れて、怪我をしているようでしたわ」
「やはりアンセルムスさんが来たんですか?ここに?で、今はどこに?」

 シスターエメリーに連れられ、エディンは育児室の一つへと足を踏み入れる。中に居た子供達は皆、見るからにハンターズ然とした青年の突然の来訪に、驚き慌てて逃げ集った。赤子を抱いて部屋の隅に佇む老婆に。彼女はこの孤児院の院長であるシスターカーネリア。

「皆さん、大丈夫ですよ。この方はラグナのお友達です。ええと、確か……」
「エディン=ハライソと申します、シスターカーネリア。先日はお世話になりました」
「そうそう、ハライソさん。嫌ですね、歳を取ると物忘れが激しくなって」

 そう言うシスターカーネリアの腕の中で、焦桃色の髪の赤子が泣き出した。まるで、エディンの来訪を拒むかの様に。それを懸命にシスターカーネリアがあやせば、シスターエメリーも手伝って。結局、火が付いた様に泣き出した赤子を抱いて、シスターエメリーは場を辞した。自然と周囲の子供達も、一人二人とその後を追って出てゆく。嫌われたものだと苦笑を零す他無いエディン。

「ごめんなさいね、ハライソさん。皆さん、この間のニュースをフォトビジョンで見て」
「いえ、構いません。例え一部の者達の悪行であれ、それも含めてハンターズですから」
「そんなに思い詰めることはありませんよ、ハライソさん」
「ありがとう御座います、シスターカーネリア。それより、アンセルムスさんの事なんですが」

 ええ、と溜息を吐いて。シスターカーネリアは懐から、一枚のIDカードを取り出した。それはパイオニア2船団でも最大手の銀行が発行する預金通帳。促されてエディンは、自分の携帯端末へとそれを差し込む。表示されたのはラグナの名前と、結構な額の大金。
 ラグナはいつ、こんな大金を稼いでいたのだろう?しかしそう思うエディンは、彼女の事を何も知らない自分を振り返った。確かにラグナ=アンセルムスと一緒に、何度もハンターズとして仕事をした事があったが。一緒に居ない時の彼女を、エディンは何一つ知らなかった。一夜を共にしたとしか思えない今でも。

「あの子は先日、またふらりと現れたんです。そしてこれを園の為に使って欲しいと」
「こんな大金……はっ、アンセルムスさんはその後どうしたんですか!?」
「行ってしまいました。皆で止めたのですが……まるで何かに取り憑かれた様に」
「一足遅かったか、クソッ!行き先や連絡先は、何か残しては?」

 シスターカーネリアはゆっくりと、首を横に振る。ラグナを追う細い糸は、ここにきてエディンの手の中でプツリと切れてしまった。この孤児院だけが、彼が知るラグナの心の拠り所だったから。それ以外にエディンは、ラグナの事を何も知らない。そう思う彼はしかし、今はそうも言えない。彼女の暗い過去の、その片鱗に触れたから。
 どうやらラグナは、ブラウレーベン・フォン・グライアスと過去に何らかの関係がある。それは因縁と言ってもいい。尋常ならざる憎悪を漲らせて、感情も露にグライアスへと斬り掛かるラグナの姿は、今も瞼の裏に焼きついて離れない。

「あの子は今、私には無理をしているように思うのです。何があの子を、あんなにも」
「それは……僕にも解りません。ですが、彼女には助けが必要です。僕で、僕等で力になれれば」
「ありがとう、ハライソさん。そう言って貰えるだけでも、あの子は幸せです」
「それに、その、ええと……まあ、僕は、何と言うか……責任を取る必要もありそうなので」

 しどろもどろに呟きながら、エディンは頭を掻く。その姿に眼を細めて、シスターカーネリアは微笑んだ。
 眼前の青年は、先日仲間達と訪れた時よりも随分と逞しく感じる。それは長年、敬虔なる信徒として多くの迷い子を導いて来たシスターカーネリアには、誰よりもはっきりと感じ取れた。同時に確信する。彼ならば自分の、自分達の救えなかったラグナを救ってくれると。

「このお金があれば、あすなろ園は暫くは大丈夫でしょう。ですが」
「シスターカーネリア……」
「私達は、何より子供達は運営費よりも、ラグナに居て欲しいのです」
「僕もそう思います。何よりアンセルムスさん自身、そう思ってるとも感じますし」
「でもラグナは、このお金を置いて行ってしまったのです。私は何かこう、悪い予感がして」
「シスターカーネリア、大丈夫です。僕はまた、アンセルムスさんに会います。その時……」

 伝えたい事がある。確かめたい事も。でも、何より今、連れ戻したい場所がある。エディンにとって今は、今だから……今もって、ラグナ=アンセルムスは大事な仲間だから。あれ程に互いの関係が希薄でも、不思議とそう感じる自分が今は少し可笑しい。誕生日の夜の事も気になるが、何よりも彼女の無事だけが気がかりだった。ラグナは怨嗟と憎悪に塗れて復讐の剣を振るうよりも、いつもの飄々とした無表情で、子供達に囲まれていて欲しい。何より、そう望む人達の側に居て欲しいとエディンは思った。

「また来ます、シスターカーネリア。次はきっと、アンセルムスさんと一緒に」
「ハライソさん、貴方に主の御加護があらんことを……無理はいけませんよ、貴方も」

 十字を切るシスターカーネリアに、あいまいな笑みを返して。エディンは一礼して踵を返すと、場を辞するべく振り返って。咄嗟にドアの影に隠れる、小さな子供達に気付いた。隠れているつもりでも、その幼い姿はほぼ丸見えで。ドアに齧り付きながら必死でこちらの様子を窺っている。シスターカーネリアも気付いて声を掛けると、子供達は一斉に逃げ出した。一人を除いて。

「……みんな行っちゃったよ。追い掛けなきゃ」
「あの、おにいちゃんはハンターズなんでしょ?えと、んと、その」

 小さな女の子の前に屈んで、エディンはその顔を覗き込む。不安の色を浮かべながらも、幼女はおずおずと言葉を紡ぐ。恐らく怖いのだろう……今やこの船団では、大人から子供まで皆等しく、ハンターズと言えば無法者の乱暴者というイメージが定着していたから。
 せめてしかし、目の前の童女にラグナだけは違うのだと知って欲しい。そう思うエディンが言葉を選んでいる内に、眼前の幼女は硬く握った両手をグイとエディンに突き出した。目の前で小さな手が開かれると、その中にあったのは小さな指輪。一目でイミテーションと解る、それは玩具の指輪だった。

「これで、ラグねえちゃんをたすけて……おかねはもってないから、アタシのたからもので」

 彼女は切々と語った。途切れ途切れに。彼女のみならず、このあすなろ園の子供達全員が慕うラグナを、どうにかして助けて欲しいと。何がラグナを蝕み苛んでいるのかも解らない……だが、幼い故に敏感に感じ取ったのだろう。シスター達と何か難しい話をして、振り返らず去ったラグナの背中に危機を。

「大丈夫、ラグねえちゃんは帰って来る。僕達が守るから……僕はね、ラグねえちゃんの仲間なんだ」
「ホント?ホントに?」
「本当さ、僕は嘘は……そんなには吐かないよ。約束する、ラグねえちゃんを僕が助けるって」

 そう言ってエディンは、小さな女の子の手にそっと触れて。彼女の大事な宝物を握らせて頷く。例え本物の宝石がちりばめられた、高価な指輪を差し出されてもそうするだろう。無論、助けを乞われなくても。誰に言われるまでもなく、自分の意思で。しかし、自分がそう願うように、ラグナが多くの者に想われている事が今は、何よりエディン自身の力となった。

「ラグねえちゃんね、ときどきしかかえってこないけど……アタシたちのね、かぞくなの」
「うん」
「アタシたちのゴハンのために、はたらいてるんだってシスターが」
「うん」
「アタシね、まだね、おれいしてないの……ありがとう、ってまだいってないから」
「うん……きっとラグねえちゃんも喜ぶよ。だからいい子にして待ってて。いいね?」

 大きく何度も頷いて。満面の笑みを浮かべて、女の子は走り去ると。何度もエディンを振り返って見詰めた。確認するようなその視線に微笑み答えて、エディンは立ち上がると。遠巻きに見守る子供達の中へと、女の子は戻ってゆく。その小さな背へとエディンは誓った。全てにケリを付け、仲間の日常を取り戻すと。無論、その中に自分も戻ると。

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