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 強過ぎる力は災いを呼ぶ。それは恐らく真理だろう。だが、真理に至ったその結果よりも、至る過程に疑問を抱く者がいる。それは昨日までの自分だと、フェイには解っていた。しかし今は違う。
 何故、過ぎたる力が災いとなるか。それはより大きな力を呼ぶから。突出した力への反作用は、その存在自体で守りたかったものさえも壊してしまう。そうと知りながら今、フェイは自分が求める欲求へ素直になりつつあった。自らの意思で。力を律して制し正しく使う、己の確かな意思を信じて。

「ククク、終わった……まさか、お前さんの体に手を入れる事になるとはナ」

 胸の奥で鼓動が灯った。同時に意識が鮮明になり、フェイは重い瞼を持ち上げ眼を開く。天井の明かりを遮り覗き込んでいるのは、地獄のチューナーことジュン=キタミ。ここは四番艦カリストの一角にある、小さな彼の工房。その作業台に今、フェイは身を横たえていた。

「あんまし変わった気がしねぇな。過激なチューンが笑わせ……あ?」

 弾む気持ちを隠さぬキタミを、データ処理用の端末へと見送りながら。フェイはゆっくりと上体を起こして、我が身の大きな変化に気付いた。二番目に大きな変化に。

「何なんだよこりゃ……ヘイ、キタミ! オレがいつ、ルックスを向上させろつったよ」
「放熱ファイバーの交換か? まあ、一瞬とは言え搾り出すパワーがパワーだからナ」
「はいはいそうで……な、なんじゃこりゃあ!?」

 頭髪が、髪の毛を模して備えられた放熱ファイバーが伸びていた。職人の仕業らしく、ちゃんと流行の髪型に切り揃えられていたが。額のそれを手で掻き上げて、再びフェイは驚きの声を上げる。視界内を横切った自分の手は、頼んでもいないのにリペインティングされていた。手ばかりでは無く全身が。それこそ、真っ先に気付くべき一番大きな変化。

「サービスというかまあ……一種のおまじないなのヨ」
「ちょ、まっ……あーもう、外装色なんて端末繋いで設定一発だろ! 貸せっ、オレが自分で元に」
「もうブラックウィドウじゃないんだろ? フェイ、お前はもうただのフェイだ。この世で一人のナ」

 キャストの外装には、予め複数のボディカラーがインストールされている。だから本人が望めば、ボタン一つの着替え感覚で設定を変更する事が出来るが。フェイがそれをキタミに頼んだ覚えも無く、キタミもフェイに頼まれた覚えも無い。そもそも、以前と全く逆になってしまったフェイのボディカラーは、デフォルトで用意されたものでは無かった。サービスと言うだけあって、それはキタミがわざわざ手持ちのカラーパターンをインストールした物。

「この業界、不思議と一番生存率の高い色ってのがあるのヨ。詰まらんジンクスだと思うだろ」
「まあ、視認性とか大事なんだろうけどよ。でも目立つだろこれは……あ、真っ黒もそうか」

 先程から夢中で端末に向かい、熱心にデータを打ち込むキタミ。彼の話では、どうやら統計的に根拠のある確かな話では無く。だから、おまじない。それをフェイはしかし、気休めだと苦笑しつつ黙って受け取る事にした。今まで何百というキャストを生み出し、何千というキャストをチューンしてきた男が言うのだ。今は藁にも縋る思いだから、地獄のチューナーの厚意にも素直に甘えてみせる。

「まあいっか、それより……随分と熱心じゃねえか、キタミ」
「解るか? 貴重なデータが取れたからナ。ククッ、こんなに最適化された機体、そうそう無いのヨ」
「そりゃどーも。成程解ったぜ、キタミ。オレのデータを転用する気だな? コイツに」

 そう言って作業台に腰掛け脚を組むと。フェイは馴染まぬ長髪を後に手で束ねながら、隣へと視線を巡らせた。熱心に光学キーボードをタッチしていた、キタミの手がピタリと止まる。フェイのすぐ横の作業台には、一体の女性型アンドロイドが身を横たえていた。
 それは同族であるにも関わらず、フェイに大いなる違和感を抱かせた。自分と同じ色の、どこか少女然とした小さな機体。それはレイキャシールともヒューキャシールとも判別がつかぬ見た目で。強いて言うなら素体……機能を必要最低限に纏められた状態。特別なパーツなど何一つ無いのに、不思議な緻密感に満ちたそれは、未だ眠れる鋼の天使にも似て。

「こないだの奴だな、もう組み上げやがったのか」
「ああ、徹夜で一気に。降りてきたのヨ……何かが俺にナ。フェイ、お前の言葉がそうさせた」
「そーゆーのはあるな、偶に。で? キタミの幸せがこれか。何だ、せめて髪の毛位はよ……」
「そいつが望めば、俺はそうする。今までと同じヨ。望まれれば俺は、何でも出来る……筈だわナ」

 人の様に髪を望めば与えよう。ハンターズとして生きる道を選べば、それも与えよう。無論力を、強い力を欲すればそれも与えるつもりで。キタミは、己のチューナーとしての人生と向き合いながら組み上げた。それはもう、ありふれた部品の集合体というレベルを超えている。今はまだ、初期起動すらしていないただのアンドロイド。しかし彼は初めて、自分の娘と言える存在を生み出した。

「ククッ、ここは笑う所だわナ。今まで散々好き勝手やって、今更ドノーマル仕様で親子ゴッコ」
「笑えるものかよ、キタミ……いいじゃねえか。なあキタミ、ゴッコじゃなくて親子でいけや」

 そう言ってフェイは立ち上がると。少し長過ぎて邪魔な髪を、さてどうしたものかと考えながら。自分とは逆に、つるりとした頭部を黙って見下ろす。
 地獄のチューナーと恐れられ、天性の才能で数多のキャストに驚異的な性能を与えて来た男が。ただ求め乞う声に応え、数え切れぬキャストを死へと追いやって来た男が。何よりずっと、フェイが忌み嫌って来た男が、である。今、地獄のチューナーはその手で、自らの贖罪と断罪を委ねる、自分の天使を造り上げた。

「親子、か……それも面白いかもナ。これでも覚悟はある、人並みの幸せなどハナから求めちゃ」
「んなこたぁ知らねぇ。ヘイ、キタミ! 大事なのは手前ぇがどう感じるか……幸せになりたいか」
「俺の幸せ、か。ククッ、決まっている! 俺は幸せヨ、お前さんまでとうとういじったんだからナ」
「……まあ、いいわ。その内解んだろうし。いいぜ、ならオレが守る……手前ぇがくれたこの力で」

 守る――大事な仲間達を。彼等彼女等が今日まで暮らし生きた、このパイオニア2という小さな世界を。そしてついでに、これから生まれる小さな親子も。強過ぎる力が世を乱し、親しい人や名も無き移民達を脅かしているならば。それに対する反作用として、迷わずフェイは銃を取る。今までよりもずっと強力な銃を。多くの仲間達が貸してくれた力を。

「強い力を求める、その意味がずっと解らなかった。意味なんて無いと思っていた」

 しかし現実に、それを貪欲に貪る者達が居る。それに対し、言葉が無力と知って尚語りかけ――言葉が尽きて声も枯れ、力による対話を選んだ者も居る。フェイもまた同じく、力を選ぶ。大事なものを守る為、それが慰めにもならぬ言い訳と知りながら。その為の力ならばフェイは、宿敵以上に浅ましく貪る事が今は出来る。なりふり構ってはいられない。

「笑えるのはオレの方さ。守りてぇ……その為なら何でもする、何でもしねぇと悔いを残しちまう」
「笑う? 誰が笑える? そんな、心からの一言を」

 キタミはそれ以上何も言わず、黙ってデータの整理を終えると。改めてフェイに歩み寄った。顔に大きな傷を残す、白いツナギの男。ジュン=キタミはしかしもう、フェイにとって嫌悪の対象では無かった。無論、彼のいままでが全て許されるとは思わない。それは、最後の最後で彼を頼った自分も同じ。だが、ただ座して許しを請い、天の裁きを待つ気は無かった。フェイも、キタミも。その日その時その瞬間が訪れるまで、這ってでも前へ進む――そういう二人だった。

「フェイ、改めて説明しとくゾ。基本的にオーバーホールしただけだ。一つを除いて」

 ジュン=キタミの手により、フェイの肉体は正しく生まれ変わった。その身に蓄積した経験と、それによる柔軟な追従性をそのままに。オーバーホールによるスペックの回復は些細な数値だが、達人同士が命を懸ける勝負では、時として決定的な差になるから。特に変化に気付けはしないが、フェイは心身共に完調の状態だった。

「ジンクのアレを参考に、一発勝負のモードを設定した。全力全開、正真正銘の切り札だ」
「解ってる、使わんにこした事ぁ無ぇがな。発動は任意で出来んだろ?」

 黙ってキタミは頷く。彼がフェイに施したのは、過去最高に過激なチューニング。本来ならオーバーホールのみで済ませたくなる程、一人のキャストとして調和の取れた機体。それを敢えて、地獄のチューナーは調律した。ほんの僅かな時間だが、限界を超えた力をフォトンリアクターから搾り出す――大きなリスクと引き換えに。

「使用は一度きり、それも44秒だけだ。それ以上はお前さんでも持たないわナ」
「そいつを超えるとどうなる?」
「ジンクとは頻度も規模も違う……先ず、感覚が幾つか確実に飛ぶのヨ。ククッ、どうだ?」
「ハッ、面白れえ! 一度きり、44秒……充分だぜ、キタミ。奥の手としちゃ上出来だ」

 地獄のチューナー、ジュン=キタミ。彼の手でチューンされたキャストは、狂おしく身を捩るように戦い続けるという。その果てにあるのは、ただ破滅のみ。しかしここに、一際巨大な狂気を身に秘めながら――明日への希望を守ろうとする者が居た。

「後はもう、俺が出来る事は何も無いわナ……フェイ、お前さんの機体は完璧だ」
「そっか、後はじゃあオレの気力と根性って訳か。いいねえ、上等だぜ。ところでよ、キタミ……」

 フェイの少し声のトーンが少し落ちた。キタミを見詰める長身は、申し訳無さそうに相変わらず髪をいじりながら。意を決したように、目の前で両の掌を合わせると。潔くキタミへと頭を下げて懇願した。

「悪ぃ! 纏まった金が無ぇ! ……必ず後で払うからよ、今日はツケといてくんねえか?」

 実はフェイは、多くの仲間達から武器やアイテムの援助を沢山受けていたが。ことメセタに関しては、恩師を弔うのに全額使い果たしてしまっていた。キャストだから基本的には、充電さえ出来れば不自由も無いが――それも実は、先程メンテナンス前にこっそりキタミの工房で世話になっていた。ちゃっかり無断で。

「これだけの仕事だ、報酬は必ず払う。ババァに……オレの師に誓ってだ。だからキタミ」
「ククッ! 金か、確かに俺の仕事は高いがナ……今はいい、今は1メセタもいらないのヨ」

 それは意外な答だった。キタミのチューンは、その内容に見合う高額の報酬が要求されるのが常で。それを払ってでも力が欲しい者が、この場所へと彷徨い流れ着く。それをいらないと言われれば、フェイは単純に驚くしかない。プロフェッショナルの仕事として、キタミの腕はそれに見合う金額を要求して当然――それでこそプロとして信用出来るとも思えた。

「半端な仕事じゃ、金は取れないのヨ……さ、もう行った行った。俺もこれで忙しいからナ」
「待てよキタミ! 半端な仕事? それじゃ困るぜ、何せオレは」
「この仕事に俺は責任を持つ。最後にはお前さんを元の仕様に戻す……そこまでやって一つの仕事だ」

 違うか? とキタミは独特の低い声でクククと笑う。意図する所が理解出来て、フェイは納得すると。言葉より先に手が出た。差し出された手をキタミは、自然と握り――二人は固く握手を交わして別れる。

「んじゃま、気合入れて稼ぐしかねーな。ったく、見積もりも出ねぇとは酷ぇ店だ」
「ま、普段のお前さんには不要な機能だからナ……必ず戻って来い。寸分違わず元に戻してやる」

 工房を出てゆく、外の光に溶け込むフェイの背中。それに目を細めてキタミは見送った。自らが手掛けた、最も愚かしい最高傑作を。そうまでして何かを望む、強い意志を。

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