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「では、エディン=ハライソ。最後にもう一度確認しますが。本当に宜しいのですね?」

 繰り返し何度も、これが最後だと言い聞かせながら。シーレン303は今度こそ、最後の意思確認を問う。エディンの答は、勿論変わらない。
 それはおおよそ、コンピューターを解した事務的な手続きとは思えないやり取りで。自分が引き止められているのだと知れば、不思議とエディンは悪い気がしなかった。最も、それでも意思は揺るがないが。

「ここに来るまでの道程、何度も自問自答したさ。僕の結論は変わらないよ」
「重要な物事を決定する際は、他者の意見を広く聞き入れ、よく精査すべきではありませんか」
「ん、それはそうなんだけど。他の人と、色々な人と出会い触れ合って……その結果なんだよ」
「そうですか。では、そのように手続きを取ります。宜しいのですね?」

 眼前の立体映像にエディンは、黙って頷く。
 ここは嘗ての学び舎、オラキオ記念大学。最終決戦を前に、エディンはケジメを付ける為にやって来た。既に硝子の空に描かれた太陽は、大きく傾き西日で二人を照らす。

「昔、個人的に色々と調べた事があります。ハンターズについて」
「気が合うね、シーレン。僕もさ。あの人は――サクヤさんはどんな仕事をしてるんだろ、って」
「私はエディンと違って、ハンターズになる事は出来ませんが。その分、知識はある積もりです」
「うん。シーレンの調べた内容は恐らく、客観的な事実に基く正確なデータだと思うよ」

 恐らく実際に、シーレンはパイオニア2のハンターズギルドに登録された、あらゆるハンターズについて詳細に調べ上げただろう。その結果、彼がどんな印象を抱くか……エディンには手に取るように解った。自分にもその経験があったから。
 ハンターズとは、無宿無頼の何でも屋。本星コーラルの長い戦乱と混迷期の中で生まれた、傭兵や冒険者、武芸者や賞金稼ぎといった連中を規制して纏めたもの。ギルドへの登録を義務とし、ギルドからの仕事のみを請け負う事で、初めて合法的存在として認知される職業。その社会的地位は、お世辞にも高いとは言えないのに……その生き様は、一部の者達を強烈に惹き付ける。

「私はエディン、貴方に問いたい。ハンターズとは、そんなにも素晴らしい生き方なのですか?」

 それは例えば、オラキオ記念大学で深く学業を修めて、それを社会に生かしていくよりも価値があるのかと。シーレンはそう問うているのだ。
 ハンターズの仕事は、時には危険な事もある。報酬が割に合わない事も多い。良くも悪くも実力主義の狭い社会で、その仕組は御世辞にも洗練されているとは言い難い。

「百聞は一見にしかず、って話もある。シーレン、僕は人が何と評価しても……今、ハンターズを選ぶ」
「もうあの人は、サクヤ=サクラギはハンターズではない……もう一緒には居られないというのに?」
「今はサクヤ=オロチマルだよ、シーレン。一緒には居られない、でも同じ夢は見れる――筈だよ」
「その為に命を賭す、その価値があると?」

 シーレンには何もかもがお見通しだった。彼はこの学内で全システムを管理する傍ら、多くの学生達と触れ合い語らい、多彩な関係を構築する傍ら。ずっとエディンとサクヤの事を見守っていた。棄民達の町で起こった悲劇も知っているし、その後の社会的な混乱も理解している。そして二人がそれぞれ違う立場で、事態の収拾を図ろうとしている事も。

「価値はある。それも何かと比べた、相対的な価値観じゃない。僕はこの戦いを、価値有る物にする」
「……貴方は本当に出席番号a4-4872、エディン=ハライソなのですか? 私には別人に見えます」
「人は変わるのさ。君だってそうだ、シーレン。僕の知る君は、こんなに親身な人間じゃ無かった」
「私は単に、他者との関係を構築する過程で得た知識と経験を基に、最良を選択しているに過ぎません」

 それは同じ事だと、エディンは笑った。シーレンも笑みを返す。人は皆、自分の外から来るモノに変えられてしまう。干渉され、影響され、望むと望まぬとに関わらず。しかし同時に、自分で選ぶ事も出来る。嘗てサクヤがシーレンに語り、エディンを連れて指し示したモノ……可能性はいつでも自分の中にあり、外から引っ張り出されるのだ。

「エディン=ハライソ、手続きが終了しました。本日を持って退学とさせて頂きます」
「ありがとう、シーレン。楽しいキャンパスライフだったよ」

 エディンはもう決めていた。全ての決着が付いたら、ハンターズとして生きて行こうと。

「エディン=ハライソ、御武運を。私が計算した結果では、勝算は――」
「よしてくれよ、シーレン。君の演算能力は嫌って程知ってる……聞いたら竦んで動けなくなる」
「簡潔に40時間に纏めたレポートがあります。見やすくアニメーション作品にしてみました」
「……ず、随分プレゼンも上手くなったね。でも気持ちだけ……今までありがとう、シーレン」

 コンソールの椅子から立ち上がると、エディンは最後にシーレンの立体映像に礼を述べて。そのまま部屋を出ようとして振り返った。今生の別れにする積もりは無いが、会えるなら会っておきたかった……友人の姿を今日は、学内に見つける事が出来なかったから。

「シャーリィには宜しく伝えて欲しい。まあ、後でメールでもしておこうかと思うけど」
「その必要はありません、エディン=ハライソ」

 ドアへ向うエディンの足が止まった。必要が無い? 何故? 答は待つ間も無くやって来た。

「先程、私の方からメールをしておきました。シャーリィは私にとっても大事な友人ですので――」
「エディン! 何で私に何の相談も無く……ちょっとエディン、聞いてるのっ!」

 けたたましくドアが開け放たれ、肩で息するシャーリィが飛び込んで来た。今日は恐らく、授業が無いからバイトでもしていたのだろう。その身を包む制服が、有名なファミリーレストランのウェイトレスだと、エディンには一目で解った。

「やあ、シャーリィ。丁度今、君の話を――」
「何で? どうして? この間は大学に戻るって言ってたのに……今度は辞めるですって!?」

 シャーリィは怒っていた。エディンに向けていい怒りでは無いと知ってさえ、許せず腹に据えかねた。
 一体全体、エディンの身に何が起こったのか。仔細はシーレンから聞かされていたが。直に会うまで、シャーリィは信じなかった。フォトビジョンのニュースでは、一時期盛んに事件には触れていたし。その渦中に巻き込まれたらしいという事は、頭では理解出来たが……その結果に彼女は、納得がいかなかった。

「エディン、貴方まだ新米でしょ?ペーペーの素人が、何でそんな危ない事しなきゃいけないの?」

 ハンターズのここ最近の悪評は、シャーリィの耳にも入っていた。その元凶が何であるかも、彼女なりに解っていたつもりだが。それとこれとは話が別だった。

「止めてよエディン、こないだの人って強いんでしょ? シーレンが言ってたもの……ねえ」
「参ったな。シーレン、少し喋り過ぎだよ。シャーリィを怖がらせるだけじゃないか」
「私は、事実と真実が個人の利益を損ねた例を知りませんので」

 よくもぬけぬけと言ってくれる、と。そんな所だけは以前からの、自分以上に理屈っぽいシーレンだと思いながら。今にも泣き出しそうなシャーリィに迫られ、エディンは頭を掻いて途方に暮れた。

「僕はそんなに頼り無いかな……止められるの、もう二度目なんだよね」
「どうしてエディンじゃなきゃ駄目なの? 他にも強い人って居るでしょ? どうしてしかも今日……」

 今日は特別な日。今夜は特別な夜。このパイオニア2に生きる全ての移民達にとって、それは忘れられないものになるだろう。しかし今、エディンにはそれよりも大事な事があった。

「そうだね、シャーリィ。僕より強い人は沢山居るし、僕じゃなくてもいいのかもしれない」
「そうよエディン、ハンターズだって卒業してから就職すればいいじゃない。危ない仕事は止めて――」
「でもね、シャーリィ。誰かがやらなきゃいけない事なら、今は僕がやりたいと思うんだ」
「……何よ、それ。訳が解らないわ、バカ……」

 大事な友人を泣かせてしまうと、その時エディンは思った。シャーリィは泣き出してしまう……そう見えたがしかし、現実は真逆で。涙を堪える潤んだ瞳で、シャーリィは真っ直ぐにエディンを見詰めると。遂にその小さな胸に秘めた想いを解き放った。

「エディン、私は貴方の事が好き。だからエディンの思うようにはして欲しいけど、心配なの」

 私は貴方の事が好き……突然の告白に、驚きうろたえるエディン。彼は助けを求める視線を彷徨わせて、シーレンの方を見たが。シャーリィの友人はただ肩を竦めて溜息を吐く仕草で、鈍感なエディンに呆れているようだった。

「エディン、私知ってる。貴方が、あのハンターズのお姉さんが好きって事。でも……」

 そう知れば、告白する勇気が持てない自分に言い訳が出来てしまうから。その後、二人の関係がどうなったか、詳しくは知らない。ただ、今想いを伝えておかなければ……恐らく一生後悔する。相手が誰を好きか、それは確かに大事だが。自分が誰を好きかも、同じ位――否、それ以上に大事。

「ええと、うん。ありがとう、シャーリィ。気持ちは嬉しいよ、凄く」
「エディンは? まだあの人の事が好きなの?」
「好き、だと思う……何だろう、はっきり振られたけど。今、仲間としてあの人を支えたいんだ」
「はぁ!? 何それ、そんなんで私が納得出来る訳無いじゃない! やだもう……ほんっとに!」

 率直に最悪だと、シャーリィは幻滅した。げんなりしたがしかし、内心ホッとしたのも確かで。どこか遠くへ行ってしまったかのように、見違えてしまったエディン。以前より頼もしく、逞しく見える彼はしかし……本質的に何も変わっていない。優柔不断で屁理屈ばかりの、いつものエディン。

「もぉいいよ、エディン……その事も、これから何するかも、もう聞かない」
「シャーリィ……」
「ただ、一段落したら話して。それまでずっと、私は貴方の事を好きだから」
「う、うん……うん。行って来るよ、シャーリィ。今度、全部話す……絶対に。じゃ、また」

 狼狽もそこそこに、じっと見詰めるシャーリィの眼差しに落着きを取り戻して。エディンは穏やかな笑みで、一先ず別れを告げた。友人の好意を受け止め、それに応える事が今は出来ないが……それもまた、きっと自分の力になるから。おいそれと死ねない理由が、また一つエディンを支える。
 エディンの姿は、その背は部屋を辞して見えなくなった。見送るシャーリィは、彼が居なくなった今になって不意に込み上げる涙が止まらない。どうしてもっと、あざとく迫れないのだろう? もっと我侭に、涙を武器に抱き付いても良かったのでは? そう思う彼女はしかし、今はエディンの無事を願わずには居られない。

「大丈夫ですよ、シャーリィ。エディン=ハライソは必ず戻って来ます」
「はぁ、どうしてエディンなんだろうね、ホントに」
「彼自身がそう望んでいるようでした。前後の事情を纏めたレポートもあるのですが――」
「そうじゃなくて、さ。どうして好きになったのが、エディンなんだろうな……って」

 涙を拭うとシャーリィは、気遣うシーレンと一緒に願った。とりあえずはエディンの無事を。その後の事はしかし祈らない……自分で何とかする積もりだから。自分の気持ちも、エディンとの関係も。
 今、パイオニア2最後の一日が終わり――最後の夜が始まろうとしていた。最後になる筈だった、特別な夜。それは街の彼方此方に祝祭の喧騒を響かせながら……戦いを自ら選んだ者を、シャーリィから遠ざける。平和で安穏とした日常から。永遠に。

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