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 秘密のアジトの奥深く、最後の夜の一騎討ち。去ると決めれば手際だけはいいレフトハンターズの猛者達が、いつでも逃げ出せるだけの準備を整えると……一人、また一人と広場へ集う。まるでそう、篝火へと群がる羽虫の様に。

「何よ、もうっ! ストラなんか嫌い……ちょっとマスターに気に入られてるからって」
「まあ、最後位は姐さんに華ぁ持たせてやんな。お嬢、この間助けて貰ったろ?」
「相手のガキも良くやる……けどそろそろ、精神的にキツいか?」
「俺ぁ苦手だね、姐さんのあのプレッシャー。疲れちまうぜ、あんな剣受けてたら」

 単身殴りこんで来たラグナと、それを真正面から迎え討つストラトゥース。両者の実力は拮抗して見え、その勝負は互角だと――普通ならばそう錯覚する。だが、現実にはストラトゥースが僅かに圧していた。力に任せた剛の剣は、受けに回れば一太刀毎に体力と気力がはつられる。
 それでもラグナは、疲労と負傷を感じさせぬ動きで、良く善戦していると言えた。ありふれたセイバー一振りで、直撃すれば致命傷の一撃を捌き続けながら。隙を見出せばその都度、突き、払い、薙いで斬る。しかし残念ながら、点滅するグリーンフォトンの刃が、ストラトゥースのツギハギだらけの外装を引き裂く事は無い。掠めて触れる事すら叶わない。

「大したものですわ、流石はグライアス卿の仕込んだ逸品。でも、そろそろ限界じゃなくて?」

 どこか楽しむような口調で、ストラトゥースには余裕が滲む。返す言葉も無く、黙って反撃を繰り出すラグナ。その切っ先は未だ鋭く、急所を外して繰り出される。
 窮地に追い込まれて尚、ラグナは相手を殺さず勝とうとしていた。それだけが少し、ストラトゥースには気に入らない。
 殺さず、奪わず、犯さず……それがギルドのハンターズの流儀。それはしかし、殺され、奪われ、犯された者には虫唾の走る綺麗事に聞こえた。弱肉強食を強いられ、その理の中で産声を上げたストラトゥースには、それは恵まれた者の傲慢にさえ思える。
 彼女にとって、生きる事とは実にシンプル――強者が弱者に対して、あらゆる裁量を許されるという世界で、ただ強くあればいい。ただ強さを目指せばいい。

「もう一度言いますわ……殺す気でっ、いらっしゃいっ!」

 一瞬、身を屈めて五体をバネにすると。ストラトゥースは無数の鋭い花となって狂い咲いた。見守る者達は皆、決着を確信して身を乗り出す。
 眼で追い切れぬ程の手数は、それが見えない者達にとってはどれもが必殺の一撃。しかしラグナは動じず、寧ろ地を蹴って踏み出す。彼女にはまだ、ストラトゥースの動きは見えていたから。
 異様な金切り声を上げて、全身で不協和音を奏でながら。巻き込む全てを粉砕する、刃の嵐が向って来る。迫る確実な死……だが、迷わずラグナは前進した。
 諦めが人を殺すならば、それを踏破せしめるのもまた人――嘗て彼女へそう言い放ち、過酷な修練を強いた男が居た。その者の元へと再び辿り着き、よしんば力尽きても張って縋り、その喉笛を噛み千切らない限り。ラグナはもう、その先へ行けないから――
 そして彼女は、永い眠りから目覚めた。

「面白いわっ! 貴女、キャストじゃないのが惜しい位……望み通りバラバラにして差し上げますわ!」

 それは一瞬の邂逅だった。一秒を何倍にも引き伸ばした刹那の瞬間、二人は擦れ違った。しかしそれはやはり、見ている者には一瞬の邂逅に過ぎなかったが。
 激しく打ち合う剣撃の音は全て重なって聞こえ、幾重にも連なるフォトンの輝きは眩い巨大な光となって弾ける。
 手に汗を握る、という感触をストラトゥースは初めて味わった。あのブラックウィドウとやりあった時でさえ、完敗を喫したものの――こうまで精神的に追い詰められた事は無かった。
 考えうる最高の技を繰り出し、その何割かが確実に柔らかな肌を裂いて鮮血を迸らせた。だが、それだけ。急所を狙う刃だけをラグナは、最小限の動きでいなして払い抜けた。そればかりではない……ストラトゥースの身に纏うボロ布が、細切れにされて宙を舞っている。それは一瞬だけ、彼女の視界を奪っていた。

「賢しいわね、悪足掻きを――どこ? そんな、私が相手を見失うなん――」

 素早く剣圧で、舞い散る布切れを振り払った時には。もう、ラグナの姿は見えなかった。僅か一瞬の隙で充分だったのだ。
 これから恐ろしい事が起きようとしている……ストラトゥースの本能が危機を告げていた。対峙する相手に彼女は、青い死神の影を感じていた。正しくグライアスが造り上げた、それは芸術と呼ぶに相応しい作品。

「姐御っ! 上だ!」

 見守る周囲から声が上がるよりも先に、ストラトゥースは己の身に降り注ぐ血の雨に気付いて。見上げた時にはしかしもう手遅れだった。
 ラグナはストラトゥースの華奢な肩に舞い降りると、そのまま両足で首を挟むように締め上げて。肩車の形で見下ろし、手にしたセイバーを逆手に持ち変える。
 どんなにチューニングを繰り返し、高価なパーツを組み込んでも。キャストが物理的に鍛え難い場所がある。それは、制御系と記憶及び人格を納めた頭部。増して、余分な外装を全て排したストラトゥースには、頭部を保護するバイザーは無かった。放射熱で爛れた放熱ファイバーが揺れ、赤紫色の瞳が見開かれた。
 勝負はあった。ストラトゥースは、一切合切が決着する瞬間を目撃した。全身裂傷塗れのラグナが、無表情で自分を見下ろし、セイバーを振りかざす。その紫水晶の瞳は、純然たる殺意が灯って爛々と輝いていた。
 ここが自分の終着点かと、妙に感慨深い気持ちで最期の時を待つストラトゥース。だが、その刃が振り下ろされる事は無かった。

「もうっ、何やってるのよ! ストラッ、後でマスターに怒られるといいんだわっ!」
「あっ、お嬢っ! ええい、ままよっ!」
「野郎共っ、畳んじまえっ! 何を躊躇う? 俺等ぁ卑劣なレフトハンターズだろうが」

 遠巻きに見守っていた誰もが、幼い少女を先頭に殺到した。何を馬鹿な、と驚いたのも束の間、見上げるストラトゥースは確かに見た。ラグナの瞳から殺意が消え、変わって勝機を見出す光が輝くのを。

「馬鹿っ、誘い出されてるっ! 罠でしてよ――」

 叫ぶと同時に、頭上へとデモリッションコメットを振り上げる。それが空を切ると同時に、ラグナはトン、と軽くストラトゥースの肩を蹴った。
 同時に周囲の気圧が急激に下がり、ヒューマンやニューマンは耳鳴りに眉を潜める。強力な雷撃のテクニックが実行されたのは、誰もが身の危険を察した瞬間だった。
 薄暗いパイオニア2の地下都市構造体を、眩い雷が照らした。限界まで人為的に強化されたラグナの精神力が発現させた、ゾンデ系の最上級テクニック。それは範囲内に全てのレフトハンターズが侵入すると同時に炸裂した。
 誰もが煙を上げて倒れる中、一人地面に降り立つラグナ。彼女自身も、術の反動を受けて大きくよろめきながら。ぬるりとした感触を唇に感じ、したたる鼻血を拭う。
 だが、それで全てが片付いた訳では無かった。

「――こんのぉぉぉ! 今のは少しっ、痛かったんだからっ!」

 絶叫に振り返ったラグナは、翻る虹色の刃を見た。それを振り翳して身を捻る、小さな少女。
 咄嗟にセイバーに刃を灯して受け止めれば、力任せの一撃に気圧される。それでも何とか受け流したラグナを、大鎌を振るった勢いで繰り出された蹴りが襲う。
 瞬時にラグナは顎を引いて額で踵を受ける……それは身に染み付いた反射行動だった。

「うう、いちち……何だ? 何を喰らったんだ?」
「ラゾンデだ――それも特上にレベルの高い奴をな」
「糞っ! まんまといぶり出された訳か。おい、姐さんは? って、無事で――」

 ストラトゥースは身を軋ませて立ち上がると。帯電して一時的に行動不能になった我が身に、小さく舌打を零す。
 回復するまでの僅かな時間も惜しく、自由の利かない手でクラインポケットをまさぐる。その指がソルアトマイザーを探し当てるより先に、ストラトゥースは引き絞られた矢の様に飛び出していた。

「楽しませてくれますわね……この私をダシにしてっ!」

 ラグナと切り結ぶ、クェスを半ば押し退けるようにして。状態異常を回復させると同時にストラトゥースがデモリッションコメットを叩き付ける。防戦一方のラグナは、忽ち窮地に陥り――覚束ない手元でセイバーが不安定に揺れる。

「ストラ、邪魔っ! 今は、アタシが戦ってるの! こいつはっ、マスターの敵」
「お黙りっ! ホイホイ釣られて出てくるから、このザマでしてよっ!?」

 弄ぶ獲物を奪い合う鯱の様に、ストラトゥースとクェスはラグナの身体を翻弄して。その足が地に着く前に何度も、執拗に切り刻んでゆく。辛うじて致命打こそ免れた者の……遂に力尽きてラグナは地に伏した。その細い首に容赦無く、ソウルイーターを突き立てるクェス。
 柄を握る彼女が、少しでも力をこめれば……虹色のギロチンは細い首を容赦無く切断する。
 精も根も尽き果てて、肩で呼吸を貪るラグナ。彼女の手に握られたセイバーは、静かに刃を納めて沈黙した。
 僅か一人で、大半のレフトハンターズを戦闘不能へと追いやったが。遂にあの男の前へと、再び立つ事は叶わなかった。そんな彼女を慰めるように、遠い過去に消え去った声が名を呼ぶ。もういい――幻聴に応える言葉を寸前で飲み込みながらも。もういいと諦めたラグナの耳朶を打つ声。

「アンセルムスさ――ラグナさんっ!」
「エディン、先走んなっ! 手前ぇ等、よってたかって……覚悟は出来てんだろぉな!」

 突如飛来するフォトンの礫に、クェスは慌てて飛び退き身構えた。直撃コースの弾道だけを剣で弾きながら、ゆっくりとストラトゥースも振り返る。その視線の先に、二人のハンターズが立っていた。その片方、この薄暗がりに眩しい真っ白なレイキャシールを認めて――ストラトゥースの唇が歪に釣り上がる。

「あらあら、ブラックウィドウ……ダメじゃない、そんな色。中身は変わってないでしょうね?」
「全身オーバーホール済み、もう新品同様だぜ? ネイキッドーガール……ラグナを放せ」

 歓喜の笑みで腰に手を当て、ストラトゥースは「あら、コレの事かしら?」と微笑んで。足元に転がるラグナを足蹴にし、その身に容赦なくヒールを衝き立てる。
 小さな悲鳴を噛み殺す声が響いて、思わずエディンはクラインポケットから剣を取り出した。その鞘を握って柄に手を掛ける彼を、フェイは冷静に制止する。

「相手を間違えんな、エディン。お前さんの出番はまだ先だ……そうだろ、ラグナァ!」
「フフ、無駄よ……これだけ痛めつければ、いかにグライアス卿の手掛けた作品といえども」
「黙れよ、ストラトゥース――ヘイ、ラグナ。今助けてやる、少し黙って寝てろや……な?」
「その必要は無くてよ、名無しのフェイ。少しと言わず永遠に、眠らせて、あげ、るっ!」

 頭上でクルクルとデモリッションコメットを回し、それをピタリと持ち替えて。ストラトゥースは迷わず足元へと振り下ろした。先ず一人――そう心に結んだ彼女はしかし、飛び散る火花に思わず顔を背ける。

「ったく、黙って寝てろってのに……いいぜ、解った。その元気があるならオレを手伝え、ラグナ」
「今、助け出します!フェイさん、僕が……フェイさん?」
「だから、相手を間違えんなって。エディン、先に行けよ。ここはオレと――ラグナで引き受ける」
「フェイさん……」

 暫し戸惑うエディンの、その背中を押すように。満身創痍のラグナは、頭上に落ちて来る一撃を受け止めながら。徐々にそれを押し返して身を起こした。幻聴に重なり、それを掻き消し自分の名を呼んだ声……その持ち主を一瞥しすると。彼女は無言無表情で、エディンへ先に進むよう眼で訴えた。

「じゃあ、征きます! フェイさん、ラグナさんも……また後で」

 躊躇わずにエディンは地を蹴った。頼れる仲間に背を預け、その意思を汲んで。

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