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 何度も振りかえるエディンの背中が、廃墟のような暗い街へ消えると。フェイは迷わず二丁のハンドガンを構え、交互に銃爪を引きしぼった。
 銃声に振りむくストラトゥースの鼻先を掠めて。薄闇を切り裂く光の軌跡が、大鎌を手にする少女の足元へと吸いこまれる。
 加勢の一歩を挫かれたクェスが、苛いだ表情で目尻を釣りあげた。

「悪いな。真っ当なハンターズにゃ、多対一の勝負はねぇ……そうだろ、ラグナ」

 フェイの声に言葉ではなく、空気が震えて応えた。それを直近で感じ、再びストラトゥースが足元へと視線を落とすと――満身創痍のラグナが、振りおろされた刃の塊を受け止め、徐々に押しかえしていた。
 煌々と輝くセイバーの粒子に、舞いちる塵や埃が閃光となって瞬く。
 表情のない顔に今、大きな紫色の目だけが強い感情を灯していた。それを見下ろすストラトゥースは不機嫌そうに、ラグナの腹部を踏みにじっていた左足を僅かに上げて。勢いよくそのまま、脚力を限りに踏み抜く。
 固い床の窪む感触と同時に、ストラトゥースの手に持つデモリッションコメットが空を切る。震撃に身を捩ったラグナは、その勢いで相手の剣をいなしていた。
 素早く倒立するように、蹴りを繰り出しながらラグナが立ち上がる。避けつつひとまず距離を置くストラトゥースと入れ替わりに、その背を守るようにフェイが降り立った。

「まだ動けるなんて――呆れたタフネスぶりね。それよりフェイ、貴女は何しに来たのかしら?」
「決まってらあ、仲間を助けに来た……ついでに悪党の親玉もブッとばす!」

 呼吸を整え油断無く構える、その背中でラグナは確かに聞いた。仲間、と。その一言が静かに肌を透過し、血と肉に染み入り――あるかどうかも解らなかった、心へ伝わるのを彼女は感じた。
 何の見返りもないのに、危険な敵地へ飛びこんで来たフェイ……そして更に、自分の想いを吸いこみ先へと進んだエディン。
 見えない絆の存在を確かめ、それが以前からあったとラグナは気付く。それを確認するようにフェイは、肩越しに振りむきニヤリと笑った。

「まあいいわ……以前のようにはいかなくてよ? クェス、その死に損ないは貴女に差し上げますわ」
「何よっ! こんなのあっという間じゃない! 後で泣きついても、手伝わないんだからね」

 背に背を合わせて立つラグナとフェイ。二人を包囲するストラトゥースとクェスの描く輪が、徐々にその半径を縮めてゆく。戦闘不能になった者達はただただ追われるように、その外側へと弱々しく出てゆくしかない。

「ま、退くような連中じゃねぇしな。さっさと片付けて、夜明け前にゃ帰ろうぜ? ラグナ」

 顔も見ずに呼びかけ、同時にフェイは地を蹴る。逆方向へと飛びだした気配が、一瞬だけ笑った。ような気がした。
 張り詰めた緊張を一瞬だけ緩めて、ラグナが僅かに気を許した。それはすぐ、金切り声を上げる虹色の刃へと吸いこまれていったが。無言のそれを返事と受け止め、フェイも眼前の敵に集中する。

「今日こそ中身をぶちまけて……私の中に取りこんで差しあげますわ! フェイッ!」
「やめとけよ。オレから取れる部品なんざ、たかが知れてらぁ。気付けよ、ストラトゥース!」

 先程ラグナと戦った、その際のダメージを微塵も感じさせずに。耳障りな駆動音がフェイへと迫る。
 同時にフェイも、その音源へと突進していた。
 本来、レンジャーが最も生かすべき武器は――距離。しかしあえて、そのアドバンテージを捨てるフェイ。
 一定距離を取って徐々に相手の足を殺す……それが彼女の選べる最も効率の良い戦法だったが。それでは時間が掛かりすぎる。今はエディンの為に一分でも、一秒でも惜しい。

「私を目の前にして考え事かしら? その余裕、どこまで続くかしらね」

 ふとフェイの脳裏を、先程別れた弟分の事がよぎり、友と交わした約束が蘇る。
 必ず守る――そう胸中に結んだフェイの視界で、突然ストラトゥースの姿が消えた。しかしフェイは冷静に、以前にも増して甲高く響くメカニカルサウンドを追う。
 大きく横に跳んだストラトゥースの身体は、床を削って踏みしめながらジグザグに向ってきた。
 ロック・オン――既にハンターの間合いだったが、迷わずフェイは発砲。同時にストラトゥースの回避予測が何百パターンと思惟を走り、その全てに対応できる射撃ポジションを求めて身体が勝手に動く。  だが、フェイの行動は全て無効化された。

「っ――! こんの、馬鹿野郎がっ!」

 フェイの予測した回避行動を、ストラトゥースはどれも選ばなかった。彼女は放たれた弾丸を、全く避けようとしなかった。
 その身に着弾の閃光をまといながらも、全く勢いを殺さず斬りかかるストラトゥース。
 予想外の行動に驚きの声を上げながらも、横薙ぎに繰り出される一撃にフェイは長身を屈めた。頭上を荒れ狂う無数の粒刃が擦過すると同時に、身を逸らして後方へ跳ぶ。
 だがもう、一度へばりついた影は離れない。

「手前ぇ! 何考えてんだっ」
「ふふ、簡単な事ですわ……貴女、どうせ急所は撃てないんでしょ?」

 フェイの身体の死角から死角へと、ほぼ密着した体勢で剣を振るうストラトゥース。先程直撃したダメージで外装は割れ、煙を噴きあげ骨格や人工筋肉が露呈している。しかし彼女はそれに構う様子も無く、嬉々とした表情でフェイを追い詰めた。

「クソッ、捨て身かよっ!」
「壊れたところはフェイ、貴女のパーツで直させて貰いますわ」
「しかも、前よりはええ! スピードがダンチだ、クソッ!」
「――フェイ、貴女に教えてあげる」

 身を反らして仰けぞりながら、頬を掠める剣が伸びてきた先へと銃を構える。しかしスイッチと同時に、フェイはハンドガンを蹴り飛ばされた。
 それでも彼女はもう片方のハンドガンを両手で握って、大きく上体を振りながら回り込む。
 向ける銃口から影は、逃げずに寧ろ突っ込んできた。

「この私が、あの敗北で――どれ程に辛酸を舐めたか」

 放たれた弾丸が、肩を貫通する。外装が弾けて、潤滑液が飛び散る。それに構わずストラトゥースは、デモリッションコメットを両手で握ると。深々とフェイの懐に飛びこんで、左右の連撃を繰り出す。
 初撃を避けた瞬間、フェイは腹部に激痛を感じて吹っとんだ。

「あの後、この身をここまで高めるのに――どれ程の苦痛に耐えたか」

 大地に叩きつけられると同時に、迫るストラトゥースにハンドガンを投げ付けて。同時にクラインポケットから大量の銃器を放るフェイ。
 真っ白な装甲が切り裂かれた腹部を気にしながら、フェイは絶叫と同時に起き上がった。

「その数だけ、罪も無いキャストを……いいかげんにっ、しやがれぇ!」
「それが? 何かしまして? これでも感謝してますのよ。お陰で、こんなにっ!」

 宙へと手を伸べフェイは跳んだ。しかしその先でライフルが粉々に砕け散る。

「そう、こんなにもっ! 速くっ!」

 すぐさま身を捻って逆の手で、掴んだショットが爆発。

「そして強くっ! そう――私はもう、誰にも負けなくてよ」

 焦りの表情で地へと落下しながら、フェイは最後のマシンガンを握る。しかしそれも構える前に四散し、慌てて彼女は手を放した。
 身をきしませ無軌道に、圧倒的なスピードで剣を振るうストラトゥース。それはもはや、かつてパシファエの通り魔と呼ばれていた頃とは、別次元の機動力だった。

「さあ、もう手は尽きたでしょう? 大人しく、私の力になりなさいっ!」

 手を突き着地したフェイが見上げる、その先で。デモリッションコメットを頭上に回転させながら、身体ごと浴びせる勢いでストラトゥースが降りてくる。
 否、落ちて来る。
 爛々と輝く彼女の瞳には、既に目の前のフェイはパーツの陳列棚程度にしか映ってはいなかった。
 渾身の力を限り振りおろされた、ストラトゥースの一撃が炸裂。

「あらやだ、やり過ぎたかしら? 跡形もなくなっちゃ、色々と困るじゃな――」

 小さなクレーターの中心で、ゆっくりと身を起こすストラトゥース。彼女は爆心地にあるべき物が――フェイの残骸がない事に唇を歪める。徐々に獲物を追い詰める、その快感に身が震えた。
 手応えはなかった……その感触を思い出した瞬間、燃える炎の明かりに振り返る。ストラトゥースはそこに、求めていた物の豹変した姿を見た。

「――やれやれだぜ。あの旦那とやりあう時まで、とっとく積もりだったんだがよ」

 怒髪天を衝く……逆立つフェイの頭髪が、頭髪を模して備えられた放熱ファイバーが真っ赤に燃えていた。実際に発火している訳では無いが、完全にオーバーロードした身体から発する熱で、その銀髪は赤々と光り棚引いている。
 文字通りの灼髪を翻して、フェイはジロリとストラトゥースをねめつけた。

「っと、制限時間があるんだったな」

 その声が別方向から聞こえて、身構え振り向くストラトゥース。しかしいつの間にか移動していたフェイは、ゆっくりと背後を横切った。
 何が起こっているのか解らず、平静を己に言い聞かせるストラトゥース……彼女は突如、軽い衝撃と共に渇いた音を聞く。
 背に、ライフルが生えていた。
 深々と我が身に突き刺さった銃身を、肩越しに振りむいた瞬間。二度、三度と身体が揺れて、思考にノイズが走る。
 フェイの姿はただ、ストラトゥースの視界の隅を静かに移動していた。

「なっ、何!? 何が起こっ――」
「大した奴だよ、オレにこの手を使わせた……お前は間違いなく、強い」

 ストラトゥースは闇雲にデモリッションコメットを振り回し、刃の弾幕をまとって自分の制空権を確保。
 だが、そんな彼女の身体に容赦なく、次々と四方からライフルが突き立てられた。それは恐るべき力で外装を食い破り、バレルをひしゃげさせながらもストラトゥースへと埋まってゆく。

「ただ、ストラトゥース……それは、間違った強さだ」

 真っ赤な髪を振り乱して、静かにフェイは言い放つ。同時に、ストラトゥースの体内へと向けられた銃のトリガーに、幾重にも連なるフェイの影が指をかけた。
 炎の化身に囲まれ、半狂乱で剣を振り上げた瞬間――ストラトゥースの体内で、全ての銃が同時に火を吹く。
 それは正しくストラトゥースにとっては、我が身を軋ませ揺るがす大爆発で。内側から爆風で胴の外装は吹き飛び、今まで苦痛の末にねじこんだ、雑多なパーツが四散する。人工筋肉が裂けて千切れ、潤滑液が鮮血のように迸り……タービンやその他の補器が脱落してゆく。
 既に自立すら出来ず、その場にへたりこむストラトゥースはしかし――フェイの狙いどおり、フレームやフォトンリアクターへの、致命的なダメージを受けてはいなかった。
 己に刺さったライフルを一本一本抜きながら、フェイの姿を探して視線を彷徨わせる――その時、彼女は後頭部に硬い銃口を感じた。

「今度こそ私の負けね……二連敗。いいわ、トドメを――」
「……四番艦カリストの商店街に、小せぇ自転車屋がある。扱ってるのは、チャリだけじゃねぇ」
「? 何を? フェイ、貴女は……」
「愛想はねぇが腕は確かだ。そこのオヤジに治して貰いな。オレの名前出しゃ、やって貰えんだろ」

 振り向けば既にフェイの髪は、元の色に戻っていた。大半が溶け落ちていたが。
 それでも彼女は毅然とした表情で、真紅のハンドガンを納めると。ストラトゥースに背を向けて去る。
 フェイの視線の先では今、青き死神が造り上げた二つの影が、激しい火花を散らして激突していた。

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