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 時はしばし巻きもどる。物語の結末を、歴史のはじまりへと結び付ける為に。
 エディン=ハライソに、その証を刻む為に。

「ふむ、また随分と良い剣を手に入れたね。だが……使いこなせるかな? エディン」

 エディンの声なき声に応えるように、クラインポケットからマグと共に飛び出して来る一振りの太刀。そのありふれた実剣に目を細めるグライアス。
 刀身に刻まれた鴉の紋様を見るまでも無い――鞘に包まれて尚、その刃に秘められた力が手に取るように感じられる。膨らむ期待に、グライアスは高揚感を漲らせて昂ぶる。

「正直、手に余ります――だから、頼むんです。願う……それだけです」

 隠すことのできない、エディンの本音。
 虚勢も謙遜も必要ない……既にもう、言葉で語る時は過ぎたから。問われれば答える、だが問わない。
 エディンは黙って、己の命を乗せて闇鴉を抜刀した。その朽ちた刀身が鈍く光る。一度はエディンが引き出した真の力は、今はまだ静かに眠るだけだった。それでもエディンは、全く意に返さない。
 鞘を宙へ放る、それが合図だった。両手で闇鴉を構えたエディンの、その背後で。クラインポケットへと鞘が吸い込まれると同時に、唸りを上げて紅ノ牙が獲物へ襲い掛かる。

「ほう……剣の型といい、これといい。基本に忠実だな、君は」

 大剣の質量を全く感じさせない軽やかさ。しかしその一撃の鋭さ、その恐ろしさにエディンは肌が粟立つ。
 まともに刃を交えるのを嫌って、危なげない体捌きでグライアスの攻撃を避けるエディン。彼はしかし、ただ考えもなく逃げまわっているだけではなかった。
 振り下ろされたグライアスの剣が再度翻る、その一瞬の隙を衝いて。即座にエディンは精神力を研ぎ澄まし、集中力を総動員してテクニックを実行。放たれたジェルンは、対象となったグライアスの肉体に作用し、その気迫を僅かに削ぐ。
 己の身に起こった、テクニックによる作用。それを確かめるように、握っては開いてみる、その左手をじっと見詰めるグライアス。
 エディンは構わずザルアも実行すると、改めて闇鴉を攻めに構えて身を引き絞る。ゆっくりと深呼吸をして、彼は相棒へ語り掛けた。

「僕でもこれ位は。で――そろそろ起きて、手伝ってくれないかな」

 肩から抜けた余計な力を、まるで吸い込んだように。罅だらけの刃こぼれした刀身がぼんやりと光る。

「ふむ、良かろう。全力勝負は望む所……きたまえ」
「――はいっ!」

 躊躇なく、グライアスの間合いへとエディンは飛び込んでいった。その身に染込んだ剣の術が、自然と最適な構えを形作る。
 唸りを上げて真紅の大剣が迫る。その刀身に宿るフォトンが、まるで波うつように沸きたつ。しかし、エディンの剣は、闇鴉は苦も無くそれを受け止めた。主に答えてゆらりと、宿り燻る念が紫煙となって刃を形成する。
 一合、二合と斬り結ぶ。
 三合、四合、静寂に剣撃の音だけが木霊する。
 五合、六合……エディンは無心に、ただ我が身の赴くままに剣を振るう。応えるはグライアスの笑み。
 両者は全くの互角だった。エディンの放ったジェルンやザルアが功をそうした――あるいは、そうかもしれない。しかしそれ以上に、エディンの目を見張る成長が両者の差を以前より埋めていた。
 それは、グライアスの興味を惹くには余りにも魅力的過ぎた。

「良くぞ短期間で、ここまで練り上げたものだ。いい太刀筋だ――真っ直ぐで、迷いがない」

 グライアスにはまだ、受けに徹して相手の剣を推し量る、その余裕があった。
 対するエディンはと言えば、僅かばかりの余裕も無いギリギリの攻防の連続だが、不思議と冷静に相手の一挙手一投足が見える。
 型を会得し、それが身体の反射運動になると。心を剣に宿したまま、気持ちを相手へと向ける事ができた。師の言う意味が今、エディンには体感となって満ち渡る。
 二人はまるで、見えない檻の中にいるかのように。限られた間合いを維持しながら激しく打ち合う。相手の隙を衝き、その防御を切り裂いて――互いに繰り出す一撃はしかし、その意味がまるで違う。
 正確に急所を衝いてくる攻撃は、エディンには解り易く。彼が繰り出す攻撃もまた、グライアスには解り易い。
 エディンはこの後に及んでまだ、相手を殺さず決着をつけることに拘っていた。

「どうした? エディン、覚悟がつかぬか? この私と戦うとは、命を賭して奪い合うこと」

 上段から振り下ろされた重い一撃を、真正面から受け止めるエディン。
 片手で支えきれぬ闇鴉の刀身を、左肘を当てて押し返しながらも――右手一本で押し通そうとするグライアスの胆力に、膝が震えて足元の床が窪んだ。

「覚悟ならあるっ! グライアス卿、僕は貴方を殺さない! その情念をこそっ!」
「聞いたようなことを――誰の言葉を借りて喋る口か、エディン=ハライソ!」

 ピシリ! 音を立てて闇鴉へと、一際大きな罅が走る。その刀身を覆う波動が脈打ち、エディンの念ずる刃が力に押されて乱れた。
 ここが勝機と、踏み込むグライアスから笑みが消える。
 まるで一押しされるたびに、グライアスの身が巨大になっていくような。そんな錯覚に震えるエディン。彼はしかし、真っ直ぐ見下ろすグライアスの視線を正面から弾き返した。
 同時に闇鴉の刃は沈黙し、ただの鋼の塊となる。それは激しい火花を散らして身を削りながら――紅蓮の刃を受け流して払いぬけた。

「今、言葉は力っ! 僕の声よ、今こそ剣に宿れ――歪みを、断ち斬る力を!」

 それは一瞬の出来事だった。
 渾身の力を込めて振り下ろされたグライアスの剣は、合金製の床を抉って削る。その間に払いぬけたエディンは振り向くと同時に、クラインポケットから鞘を呼び出して。グライアスが易々と己の愛刀を床から引っこ抜く、その間に納刀するなり身を沈める。
 エディンに向き直るグライアスは見た。嘗ての友が、剣聖が鍛えし若者の剣を。
 鞘に納めた剣を、全身で隠すようなその構え。低く、這うように大地を掴む両足。柄に添えた右手は、最大の奥義を放つ瞬間を待ち焦がれて痺れる。
 武者震いに思わず、グライアスは身を躍らせた。その口から、歓喜に満ちた声が迸る。

「ははっ! よもやそんな古びた型まで……ならば吼えよ! 汝、天駆ける瑞獣と為れば」
「我っ、天駆ける瑞獣と為れば――」

 エディンの左手が震えた。否、その手に握る闇鴉が震えていた。その波動は高鳴り、刀身を覆う鞘が音を立てて割れる。その破片を燃やし尽くして、一際激しく吹き上がる強念――その色は、突き抜けて白い。

「その剣、天地の狭間に人の理を穿つ! 剣、心、体……三身合一っ! ――奥義、麒麟っ!」

 エディンの剣が眩い雷閃となって馳せる。
 白い幻刀が解き放たれた。それは迫る紅い刃とぶつかり、激しい衝撃で空気を沸騰させる。
 それはエディンが教わった型の中でも、一際古い物。今ではフォトンウェポンが主流となった為に、忘れ去れて時代に埋もれた技。伝説の四霊が一つ、麒麟の名を冠する秘剣すら、今のエディンはその身で体現する事ができた。
 その手に名工の鍛えた剣、揺るがぬ多くの想いを束ねた心、そして愚直に技を吸収した体……全てが一つになった結果。
 居合いの剣は、その初速の疾さそのままにグライアスの剣を受け止め、押し返す。唸りを上げて白い闇を噴出す、エディンの右手が一際強く羽ばたいた。
 それはしかし、最後の一手。

「見事だ、エディン。だが、この後に及んでまだ……よかろう、では教育してやろう」

 確実にエディンが押していた。今正に、真紅の大剣を易々と弾き返し、返す刀で相手の喉元へと切っ先を突きつける。それで終わり、その筈だった。
 グライアスが剣を握る、その柄に左手を添えるまでは。
 粒子と強念が弾けて閃く、その狭間で生まれる力場。その濁流の方向性が逆転した。グライアスが両手でしっかりと剣を握った瞬間に。
 その瞬間をエディンは、敏感に察知していた。必殺の一撃を放った、その時から。相手が更にその上をゆく事は容易に想像できたから。所詮は付け焼刃と浅知恵、子供騙し――だが、そのどれもが本気だから。彼は歯を喰いしばって半歩踏み込むと、真の姿も露に己を圧する修羅へと果敢に抗う。

「今更本気になったって! このまま押し切る、押し通すっ!」
「多くの想いによって立つ者よ――その行き着く先を知るがいい。これが、現実だ」

 グライアスは改めて両手で紅ノ牙を構えると、何の苦も無くエディンの全力を力で押し返した。それは同時に、最大の攻撃を放ったエディンが、最大の隙を曝す時。
 余りにもあっけなく、エディンの剣が弾かれた。彼がそう感じて、体勢を崩したその刹那。右腕を紅い刃が通過する。
 迷わずグライアスは、エディンと闇鴉を両断した。剣と心を結ぶ体を、いとも容易く引き裂いた。

「その命、その力……我が身を磨く贄と散れ。お別れだ、エディン」

 全身に漲る氣が膨張して、筋肉が躍動する。その両手に握られた大剣はもう、血が通う肉体の一部。グライアスはトドメの一撃を引き絞り、別れの言葉を呟いた。
 だが、エディンは即座に我が身に起こった異変を把握し、理解して、納得した。その上で彼が取った行動は、彼の選んだ選択は――非常にシンプル。おおいにグライアスを悦ばせる、それは――

「おおおっ――死ねる、っかぁー!」

 咆哮――
 エディンは全身を声に叫んだ。同時に跳躍。彼は己の身を離れて宙を舞う、自らの右手へと左手を重ねる。その下で唸る紅ノ牙が、容赦なく左足を食いちぎった。
 それでもエディンは、激痛に顔を歪めながらも。切断された右手から闇鴉を奪い取ると、それを渾身の力でグライアスへと叩き付ける。その背で主を支えるマグ、ルドラが光を放って主の意思に完全にシンクロした。
 全身が燃えるように熱い……黄金の光に包まれ、エディンは全身が総毛立つのを感じながら。着地するなり、夢中で剣を振るった。もはや型も無く、力は尽き――それでも彼は止まらなかった。

「何故、そうまで戦える……怨恨か」
「違うっ! 力が全てと言うなら僕はっ! それを力で砕いて説く! 人の理を!」
「ふむ、では何故? 何故、私の命を奪おうとしない! その半端な覚悟の結果がこれだ!」
「僕は貴方に、過ちを認めて欲しいだけだっ! ブラウレーベン・フォン・グライアス!」

 もはや勝負はついた。それはエディンにも解っていた。己の持てる全てをぶつけた、その瞬間は終わったのだ。
 足が思うように運べず、上手く型を構えられない。左足の膝から下が無いのだと気付いた時には、エディンは前のめりに倒れていた。すぐさま立ち上がろうとしたが、身を起こすべく大地につける右手も無い。
 それでも諦めず、剣を杖に立ち上がる。フォトンで切断された傷は、傷口を粒子が焼くため、すぐには出血しないが。著しくバランスを欠いた肉体はもう、そこに宿る意思に忠実ではいられなかった。
 幕引きを感じて、グライアスは剣を両手で振り上げる。一抹の寂しさを感じつつ、満足しなければと思う彼は。遠退く自分の終着点を、己の剣より赤い業火に感じて振り返った。
 エディンを呼ぶ声と共に、絶叫に炎が灯った。

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