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 紅ノ牙が振りあげられる。いやおうなしに突きつけられる、自分の終着点――それをしかし、気迫で睨んで見据えるエディン。その脳裏では今も、窮地を脱する術を模索していた。
 エディンは懸命に足掻いていた。しかし万策尽きた頭脳に思考は結べず、ただ胸中へ思い出の人々が蘇る。黄泉路が開かれ、温かな思い出がエディンを誘い導く――
 その幻影をしかし、炎の声が引き裂いた。

「もういい、エディン! 後はオレにっ、任せろぉ!」

 白い身体に炎の光を煌かせて、フェイが視界に飛び込んでくる。彼女は常軌を逸したスピードでエディンに体を浴びせて突き飛ばすと。そのまま、意外な結末に愉悦の笑みを浮かべる青い死神へと銃を向けた。
 真紅の拳銃に宿るフォトンが、昂ぶるフェイの氣に合一して一条の光を迸らせる。粒子の濁流がグライアスを襲った。

「実に面白い! こんなにも胸が高鳴る……素晴らしい! さあ、師の仇を討ってみるがいい」

 苦も無くフェイの一撃を避けるなり、背後で大爆発を聞きながら薄闇に溶けいるグライアス。その声だけが距離を変え位置を変え響く。
 満身創痍のエディンを抱き起こしながら、フェイは四方に気を配って油断なく銃を構えた。その射線の先に、影が集いて死神をかたどる。

「フェイさん? その髪……」
「だーってろ、交代してやる。手ぇ出すなよ、エディン――でも口は出せ。奴はどこだ!?」
「?――フェイさん、まさか」
「奴はどこだ? クソッ、何も見えねぇ! ……オーライ、数撃ちゃ当るってか!」

 フェイのクラインポケットから、ショットが勢い良く飛び出してくる。しかし、彼女はそれを両方とも上手くキャッチできずに取り落として。慌てて拾おうとした瞬間、紅い閃光が走った。
 背中を切り裂かれたフェイが悲鳴を噛み殺して、即座にハンドガンで応戦する。
 吐き出される礫はしかし、リム=フロウウェンの業物とは思えぬ程に弱々しい。銃自体の威力は変わらない……まだ粒圧は充分。しかしそれを握る者のフォトンが、急激に低下していた。
 既にもう炎は燃え尽き、フェイの頭部には申し訳程度に放熱ファイバーが残るのみ……それも、ブスブスと燻る音を立てて抜けてゆく。

「フェイさん、駄目だっ! 無理だよ、だって目が」
「泣き言なら聞かねぇ! 手前ぇがオレの目だ、エディン!」
「くっ! 真正面、突っ込んでき――」
「オーケー、ケリ付けようぜ……真っ向勝負っ!」

 グライアスは瞬時に察する。敵が視覚を失っている事を。理由は知らぬが、確かめる意味は無い。是も否もなし……生死を別つべく死合う者に"何故"は不用。ただ、全てを噛み砕き、食い千切るのみ。
 グライアスは意外にも、真っ直ぐに正面から飛びこんできた。
 焦点の定まらぬ瞳で、そこに仇敵を感じて虚空を睨むフェイ。彼女は最後に、後へ軽くエディンを押して遠ざけると。最後の大勝負に打って出る。
 よろめき倒れながらも、エディンは見た。慣れ親しんだ背中を突き破り、真っ赤なフォトンの刃が生えてくるのを。
 神速の一突きに刺し貫かれ、大きくよろけるフェイ。だが、震える両足が大地を掴んで倒れない。

「――見事だ、ブラックウィドウ……否、フェイ」
「ヘヘッ、抜けねぇだろ。この距離なら、見えなくても――外さねぇ! 観念しな、旦那」

 大きく見開かれた、物見えぬ瞳に焔が灯る。それは消える間際に一際眩く輝く、命の炎。

「ふむ、ぴくりともせぬ。だが、それならば……このまま、斬り爆ぜるのみ」
「駄目だね、旦那! 二、三発食らって病院暮らしするんだな。あのオチビちゃんに看護しても――」

 火花を散らして深々と、己に突き立つ大剣。しかしフェイは、片手でその刃を激痛に耐えてつかまえると。その根元へと、ゆっくり銃口を向ける。彼女の手はバチバチと、刃を形成するフォトンに悲鳴を上げた。
 断続的に響く乾いた銃声……グライアスは至近でそれを全て受けながら。刃を縦に返して、そのまま跳躍。
 真紅の比翼が羽ばたき、肩口を内側から切り裂かれてフェイが絶叫する。
 迸る鮮血の変わりに、未だ諦めず戦うフェイのクラインポケットから、大量の銃器が零れ落ちる。
 まだ、彼女は立っていた。
 もう充分だと、エディンが叫ぶ眼前で。宙を舞うグライアスがトドメの一撃を振り下ろした。

「さらばだ、フェイ。我が魂の血肉となれ――正しく、真に強き者よ」

 ゆっくりと、ゆっくりとフェイが倒れる。はって寄り受け止める、エディンの胸の中へ。
 まだ、息はある。しかしエディンの目にも、それは致命傷に見えた。

「わーりぃ、サクヤ……約束、守れねぇ。このバカ、言っても逃げねぇだろうしよ」
「フェイさん! フェイさんっ! しっかりして下さい、フェイさん――」

 灼けるように熱いその身を、しっかりと抱きしめるエディン。焦げた音を立てて、ハンターズスーツが煙を上げる。
 初めて抱いた仲間の身体は、普段見てるよりもずっと細く華奢だった。
 その身から徐々に、熱が冷めてゆくと……もうエディンは、正気ではいられなかった。

「エディン、悲しむことはない。二人で共に、私の中で生きるがいい……永遠に」
「世迷いごとをほざくなっ! グライアス卿……僕は貴方を、貴方をっ! 絶対に許さない!」

 両頬を濡らす涙にも構わず、エディンは歩み寄る青い死神へと吼えた。
 その瞬間、薄暗い室内を四方へ走る光。冷静に飛び退くグライアスは見る……床一面に、エディンとフェイを中心に描き出された魔方陣を。
 エディンと完全にシンクロしたマグは今、主人の昂ぶる激情に臨界を超えて。その力を粒子の幻影に投じて具現化させようとしていた。

「これは……噂には聞いていたが、実物は初めて見る。これが、フォトンブラスト」

 動じず剣を構えて、緊張を四肢に漲らせるグライアス。大剣を両手で構える彼の身体は、フェイが穿った銃創から鮮血を噴出した。だが、それでも彼は戦うことをやめない。
 空気中に徐々に実体化する、それは見るもおぞましい巨大な毒蛇……識者が書に刻みし、神話が謳う名はファーラ。
 その巨躯はエディンとフェイを守るように中空で身を翻すと。グライアスの敵意を敏感に感じ取り、眩い光と共に襲い掛かる。
 接触。予想外のスピードに、辛うじて受け流すグライアス。光の大蛇はそのまま建物の壁を何層もブチ抜き、甲高い咆哮と共に戻ってくる。
 死に瀕して心は躍る――未知の脅威を前に、グライアスの鼓動は高鳴った。

「フォトンミラージュの強さは、呼び出したる者の心の強さ。まだ私と戦うか、エディン!」
「おおおおお! 貴方だけはっ、貴方だけはっ! この手で……」
「よせ、エディン。フォトン、ミラージュに、喰われ、るな――」

 伸べられたフェイの震える手を、しっかりと握りながらも。エディンは溢れる感情の渦に翻弄されて叫んだ。
 呼吸も忘れる絶叫。その声に呼応するように、一際激しく暴れるファーラ。
 グライアスは初めて経験するフォトンミラージュとの戦闘に、血潮が滾り熱く燃えるのを感じた。
 人の想いによって立つもの、エディン=ハライソ。その想いを集約して具現化した力が、縦横無尽に暴れ回る光の大蛇、ファーラ。足場は割れて削られ、天井も支えを失い崩落してくる――しかし今、グライアスは闘争の歓喜を夢中で貪っていた。僅かな違和感を感じながらも。

「しかしこの色、殺意が混じる……エディンならざる者の思念が? それは――」
「ふはは、楽しかろう? 我が意を吸い込み、怨敵の喉笛を噛み千切れ……ファーラッ!」

 視界の隅に、白い影が立ち上がった。八岐宗家の死に損ないが今、引きつった笑みを浮かべてグライアスを睨んでいる。
 その手の中に、蒼い一匹のマグがあった。猫を模したそれは、ある人物が長らく連れ添ったシャト。

「あの女! 私にこれを……不本意だが、存外役に立つ!」
「む、そうか――入り交じる殺気は貴様か。確か、フォトンディバイドと……笑止!」

 シオ=クシナダマルが渋々持ち歩いていたシャトにも、僅かながら彼女自身の感情が、その鬱積と悔恨の念が蓄積されていた。それが今、エディンが爆発させたフォトンブラストに入り交じる――シオ自身の狂気と共に。

「さあ、鬼が地獄に帰る時ぞ? 私の前より去れっ! ふっ、ふふ、ふははは――」
「させないっ! マスターは、私が守るっ!」

 突如、必死の声。翠緑色の髪を僅かに靡かせ、小さな少女が部屋へと飛び込んでくる。もはや部屋の体をなさず、建物もろとも崩壊し始めた空間へと。彼女は迷わず、蒼いシャトを掲げて笑うシオへと襲い掛かった。
 金切り声を上げて虹色の刃が閃き、白い影から鮮血が舞い散る。
 しかし、それは怨嗟の水面に一石を投じるだけ……広がる波紋は、憎悪。

「小童が、賢しい真似をっ!」
「こいつ、もう終わり! 次は、誰!? マスター! 私、助けに来た……次は誰を殺せばいいの?」
「!――かような小童にすら、この扱いっ! 覚悟はあろうな……ファーラッ! 先ずはこの小娘を!」

 血を吐くシオの手に、蒼いシャトが妖しく輝く。その光に呼ばれるように、毒蛇の幻影が身を翻した。

「駄目、だ……エディン、お前が――お前が制御するんだ。気合入れろ、あいつを――止めるんだ」
「フェイさん、でもっ! でも僕はあの男を! それはあの人だって同じ、なら――」
「同じじゃ、ねぇ、だろ……お前は、エディン=ハライソは、ハンターズ、だろぉがよ!」
「フェイさん――くっ、止まれぇぇぇっ!」

 念じるエディンの意思に反して、荒れ狂うファーラは暴走を止めない。その標的になった少女が、初めて見るフォトンミラージュに怯えながらも大鎌を構える。
 そしてエディンは、信じられない光景を目の当たりにした。

「……大丈夫か、クェス」
「!?――マスター、血が! 血がいっぱい、たくさん……血が」

 クェスへと渾身の力を込めて、光そのものである巨体を浴びせるファーラ。しかしその間に割って入り、狂乱の大蛇を両断する者が居た。
 グライアスは身を挺して、幼い少女を守った。
 真っ二つに切り裂かれたファーラが霧散すると同時に、いよいよ限界を向かえて建物自体が倒壊へと向う。

「フッ、掠り傷だ。怪我は――ないようだな」
「でもっ、でもでもっ! アタシのせいで、マスターが」
「いや、なかなかに楽しめたよ。クェスが気にする事ではない。それより――エディン!」

 ラグオルで会おう――意味深な言葉を残して、小脇に弟子を抱えると。青い死神の姿は、崩れ落ちる瓦礫の奥へと消えた。去り際の笑みは、充足感に満ち溢れながらも。更なる闘争を欲して若者を誘う。

「ラグオルで、会おう? 何だ? 今、何か……うっ!」
「痛むか、エディン? クソッ!」

 今になって傷が痛む。それは生きている証。激痛に顔を歪めつつ、エディンはフェイに肩を貸して立ち上がった。しかしそれは同時に、フェイに肩を借りてもいる。二人は互いにやっとの思いで相手を支えた。その足を進める先に、立ち上る七色の光。

「仕損じたか……このリューカーで帰るがよい。私は負け、家名は地に落ちた。この上生き恥は……」
「へい、エディン……この、馬鹿は、何を……言って、んだ?」
「そうか、御主がエディン=ハライソ。なるほど、良い面ぞ。これをあの女に、我等が盟主に――」
「……もう沢山だっ! それは貴女が、直接返すべきです。生きて帰って、直接」

 だとよ、と口元を歪めて。フェイは面倒臭そうに、何とか脚線美に鞭打って。地に伏すシオの身体を、リューカーへと蹴っ飛ばした。年寄りじみた恨み節が、地表への光に消える。
 既にもう、建物自体が限界だった。限界を超えていた。

「よーし、じゃあ、オレ等も……帰ろうぜ。なあ、エディン」

 無言で頷き歩を進める、エディンのその身にフェイが重い。しかしそれは恐らく、相手にとっても同じ。
 二人は揃って、激震に揺れる床をよろよろと歩んで。どちらからともなく、リューカーの光に倒れ込んだ。

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