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 発車寸前の軌道レールに飛び乗り、背後に圧搾空気の抜ける音を聞く。
 エディンはもう、身体の不自由は感じない――感じるのは僅かな、そして確かな痛み。着慣れたハンターズスーツも、自分で改造したから快適そのもの。白いスーツから露出した右手と左足は、遠目には全く義手義足には見えない。
 旗艦パイオニア2の中央病院駅を出た列車の中で、エディンは空いた席に座るでもなく。ただ、もう一方の開かぬドアに寄りかかって身を預ける。時刻はまだ十時を回る前で、朝の混雑を終えた車内に客の姿はまばら。
 先程病院で返信したメールの、相手との待ち合わせ場所へと向う。その移動時間を使って、エディンは溜まったメールを処理し始めた。イヤホンを耳まで伸ばして、音声による連続再生を実行。
 意外な声がエディンの鼓膜を揺さ振った。

《え、ええと、あれ? マイク……あ、入ってる! 恥ずかし……元気? 元気な訳ないよね。私? 私は平気、頑丈だから。包帯で真っ白になっちゃったけど。昨日の手術、成功だったってサクヤから聞いたの。私、エディンと血液型が同じでよかった。そうそう、めいっぱい輸血した後でフラフラしたけど……大事な報告。私、ハンターズギルドの試験に受かったよ。即日合格。何か混んでたけど、手続きは簡単だった。こんなにあっさり正規のライセンスが取れるなんて、少し意外。明日からラグオル調査……またメールするね、おだいじに。エディン、あの時私の事ラグナって呼んでくれてアリガト。嬉しかった》

 携帯端末のディスプレイに、ハンターズライセンスを手にしたラグナ=アンセルムスの姿が映った。心なしかその表情は、普段より柔らかく感じる。メールの通り、包帯だらけの酷い姿にも関わらず。
 急いで返信を打とうと思ったが、間をおかず次のメールが読み上げられる。

《えと、うーん、元気? 私は元気。今、ラグオルからメールしてるよ。今日は他の仲間達と、降下地点の周囲を探索。驚かないでね、エディン……この写真なんだけど。その、私達……襲われたの。多分、ラグオルの原生動物だと思うんだけど。今日はそれで、何度か散発的に戦闘があった。私は平気、頑丈だから。ギルドにね、色んな人がいて。勇気を出して、声をかけてみたの。すぐに、一緒にラグオル調査する仲間ができてビックリ。声に出して伝えるって大事だな、って。あれ、私ったら何言ってるんだろ。またメールするね、おだいじに》

 添付された画像にはどれも、二足歩行の動物が写っていた。他にも四足の獣と……拙い文字で「ラグオルにもいた……カワイイ」と書かれたラッピーの写真。

《エディン、傷の具合はどう? 今日はラグオル調査を午前中で切り上げて、あすなろ園に行ってきたよ。途中で帰る、って言ったら仲間が……昨日の人達なんだけど、ギルドカードを交換してたから今日も一緒だったの。その、仲間の一人がわざわざテレパイプを使ってくれて。ふふ、気が向いたら明日も頼む、って言われちゃった。きっと今、私はエディンやサクヤ……そして、フェイと同じ世界を見てるんだ。こんなにも温かで、胸がワクワクする。心の中でフェイが言うの。前に進め、って。だから私、今の仲間と進んでみるつもり。エディンも早く追いかけてきてね。ラグオルで、待ってる》

 途切れたメッセージの後、PS! という文字が浮かび上がって。短く「あすなろ園で私、初めて声をあげて泣いたよ……エディンはちゃんと泣いた?」の一言。
 幼子との果された約束に、エディンは胸のうちが明るくなるのを感じた。
 メッセージの再生は続く。

《エディン、手足がくっついたって! ……ご、ごめん。本当は私も、お見舞いに行きたいんだけど。順調そうで良かった。何で知ってるかって? ふふ、当ててみて。制限時間は3秒、3、2、1……ブーッ、不正解。サクヤは忙しくて、メールを出しても返信がないの。私が知ったのは、キタミさんっていう人とたまたま会ったから。こーんな顔して『ククク、ボウズの手足ならくっつけてやったヨ』とか。でね、フェイなんだけど……他のパーツは殆ど、あのヒューキャシールの修理に使われちゃったって。一瞬、嫌な気分になったけど――何か、フェイらしいなって。私みたいにあの人も、フェイで人生変わればいいな》

 ラグナのものまねは全く似ていなかった。自分でもその自覚があるらしく、画面の中の少女は僅かにはにかむ。
 自分達の中ばかりか、敵対した者の中にもフェイは生きている……きっとその事を、噂のパシファエの通り魔は良く思わないだろう。それでもエディンは、いかにもフェイらいしことだと笑った。

《あ、待って、モノメイトは彼に回し――やだ、もうスイッチ入ってる!? ゴメン、ちょっと……ハ、ハイ、エディン。その後どう? 私はここ数日、ラグオル調査に精を出す毎日。でも不思議……人が一人もいないの。人がいた形跡はあるのに、まるである瞬間を境に蒸発してしまったみたい。何か怖いな。そうそう、それと大発見。エディンはレッドリング・リコって知ってる? そう、あの赤い輪のリコ。リコのね、メッセージが収められたカプセルが見つかったの。ラグオルのあちこちにあるみたい。エディンも傷が治ったら、彼女の声を聞いてみて……この人は私の、更に先にいるよ。私、目標できちゃっ――》

 メッセージは突然切れた。何事かと思ったが、どうやら録音可能な時間を過ぎたようで。すぐさま翌日のメールが再生される。
 ラグナの包帯は、なかなか減らなかった。寧ろ、小さな絆創膏が増える一方。

《えー、ゴホン! エディン、新しい手足の調子はどう? こっちは概ね順調かな。全て万事が順風満帆って訳じゃないけど……コンテナの中身で言い争いになったり、調査の方針で揉めたり。でも、それはみんな一生懸命だから。あ、そうそう……今日の写真なんだけど、何だと思う? ギルドでも今、ちょっと話題になってるんだけども。エディンは私と違って頭がいいから、何か解るかなって。みんなはね、これの事を『楔』って呼んでる。パイオニア1が作った物じゃないみたいだけど……何だろう? 文字みたいな物が書いてあるし。パイオニア1の人達の消失と、何か関係あるのかな?》

 それは奇妙な物体だった。
 ギルドのハンターズが『楔』と呼ぶ、天に屹立する柱状のモニュメント。ラグオルに先史文明が存在したという報告は聞いていない……しかし聞いていないだけで、ないともまた言い切れない。
 しばし思案に沈むエディンへの、ラグナの声色が変わった。

《エディン、ドラゴンって信じる? あ、見つかっちゃった! えっと、こんな時に!? うん、こんな時だから。エディン、私は貴方に謝らなくちゃいけないの。嘘、ついた事になると思うから。きっと誤解させて困らせたから。あのね、エディン……誕生日の夜を覚えてる? 私、覚えてるんだ。廊下で凄い音がしてね、何だろうって見てみたらエディンが倒れてて。私ね、ほっとけなくて部屋のベッドまで運んで一緒に、寝た、けど。何も、なかったの――私、何もできなかった。だってエディン、一人で丸くなって寝ちゃうんだもの。っと、降りてきた……やるしかないみたい。それじゃ、生きてたら、またね》

 思わず赤面して、辺りをキョロキョロ見回すと。イヤホンのボリュームを少し絞るエディン。衝撃の真実に思いは複雑だったが、それよりも――ドラゴン!?
 もどかしげに端末を見詰めれば、メールは続く。

《こ、こんにちはエディン――昨日はごめん、突然あんな事言って。ずっとね、言おうと思ってたんだ。でも、言い出せなくて……何故って、それは、その。ま、まあそんな事より! ドラゴンよ、ドラゴン。あすなろ園の絵本に出てくるような奴。それがね、こうゴワーっと襲ってきて、グワーっと火を吐いて……まあ、何とか倒せたんだけど。ビックリしちゃった。怪我? ううん、平気。私は頑丈だから。それよりもっと驚いたのは、ドラゴンが巣にしてたドーム。そこは何かの物資集積所だったみたい。で、中にテレポーターがあって……その先が、この景色。ちょっと蒸し暑い、かな。エディン、見えてる?》

 見えてるよ、と呟き、エディンは胸を撫で下ろした。
 そこは紅蓮のマグマが渦巻く洞窟だった。陽炎に揺らぐ中、ラグナは自分を呼ぶ仲間達に振り返る。
 次のメールを聞くエディンは、軌道レールが真空の宇宙へと飛び出すと同時に。視界に飛び込んでくる蒼い星へ目を細めた。惑星ラグオル――ラグナの駆ける大地は今、手を伸べれば届きそうな距離に広がっていた。

《ちょっとエディン、聞いて! 酷いの、みんなったら。酷い……のはでも、私かな。えっとね、喧嘩しちゃった。フォースの子がいるの、私と同じ位の。ハンターズなりたての子が。私、その子が辛いのに気付かないで、どんどん一人で進んじゃって。他の二人も、待とうって言ったのに気付かなくて。んー、これは言い訳! だっていつもならサクヤもフェイも、私についてこれたもん! エディンは……どうだった? うん、解ってるんだ。今までの仲間と同じ位、ううん、比べられない……でも新しい仲間の事、大事だから。ごめんね、エディン。明日、みんなに謝らなきゃ。気持ちを言葉へ……だよね? エディン》

 ラグナの言葉に、エディンは大きく頷いた。

《エヘヘ、エディン……無事に仲直りできたろ? ふふふ、私は今とーっても機嫌がいいのれふ。今日は、みんなにゴメンして、ゴメンされて、いろいろ話して……一気に洞窟をねー、こう、ズドドーっと中層あたり? になるんろ、あれは――その辺りまで駆け抜けたんらろ。もちろん、みんなと一緒に。あー、なんか洞窟にもあったんらろ。ええと……『鎖』だっけ? 違うな、なんろ……うん、『楔』ら。地表にあったのと同じのがあったんらろ! これはなにか、こう……うーん……眠くなっちゃったろ。今日は山猫亭でみんなと――あ、女将さんがよろしくらって。私? 歳? やらろ、そんな……見た目と違っ……》

 暫くの間、ゆるんだ酔っ払いの寝顔を映した後。画面が切り替わって次のメールが再生された。
 ラグナの怪我は、やはりなかなか減らなかった。

《もう、疑う余地がないと思う。エディン、この洞窟は人の手が……パイオニア1の人の手が入ってる。それを裏付けるリコのメッセージもあった。何だろう……進めば進む程、不安が増す。こんな地下で、パイオニア1の人達は何をやっていたんだろう? そもそもこの場所、まるでパイオニア1自体からも隠れるように作られてる……そんな気がする。ねえ、エディン……私、ちょっと怖い。手を伸べ近付く真実の、その重さに耐えられない気がして。ごめんね、本当はエディンの方がリハビリとかで色々辛いのに》

 ラグナの表情に陰りが見え始めた。疲労の色も滲む。それは彼女の仲間達も同じだろう。
 ラグオル調査はどこまで進んでいるのだろう? 自分が病院にいた二週間で、大きな進展はないようだったが。こうして現に、ラグオルの謎に挑む仲間達がいる。その軌跡が克明に綴られたラグナのメール。
 先を行く仲間を心配しながらも、エディンの胸中を悪い予感が過ぎる。
 それは現実になった。実際にはもう、先日の現実として過ぎ去っていた。

《みんな、逃がした。ここには、私だけ……でも、一人じゃないから。エディン、私……仲間を守ったよ。あれは何だろう。虫? ううん、違うな……洞窟の底にね、地下水脈があって。そこで、私達、襲われたの。余裕、なかった。みんな必死だったし。私はみんなと逆方向に、係留されてたボートに走った。ロープを切って……ふふ、今も、追いかけっこ中なんだ。もうすぐ追いつかれる。でも、死ぬ気はないよ。私、頑丈だし。あの夜の戦いに比べたら、ムカデの一匹や二匹……あ、そっか、ムカデか。んー、でもちょっと違……来たっ! エディン、またね。大丈夫、フェイが言ってたもの……私、死なない》

 振り返るラグナの背後に、何かが巨体をもたげた。何かが――
 気付けばエディンは絶叫していた。その姿を、まばらな乗客の誰もが何事かと奇異の目で見る。
 何度も、何度も最後のメールを再生するエディン。何度も、何度も巨大な影に覆われるラグナの姿。

「ラグナさん……そうか、だから」

 エディンは唐突に理解した。先程病院で受け取った、サクヤのメールの意味を。
 ただ短く、会いたいと告げてきたその心中を察した。だが、認めない……信じない。エディンが信じるのは、ハンターズとして自分が見聞きした事と――仲間の言葉。
 フェイと別れ際に交わした言葉が脳裏に蘇る。それを今、もう一人の仲間に伝える必要を感じた。
 エディンを乗せた軌道レールは静かに、山猫亭のある四番艦カリストに吸い込まれていった。

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