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 空の高さに限りが無い。それは誰もが一年ぶりに思い出す感覚。
 久々に味わう開放感に、サクヤ=サクラギは風に――自然の風に翻る蒼髪を抑えた。
 身も心も、長きに渡る航海の鬱積から解き放たれたようで。それは恐らく、眼前の男も同じなのだろう。
 だからと言って、己の欲望をも解き放っていい理由もなく。悪意のない無邪気さに起因していても許されない。

「ですからラクトンさん。ラグオルの土地の私的占有は許可されていないんです」
「何故じゃ!? こんなに土地は空いておるではないか!」

 そう、ラグオルは今、どこまでも空白地。テラフォーミングによる肥沃な大地に、人の姿はない。
 本来いるべき先駆者達、パイオニア1の住人達すら。
 パイオニア2到着後、通信回線を開いた瞬間――後にブルーバーストと呼ばれる大爆発が発生。
 そして、誰もいなくなった。ラグオルの地表から、人間は跡形もなく消え去ってしまった。生活の痕跡はそのままに、生き物だけがまるで蒸発したかのように。

「いいか、ハンターズのねーちゃん! 世の中、商売は早い者勝ちじゃ!」

 混乱するパイオニア2の移民達をなだめつつ、詳細な情報を隠蔽しながら。総督府はギルドのハンターズへとラグオル調査を依頼。同時に、ラグオルに関するあらゆる面倒事を押し付けた。
 例えば、サクヤの前で鼻息も荒く商売を語る男などがいい例である。

「確かにラクトンさんの仰る通りです。機先を制する者は商を制する、私もそう思いますわ」
「じゃろ? 物分りのいいねーちゃんじゃな」
「ではラクトンさん、貴方の取った行動は……果たして『早い者勝ち』なのでしょうか?」
「な、なぬぅ!?」

 相手の流れに乗って引き込み、疑問符を投げ掛ける。
 腕組み視線をそらして俯きながら、サクヤは小首を傾げて見せた。内心、舌を出しながら。

「先ず、ラクトンさんの行動は違法行為にあたります。しかし誰でも土地は欲しい……ならば」

 ゆっくりとラクトンの前を歩く。行ったり、来たり……土の感触を確かめるように。

「ならば、先ずは法的な手続きが先では? 今頃、移民局に土地を求める人が殺到してるかも」
「なっ、なんじゃとぉ〜!?」

 無論、サクヤの作り話である。移民局であろうが総督府であろうが、門前払いされるのがオチ。ラグオルの土地は全て、最初は定められた通りに分配される予定なのだ。
 最も、主が不在となったこの地域……パイオニア1が開拓した土地がどうなるか。それはこれからのラグオル調査が進まない事には解らない。
 ただ、早い者勝ちで手に入れられるような土地ではない事は、サクヤならずとも容易に想像できた。
 ラクトン以外の誰もが。

「かっ、帰るゾイ! 急いで帰って、移民局に申請せにゃあ!」
「では、パイオニア2に戻って戴けますね? 息子さんもお待ちしてますし」

 クエスト完了。の、筈だった。

「いや、ちょっと待て! ねーちゃん、ワシがばら撒いたカプセル、回収してくれんか?」
「カプセル、と言うと――」
「ワシの土地だという証拠に、メッセージの入ったカプセルを置いたんじゃ!」
「……それは、また……手のこんだことを」

 ラクトンに背を向け振り返り、サクヤは親指の爪を噛んだ。眉間にしわが寄り、額に青筋が浮かぶ。
 確かにこういう類の人間はいる。心当たりが山ほどある。面倒な事だと溜息を零して、携帯端末を取り出しながら。営業スマイルを取り戻して、愛想笑いで再びラクトンへと振り返るサクヤ。
 その瞬間、聞きなれた声がサクヤの耳朶を打った。

「ヘイ、サクヤ! カプセルってこれだろ? せこいことすんなよな、オッサン」

 漆黒の長身が、光るカプセルを片手にもてあそんでいた。どうやら高価な品らしく、現れたレイキャシールの余りにも無遠慮な扱いに悲鳴を上げるラクトン。

「も、ももっ、もっと丁寧に扱わんか! こ、壊れたらどうするんじゃ!」
「しみったれた事言うなよ、オッサン。このブラックウィドウ様が落すかって……おっと!」

 ブラックウィドウことフェイの手から、カプセルが零れ落ちる。血相を変えて両頬を掻きむしるラクトン。
 あわや落下、大惨事という所でしかし、フェイは危なげなくカプセルを拾う。アンドロイドとは思えぬその柔軟でしなやかな動き。
 彼女はそのまま持ち主に返すと見せかけては、また落すような仕草でラクトンをからかった。

「幾らすると思っておるんじゃ! はよう返せ、ほれ!」
「いいかー、オッサン。人ん土地の所有権を勝手に主張するなんざ、小悪党のやるこったぜ」
「しかしもう、パイオニア1の者達はいなくなったではないか! つまりここは人の土地では――」
「それを調べんのがオレ等の本来の仕事って訳だ。生きてるさ……どっかで必ず、みんな、な」

 短い手足を振り回して迫るラクトンの、その顔面を長い手で押さえつけながら。フェイはやれやれと肩を竦めて、結局カプセルを持ち主へと押し付ける。
 そのまま頭の後で手を組み、遠くを見詰めて視線を彷徨わせる。フェイは今も、パイオニア1の誰もが無事と信じていた。自分の助けを待っている、とも。

「ふふ、フェイったら。まあ、なんのかんの口では言っても――あら、どしたの? ラグナ」

 拗ねた子供のようなフェイに笑みを零す、サクヤの袖を引っ張る者がいた。
 小柄なハニュエールの少女が、両手でカプセルをサクヤの眼前に突き出す。それはあたかも、子犬が放った小枝を取ってきたかのようで。もし彼女に、ラグナ=アンセルムスに尻尾があったなら、千切れんばかりに振られていただろう。

「ラグナも見つけてくれたのね……アリガト。丁度今、これを探しに行こうと思っていたところよ」
「おっ、ラグナも拾ったか。ヘイ、パスだ!」
「や、やめんかー! こらー!」

 無表情のラグナはじっとサクヤを見詰め、ついで哀願の眼差しで手を伸べるラクトンを見詰めて。そのまま相手も見ずに、フェイへとカプセルを放る。
 先程のやりとりが再開された。

「フェイ、ほどほどにして頂戴ね? もうっ……ふふ、あと一つか。よし、行こう」

 とりあえずはラクトン氏は、フェイとラグナに遊ばせておけば問題はないだろう。ここには危険な原生動物も出没するが、二人とも歴戦のハンターズだから。ああしてふざけていても、危険を察知すればちゃんと民間人を守る。
 最後の一つは自力で探すことになると、この時サクヤは意を決していたが。そんな彼女を、遠くから呼ぶ声があった。
 白いスーツのヒューマーが、手を振りながら駆けて来る。全力疾走で。

「サクラギさんっ! こ、これっ、拾ったんですけど!」

 目前で緊急停止するなり、膝に手をついて呼吸を貪る少年。彼は顔を上げると額の汗を手の甲で拭って、もはや見慣れたカプセルを差し出した、が。
 しめたものだとサクヤが、礼を言って受け取る前に。彼はそれを強く握って雄弁に語り出した。

「これはパイオニア2へのテレポーター前に落ちてたんです。で、思ったんです僕……もしかして」
「……もしかして?」
「今回保護する対象になってる、ラクトン氏が落とした物なんじゃないかと。きっとそうです!」
「……うん、まあ、概ねあってるわ」

 正確には、置いた物、である。

「でも助かったわ、ある意味で。ハライソ君、それをラクトンさんに返してあげて頂戴」
「はいっ! さあラクトンさん。もう落さないで下さいよ。結構高価なものですからね」
「……あ、ありがとさん」

 エディン=ハライソは、三匹目のドジョウを狙って手を振るフェイとニ、三のお決まりのやり取りをすると。ラクトンの手にカプセルを返却した。

「ヘイ、エディン! しかし何だって、わざわざテレポーターまで戻ってたんだ?」
「それは……いや! 僕のハンターズとしての直感に訴えるものがありましたからね」
「ほほー、ハンターズとしての直感、ね」

 ニヤニヤ笑いながら、傍らのラグナを見下ろすフェイ。彼女は、無表情に見上げる相棒と一緒に肩を竦めた。

「何かがある! と思っていたら案の定、ラクトン氏の落し物を見つけた訳ですよ」
「ハッ、嘘が下手だねエディン! 消毒薬の匂いがすんぜ?」
「べっ、別に僕はメディカルルームなんか行ってませんよ! ラッピー位サクサクッと……」
「ヘイヘイ、そーゆーことにしといてやる」

 賑やかな仲間達を見やってクスリと笑うと。改めてサクヤはラクトンに向き直った。
 今度こそクエスト完了――その事を確認するサクヤに、ラクトンよりも早く答える声。
 否、それは咆哮。突如周囲を取り巻く、原生動物の群がうごめいた。

「っと、おいでなすったぜ! サクヤ、どーすんだ? もうずらかるんだろ?」
「不味いわ、今のでテレポーターへ向う道がロックされたみたい……戦うしかないわね」

 ラクトンを庇いながら、サクヤが複雑な印を結んでテクニックを組み上げる。即座にその両脇をフェイとラグナが固め、エディンは慌てて空いたスペースに飛び込んだ。
 シフタとデバンドが実行されるや否や、迫るエネミーへと銃を抜くフェイ。ラグナも腰のセイバーを抜き放つと、何度か回して両手で握る。フォトンの刃が灯るのを合図に、唸り声を上げて野獣達が襲ってきた。

「ラグナ、四足に割り込まれたらアウトよ、最優先で潰して! フェイは敵の足止め、よろしく!」
「あいよ! さぁて……ショーダウンだっ! 派手に踊らせてやろうぜっ、ラグナッ!」

 手際良くサクヤが采配を振るう通りに。ラグナが、フェイが効率良くエネミーを排除し始めた。
 その驚くべき運動能力に、半ば呆気に取られていたエディン。彼は次の瞬間、胸に心地よい一言を聞く。

「ハライソ君は……守って。いい? 離れないで頂戴」
「は、はいっ!」

 張り切り勇んでソードを引き抜き、サクヤの前に出て構える。
 格好いい……まるで物語に出てくる、姫を守る騎士のようだと。そんな妄想を巡らして物語を構築し、ハッピーエンドに勝手に駆け込もうとしていたエディン。彼はしかし、コツンと頭を打たれた。

「私じゃなくて、ラクトンさんを。もうっ、民間人の安全が最優先でしょ? エディン君?」
「は、はぁ……!……いっ、今何と」
「だから、ラクトンさんを守って頂戴」
「いや、その前に。僕の事を今」

 ロッドを取り出し、フォースとは思えぬ棍捌きでブーマを弾きながら。サクヤは背を向け逃げ出したラクトンに目配せしながら言葉を紡いだ。

「私は名前で呼ばれる方が好き……両親のくれた本当の名前だし。だから、どうかな?」
「ぼぼ、ぼっ、僕も! 大好きですっ! 自分の名前も、サクラギさんの名前も」
「よろしい、ではラクトンさんをしっかり守ってね。エディン君」
「はいっ! サクヤさん」
「とっととこんな危険なところから逃げ出そう! うひょー!」

 ガチガチに力んで、エディンがラクトンの背中を追う姿を見送り、サクヤは微笑んだ。
 こんな日が続けばと思い、それを望んで願い祈る……その前にサクヤは自ら行動していた。仲間とこれより駆け抜ける、謎と冒険に満ちた希望の星、ラグオルで。
 夢のような日々の始まりは、決して終わることはない。その夢は、始まってはいないから。今はまだ――

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