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 衝撃の一夜が明けたパイオニア2、ハンターズ区画は騒然としていた。
 タイレル総督の執務室へ続くテレポーターへ、ひっきりなしに出入りするハンターズ。彼等彼女等の数は、午後になった今もなかなか減らない。
 その様子を、大通りを挟んだ向かい側で見守る二つの人影があった。
 片方は身長2メートルを超える巨漢のアンドロイド。白地に緑のツートンカラー、縦横共に最大規格の骨格を持つ彼はレイキャスト――いわゆる男性型キャストのレンジャーである。
 直立不動で腕組み佇む彼、カゲツネは背に寄りかかる紫色のハンターズスーツへと語りかけた。

「事情はだいたい解りました、なるほどパイオニア1に別の恋人が」
「そ、つまりアタシは再会までの繋ぎだったって訳……たぶん、ね」

 小脇に目立つ大きな帽子を抱えて、少女然としたフォニュエールが他人事のように返事をする。彼女は先ほどから落ち着かない様子で、つま先でトントンと床を蹴っていた。その一定のリズムに合わせて揺れる薄栗色の長髪。

「ま、ホントのところは良く解らないんだけど。どうでも良くなっちゃってさ」

 しかし、僅かに赤みのさした大きな瞳がそうは言っていない。先ほどから手の平サイズのハンターズ用携帯端末を取り出しては、またクラインポケットへとしまう。
 エステル=ロトフィーユは努めて平静を装っていた。
 長い付き合いのカゲツネには、それは珍しい光景で。だからあえて、普段通りに接する。

「今回は男を見る目がありませんでしたね、エステル」
「そ、そうね。失敗だったわ。あーあ、どっかにイイ男いないかな」

 その台詞を今まで、それこそ星の数程エステルから聞かされてきたカゲツネだったが。今日のは今までとは、その重みや意味がどうやら違うようだった。
 最も、彼が返す言葉は普段と一字一句変わらない。

「イイ男なら目の前に……もとい、背中の後にいるではありませんか」

 そう言って軽快な作動音と共に、カゲツネは肩越しにエステルを振り返る。

「エステル、今日こそは色よい返事が欲しいですね。この私と……」

 見上げるエステルから身を離して、カゲツネは正面に向き直る。

「この私と、よりを戻しては貰えないでしょうか?」

 いつもの調子でうやうやしく頭を垂れる。普段なら即座に、本気じゃない事を見透かす言葉が突き刺さるのだが。今日はじっと見詰める、エステルの表情は少し固い。
 カゲツネはしかし、やっと返ってきた言葉に安堵した。

「そうね、それもいいかも……アンタの恋人達に相談してみるわ」

 いつもの減らず口に、カゲツネは調子を合わせる。

「オススメの女性が何人かいます。弁護士が2人、女医が5人、占い師が1人……」

 ざっと十名ほど、めぼしい自分の恋人達の名をあげ、その輪に加わるようにエステルへと進めるカゲツネ。しかしエステルは少しだけ明るい表情で、小さく首を横に振った。

「やれやれ、また振られてしまいましたか」
「アタシはそゆの、嫌なの。だから試してみたけど、長続きしなかったじゃん」
「そうでした、私としたことが。毎度のことですが、忘れてください」
「うん、ありがとね」

 エステルは微笑み、いつもの調子を取り戻して。改めて携帯端末を取り出し、アドレス帳を呼び出す。

「恋多き一人の男として言わせて貰えれば、隠していたのがよくありませ……おや、メールですね」

 エステルの携帯端末が音楽を奏でた。その甘い旋律に思わず、アドレスの削除を実行しようとしていた手が止まる。
 相手は勿論、噂の男のようだった。エステルの顔色を見れば、カゲツネにはすぐ解る。

「より、戻したらいかがですか? せめて話くらいは聞いてあげるとか」
「ん、考えとく」

 エステルはパチン! と携帯端末を閉じると。それをクラインポケットに葬り去った。
 やれやれと肩を竦めるカゲツネは、遠くより歩み寄る見知った顔を見つける。

「ではエステル、彼とよりを戻すのは? 一時期、随分と長く付き合ってたではありませんか」
「バカ……昔の話でしょ、それ」

 オレンジ色のスーツを着たヒューマーがこちらに歩いてくる。
 カゲツネに言われてつい、エステルはその見慣れた顔を意識してしまった。自然と己の華奢な身を、カゲツネの巨体に隠してしまう。

「お久しぶりです、ヨラシム=ビェールクト。景気の方はいかがですか?」
「まあ、ボチボチだな。流石に昨日の騒ぎにゃ泡食ったが。俺の人生設計がパァだぜ?」

 ヨラシムと呼ばれた男は軽く拳を握って、カゲツネに突き出す。カゲツネも同じ仕草で、コツンと拳をぶつけて挨拶を交わした。

「それよか一つ相談が、っと、もう来てたのかよ! おどかすなって……ん? 何かあったか?」

 カゲツネの影に立っていたエステルに気付いて、ヨラシムは驚きながらも。その普段と変わらぬ表情の、僅かな陰りに気付いて顔を覗きこんだ。

「別に。それより何? 相談って」

 ヨラシムの視線を遮るように、帽子をかぶるエステル。彼女が話の先を促せば、カゲツネも大きく頷いた。

「お、おう。その話なんだがよ」

 ヨラシムは顎の無精髭を撫でながら話を切り出した。
 何か面倒事を持ち込まれるのだと察するエステルとカゲツネ。
 ヨラシムは信頼できる優秀なベテランハンターズだが、情に弱いのが玉に傷なのだ。
 エステルは特に、そのことを身を持ってよく知っていた。

「実は一人面倒を見てぇ奴が……っていねぇし。おい、ザナード! こっちだ!」

 ヨラシムは振り返って声を張り上げた。その視線の先を、エステルとカゲツネは揃って見詰める。
 まるでおのぼりさんのように周囲をキョロキョロしていた、青いスーツのフォーマーがこちらに気が付いた。手を振り元気に駆けてくる。
 それはひょろりと背の高い、居住区に行けばどこにでもいそうな少年だった。

「離れんなって言ったろ? ただでさえ昨日のことで混雑してんだからよ」
「すみません、師匠。でも僕、珍しくって……」
「だからその、師匠はやめろって。ケツの穴がムズ痒くなんだよ」
「いいえ、ヨラシムさんは父の……なにより僕の恩人です! それに剣を教えてくれるって。だからやはり、師匠と呼ばせてください!」

 支給されたてのスーツに、ハンターズ区画を見回す目の輝き。妙なテンションの少年は、間違いなくルーキーハンターズだった。エステルとカゲツネは互いに顔を見合わる。

「ちょっと面倒見ることになってよ。いいだろ? 丁度四人だし……ま、挨拶しろや」
「はいっ! 僕、ザナード=ライカーナです! ついさっき、ハンターズになりました!」

 満面の笑みで握手の手が差し出される。
 少し、暑苦しい。
 しばし戸惑ったが、エステルはその手を握った。それは荒事を経験したことのない、綺麗な少年の手だった。

「よろしく、アタシはエステル=ロトフィーユ。見ての通りのフォースよ」
「ああっ! あなたがエステルさん……師匠からお話は色々とうかがってます」

 ザナードは握る右手に左手を重ねて。感動のあまり、大きく上下させる。軽く見て一回り以上は歳の離れていそうな少年を前に、エステルは思わずヨラシムを睨んだ。

「へぇ、どんな話かな。後でゆっくり聞かせて頂戴」
「もちろんです、先生!」
「……何、それ」
「師匠が、フォースのことはエステルさんに習えって。だから先生、宜しくお願いします!」

 これは確かに、ムズ痒い。どこがムズ痒いのかは心に秘めて、エステルはヨラシムを睨んだまま眉間に皺を寄せた。白い肌に浮き出る静脈に思わず、頭の後で手を組み視線をそらすヨラシム。

「エステルはお気にめさないようで……では、私が先生ではいかがですか?」

 大きな金属の手が差し出された。ザナードは僅かに身を屈めた巨体を見上げ、エステルを解放する。

「剣やテクニックは教えられませんが、色々と力になれるかと。よろしく、ライカーナ君」
「ザナードって呼んでください! 先生はええと……」
「私はカゲツネです。エコー社製J型レイキャストで、型式番号はEMRaT-J17」
「宜しくお願いします、カゲツネ先生!」
「ふふふ、色々と教えて差しあげましょう。それはもう、色々と」

 握手を交わして、カゲツネは何やら意味深な笑みを浮かべたようだったが。ザナードは気にした様子もない。

「ちょっと、ヨラシム。この子……」
「うん、まあ、知り合いの一人息子なんだがよ。ちょっと訳ありで……ん? どした?」

 詰め寄るエステルに気圧されつつ、なだめるヨラシム。二人は、カゲツネの手を放したザナードに注視した。何やら難しい顔で彼は、腕組み俯いて考え込んでいる。
 その顔が不意に明るくなると、ザナードは大袈裟にポンと手を叩いた。

「じゃあ、エステルさんは先輩という事で! 宜しくお願いします、エステル先輩!」
「……もぉ、好きに呼んで頂戴」
「はいっ! では行きましょう! いざ、ラグオルへっ!」
「行かねーよ、まずはタイレル総督んところに顔出しだっつーの」

 落ち着かないザナードの襟首をヨラシムが掴む。エステルは元気だけは一人前の新顔に、カゲツネと揃って肩を竦めた。
 そうして四人は、タイレル総督の待つ執務室へ向う。
 長いラグオル調査の、始まりの瞬間だった。

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