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 母なる星を食い潰した人類にとって、惑星ラグオルは希望の星だった。
 瞬く間に超長距離恒星間移民計画が発動し、先遣隊としてパイオニア1が出航。その七年後には、本格的な移民団であるパイオニア2が本星コーラルを旅立った。
 そしてついに、長き航海の果てにパイオニア2はラグオルへ到着。新たな人類史の始まりとなる、パイオニア1のセントラルドームとの通信回線が開かれた瞬間――突然の悲劇が移民達を襲う。
 地表を覆う突然の大爆発。いったいラグオルに何が――

「何が起こったのだろう? その真実を求めて、僕の探求と冒険の旅が……」

 約一年ぶりに味わう、自然の大気。テラフォーミングにより調整された木々がそよぎ、芽吹く草花が薫る。しかしエステルは、青い空も白い雲も、美味しい空気も満喫している余裕はなかった。

「ちょっとキミ、何してんの? ほら、みんな行っちゃうぞ」

 エステルは立ち止まって振り返ると、テレポーターの前で足を止める新顔に声をかけた。
 ハンターズ一年生のザナードは、何やら熱心に手元のカプセルに音声を吹き込んでいる。やれやれとエステルが引き返して近寄ると、少年はあどけなさの残る顔を無邪気に綻ばせた。

「エステル先輩っ、折角のラグオル調査なんで記録をつけようと思って。ほら、これです!」

 ザナードが両手で自慢げにエステルへ突き出すのは、ハンターズで良く使われる音声入力式のメッセージカプセル。パイオニア2のクエストでは出番は少ないが、エステルも本星コーラルの仕事で何度か世話になった事があった。

「調査の内容なんかを、これに残して置いてく訳ですよ! って訳で先輩も」
「何?」
「ベテランハンターズとして一言! 一言だけお願いします」
「バ、バカ言ってないでほら、早く行くよ? ……っとにもう」

 呆れて仲間達を追うエステルの、その小さな背中を子犬の様にザナードは追いかけてくる。
 その姿は周りに視線があれば、同年代の少年少女に見えたかもしれない。しかし実際には、一回りどころか倍以上の年齢差があった。
 ひょろりと背の高いザナードを従え、エステルは帽子にぶらさがる左右の装飾を揺らして歩く。
 頭上からは相変わらず、じゃれつくような緊張感のない声。

「先輩っ、やっぱりセントラルドームで何かあったんでしょうか?」
「さあ? それが解らないから調べにいくの」
「総督は無人探査機がどれも駄目になったって。事故かな、それとも……事件だったりして」
「あのね、キミ」

 立ち止まってエステルは再び振り向いた。その行動が急だったので、ザナードの胸が彼女の鼻先に突っ込んできた。すぐに形良い鼻を押さえてエステルは離れたが、相手は気にした様子もない。
 ザナードは先ほどからいじっていたメッセージカプセルのスイッチを入れる。

「ここで僕は、ベテランハンターズである先輩の意見を聞いてみる事にした」

 そう録音して、メッセージカプセルをエステルへ向けるザナード。
 小さな溜息を零して、エステルはじっとザナードを見上げた。

「とりあえずザナード君、アタシ達が真っ先にやらなきゃいけないこと……解るかな?」

 あ、という顔でザナードはエステルを見下ろした。問われた意味を理解するあたり、まだ見込みはあると評するエステル。若干浮かれているようだが、浮かれ過ぎてはいないようだ。
 泣かれると面倒だと内心エステルは思った。泣かないまでも、こんな事で落ち込まれても鬱陶しい。
 しかしザナードは、予想外の反応を見せた。

「すいませんっ! 僕、つい嬉しくって。不謹慎だと思うんですけど、ワクワクするんです」

 ザナードは素直に頭を下げた。それこそ、見ているエステルが恥ずかしくなる位に清々しく。
 どうやらザナード少年のメンタルは、いい意味でポジティブに出来ているらしい。うらやましい事だと思いつつ、子供は素直が一番だと頬を緩ませるエステル。
 そう、ザナードなどエステルから見れば、まだほんの子供だった。

「ま、はしゃいで足引っ張んないでよね? しっかりついといで。ほら、貸して」

 顔を上げるザナードの手から、メッセージカプセルを奪い取ると。慣れた手付きでスイッチに指を掛けて、エステルは咳払いを一つ。

「ラグオル調査初日、今のところパイオニア1の人間とは一人も遭遇していない。あれだけの爆発後であるにも関わらず、目だった被害も発見できず。共に不自然を感じる」

 最後に、ぽかんと自分を見詰めるザナードを一瞥して。エステルは追伸を添えた。

「今後の調査では、若き優秀なハンターズに謎の究明を期待する。以上――はい、返す」

 電源を切って、ザナードへとメッセージカプセルを放る。受け取る少年の表情に笑顔が咲いた。

「これでいいでしょ? ま、今後はキミの師匠か先生にコメントを求めて頂戴」
「は、はいっ! ありがとうございます、先輩! さぁて、どこに置こうかな」
「はは、エステルも可愛いとこあんのな……おいザナード! それ、置かねぇ方がいいぜ?」

 気付けば二人のやり取りを、ヨラシムがニヤニヤと見守っていた。

「あ、師匠。これ、置かない方がいいんですか? いいアイディアだと思ったのにな」
「なっ……いっ、いつから見てたのよ!? だ、大体アンタの知り合いの子なんでしょ?」
「いやぁ、面白ぇもん見ちまった。若き優秀なハンターズねぇ……へへへ」

 エステルは耳まで真っ赤になって、ヨラシムに思わず詰め寄った。その並々ならぬ剣幕から逃れつつ、ヨラシムはザナードを視線で呼んでウィンクを一つ。そのままエステルが追い駆けザナードが続く形で、三人はセントラルドームへと続く道を進んだ。
 すぐに見慣れた巨体が見えてきて、後続に気付いたカゲツネが振り返る。
 その足元に、ヨラシムの言葉の意味が落ちていた。

「すみません、遅れました! これを録音してたら……ってあれ? カゲツネ先生もですか?」
「いえいえ、私は見つけただけですよ。ふふ、ザナード君は先を越されたようですね」

 淡い光を灯すメッセージカプセルが、誰の目にも触れるように大地に置かれている。ザナードは心底ガッカリした様子で肩を落としたが、エステルはその中身が気になった。

「気を落とす事はありませんよ、ザナード君。寧ろ、このメッセージの主と同じ発想とは……」
「お知り合いですか? 先生の」
「知り合いとかいうレベルじゃねぇ、超有名人だ。ザナード、再生してみろ」

 ヨラシムに言われるままに、ザナードは光の中へと手をかざす。瞬時にメッセージカプセルは、録音された声を再生した。

《あーあー。ゴホン! あたしはリコ。ハンターのリコ=タイレル》

 エステルとザナードの表情が一変した。その意図する所は全く違ったが。

「レッドリング・リコ!? す、凄いっ! パイオニア1のトップハンター……本物のリコだ!」
「リコを名乗る誰かのメッセージ、な? 本物かどうかはちと解らないけどよ」
「本物よ。アタシは昔、彼女の講義を本星で何度か聞いたもの。でもこれって」
「ええ、初めて私達は爆発後のパイオニア1の痕跡を発見した事になりますね」

 四人の前で朗々と、リコはメッセージを読み上げる。それはあの爆発の後も、パイオニア1の生き残りがいる可能性を示していた。少なくともリコは生きている。そして今、自分達の前を走っている。謎の爆発の、その真相へと。
 エステルは懐かしい記憶が蘇るのと同時に、武者震いを覚えた。若くして文武に秀でた高名なハンター、同時に科学者でもあるリコ=タイレル。その名はハンターズギルドでは、英雄の代名詞の一つだったから。

《これからこのカプセルを記録として残していくことにする。後にあたしに続いて来る者のために》
「ははっ、誰かさんと同じだな」
「恥ずかしいですよ、師匠。僕なんてレッドリング・リコと比べたら、月とスッポンですから」
《今、これを聞いているなら判るはずよ。この惑星ラグオルに何らかの異変が起きつつあることを》
「このメッセージ、設置されてそう時間はたってない感じね。なら、リコに追いつけるかも」
「すぐに追いつけてしまうと困りますね。口説き文句を考える時間が欲しいものです」
《忠告しとくわ。気を抜かず、常に周囲に気を配ること。もし、生き抜くことを望むなら、ね》

 生き抜くことを望むなら――英雄の言葉には確かな重みがあった。
 自然とザナードはセイバーを抜刀すると、周囲四方に視線を走らせ身構えた。実に単純なことだと、ヨラシムとカゲツネが笑う。
 エステルもやれやれと肩を竦めながら、リコの言葉を己の心に深く刻んだ。気を抜かず、常に周囲に気を配る。それはハンターズの基本だが、基礎中の基礎だけに疎かにしてはいけないことでもある。

「おいおいザナード、落ち着けって……この辺りにゃ何もいねーよ、俺とカゲツネで調べた」
「まあしかし、良いではありませんか。ふむ、ではザナード君。少しよろしいですか?」

 そう言ってカゲツネは暫し考え込むと。呼ばれて剣を収めるザナードを手招きした。

「ザナード君、貴方は私達と違ってまだ素人です。しかし同時にチームの一員でもある訳で」
「は、はいっ!」
「そこで、貴方に一つお願いがあります。リコのメッセージを道中、全部集めて管理して下さい」
「そ、それは……」
「無論、それだけが貴方の仕事ではありませんが。これは貴方が適任だと思いますよ」
「解りました、頑張ります! もう、残さず集めて、漏らさず記録します!」

 カゲツネの言葉にヨラシムも腕組み頷いて。ザナードは身を硬くして自分の役割を引き受けた。

「ザナード、俺等が与えんのはそれだけだ……後は手前ぇで探すんだぜ? な、エステル」

 リコへと想いを馳せていたエステルは、不意にヨラシムに話を振られて現実に引き戻された。何やら希望と意欲に満ちた、やる気満々のザナードが自分を見詰めている。
 やはり子犬のようだと思ったが、エステルはヨラシムの言わんとする事が瞬時に理解出来た。だから彼の言葉の続きを引き継いで、ザナードへと伝える。

「剣、銃、そしてテクニック……キミが望めば幾らでも教えるから。二人とも、いい?」
「俺は元からその積りよ。まあ、ザナードを一人前にしねぇと面目が立たねぇしな」
「私も構いませんよ。若者への指導は大人の義務、何より面白いですからね」
「そゆ訳だから、ザナード君。あとはキミ次第。ゆっくりでいいから、自分を決めなよ?」

 自分を決める。聞きなれない言い回しにザナードは首を捻った。しかし次の一言で表情を明るくし、何度も大きく頷く。

「なりたい自分を見つけて、具体的にイメージして頂戴。そんだけ」
「ま、焦らずやれや。んで――先に進もうぜ。のんびりしてると日が暮れちまう」
「リコの口ぶりでは、戦闘も考慮に入れた方が良さそうですね。慎重に進みましょう」

 そんだけ、と言いながらも追加で二、三の要求をザナードに突きつけつつ。エステルは土を踏む感触に懐かしさを覚える暇も無く、仲間と連れ添い先へと進んだ。
 彼女達を待ち受けるセントラルドームは、今はまだ遥か遠く。ここから見れば、爆発の影響は全く見受けられない。その事は逆に、エステルに不気味な印象を抱かせ疑念へと誘った。

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