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「……どうした? 敵に攻撃が当たらんか?」

 それは抑揚に欠く、しかし良く通る声だった。だが、ザナードは気付かない。その言葉が自分に向けられている事に。彼は今、夢中で剣を振りながらテクニックを行使していた。
 ザナードの脳裏を過ぎる、先日の失態。例え周囲の者達がどう見ようと、初めてのラグオル調査は彼にとって失敗で終わった。何度も戦闘不能になり、仲間の足を引っ張りながら……遂には調査事態を断念させてしまった。
 ラグオルの地表には、行く手を阻む敵が存在したのだ。
 原因は不明だが、凶暴化した原生動物が群をなしてハンターズを襲う。それはもはや常識で、今もそう。

「え、えりゃーっ!……あっ、当れぇ!」

 渾身の力を込めて地を踏み締め、呼吸を止めて精神集中。ザナードは翳した手に炎を念じて火球を現出させると、それを眼前の原生動物へと解き放った。炎系の初級テクニック、フォイエが虚しく空を切る。
 同時に機敏な動きで攻撃を避けたネイティブエネミー――サベージウルフが牙を剥いてザナードに踊りかかった。
 思わず頭を押さえて、赤い長髪をなびかせながら屈み込むザナード。

「戦闘中に目をつぶるな。常に前を、敵を見ろ」

 金切り声を上げる虹色の斬撃が、サベージウルフへと吸い込まれてゆく。その一撃はあらぶる獣を、断末魔の一吼えすら許さず両断した。
 今日の仕事の同行者、キリーク。彼は手にした大鎌を振るって、ザナードの窮地を救った。

「す、すみません、キリークさん」

 再び目を開いたザナードが見たのは、広く大きなヒューキャストの背中。
 ザナードは今日、一人でハンターズギルドから仕事の依頼を受けていた。師匠は別件、先生はデートだったから。先輩は解らないが、今日のラグオル調査は午後からという約束だった。だから、午前中を有意義に使おうと思った結果がこれである。
 先日と同じ自分の醜態に、大きな溜息を吐くザナード。しかし気合を入れなおすように、頬をペシペシとはたく。その瞳に落胆の色は薄い。

「よしっ! 次だ、次こそは。急ぎましょう、キリークさん」
「……待て、ザナード」

 エネミーの殲滅と同時に、ロックが解除されるゲート。その先へと進もうとしたザナードは呼び止められた。
 アンドロイドには表情は無いが、振り返ったザナードは感じた。反論を許さず自分の言葉を未熟者に刻もうとする、キリークの迫力ある眼差しを。思わず萎縮するザナード。

「何を焦っている? 死にたいのか?」
「死にたいだなんてそんな、僕はただ……」
「ただ、死に急いでいる。そう見える」

 大鎌の血糊を、ブン! と一振りで空気中に霧散させると。それを肩に担いで、キリークは言葉を切った。

「そんなつもりは無いです! 僕、ただ普通の強さになりたいだけで!」

 気付けば汗びっしょりで、思わず帽子を脱ぐザナード。額に張り付く長髪を散らして汗を拭うと、彼はそのままギュッと帽子を握り締めた。
 ザナードの言葉は本音だった。ただ、普通に……周りの仲間の邪魔にならない実力が欲しかった。無論、短時間で得られる物ではないと知っている。御荷物は承知で仲間達がチームを組み、これから長い視野で育ててくれようとしているのも解る。
 だが、厚意に甘えてばかりでいるのをザナードは良しとしない少年だった。今、自分にできる事をする……常に自分なりのベストを尽くす。先輩フォースに言われた"なりたい自分"とは、彼にとってはそんな人間だった。
 だが、まだ彼は理解していない……ベストの尽くし方や、できる事とできない事が。

「ザナード、お前にも仲間はいるだろう?」

 自分にはいないと、暗にそう言っているようなキリークの一言。

「そりゃもう! 先ずは僕の師匠、ヨラシムさんは凄腕のハンターズです!」
「ほう……」
「次に僕の先生! カゲツネさんは物知りだし紳士だし、何よりモテモテだし」
「ふむ……」
「最後に先輩! エステルさんは、その、何か、聞いてたより綺麗というか可愛いというか……」

 皆が皆、本星でも活躍した一流のハンターズだった。今週ハンターズになったばかりのザナードとは違うし、そんな彼の面倒を見る余裕すらある。状況が全く解らず先の読めない、未知の危険が潜むラグオル調査であるにも関わらず。

「何故、仲間に頼らない? 効率というものを考えろ、ザナード」
「うーん、効率……それもありますよね! ありがとうございます、キリークさん!」

 予想外の返答に、キリークの緊張が僅かに綻んだ。というよりは脱力に近い。
 ザナードはこの時、酷く前向きな己の性格を十二分に発揮し、キリークの素朴な疑問を助言へと昇華させていた。同時にしかし、聞いてもいないのに礼の言葉に自分の言い分を沿える。

「師匠や先生、先輩に頼るのが効率がいいと思うんです、でも……」

 無機質な光の灯る、キリークの双眸を見上げて。ザナードは思考に直結した口で言葉を紡いだ。

「胸を張って頼れるレベルまで、自分で登りたいんです! ここまではできます、って!」
「……フッ、ガキの背伸びだな」
「いやー、そんなに立派なもんじゃないですよ。ただ、一人の時間も有効に使いたいし」
「誉めてなどいない」

 そんなザナードに呆れ半分、関心半分な様子で。どこか厳つい強面のヒューキャストであるキリークが、少しだけ纏う空気を和らげた。それはしかし一瞬の出来事で、次の瞬間にはもう彼は歩き出す。
 慌ててその背を追うザナードに、キリークは肩越しに釘を刺す。

「その過ぎた背伸びがもたらす結果を、今からお前に見せてやる」

 そう言うと、キリークはゲートをくぐって先へと大股で歩く。ザナードは周囲に散らばるモノメイトやメセタを回収すると、急いでその後を小走りに追った。
 キリークはただ機械的に、淡々と原生動物を駆除してゆく。そう、正に駆除という形容が最も相応しい。ザナードにとっては恐ろしい猛獣も、キリークには障害ですらない。
 そうしてザナードは、先ほどと同じように突出して積極的に戦闘を試みつつ、その都度キリークに助けられるという状況を繰り返した。一緒にラグオルに降りた今朝から、ずっと続いている一連のやりとり。

「だんだんコツが解ってきましたよ、キリークさんっ!」
「クハハッ! 言うようになった。まあ、連れ回す分には不自由しないが……まだまだ未熟」

 ザナードは唯一使える攻撃テクニックのフォイエを起点に、セイバーでエネミーへと切り込んでゆく。キリークならずとも見ていて危なっかしいその動作も、僅かだが正確で確実なものへと変化していった。

「ふん、馬鹿正直だが馬鹿ではないらしいな……」

 無論、キリークのフォローが無くば、一人でのラグオル調査は絶対に無理なレベルだが。ザナードは短い時間で少しだけ、ハンターズとして成長したようだった。それこそが彼が求める、"仲間に頼っていい自分"への第一歩。
 まだまだ半人前にも満たぬ、しかし心意気だけは一人前のザナードを引き連れて。気付けばキリークは、いつものペースで最後のゲートをくぐった。その先は行き止まりだが……ハンターズ同士の存在を検知するレーダーが、手に取った携帯端末の上で光点を発していた。

「見ろ、ザナード。これが……身の程を知らず背伸びした者の結果だ」

 キリークに続いてゲートをくぐったザナードの視界に、傷付き倒れた一人のヒューマーが飛び込んできた。同時に、その周囲で今にも襲い掛かりそうな原生動物。
 その瞬間、ザナードの頭からスッポリとキリークの教訓が抜け落ちた。もはや言葉も耳に入らない。
 彼は即座に駆け出していた。

「あれがアッシュさん! 僕達、助けにきましたっ!」
「ザナードッ! ええい、やはり馬鹿なのか!?」

 ザナードは今回の依頼の要救助者、アッシュ=カナンを発見するや否や駆け寄った。その周囲で吼える獰猛な獣達に怯みもしない。むしろその危険な存在が、彼を駆り立てていた。
 即座に術式を組み立て、最後のフォイエを発動。放たれた炎の矢を追って、群のリーダーらしきバーベラスウルフに切りかかって払いぬけると。そのまま勢いに任せて転がりながら、アッシュを守るように剣を構える。
 あまりに常識外れな行動にしかし、キリークは即座に対応して見せた。手負いのバーベラスウルフへと、真っ先にトドメの一撃を振り下ろす。そのまま返す刀で、動揺する周囲のサベージウルフを難なく蹴散らした。
 正しく鎧袖一触、獰猛な獣も歯牙にかけぬキリークの大鎌が唸りを上げる。空気を引き裂くその音は、まるで気のふれた少女が咽び泣くよう。

「うっ、ディスクを……オレはいい、早くデータのディスクを……」
「喋らないで、アッシュさん! よし、先輩が教えてくれた通りに」

 キリークがネイティブエネミーを片付けている間に、ザナードはモノフルイドのタブレットを口に放り込むと。精神を研ぎ澄まして、初めて使うテクニックを発現させた。
 稚拙なレスタの光が、申し訳程度にアッシュの身を包む。傷の痛みに頬を歪めていた彼は、少しだけその表情を和らげた。しかしそれでも、自分よりも依頼主の言っていたディスクの事を気に掛ける。

「フッ……大したものだ」
「はい、アッシュさんはこんな大怪我なのに、まだ自分のお仕事を……」
「オレはお前達二人に感心している。む、あれがジットの言っていたディスクか」

 頭に大きな疑問符を浮かべながら、アッシュを抱き起こすザナード。彼の見詰める大きな背中は、身を屈めて一枚のディスクを拾い上げた。

「オレはその足手まといを連れていく。お前はこのディスクをクライアントに届けろ」

 それでこの依頼は終了だ、とキリークが歩み寄る。その手が差し出すディスクをザナードは見詰めながら、受け取るより先にアッシュの腕を己の肩に回した。

「この依頼は元々、キリークさんの受けた仕事だし……僕がアッシュさんをお連れします」
「ほう? では、オレにこのディスクをジットに届けろと?」
「それはやっぱり、一番活躍した人が依頼主に堂々と渡すべきです!」
「手柄を譲る、という訳か」
「僕等二人で、アッシュさんを助けてディスクを回収した。それでいいじゃないですか」

 ザナードの物言いにキリークは言葉を返さなかった。代りに、承知したとばかりにテレパイプを使用して、パイオニア2への帰路を開くと。最後に一言だけ残してその光の柱へと歩む。

「ザナード……もっともっと強くなれ。身も心も、鋼のようにな」

 ザナードは大きく頷き、アッシュを支えて立ち上がる。その言葉なき返事を受け取り、キリークの姿は見えなくなった。
 この日、午後の待ち合わせにヘトヘトの汗だくでザナードは合流したが。彼は胸を張って、おおいに師匠と先生と先輩に教えを乞うことができた。ほんの僅かだが戦闘に場慣れした身で、何より僅かな――しかし確かな自信を心に宿して。
 結果、彼は三度しか戦闘不能にならなかった。

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