《前へ 戻る TEXT表示 | PSO CHRONICLEへ | 次へ》

 ハンターズが受けるクエストで最も大事なのは、報酬と信用である。少なくともカゲツネは一部の例外――依頼主が好みの美人か否か――を除けば、ワリに合わない仕事はしないし、信用できる依頼しか引き受けない。
 信用とは即ち、情報である。
 必要な情報を提示しない依頼人は信用できない。増して、信憑性のない情報をしれっと押し付けてくる依頼人は、信用に値しない。
 では何故、自分がこんな仕事を引き受けてしまったのか? それは……

「あんた、何でこんな依頼引き受けた? まさか、あの話を信じてるのかい?」

 謎の同行者、バーニィに言われてカゲツネは自問を繰り返す。それは報酬だと自答してすぐ、それが自分は愚かバーニィすら納得させられない解答だと一笑に伏した。

「それを確かめに来たと言ったら……貴方はどう思いますか?」

 バーニィの顔に張り付いた軽薄な笑みが消えた。
 グラン・スコール号――それが、二人のレンジャーを謎へと誘う名。ラグオル地表で謎の大爆発が起こる直前、パイオニア2とセントラルドームの回線が開かれるよりも早く……民間の旅行代理店より、ラグオルへ向けて観光船が出港したという。それが、グラン・スコール号。
 既にもう、グラン・スコール号が連絡を絶ってから一週間以上が経過していた。

「はっ……ははは! こりゃ傑作だ! だってもう、一週間以上前の話だぜ?」
「確かに、今更ではありますね……このタイミングでのギルドへの依頼、説明がつきません」
「だろ? こりゃみんな、あの旅行代理店に乗せられたんだよ」
「……では、あの旅行代理店には、こんなことをさせて何の得があるんでしょうか?」

 カゲツネの最もな質問に、再度バーニィの顔が引き締まる。その試すような視線にも構わず、カゲツネは言葉を続けた。

「そもそもあの依頼主は……果たして、旅行代理店の人間でしょうか?」

 カゲツネが依頼を受けた真の理由は、そこにあった。
 事故から一週間以上が経過した今、ギルドへと旅行代理店の店長を名乗る男がクエストを持ち込んだ。誰もが訝しげに思いながらも、報酬に釣られて引き受ける中……カゲツネは確かに感じ取った。民間の会社とは無縁な、自分の古巣の匂いを。
 クエスト出発前に軽く探りを入れただけで、カゲツネは軍の暗躍に気が付いた。

「へっ……そこまでお見通しとはね。わーった! もう顔芸はナシだ、腹割って話そうや」

 大袈裟に両手を広げて、バーニィが「降参、降参だ」と笑い出した。緊張した空気が僅かに和らぎ、バーニィの視線が訴えかけてくる。自分は敵ではない、と。
 しかしそれを決めるのは、カゲツネ自身だった。少なくともカゲツネにとっては。

「確かに……では、先ずはあれを片付けてからユックリとお話しましょう」
「オーライ、妥当なとこだ。その為にわざわざ、あんたに声をかけたんだしな」

 二人は改めて互いの手持ちの火器を構えて。セーフティが解除されていることを確認し、短距離テレポーターへと飛び込んだ。
 先程まで見上げていた高台の上へと転送されると同時に、獣の咆哮が二人を出迎えた。その陣容は正に圧巻、ラグオルのありとあらゆる原生動物が一斉に牙を剥く。種族の枠組みを超えたエネミーの群に、迷わずカゲツネは飛び込んだ。

「往生っ、せぇぇぇい! ヌォォォォォッ!」

 手近なブーマ種へとマシンガンを叩き込み、ゴブーマと言わずジゴブーマと言わず蜂の巣にしてゆく。その断末魔を前奏に、カゲツネは手持ちの武器を駆使して闘争を奏でた。彼のリードで演奏される戦いのリズムパートは、バーニィが阿吽の呼吸で受け持つ。
 粒子の礫が行き交い、真っ赤な業火が飛び交う中……エネミー達が悲鳴を歌い上げる。それは見えない指揮者に煽られ、次第に細く小さくフェードアウトしていった。
 状況終了と同時に、カゲツネの闘争本能が波のように退いてゆく。

「おーおー、派手にやったなぁ……っと、反応はあっちか。行こうぜ?」
「ほほう、何故グラン・スコール号の墜落地点を? 腹を割ると先程聞きましたが?」

 ひとしきり撃ち終えた銃器を、粒圧の上がった順にクラインポケットへ放り込みながら。カゲツネは先へと歩くバーニィに疑問符を投げかけた。
 カゲツネは依頼人は勿論のこと、バーニィも信用してはいなかった。例え、互いに背中を預け合い、死線をくぐっても。

「んー、そうだっけか? 俺ぁ物忘れが酷くてよ」
「ショック療法、というのもあります。原始的ですが、嫌いではありませんよ」

 再び両者の間で空気が凍りついた。のらりくらりとカゲツネの追求をかわしながらも、ここが落としどころとバーニィは溜息をついた。彼はやがて、自分の持ってる情報を語りだした。
 それが彼の、知りうる範囲の物であること。その中からさらに、彼自身が話しても構わないと判断した物だとカゲツネは断定した。しかしそのことへの言及を控え、今は黙って話を聞く。

「遊覧船ってのは嘘、グラン・スコール号は軍の船だ。で、それにとある重要人物が乗せられてる。そいつには発信機が埋め込まれててな……その信号を昨夜、ようやく軍は拾った訳だ」

 合点がいって、カゲツネのメインカメラに光が走る。

「やはり軍絡みでしたか」

 この時カゲツネには、パイオニア2軍のどの部隊が背後にいるかまである程度の予想ができていた。恐らくそれは自分の古巣だと、元軍人の直感が告げている。それを裏付ける証拠はまだないが、色々とキナ臭い噂もカゲツネの耳には入っていた。

「ま、そゆこと……そして俺は、とある人の依頼で動いてるって訳」
「事情は大体解りました。貴方の背後まで聞いたりはしませんよ」

 確信に近い予感があったから。
 先程の戦闘でカゲツネは、バーニィがかなり手練のハンターズだと見抜いた。軍に今、このレベルのハンターズを動かせる人間はそういない……謀らずもバーニィの腕前が無言で、その背後で糸を引く人物を雄弁に語っていた。
 そしてカゲツネには、その名にもう心当たりがあった。

「はは、物分りが良くて助かるぜ……それじゃ、行こうか? 相棒」
「ええ、今は思案を巡らし策謀を暴いている時ではありませんね。人命優先ですし」

 駆け出すバーニィを追って、カゲツネも巨体を翻した。
 ラグオルの景色が左右へ飛び去り、次第に視界の隅に小さな宇宙船が……その残骸が見えてきた。カゲツネはそれを見据えてバーニィを追い越し、同時に腰を落として残骸の一つに身を寄せる。ピタリと背を合わせて向こう側をうかがえば、バーニィは先行するカゲツネのサインを待って身を伏せた。
 素性は兎も角、バーニィは一流のレンジャーだった。

「敵意は、ないようですね。しかし、この様子では生存者は絶望的――!?」

 カゲツネはその時、信じられないものを見て絶句した。
 グラン・スコール号は原型を留めないほどに破壊されており、落下時の衝撃の強さを無数の破片で伝えていた。乗客の大半は既に死亡しており、原生動物にあらかた食い荒らされた後である。
 にも関わらず、カゲツネの前に今……一人の少女が、ほぼ無傷で横たわっていた。

「彼女が、貴方の言う重要人物ですか?」
「ああ。まあ無事で何よりだな……まるっきり無傷という訳にはいかなかったようだが」
「しかし、この乙女はまだまだ子供。見たところ年の頃は、そう……十歳前後でしょうか」
「さぁてね。何せネオニュ――ニューマンだからよ、見た目で歳は判断できねぇだろ?」

 バーニィの言うことは最もで、それはもはや常識だった。例えばカゲツネの恋人達の何人かは、一緒に並んで歩けば時々、ハイスクールの送り迎えを命じられた執事に見られることもある。一番馴染み深いエステルも、その少女然とした見た目だけは十代の少女にしか見えない。
 だが、眼前の少女は違うとカゲツネは感じた。
 彼女は今、傷付き弱った身をラグオルの大地に横たえ……泣きながら眠っていた。

「こんな幼い子供を使って軍は……WORKSは何を? これは本当に」
「おっと、その先は言いっこナシだ。じゃないと俺は、あんたと一戦交えることになっちまう」

 緩い笑いの表情とは裏腹に、バーニィの全身から殺気が滲み出る。しかしカゲツネは気圧されることなく、真正面からバーニィを睨み返した。
 WORKS――コーラル宇宙軍所属、空間機動歩兵第32分隊の俗称である。かつてカゲツネも籍をおいた、宇宙軍のエリート部隊。絶対のカリスマに率いられた、鉄の意志と鋼の結束を持つ無敵の軍団……だった。今は実質解体され、一部がパイオニア2に駐留しているに過ぎない。
 その決定が下された数年前の日を、今でもカゲツネはよく覚えていた。軍人としての自分が死に、ハンターズとして生まれ変わった記念日でもある。その日に戦友と誓った絆は、今でも彼の中に生きていた。それが今、カゲツネを突き動かす。

「まあ、いいでしょう。今はハンターズ同士で言い争っている場合ではありませんからね」
「ああ、そうしてくれると助かる。自慢じゃないが俺は義理堅いんだ……一緒に戦った奴は撃てねぇ」

 そう言うとバーニィはフレイムビジットをクラインポケットへとしまいこんだ。完全に戦闘の意思がないことを示して、あいた両手で少女を抱き上げる。

「おれは依頼主に彼女を届ける前に、本当の依頼主にコンタクトを取らにゃいかん」
「ではバーニィ、伝言を……まさかとは思いますが。それ位はお願いできないでしょうか?」
「ま、そっちにゃそっちの事情もありそうだしな。いいぜ戦友、言ってみな」

 戦友――そう自分を呼べる人間は限られている。ラグオル調査を共にする仲間にすら、その一言を許したことはないが。カゲツネは黙って、バーニィへと伝言を託した。その背後にいる男の正体が、予想を裏切ってくれることを期待して。

「御嬢様に手を出し、WORKSの絆を裏切れば……私とギリアムが容赦しないと。そうお伝え下さい」
「絆、ねぇ……確かに伝えるぜ? それじゃ、あばよ。また会おうぜ、戦友!」

 最後に軽口を叩いて、バーニィがリューカーの光に消える。カゲツネは戦友の一言に、袂を別って久しい友を思い出した。真に戦友と呼べる男、ギリアム……そして彼と二人で守った、愛しい戦場の花一輪。
 今はただ、胸に思い出として秘めるその花が、どうか綺麗に咲いていればと願うカゲツネ。彼は願うだけに留まらず、具体的にその安否を確かめるべく情報を求めて、パイオニア2への帰路へ飛び込んだ。

《前へ 戻る TEXT表示 | PSO CHRONICLEへ | 次へ》