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 一時間と待たずにエステルは、ヨラシムとカゲツネを迎えることが出来た。その間たっぷりと、問題の建物を調べ、周囲の危険を探り、おおいにザナードの相手をさせられるハメになった。
 自分へと尊敬の眼差しを注ぐ少年というのは、エステルにとっては普段から無縁で未経験な相手で。その純朴さ、単純さ、無邪気さにただ呆れ半分関心半分の時間を過ごした。その眩しさに卑屈な劣等感を呼び覚まされたりはしないが、かといって異性として興味をひかれたり、母性本能をくすぐられたりはしない。
 二人で過ごした時間は概ねエステルにとって、子犬と遊んでいるような感じだった。

「何だお前、疲れてんのか? だっらしねぇな、あれしきの雨で」

 合流して開口一番、ヨラシムがエステルの顔色に片眉を跳ね上げた。見抜かれたようで、エステルは憮然と唇を尖らせ視線を逸らす。突然の雨と長引いた調査、何よりザナードの相手で多少は疲れてはいたが……それを顔に出したつもりはなかったから。

「別に。それよりカゲツネ、ついた早々悪いんだけど……どう?」
「間違いなく軍の――パイオニア1軍の建造物ですね。見たところ築五、六年位でしょうか」

 カゲツネは一目で建物の素性を見破り、精査の視線を屋内へと投じる。大型の車両が出入りできる程度の門の奥は、さながら広めの車庫といった風情で。その真ん中に、赤い光が滞留して灯っていた。
 大型テレポーターの光は今、四人のハンターズを誘うように照らす。振り向けば太陽は既に帰路へ傾いていた。

「さて、と。どーすんだ? これは多分『本当の秘密基地』に続いてんぞ」
「まずはここの存在を報告するべきでしょうか。それとも、先を調べてから報告を?」
「うーん、判断の難しいところね。一応、先に何がいても大丈夫な備えはあるつもりだけど」

 テレポーターは時として、一方通行の場合がある。エステルはそれを心配していた。無論、ヨラシムもカゲツネも同様である。
 現在考えうる最悪の事態は、眼前のテレポーターが一方通行であること。そして、転送された先にパイオニア2への帰還が困難な障害があること。例えば大きな施設に転送され、出るためのテレポーターを探すハメになるとか。
 ――今、エステルに考えうる危機というのは、その程度のものだった。

「あっ、あの……行かないんですか? はやく行かないと、日が暮れちゃいます」

 ザナードだけが焦れたように、既にもうテレポーターの中に足を踏み入れている。
 その姿を見てカゲツネが笑い、ヨラシムが呆れ――エステルは可能性を改めて考えた。カゲツネが軍の施設と断定したならば、例え一方通行であっても帰路は約束されている。入ったが最後、出れない施設を作るほど軍はマヌケではないから。
 他に何か、危険は考えられないか? エステルは持ちうる知識と情報を総動員して考える。例えば奥に原生動物の群が――ありえない、建物に強引に押し入った形跡は皆無だから。では、奥に人間が……パイオニア1の人間が?

「パイオニア1の人間がいる可能性もあるかな。それも――」
「だったら、すぐ助けにいかなきゃ! そうか……例えば、セントラルドームで何かしらの災害があって、辛うじて逃げ延びた人達がこのシェルターに。ああ、そうかシェルターかもしれないな、この先」

 エステルの言葉を遮り、ザナードは一人で妄想を飛躍させた。そのまま何かを呟きながらも、ザナードは決してテレポーターから出てこようとしない。
 そう、確かに人間がいる可能性もある。それも、パイオニア1軍の人間が。そうなると事情が少し面倒なのだが、結局は蓋を開けてみなければ解らない。鬼が出るか邪が出るか、しかし確実なのは、何かが出るということ。
 エステルを挟んで並び立つ、ヨラシムとカゲツネも同意見らしかった。

「まー、行ってみるっきゃねーな。本来なら誰か一人、連絡係に残すのがセオリーだが」

 そう言ってテレポーターに踏み入ったヨラシムが、ザナードの襟首を掴んだ。少年は慌てて全身で抗う。駄々っ子のような彼を和やかに笑いながら、カゲツネも光の中へと身を委ねた。

「ぼっ、僕も行きますよ。確かに連絡係は必要ですけど……僕、リューカー使えないですから」
「そうきたか、ったく口ばかり達者になりやがって。お前を危ない目にあわせられっかよ」
「ザナード君、連絡係も大事な仕事ですよ。私達に何かあったら……さ、これを使ってください」

 納得できぬ様子でザナードは、カゲツネが差し出すテレパイプを受け取ろうとしない。彼はその手にテレパイプを握らされ、助けを求めるような視線をエステルへと投じてきた。
 ヨラシムの判断には私情が多分に入り混じっていたが、決して間違いではない。カゲツネが言う通り、連絡係がいれば、自分達に不足の事態が起こった場合の保険にもなる。保険はかけるにこしたことはない……リスクは常に小さく軽く、これはハンターズの鉄則だった。
 エステルは保険をかけることにした。

「いいわ、ザナード君も連れてく。念の為に、ね」

 そう言ってテレポーターに踏み出せば、案の定エステルは抗議の声に見舞われた。ヨラシムがすぐに詰め寄ってきた。

「待てよ、この先何があるか解らないんだぜ? それをおま……危ねぇだろ」
「何があるか解らないから連れてく……ううん、一緒に来てもらう。ヨラシム、アンタね」

 ついと人差し指を立てて、それを分厚いヨラシムの胸板に立ててエステルは身を乗り出した。思えばこうして、真正面から意見がぶつかるのは何ヶ月ぶりだろう? 一時期親密すぎた反作用で、互いが相手を自然と気遣っていたから。阿吽の呼吸と勝手知ったる深い仲も手伝って、今まで何の不自由もなかった。それどころか、関係を清算してからは申し分ない相棒だった。
 だが、相棒だからこそ言わねばならないことがある。

「ザナード君を甘やかしすぎ。危ないってアンタ、ハンターズに安全の約束された仕事なんてある?」
「そ、そらぁ……こいつは馬鹿だが数勘定はできるし、お人好しだが根はいい奴だからよ」
「そういう人間を甘やかすとどうなるか、身を持って知ってるんじゃない? お人好しさん?」
「なっ! そ、そりゃ……まあ、そうだけど、よ」

 怯んだヨラシムが言いよどみ、無精髭の並ぶ顎をしきりに摩りながら視線を外す。後はもう、エステルは言葉をヨラシムに向ける必要はなかった。これだけ言えば、後は自分で解るだろうから。お人好しで根がいい奴は、何もザナードだけではなかった。

「アタシは今いる全員、全力で対処したほうがいいと思う。この先はまだ未知数だから」
「それでも保険はかけておきましょう。私が親しい者にメールを出しておきます。それで……」
「名案ね。できるだけアンタと親密で気持ちが通じ合ってて、フットワークの軽い娘をお願い」
「その条件では絞り込めませんね、何せ数が数ですので……まあ、いいでしょう」

 カゲツネが左前腕部に埋め込まれた端末機能を使って、メールを手早く送り終えると。エステルはヨラシムと目線を絡ませ了解を取ってから、ザナードに頷く。ザナードは満面の笑みで、テレポーターのスイッチを入れた。
 瞬間、身体が縦に、意識が横に引き伸ばされるような感覚がエステルを襲った。今、テレポーターが四人の人間を読み取り、一度分解してフォトンへと変換――その後、転送先への再構成を行おうとしていた。この規模のテレポーターは初めてではないが、慣れぬ違和感にエステルは瞳を閉じて光となった。

「っしゃ、到着と……何だこりゃ!? ひでぇありさま……っと、水はここに来てたか」
「この施設の上水道でしょう。明かりがついているということは、電源はきていますね」
「これは……こんな、何が? この場所は……誰も、いない、のか」

 仲間達の驚き零れる声に、エステルは瞼を開く。取りあえずは光源があるらしく、視界は広く開かれていた。そのまま周囲をぐるりと見渡せば、かなりの広さがある空間にエステル達は立っていた。
 どうやらここは円状の構造物らしかった。下は土で、恐らくこの空間自体が地下にあるのだろう。明かりは天井のフォトンによる照明器具だし、底は掘りざらしのままといったところ。
 天井を一瞥して、その視界の隅に違和感を感じた瞬間、エステルの耳朶を仲間の声が叩く。

「こりゃ軍の連中か? こっ酷くやられたもんだなおい。カゲツネ」
「間違いなく、パイオニア1軍のものですね……ふむ、不自然な。死体が全くありません」

 ヨラシムは用心深くクラインポケットから剣を引き抜き、カゲツネもライフルを構えながら慎重に周囲の残骸を調べてゆく。エステルも手早く仕事に取り掛かろうとしたが、視界の隅にザナードが一人立ち尽くしていた。彼は落ち着かない様子で先程から、周囲の惨状を見て絶句している。
 見かねてエステルはロッドを手にすると同時に、ザナードに歩み寄った。

「ザナード君、お仕事。とりあえず現状把握、OK? 自分からついてきたんだしさ」
「は、はい……でも、これは。戦闘があったんでしょうか?」
「それを今から調べるの。戦闘があったと思うなら、それを立証しないと。まあ、何なら――」
「そうですよね。よ、よしっ! エステル先輩、僕はあっちを調べてみます!」

 エステルは忘れていた。ザナードは立ち直りがすこぶる速いということを。結果、彼は自分を振るい立たせるように頬を叩くと、小さく叫んで駆け出した。
 少年の背中を見送り、エステルは飲み込む前の言葉を呟いてみる。

「何なら一緒に調べて回る? か……甘いのはどっちよ、って話だよね」

 改めてエステルは、周囲に無造作に散らばる残骸を見渡した。その一つに近付き、屈んで触れてみる。金属特有の冷たさが肌に伝わった。そのまま首を巡らし、辛うじて原型を留めた車両を見つけて駆け寄る。それはどうやら建物の構内で使う、軽車両の類らしい。
 真っ二つに裂けて横転し、辛うじてその半分が原型を留めている……その破壊痕は、エステルには始めてみるように思われた。森でも一番危険なヒルデベアでも、こんなにも徹底した破壊は無理だろう。そもそも車両も、その周囲に散らばる大型コンテナも一様に鋭い爪で切り裂かれていた。

「ん、爪? ……私は今、爪って。爪、ねえ……」

 だとすればその爪は、ゆうに人の身長を超えるほどの大きさということになる。金属に刻まれた傷を見上げて、エステルは軽く頭を振った。だが、否定にも肯定にも判断材料がない。

「少なくとも、フォトンによる切断じゃない。なら、人の手ではない……その可能性は、薄い」

 新たな手掛かりを求めて、エステルは広大な空間をとりあえず壁に向って歩く。目にするものは全て、破壊の限りを尽くされた、その傷痕ばかりだった。しかし、残骸として散らばる鉄屑には一定の規則性が見出せる。大量のコンテナと、それを運搬する為の軽車両。
 物資集積所、それもかなりの規模だと推察した瞬間、エステルの目に信じられないものが飛び込んできた。

「嘘、これは……ならさっきのも爪だ。でもこの大きさ」

 地面につき立つコンテナの拉げた蓋には、巨大な歯型らしきものが穿たれていた。一定の間隔で並ぶ、合金製の分厚い板を容易く貫く穴。近寄ってエステルは戦慄に身が震える。
 人智を超えた何者かの歯型は、今だ滴る唾液に濡れていた。

「みんな! ゴメン、ちょっと来て! これを見て欲し――」

 振り向き仲間に声をかける、エステルの声を咆哮が遮った。今まで聞いたことのない、空気を引き裂き押し寄せる震動。それが鼓膜をゆさぶり、エステルに原初の恐怖を喚起させる。絶叫轟くその先を見上げて、エステルは絶句した。
 最初の違和感の正体に気付いた……天井には巧妙に木で隠蔽された穴が開いており、そこから僅かに夕日が差し込んでいた。

「セントラルドームの……違う、あんなに小さくはなかった!」

 血相を変えて駆け寄るザナードが、その後でカゲツネと言葉を交わすヨラシムが目に映った。その瞬間、エステルの世界は揺れた。天井の穴から『何か』が、飛び込んできて、そのまま大地へと突き刺さった。それは四人のハンターズが認識するより早く、土砂を巻き上げ地中へと消える。
 まるで海の様に並が押し寄せ、大地が震動に沸き立った。

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