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『キミ、いつも来てくれるのね。ひょっとして、あたしのファン?』

 その優しげな声に、アタシは顔を上げた。
 ――そうだ、講義が終って……いつも? そう、だったかな? ……そうだ、この人の講義は片っ端から取った記憶がある。
 目の前の紅い麗人は、ついと眼鏡のブリッジを指で押し上げ微笑んだ。

「ファン、はちょっと違う。そんな歳に見えますか?」

 きょとんとされた。
 ははん、この人でも見た目で相手を判断してしまうことがあるのか。
 悪いけどアタシは、アンタとは同い年だ。だから同世代としてシンパシーとリスペクトを感じつつ……同時にジェラシーも感じてる訳。アンタはバリバリのエリートコース、アタシは――

『ふふ、ゴメンゴメン。あたしったらつい……ダメね、トップハンターがこれじゃ』

 周囲は騒がしく、講堂から出てゆく人の喧騒は絶え間なく押し寄せる。
 アタシも彼女の講義が終れば、すぐにでも仕事を取りたかった。今すぐにでも試したい……ついさっき得た知識を。勿論そうするつもりだったのだ、彼女に声をかけられなければ。

「ハンターズたるもの、常に洞察力を養え。これは貴女の言葉です」
『そうね、見た目に惑わされず、常に五感で……ふふ、やっぱりいつも来てるんじゃない』

 そう、件の言葉もアンタの講義で耳タコだ。
 アンタの講義は実践的で貴重な知識の宝庫だし、語り口も面白く学ぶのが楽しい……何より、どうしてこんなにも良心的な値段なのかな? ま、アタシみたいな赤貧フォースにはありがたいけど。
 そんな訳で余さず顔を出しているから、なるほど顔を覚えられる訳だ。

『でも、少し、嬉しいかな。あたしの言葉、覚えててくれたんだ』
「普通だと思いますけど。アタシ、勉強しに来てる訳ですし」

 何を言い出すんだ、アンタは……何て顔をするんだ。
 いつもフォトビジョンで見せる、新聞を賑わせてる勝気で強気な顔でいて欲しい。強い眼差しの灯る真っ赤な瞳を、そんなふうに曇らせないで欲しい。
 あれ、アタシってば何を――

『ぶっちゃけ、半分はギルド主催のショーなんだけどね。でも、やるからには身になる話がしたいし』
「ショー、ですか。随分とチケットの安いショーに思いますが」
『ハンターズに必要なことを語り、必要と感じる誰にでも聞いて欲しいの……あなたみたいなね』

 そう、アタシ達はアンタを必要としている。その知識、その声、その背中……
 アンタは、アタシの――いや、ハンターズ全員の目標だ。

『そんな訳で! 次で最後だけど、また来て頂戴。あなた、パイオニア1には――』

 生憎とアタシは、そんな大それた身分じゃない。だからアンタとは次で、次の講義で最後になるな。
 もっと色々な話を聞きたかったけど。同じ位、体験したくも思うよ……アンタのせいだ。アンタは、アタシのハンターズ魂に火をつけてしまったんだ。それは多分、これからもずっと、アタシの胸で炎と燃える。

『ま、最後はたっぷりと、ラグオルの最新情報を公開しちゃう! ええと、あなたの名前は……』

 アタシの名前? 何を今更……さっきから呼んでるじゃない。
 そう、呼んでる。アタシを。ずっとずっと、遠く遠く――
 まあでも、トップハンター様にならアタシは何度でも名乗るよ。アタシの名前は……



「エステェル! クソッ、俺程度のレスタじゃ利きゃしねぇ!」
「師匠っ、僕が! エステル先輩っ、待っててください!」
「二人とも少し落ち着きましょう。気を失っているだけで……ほら、眠り姫のお目覚めですよ」

 鋼の王子様は平常通り冷静で、一番王子然とした少年は慌ててテクニックの構築を失敗し続けていた。そしてエステルは今、王子様だった人間の腕に抱き寄せられていた。
 重い瞼の向こう側が霞んでぼやけ、意識も混濁としていたが。エステルは今、ヨラシムの逞しい胸に自分が抱かれているのだけは解った。ハンターズスーツ越しに馴染みのある体温が、気遣いに乗って伝わるような気がする。

「ア、アタシ、何時間くらい? 痛っ! ……ちょっち限界超えたかな」

 地に膝を突いて身を屈め、自分を抱くヨラシムから離れて立ち上がる。エステルは自分の指から滴る血を絞りきるように、手を手で包んで周囲を見渡した。
 強力な雷撃で全身の体液を沸騰させられたドラゴンは、その巨躯を目の前に横たえていた。
 それより何より、エステルの目に真っ先に飛び込んできたのは……

「気付きましたか、エステル。恐らくこの集積所からの出口だとは思いますが」
「ドラゴンが死んだ途端、現れたんです。さっきまで無かったのに……ね、師匠っ!」

 赤い光を湛えたテレポーターが、すぐ目の前に粒子の波動をくゆらせていた。

「あ、ああ……恐らく自立警戒システムの類で、ドラゴンから隠れてたんだろうよ」

 ヨラシムはしばらく、温もりの失せた手の内を見下ろしていたが……次の瞬間には、いつものベテランハンターの顔に戻っていた。
 自然と四人は並び立って、竜の骸とテレポーターを見詰めた。誰もが一時、茫漠とした脱力感に言葉を失う。徐々に生きているという実感が込み上げ、生き残ったという現実を頭が認識しはじめた。

「ふむ……皆さん、そろそろいいですか?」

 極度の緊張状態だった身に、後から込み上げる震え。唯一それに苛まれぬカゲツネが、仲間達の精神状態が落ち着くのを待って口を開いた。そのスリット状の目に光が走り、まるで自身に閃きありと無言で訴えているようだった。

「おう、行くっきゃねーだろ。帰るにしろ……どっか、別の場所に出るにしろ」
「いえいえヨラシム、私が言いたいのは――ザナード君も、少し待ってください」

 恐る恐る真っ赤なテレポーターへと、そろそろと歩くザナードが振り返った。その背を押して連れ添おうとしていたヨラシムも足を止める。
 エステルは無言で、持論の展開許可を求めるカゲツネを促した。

「ここが軍の物資集積所で、今はドラゴンが住み着いていた訳ですが」

 カゲツネは大きな足音を響かせながら、ぼんやりと明かりの灯る天井へと人差し指を立てる。そのまま手の内に肘を突いて、三人の前を行ったり来たり。

「何故、軍はドラゴンに対して反撃しなかったのでしょうか?」
「何故ってお前、そりゃ……あ、ああー、そうだな、そういや……」
「え、えっ!? 師匠に先生も、何いってるんですか!? ドラゴンですよ、ドラゴン」

 エステルはカゲツネの言わんとしている意図を読み取った。正しくそれは、また一つ真実を手繰る細く長い糸だった。掴んだが最後、エステルは握った手に力を込めるように先を解き放つ。
 総じてエステルは、持って回ったまどろっこしい手合いは好まなかった。

「つまり、軍はドラゴンと交戦していない。ドラゴンが住み着いた時にはもう……」

 正解です、とカゲツネが腰を捻って上体だけエステルに向き直った。キュインと軽快な動作音が響いて、納得のヨラシムにザナードがまとわりつく。ただ一人得心のいかぬ少年は、率直に理解を求めて説明をねだった。

「つまりな、ザナード……軍の連中ならドラゴンだってイチコロよ。ましてパイオニア1の装備だ」
「ドラゴンがどうしてこの場所を巣にしたか、それは解りません。しかし確かなのは――」

 確かなのは、一つだけ。やはり、パイオニア1の人間はいないということ。ドラゴンと戦った形跡もなく、あるのは無人の放置された集積所……の、跡だけだった。

「ふーむ、言われてみれば確かに……あっ、じゃあここに居た軍人さん達は何処へ!?」
「それを今、こーして調べてんだろうが。軍人と言わず民間人と言わず、全員一緒によ」

 全員一緒……その一言がエステルの胸につっかえた。
 一緒、ではない。
 軍は秘匿された貯水池より水源を得て、地下に謎の物資集積所を作っていた。それは恐らく、パイオニア1の民間人から隠されていた筈。そうまでして何を……その答を問うも、突如現れたテレポーターは黙して語らず。ただ、指定された座標への転送が可能であることだけを伝えてくる。

「ま、先ずは戻りましょう。アレで戻れるなら……考えるのはそれからよ」

 エステルは毅然と、三人の仲間達に先んじてテレポーターへ歩み寄る。彼女は、口々に言い合いながら続く仲間達を一度だけ振り返った。

「それと、ヨラシム。カゲツネ。ザナード君も。……さっきは、ありがと」

 薄栗色の長髪を揺らして、それだけ言い捨てるとエステルは粒子の波へと身を委ねる。自分を構成する物質が解けてゆくのを感じながら、遠くに互いの顔を見合わせる男達の気配を想像した。
 らしくもない……礼の一つ位、素直に言えばいい。増して、勝手知ったる古くからの仲間だから。ただ、目配せするだけでも感謝は伝わるのに、エステルは言わずにはいられなかった。

「何よ、ドラゴンに眠り姫って……じゃあ何? 王子様は……」

 その先を呟くより早く、物質界に再現された感覚が熱波にあおられた。
 エステルは突然視界を埋め尽くした光景に、頬が火照る理由を求めて決め付けた。

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