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 ――テクニック。
 古来より母星に伝わる、巫覡や魔法、呪術等を体系化して解き明かしたモノ。読んで字の如く。フォトン科学文明全盛のこの時代においては、文字通り《技術》。その正体とは「精神力による結果の誘発」である。手順を間違わない限り、誰にでも物理法則は不可能を可能にしてみせる。それも、あっさりと。

「ははん、昔は風のテクニックとかあったんだ。調べてみるもんね」

 エステルは今、御馴染みトランクルーム前の広場にフォトンチェアを広げて座り、熱心に携帯端末が投じる文献を読み進めていた。
 彼女自身、フォースとしては熟練の域に達しており、その自負もあったが。それを支えている多くは、身を持って得た経験からくる知識に過ぎない。だからこうして、親切な友人が貴重なデータを貸してくれるまで、基礎的なイロハを知らぬ生活を送っていたのだった。
 しかし、今はもう無縁ではいられない。
 隣に腰掛ける親切な友人が、生身の人では不可能な指捌きでメールを打ちながら呟いた。

「風を操るテクニックは、今でも極少数ですが使い手がいますよ。先日口説いた方などがそうで……」

 カゲツネの女性に対する守備範囲は広く、種族や職業を問わない。また、年齢に関しても高きに寛容で低きにも果敢だ。とすれば必然的に、彼の恋人達の三分の二はテクニックが使えるということになる。頻度や錬度に差こそあれ、分母が大きければ大きいほど、分子が整数化する可能性は高かった。
 カゲツネは左前腕部に浮かぶ光学キーボードを奏でながら、件の風使いについて語る。
 適度に聞き流しながら、エステルは遅過ぎる基礎の習得を再開した。

「しかしエステル、それこそどういう風の吹き回しですか? 今更だとは思うのですが」
「んー? まあ、そうね……」

 つい、と形良い顎に指を立て、エステルはパイオニア2の天井を仰ぐ。
 脳裏に即座に紅い影が浮かび、そこに自分を重ねて彼女は言い放った。

「やるからには身になる……そう、正しい知識を教えてあげたいじゃない?」
「ナルホド、ザナード君の件ですね。人にものを教えるのもまた、勉強ということですか」
「そ。アタシは自慢じゃないけど、充分な教育を受けたハンターズじゃないからね」
「まあ、ハンターズとはそもそも、一人前になってから学ぶことが多いですが」
「そこはほら、先生がいるじゃない? カゲツネ先生がさ」

 ハンターズとしての作法や行儀をザナードに教えているのは、主にカゲツネだった。彼は惜しみなく懇切丁寧に、たった一人の生徒を仲間として高めてゆく。教え方が良いのか飲み込みも早く、ザナードが要領を得るまで、そう時間はかからなかった。
 しかし、腕の話となると別だった。

「つまり、アタシがアイツのテクニック担当な訳だし。半端は……怖いよ」

 今のところ、ザナードのテクニックレベルが目まぐるしく成長……などということはない。それを予感させる兆しすら訪れてはいなかった。もっとも、それは成長がないという訳ではないが。
 そしてそれは、剣に関しても一緒だった。

「そう、半端は怖ぇぜ? 俺等は半端な技や知識で痛い目見てっからよ」

 背後で離れて、一人剣を振るっていたヨラシムが歩み寄る。エステルは自然と、彼を招いて軽く床を蹴った。向日葵色のフォトンチェアが滑って道を譲る。

「それでヨラシムも……今のは型ですか?」
「ああ、俺の剣は我流だからよ。その、なんつーかよ……型とか、ねぇからよ」

 汗ばんだボサボサ頭をバリボリと掻き毟って、ヨラシムはハンターズスーツの手首を握った。簡単な操作で、正統派剣術の型習得をアシストしていたプログラムが解除される。
 エステルが先輩であり、カゲツネが先生であるように、ヨラシムもまたザナードの師匠だった。寧ろ望んでそれを己に課し、他の二人にも頼み込んでいる立場である。

「ふむ、型から入って型を出る……これを《姿》と。武でも術でも楽でも、一緒なのですね」
「あ? ああ、そりゃそうだろ。よく解らないけどよ」
「で、どーなのよ、そっちの進捗状況は」
「どうって、お前こそどうなんだよ」

 カゲツネを挟んでエステルは、クラインポケットから手拭を引っ張り出すヨラシムを問い詰めた。予想通り、質問に質問が返ってきたが。別段気にしたようすも見せず、エステルは肩を竦めてみせる。目の前のヨラシムと一緒に。

「何かよ、あいつ物覚え悪ぃよな……だからよ、型から入ろうと思ってよ」
「いえいえ、ヨラシム。ザナード君は悪くはないかと」
「アンタの指導が抽象的過ぎるの。『グッと』とか『ガッと』とかさ」

 カゲツネの牽制で怯んだヨラシムへと、深くエステルは切り込んだ。
 しかし、相手は僅かに身を仰け反らせて非を認めつつ……カウンターの一撃を放つ。

「お前だって何だよ、この間の『はい、こうやるの。やってみて』って」
「うっ、うるさいわねっ! ……あれは、その、まずかったわよ。だから、こうして……」

 両者とも、完全にノックアウトだった。だからこうして基礎講座に目を通したり、知らぬ流派のまだ見ぬ型を覚えてみたりしている。二人は今、自分の持てる技術や知識を他者へ伝える難しさを痛感していた。
 まして相手は、ついこの間までド素人だったザナードである。

「……その、貴方達の努力ですが。ザナード君本人にやらせたほうが早いのでは?」

 不意に、やれやれとフォトンチェアを展開しながらカゲツネが呟く。しかしその声にエステルは、ヨラシムと全く同じ返事を返してしまった。はからずも同時に。

「それはダメよ! だってアイツ、剣もやるって言うし」
「そいつぁ駄目だぜ、カゲツネ。あんにゃろう、テクニックも覚えるとか抜かしやがる」

 あれもこれもという、それは典型的な素人のないものねだりに見えるが。ザナード本人にその気はなく、彼は本気で両方の鍛錬に打ち込んでいた。それこそ、常人を超える量とスピードで。
 少しでも早く一人前の、それも一流のハンターズになりたいという想いが少年をそうさせた。

「ま、まあ! ア、アタシ位になればあれよね、先輩風吹かせたって……サマになるし?」
「お、俺もよ、ダチから預かった手前……手は抜けねぇ。あいつは、ザナードは――」
「ただいま戻りました、皆さん! あれ、僕がどうかしましたか? 師匠っ」

 不意に論議の中心である少年が現れ、エステルはヨラシムと一緒に慌てた。その様子がどうも面白いらしく、カゲツネだけが声を殺して笑っている。ザナードだけがきょとんと、僅かに首を傾げて三人の仲間を……先生と師匠と、先輩とを見渡していた。

「な、何でもねぇよ……それより、タイレル総督にちゃんと報告出しといたか?」
「はいっ! 凄いですよ、僕等が洞窟一番乗りです!」

 手続きも勉強と、調査報告の提出をザナードにやらせたのはカゲツネだった。煩わしさからの解放と、後進の指導準備の時間欲しさに、エステルはついそれを認めてしまった。ヨラシムも同じ理由で追認。
 ――洞窟。それが、ラグオルの地下へと続く天然の迷宮。今解っているのは、そこでパイオニア1の軍が何かをしていたことと……洞窟の先へと進まなければ、その《何か》が解らないこと。

「取りあえず総督は、引き続き調査を頼むって……」
「……リコのこと、何か言ってた? メッセージのこと、報告したんでしょ?」

 立ち上がるカゲツネにならいながら、腰を浮かせてエステルは問うた。

「それが、特に何も……でもっ! 本当は心配だと思います! だってリコさんは実の……」

 そうであればとエステルは思う。むしろ、そうあるべき、と。
 こうしている今もラグオルを、未知の謎へ向って邁進するトップハンター……リコ=タイレル。彼女はエステルにとっても、少しだけ特別な存在。自分とは何もかもが逆だと、普段通り言い聞かせれば、自然と親に心配されていると思い込めた。あくまで、自分と逆に。

「ザナード君、貴方も父親からは心配されるでしょう? 親とはそういうものらしいですよ」

 工場製のカゲツネが、ポンと少年の肩を叩く。巨漢の先生を見上げて、ザナードも僅かにはにかんでみせた。その光景に今、エステルは自分が抱える感情に最も近く、自分自身に最も遠い言葉を見つけ出す。
 それは、親心。
 傍らで無精髭の顎をさするヨラシムもそれは同じらしく、目が合うとよそよそしく視線を外した。そう、エステルとヨラシムが共有しているのは、ほんのささやかな親心……のようなものだった。
 危なっかしい、見てられない。兎に角、心配なのだ。

「そうですね……総督の為にも、ラグオル調査頑張りましょうっ!」
「その意気ですよ、ザナード君。では、今日から洞窟調査とまいりましょ――」
「っと待ったぁ! ザナード、ちょっと剣構えてみろ。仕事前に軽く、俺が稽古をだな」
「その前に! この間のあれ、ちゃんと説明するから……ディスクの読み方とかも教えるし」

 エステルはヨラシムと、先を争ってザナードの前に躍り出た。苦笑にカゲツネの軽快な作動音が短く追従して、少年を争う仲間達をテレポーターのあるメインゲートへと優しく追い立てた。

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