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 それはもう、洞窟と呼べる場所ではなくなっていた。
 明らかに人工の構造体が、整然と並んでハンターズをいざなう。慎重に進めばはるか遠くで、合金製の通路に誰かの悲鳴が響いた。
 謎は深まり、敵意は増すばかり。

「エステル先輩、またカプセルです」

 流石にここまでくると、ザナードも無邪気な元気をひそめてしまった。その表情には疲労の色がありありと浮かび、先程から戦闘では、ヨラシムとカゲツネが交互にフォローしている。何よりエステル自身、彼のそばから離れないようにしていた。
 ザナードは小さなエステルに寄り添い、遠くに光る明かりを指差す。

「おっし、OKだ。ザナード、エステルと回収してこい」
「こっちも大丈夫でしょう。しかしこのフロアに下りてから、エネミーが増えましたね」

 エステル達四人のハンターズに死角は無かった。ザナードが多少の不安要素だったが、それを補うだけの力量が、ヨラシムやカゲツネ、何よりエステルにはあって。それをスポンジの様に吸収して、ザナード自身が発展途上中だった。
 強いて言うなら、苛いで刺々しい、自分のメンタルが今、一番不安だとエステルは思った。

《ドキドキしてる。怖さと興奮がないまぜになった、この感情!》

 近付き手をかざせば、毎度同じみのメッセージが再生される。記録係であるザナードが、いつものように自分の携帯端末にダビングしながら、何日何時何分の録音なのかを探る。無駄だと半ば知りながら。
 赤い輪のリコが、自分達のどれくらい先にいるのか……それはいつも解らなかった。
 恐らく急いでいたのだろう。激しい戦闘の合間を縫っての録音だったかもしれない。パイオニア1唯一の生存者であり、ラグオルの異変の真実に誰よりも近い人物……リコ=タイレル。彼女はメッセージに、日時を入力していなかったが、それ程昔の物とも思えない。
 上気して弾む声に、エステルは溜息を零した。

《科学者としての探究心? それとも、ハンターとして未知の敵に挑む高揚感?》

 自分とは真逆のテンションに、リコの声は熱を帯びてエステルの鼓膜を撫でる。
 しかし、人の性にも似たじれんまにリコが焦れる一方で……それを追うエステルは今も、陰惨とした憂鬱な気持ちに苛まれていた。
 会うんじゃなかった……ただただ、後悔。
 この星の異変がまた一人、偉大な男の命を吸った夜。一人の少女が家名をかけて、自ら立ち上がると宣言したあの夜。エステルは度重なる呼び出しのメールに、これが最後と対面してしまった。
 彼の家に置きっ放しの、服やなんかを回収したかった、というのもある。
 これが最後と、思いっきりなじってわめいて、スッキリしたかったのもある。
 ――何か言い訳が聞きたかったし、事実を知って白黒を付けたかったのだ。何より一番、それをエステルは望んでいたのだが。しかし、待っていたのはいつものメールと同じ言葉だった。

《脚が、自分の脚じゃないみたい。……でも、確実に向かってる》

 そう、自分の脚じゃない。望むと望まぬとに関わらず、今エステルの脚は、あの男の望むままに真実へと向かっている。時々自分でも解らなくなる……リコを追っているのか、ハンターズとしてラグオル調査という仕事をしているのか。それとも、あの男の望みをかなえているのか。
 かつて愛した、愛し合った男はただただ、ラグオル調査の結果を、異変の真実をエステルに求めた。
 男と女としての会話が成立しなかった。まるで今までの関係など無かったかのように、ただ一人のハンターズとして扱われた。ただ、自分の意のままになると思い込まれていた。言葉は無力でかみ合わず、触れて伝えるものを何も持たない……既に縁が切れているとしりながら、エステルのわだかまりに男はつけこんできた。

《もっと、地下深くへ……何かに、導かれるように》
「おいおい、まだ下があんのかよ……さて、どうするエステル。エステル?」

 ヨラシムの声で不意に、エステルは現実に意識を揺り戻された。
 リコのメッセージは既に一巡してリピートされており、それを記録したザナードが傍らで携帯端末を叩いている。気付けばヨラシムが、曖昧な表情でエステルを見下ろしていた。

「え、ええ、あ、うん……ええと、とりあえず、進もう」
「進もう、ってお前なあ。……今日はもう、あがろうぜ? なんか、その、気乗りしねぇ」

 自分の都合でいいと、ヨラシムが口ごもる。そのバツが悪そうな横顔を見上げて、思わずエステルは込み上げる笑みを噴出した。同時に、甘えてもいられないと自分に活を入れる。自分達はラグオルの調査をするハンターズで、エステルは三人の仲間を率いるチームのリーダーだから。
 自分の脚は、この自慢の脚線美は自分の物だと、心に結んで一歩を踏み出す。面食らったように息を飲みながら、慌ててヨラシムが、続いてカゲツネとザナードが続く。

「行こう、みんな。今日はまだ、そんなにエネミーにも鉢合わせしてない。時間も余力も、ある」
「何だよ、急に元気になりやがって……ったく、これだから女って奴ぁ」
「女って奴は何なんですか、師匠?」
「ザナード君、その件は私の専門ですね。いい機会です、そもそも女性というものは……おや?」

 歩幅も足音も違う、四人の脚が連れ添い歩く。その先頭に立って風切るエステルは、チームの頼れる参謀役に呼び止められた。

「エステル、その先に例の……水の音がしますね。恐らく、上の水源からきた水か、それとも」
「え? いや、何も聞こえませんけど」
「ザナード、キャストの聴力をヒューマンやニューマンと一緒にすんなや? 距離は、カゲツネ」

 カゲツネが示す先へと、迷わず踏み出すエステル。しかし、彼女の帽子がずるりと脱げて、薄栗色の髪が揺れる。振り向けばソード片手のヨラシムが、二股に分かれた帽子の先を握っていた。

「ちょ、ちょっと何すんのよ」
「いーからお前さん、今日は最後尾だ。ザナード、エステルとケツにつけ。カゲツネは俺の横だ」
「何よ、突然仕切らないでくれる? 普段通り、私が先行する、エネミーが出たら真っ先にジェ……」
「お前さんが普段通りなら、それでもいいんだけどよ。こないだみたいな暴走は勘弁って訳さ」

 ぐう、とエステルは仰け反った。

「何かやべぇ感じだしよ……ここは俺が切り込んで、カゲツネが討ち漏らしを片付ける」
「了解、ではお二人は後で援護と、あとは回復をお願いするということで」
「はいっ! ち、因みにやべぇ感じというのは、師匠」

 不満そうに、しかし前例があるだけに反論の余地も無いエステル。その横ではザナードが、普段の元気を取り戻して瞳を輝かせていた。
 この少年にも、メッセージにあるリコのような気持ちがあるのだろうか? 今の自分には、それはない。エステルは他事に心の大半を占領されて、どうしても集中力が散漫で。ともすれば先日のように、一人先走ってしまうかもしれない。
 過ちを教訓とし、失敗から学ぶ……それはハンターズのみならず、人として生きる賢さ。

「勘、だ……直感よ、ザナード。俺の頭ン中でよ、何かがバチバチ弾けてんのよ」
「あっきれた、そんなの当てずっぽうじゃない。……まあいいわ、メイトを再配分して」

 手早くヨラシムは手持ちの荷物を整理し、売っても二束三文にしかならぬフレームやバリアの類を捨てる。そうして渡されたモノメイトを受け取ると、カゲツネは先日総督府が販売を許可したばかりの、ショットをクラインポケットから取り出した。
 わたわたと自分のクラインポケットをまさぐるザナードに、エステルはモノフルイドを押し付けると後に下がる。男達の背はこうしてみれば、酷く広くて逞しく……何より心強い。

「っしゃ、サクサク行こうぜ? 歩いた感じ、もうこのフロアもそんなに先はねぇ」
「何かがあると仮定して、まあヒューマン特有の直感とやらを信じるとして。慎重に行きましょう」

 何気ない足取りを装いつつも、ヨラシムの歩みはその一歩が警戒心に満ちている。薄暗い通路の奥へとその背が消え、続くカゲツネが安全だと手でサインをよこす。

「行きましょう、先輩っ!」
「うん、じゃあ……」
「大丈夫です、僕ももうそろそろ絞っていかないと……手持ちのフルイドを見ても」
「そ、解ってきたじゃないの。セーブしていこう。何か、いるらしいもの」

 ヨラシムの勘は総じて、根拠の無い不確かなもので。当らないことの方が多いと、エステルは知っていたし体験もした。だが……当る時は、酷く危険でやっかいなものを当ててしまう。それで救われたことは、二度や三度ではなかった。
 最も、勘を信じて大損をしたことは、手足の指できかぬ数だったが。
 最後に一度だけ、エステルは振り返り……意を決してザナードを伴い、仲間たちの後を追う。見送るリコのメッセージは、再び訪れるハンターズを待って沈黙に明かりを灯した。

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