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 パイオニア2は今、パニックの最中にあった。
 総督府が秘匿していた情報が、そのほぼ全てが一般市民へと公開されてしまったから。
 一人の英雄によって。

『では、一連の出来事は事故ではなく、事件だというのですね?』
『パイオニア1は確かに軍が中心の船団でしたが、その軍のこれは……反乱、でしょうか?』
『結局のところ、パイオニア1の人達はどうなったんですか? 答えてくださいよ――』

 エステルは今、二人の仲間といつもの広場でフォトンチェアを広げ、宙に大きく映し出される緊急ニュースの立体画像を見上げていた。その中央でフラッシュを浴びながら、金髪の少女が口を開いた。
 珍しく不機嫌なカゲツネと、ニュースで話が逸れたことに苛立つヨラシム。二人のネガティブな気にあてられ、エステルも鼻の頭にシワを寄せた。

『全ては今、お話した通りです。そして、事実の隠蔽を行った総督府に、害意はありません』

 少女の名は、カレン。カレン=グラハート。

『総督府はあくまで、パイオニア2の安全を考え、詳細な情報を得るまで事実を伏せておくことにし……ハンターズによるラグオル調査を実施したのです。この事は既に、ハンターズ区画では誰もが知っていることですが……今回、私は独断で情報の開示をいたしました。何故ならば――』

 カレンの声は、語る内容に反して静かで、優しく、何より良く通る。粛々と彼女は、パイオニア2の全員へと語り掛けていた。一度も言い澱むことなく、まるで歌うように朗々と。
 そして暴かれた真実に、誰もが戸惑い沈黙しながら……まるで縋るようにカレンを見詰めて息を飲んだ。

『何故ならば、真実が公共の利益を損ねた前例を、私は知らないからです。そして真実こそが、今の困難を乗り越える為に、最も必要とされているのです。そう、私達は知らねばなりません』

 そこで言葉を結ぶと、カレンは俯き右手を胸に当てる。その姿は憂いを帯びながらも、何かを搾り出すような苦渋の表情にも見えた。隣で悔しげに口汚い言葉を発するカゲツネを横目に、エステルは英雄になりつつある少女を探ってゆく。
 カレン=グラハート。グラハートと言えば勿論、ベテランハンターズならば思い当たる名がある。ハンターズとは犬猿の仲である、軍にその名は轟いていた。宇宙軍空間機動歩兵第32分隊「WORKS」元隊長……レオ=グラハート。カレンはその実子だが、表舞台へと出てくるのはこれが初めてだった。
 意を決したようにカレンは瞳を開き、次の瞬間には声を発した。

『パイオニア1が何をしていたのか、住民達はどうなったのか……知らねばなりません』

 一斉にフラッシュが炊かれ、映像の中が慌しくなる。それに構わずカレンが言葉を続けようとした時、それを遮り疑問を口にする者がいた。カゲツネが驚きも露にフォトンチェアから身を乗り出す。

『パイオニア・タイムスのノル=リネイルです。質問をしても宜しいでしょうか?』
『どうぞ、リネイルさん』
『今回の件は軍と、レオ=グラハート准将と連携した上での行動なのですか?』
『先ほど、私の独断だと申し上げました。私は今、一人のハンターズとしてお話しています』

 今度はヨラシムまで不機嫌になった。元々エステルと議論中で、かなり熱くなっていたから……突然現れた小娘に、あたかもハンターズを代表するような顔をされれば黙っていられない。露骨な嫌悪を口にすれば、それに呼応するかのように映像のノルも言葉の矢を射る。
 カゲツネから聞いた話でエステルは、ノルがどのような思いで真実を胸に秘めていたか知っていた。

『貴女一人の独断で、パイオニア2がどれ程混乱するか、考えたことがありますか?』
『一時は戸惑い、困惑するでしょう。ですが、すぐに誰もが皆、為すべきことに気付く筈です』
『為すべきこと、とは? 具体的なお話がないようでは、悪戯に恐怖を煽るだけではありませんか』
『――道があります。さらなる真実への、新たな道が。私が先にたって進むべき道があるのです』

 突然、カレンの背後が巨大なスクリーンになった。映し出された画像は、見た事もない構造物の集合体……一目で人工物と解る回廊が広がっていた。

『これが先日、私が発見した洞窟の先……坑道です』
「ハッ! つまりあの小娘がアタリを引いて、俺達がハズレを引いたって訳か。畜生めっ!」
「ヨラシム……小娘は、やめ、やめ――やめてください」

 真に先へと進む道……坑道への入口を見つけたのは、独自に調査を行っていたカレンだった。そしてエステル達は逆に、外への出口に迷い出たばかりか、未知の化物と死闘を演じるハメになった。あの巨大ワームとの排水道での戦いから、もう三日が経っていた。
 エステルは目の前でぶつかり合う二人の視線を遮るように、間に割って入る。

「兎に角、総督府の方でもギルドに調査続行の話はきてる。アタシ達はアタシ達、でしょ?」
「……その"アタシ達"から、お前さんは弾き出した。ザナードを」

 ニュースは未だ続き、カゲツネはそちらの方も気になるようだったが。既にエステルとヨラシムには、新たな英雄の声は聞こえていなかった。
 あの日、命からがらパイオニア2に戻り……総督府に報告を済ませた時点で、エステルはザナードに言い渡した。チームから抜けるようにと。

「代わりの人間を見つけなければいけないわ。ソロの連中を引っ張ってくるか……」
「おい待てぇ! お前な、ここまで一緒にきて……そりゃ、あいつは足を引っ張るけど、時々」
「時々、暴走する。その時々が怖いの。解るでしょ? あの子、いつか死ぬわ」

 いつか、死ぬ。その一言でヨラシムは黙った。それは彼にも、予感があったから。
 新米ハンターズのザナード=ライカーナは、どうにもアンバランスな少年だった。教えれば覚える、間違えれば学ぶ……そうして徐々にではあるが、フォースとして、何よりハンターズとして成長している筈なのに。ごく稀に、ハンターズの常識を超越……否、脱落してしまう。
 何が彼をそうさせるのか、エステルには解らない。ただ大事なのは、現実にザナードは危険な不安要素であり過ぎるということ。毎度のことと目を瞑ってきたが、今回のようにチーム全体に関わる危機となれば、エステルには見逃せない。

「カゲツネもそう思うでしょ? 未熟なのは許せるけど、無謀なのはアタシはゴメンだわ」
「え、あ、はい、ええと……そうですね、ザナード君は少し不安定なところがあるようですが」

 カゲツネはカゲツネで、心ここにあらずといった感じで曖昧な返事をよこした。その理由が今、頭上で消えゆく映像の中にある。カレンは詳細を語り、パイオニア2の総動員体制による事件の解明、そして一刻も早いラグオル降下を主張した後……カゲツネと全く同じ型のレイキャストに連れられ、会見の場から消えた。

「ギリアム……貴方がついていながら、何をやっているのです」

 珍しく動揺しているカゲツネに驚きつつも、やれやれとエステルはフォトンチェアに身を沈めて滑り落ちた。その間もずっと、ヨラシムが言葉を脳裏に探しながら睨んでくる。

「勘違いしないでね、ヨラシム。アタシ別に、ザナード君のこと苛めてる訳じゃ……」
「見くびるなって。ただよ……俺ぁ約束したんだ。あいつを一人前にしてやる、って」
「ラグオル調査の合間を見て、剣でも何でも教えてあげればいいじゃない」
「……お前それ、自分で言ってて気付いてるだろ?」

 そう、エステルは最初からずっと知っていた。リスクはあるものの、ド素人が一からハンターズとして修行をするのに、今回のラグオル調査はもってこいの事件だった。何より、ハンターズに必要なのは腕っ節だけではない。増してザナードはフォースだから。テクニックを教える者が必要だし、何よりハンターズとしての作法や礼儀、暮らしを教える者がいれば好ましいとも。
 その適任者であるカゲツネが、作動音を響かせ立ち上がった。

「すみません、今日はちょっと失礼しますよ。急用が出来てしまいました」

 挨拶もそこそこに、カゲツネが背を向ける。ヨラシムはヨラシムで、冷たい奴だと見送ろうともしない。ラグオル調査は新たな局面を迎えているのに、ここにきてチームのコンディションは最悪だった。  それでもエステルは思う。ザナードを案じるなら、やはり外すべきだと。
 少なくとも、今のザナードなら。

「……ダメだなぁ、アタシ」

 去ってゆくカゲツネの背中が、徐々に小さくなり……やがて見えなくなる。それに目を細めて、ぐったりとエステルは溜息を零した。彼女自身、モチベーションが下がっているという自覚はあった。
 洞窟発見という栄光の後に、未熟者に巻き込まれて死にかけた。そして今、まるで英雄のように……あの赤い輪のリコのように、毅然と困難に立ち向かう少女がいる。自分を英雄にしたい訳ではない。ただ、誰も英霊にしたくないだけ。ただそれだけだが、不思議とザナードを放逐してから、エステルも少しだけ気落ちしていた。
 ザナードの熱気が、その無茶で無謀な蛮勇が、時々胸を焦がすのだ。

「……会ってみる、か」

 誰にともなく呟き、子供の様にむくれてしまったヨラシムに、エステルはザナードの住所を聞いた。

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