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 尊敬できる仲間達からの、突然の三行半から一週間。激変したパイオニア2情勢の中、ザナードの生活は殆ど変わりは無かった。ただ一点を除いて。
 仕事の全てを一人で行わねばならず、人数を要する仕事も一期一会……しかも、ザナードから絆を求めてギルドカードを差し出しても、交換はおろか受け取ってすらもらえなかった。ベテランのハンターズ達は誰もが、一度仕事を共にするだけで、彼の本質を見抜いていた。
 自然とソロの仕事が増え、その危険度は増し……それでも、父親の医療費と当面の生活費だけは、請求書という形でザナードの元へ舞い込んでくる。

(それでも言われたんだ……待ってる、って)

 父親を介して胸に刻んだ、その言葉だけが今、ザナードを支えていた。
 本当なら今すぐにでも、いつもの広場に師匠や先生、先輩の姿を探したかった。体面もへったくれもなく、素直に侘びを入れて元の鞘に納まりたかった。同時に、それを待たれているのではないとも思う。
 待ってる……仲間達が。では、何を? 自分をだとザナードは心に結んで、どんな自分かを考える。
 謝れば済むという気持ちはあったが、ザナードは自分が犯した過ちが、その根本がまだ解らずにいた。ただ関係修復の接着剤として、ごめんなさいの一言を使うだけでは……悪戯に言葉の意味を軽くしてしまう。謝るならば先ず、何が悪かったかを知らなければならない。
 そこまで解ってて尚、解らない事がザナードにはあった。

「よしっ、これでラストッ! パーソンさん、先に行ってください!」

 ゾンデを放つと同時に、ザナードは夢中で最後の部屋へと転がり込む同行者を見送った。
 例えば、今日のクエストなどがいい例だった。なぜ、誰も少女の頼みを引き受けようとしない? 何でも屋の無頼漢、怖いもの知らずの冒険者たるハンターズが。何故? もちろん、ザナードにも理由は解る。相場に見合った報酬を提示されても、未だ未開の迷宮である坑道で、素人を連れ歩くのはリスクが高過ぎた。
 だからこそ、誰も受けないからこそ、自分が引き受けたとザナードは思う。自分がやらなければ、エリ=パーソンの想いはずっと虚しく空回りし続ける。あたかも、ラグオル衛星軌道上を漂流する、現在のパイオニア2のように。
 勿論ザナードには、誰もが引き受けぬ"死にクエスト"にすることで、少女の命を危険から遠ざけようとする、そんなベテラン達の思惑は解らない。

「うそ……カルス?」
「パーソンさん、カルスさんは見つかりま――!?」

 周囲を警戒しながら、安全を確かめ室内に転がり込む。同時に部屋の入口をロックすると、ザナードは剣を納めて振り返った。
 そこには、驚愕に震えるエリ=パーソンの姿と……巨大なコンピュータ端末があった。

「エリ……良かった、無事で。来てしまったんだね。……来てくれた、ワタシはそれが嬉しい」

 同時に悲しくもあると、部屋中を合成音声が満たす。
 今日の依頼人、エリ=パーソンの望みは一つ。以前より文通していた、パイオニア1の友人に会うこと。ラグオルで大爆発が起こり、その惨状をカレン=グラハートが白日の下に晒した今でも……彼女の友人カルスは、ずっとメールを送り続けてきたから。
 そのカルスを名乗るコンピュータが、忙しくモニターに数字の羅列を走らせ言葉を紡ぐ。
 驚き竦んだエリを庇うように、ザナードは眼前のコンピュータに問い掛けた。

「あなたがカルスさん、ですか?」
「はい……正確にはワタシは、パイオニア1に搭載された三つの超電算コンピュータ、カル=ス」

 カル=ス……その名はザナードでも知っていた。もとよりラグオル調査が開始された時から、総督府が率先して行方を捜すよう通達していたものだから。本来、セントラルドームにあって運用されている筈の、超電算コンピュータ。しかし、パイオニア1が本星に報告している場所に、その姿はなかった。全てが本来とは違う用途で使われ、そして姿を消していた。
 その一つが今、思い掛けなくザナードの前にある。

「ワタシはあの大爆発を境に、ナニモノかに侵入されました。ハッキングを受けたのです」
「それは……誰ですか? もしや、パイオニア1の軍」
「特定は不可能です。既にボル=オプトは陥落しました。ワタシももう、リカバリーが追いつかず……」
「残りの一つは? ええと……」
「オル=ガはここにはありません。持ち出された記録がありますが、その行方も今は」

 次第にカル=スの……カルスの声が翳ってゆく。ノイズが混じり、途切れがちになる。
 何とか情報をと焦るザナードの背後から、声。

「そんなこと、どうでもいい……私には、どうでもいいの。カルス」

 エリだった。

「エリ=パーソン。貴女には謝罪しなければなりません。ワタシは貴女を騙し、偽ってきました」
「ううん、そんなことない……貴方はカル=スである前に、私のカルスよ。……駄目?」

 ザナードは一言も口が挟めなかった。カルスの口ぶりでは、彼自体もこうしている今、激しいハッキングに晒されている様子で。復旧の見通しもない中、懸命にプログラムされた記録を、何より記憶をつなぎ止めているのだ。それももう長くは持たないことを、消え行く声が物語っていた。

「エリ……覚えていますか? ワタシがラグオルを散策した、その話をしたことを」
「ええ、何度も聞き返した。夜寝るときも、朝起きたときも」
「あれは全て、セントラルドームのライブラリーから引用したデータに過ぎなかったのです」
「カルスは几帳面……随分と細かいお手紙だったわ。一字一句覚えてる。草木や空気の匂い――」
「それもこれも、パイオニア1の誰かが纏めた記録の転写でしかなかったというのに」

 エリは僅かに涙ぐむと、その雫が零れる前に瞼を拭って微笑んだ。

「貴方はでも、最後にこう言ってくれた。『ラグオルは美しい』って。それも引用?」
「知りうるデータを客観的に分析した結果、得られた結論に過ぎません。エリ、ワタシは……」
「例えデータでも、貴方はラグオルを美しいと感じ、それを私に伝えたかった。そうでしょ?」

 問い掛けるエリは、答を待たずにカルスに歩み寄った。壁一面を埋め尽くす、巨大な生体コンピューター……その末端である端末の一つに。手には一枚のディスクがあった。

「考えることと感じることは、そんなに違わないと思わない? カルス」
「それは論理的ではありません」
「私、考えるより先にパイオニア2を飛び出してきちゃった。けど、ずっと考えてたよ」
「エリ……」

 エリが手を伸べると、カルスが静かにディスクを吸い込んだ。

「カルス、これで正しいかは解らない。けど、これが私にできる精一杯だから」
「ありがとう、エリ。どれだけのワタシが残せるかは未知数ですが……やってみましょう」

 ザナードの目の前で今、パイオニア1の三賢とまで崇められた超電算コンピュータの一つが、息絶えようとしていた。その今際に、まるで次代へ種を残す花のように、小さなディスク内へと己を圧縮してゆく。
 種族という言葉ですら生ぬるい、確固たる壁があるにも関わらず……エリとカルスは隔てる全ての上で今、手に手を取っていた。出会い、巡り合っていた。

「ハンターズの方。約束、し、て……くだ、さ……い」

 いよいよカルスは限界へと近付いた。次々と点滅するモニターが死んでゆく。動揺を見せまいと拳を握る、エリの傍らでザナードは言葉を待った。

「エリ、を……無事に、パイオ、ニア……」
「僕はハンターズだ。パーソンさんは必ず無事、パイオニア2へ連れて帰る」
「ありがとう、若き、ハンター、ズ……残る時間で、この、星の」
「一つだけ。ボル=オプトは落ちたと先程聞きました。場所はここで……坑道でですか?」

 頷く気配だけがあった。それだけで充分だった。
 それで全て、合点がいった。道中、本来ならば人を襲わぬはずの工作機械や警備マシーンが牙をむいてきた、その理由が。ナニモノかがボル=オプトの全権限を掌握し、この坑道を狂った機械の迷宮へと作り変えたのだ。
 目的すらザナードには、うっすらと感じられた。
 さらに奥に続く道を守る為……そうとしか考えられない。

「ああ、カルス……私、さよならは言わないわ。いつかまた会う。その日まで、おやすみなさい」

 同じ言葉を返すように、ディスクを吐き出すや端末は沈黙した。エリは暫し黙って俯いていたが、意を決したように顔を上げる。見守るザナードの目にも、そこには決然とした意思が感じられた。
 ディスクを手に取り、胸に抱いて……毅然とした態度でザナードに振り返る。

「ザナードさん、私はカルスをこれから守ります。もし、総督府へ報告するなら――」

 ザナードは一瞬迷った。そのまま黙考して、肘を抱くように顎へ手を当て考え込む。
 どうしたらいい? どう報告すれば……考えれば考えるほど、答が自分の中にないことを知る。結果、その自覚を確かな物にした時、ザナードははじめての言葉を口にした。
 本来それは、依頼人に向けられるものではなかったが……素直にぽつりと零れ出た。

「僕は、どうしたらいいでしょう。僕は……僕がやるしかないのに、解らない。どうやったらいいかが解らないんです。……そうか、やろうとしても出来ない事がある。そんな時は……」

 暫し呆気に取られたエリは、ただ自分の保護だけを求めた。
 エリに言われずとも、真実を今は胸に秘めることだけはザナードにも決められた。しかし、その秘めたる重さに耐えることも、それを生かすことも解らぬまま……彼は無言でリューカーを実行した。
 ザナードはこの日、失ってはじめて無知を知り、無策を悟った。
 それは素直に、助けを求める気持ちを呼んだが……今はまだ、それを自分で許せなかった。

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