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 結ぶ印を追って零れる溜息が、リューカーを実行させる。
 屹立する光は、周囲の明滅する機械群を、より鮮やかに照らした。

「お疲れ様」
「いやあ、なんのなんの……それよりどう? もしよかったら、この後」
「お仲間に呼ばれてるんじゃないのかな?」
「そう、その仲間に紹介したいのさ。いい仕事は、いいチームからだ。そしていいチームには……」
「気持ちだけ受け取っておくわ。ありがと」

 余計なお世話だと内心、真っ赤な舌を出して。しかし表面上は笑顔を取り繕うと、エステルは今日の助っ人ヒューマーを送り出した。他の二人が一任してくれてるので、回収した武器や防具、アイテムで目ぼしいものは全部持たせてやる。
 それでせめて、「あそこを手伝えば美味しい」と思われれば、と。そう考えるのも何だか寂しくて、エステルは笑った。仕事に際しては効率優先、何よりハンターズの心得と気構えが大事だと……そう自他に律してきた自分が、寂しいとは滑稽だ。
 高い天井へと光が走るや、エステルは踵を返した。
 同時に携帯端末を手に取り、別行動の二人に連絡を取る。

「もしもし? あたしだけど、そっちは? 別に……これで五人目、まだまだぜんぜん」
《未踏破区画が近付くと、決まってみんな仲間からメールを貰うよな? ええ?》
「便利な仲間よね。まあいいけど……お陰でレスタを唱える回数が格段に減るわ」
《誰だってリスクは避けたいし、リターンは欲張るもんさ》
「そうね。今日はこの辺で切り上げよう。……はかどらないものね、坑道の調査も」
《焦るなよ。昔からお前さんはこらえ性がねぇ。待つんだろ? だらだらやってりゃいいのさ》

 そうだろ、と回線の向こう側で男が笑う。
 そうね、と応えるエステルは女になれた。
 二人は沢山のことを共有しすぎて、互いの境界が重なりすぎていたから。きっちり引いた、互いを別った線がいつでも滲んでぼやける。それでも境界線は、いつでも二人の間にある。あるからこうして、ドライでクレバーな二人でいられる。
 義理と人情のヨラシムに、それを強いているという自覚はエステルにはあったが。

《それと、カゲツネの奴が面白いもんを見つけた。お前さんも来いよ》
「今、向かってる。ねえ……アンタさ、自分のチームとか、持ちたくないの?」
《ああ? ……いやだね、お断りだ。お前さん見てると、こんな面倒ごめんだと思うね》
「あ、そ。アンタが音頭を取って、ザナード君を連れてチームを組んだら、って」
《それでいい先生といい先輩に恵まれたら、少しは考えてやる》
「……ごめん。もうこの話、何度目だっけ?」
《ちょっと待て。……ああ、やっぱか。三度目だ。カゲツネが言うんだ、間違いねぇ》

 足早に坑道を歩くエステルは、そう、と短く返事を吐き出し駆け出した。
 今のところ、他のハンターズよりは僅かに坑道調査は進んでいる。だが、あのカレン=グラハートはもう随分先をいっているとの評判で。焦りはないのだが、エステルは様々なリミットに心身を圧迫されていた。時間と資金は愚か、細かいところではウェストと体重。さまざまな数字がストレスとなって彼女を苛む。

「じゃあ、これで終わり! 道は片付いてるのよね? 五分で行く」

 四方に上下を、合金製の構造物で覆われた坑道。調査の進捗状況は、どの程度進んでいるかがまだまだ不鮮明なレベルだった。なにしろ、原生動物が凶暴化した森と、アルダービーストに溢れた洞窟を踏破した後の坑道である。二度あることは三度ある……誰もが慎重になっていた。

「毎度新顔が混じるってのも、落ち着かない話よね。アンタもそう?」

 つい、独り言が多くなる。言葉にしてみて、そうだろうと決め付け、それみたことかと追い討ちをかける。ザナードのような人間が、どこかで見知らぬチームの一員に納まっている。それだけは絶対にないとエステルは思った。
 それでも、両手を広げて歓迎する気にはなれない。
 ただ、追いついてくればいいと思った。今いる場所から、自分の足で。

「っと、来たか。討ち漏らしは?」
「ざっと見、無かったけど。システムが復旧する前に、今日は引き上げましょ」
「どこかに中枢があるんでしょうね。定期的に全マシーンの活動と配置が復旧するということは」

 今日、あらたに坑道の地図を塗り替えたその先に、馴染みの仲間達が待っていた。その小部屋に入るや、エステルは一目で気付いた。先程ヨラシムが言っていた「面白い物」が、勝手に視界に入ってきた。

「――楔」
「に、見えるってか? 柱、ってのが妥当な呼称だと思うが」
「総督府で"モニュメント"と通称が割り当てられてますが。これで三つ目ですね」

 三本の指を立てるカゲツネへと、エステルは振り返る。

「先日、別のハンターズが洞窟の再調査で発見しました。洞窟にも同じ物が」

 つまり、謎の紋様が刻まれた、鉱物とも木材ともしれぬ何かで造られた柱状のモニュメントは、目の前にそびえ立っている物で三本目。今までラグオルの謎を追う、その道程の全てにおかれていることになる。
 改めてエステルは、自身で楔だと訳もなく断じたモニュメントに向き直った。
 パイオニア1も研究の対象としてたのか、あちこちに取り付けられた計器の類はまだ新しい。電源は生きている。つまり――

「パイオニア1がこのモニュメントに手をつけたのは、つい最近」
「みてぇだな。謎の大失踪の直前ってとこか、それとも」
「バッテリーの消費量からみて、数ヶ月前かと……しかし、随分と近いです」

 カゲツネが巨体で器用にモニュメントの周りを一周する。森にあったものと寸分違わず、恐らく洞窟の物とも一緒だろう。それを確認しただけで、チーム随一の頭脳はキュインと頷いた。無造作に触れて撫で、ヨラシムも難しそうな顔をしている。

「逆に考えられないかしら?」

 エステルは地図を更新して、今日はここまでとデータを上書きしながら呟く。

「行く道の先々に置かれているのではなく」
「こいつを追って道が造られている……森、洞窟、そして坑道」
「そう考えた方が辻褄は合いますが、その意味が解りません。このモニュメントの意味が」

 だが、少なくともパイオニア1は何かしらの意味を見出していた。だからこそ、貯水池を偽って集積所を作り、そこから続く洞窟を経て、ここに巨大な坑道を構築したのだ。そして、今や狂った機械の跳梁する迷宮と化したこの坑道は、まだまだ先に謎を秘めている。

「ヨラシム、アンタは」
「解んねぇよ、俺ぁ。頭より身体を使う人間なんでね。だろ?」
「うん、そうだった。まあ、形式的なもんだと思って。で、カゲツネ」
「ええ、間違いありません。パイオニア1の一連の行動に、これは深く関係しています」

 仲間の見解に同意しつつ、思わずエステルは求めそうになった。若くて無知で、未熟で無邪気な意見を。危く名を呼びかけて、浮かんだ言葉を飲み込む。
 重傷だと思った。
 それでも、致命傷ではないと心に結んで、それを気取られないようにエステルはリューカーを実行する。今日もまた、最後にくぐる光の門は、気安く心許せる男を二人だけ引き連れるしかない。

「さって、と……上がりだ、上がり! 結構進んだよな、坑道もよ」
「今日はデートに遅れずに済みそうですね」
「おうおう、お盛んなことで」
「いえいえ、チームの欠員を埋めるという目的も兼ねてますから」
「……腕もそうだが、可愛い娘を頼むぜ」
「ご安心を、あなたと女性の趣味に関しては、私は共有できる価値観が多いかと」

 二人が揃ってじとりと見詰めてくるので、気まずい咳払いを一つ。
 そうしてエステルは、去り際にもう一度だけモニュメントを振り返る。やはり、楔なのだと直感が注げていた。何を穿っているのか、それは解らないが……インスピレーションがそう名付けた。だから彼女の中で、そびえ立つ未知の物体は楔。それが何を意味するのか、今は解らないが。

「……カゲツネ、洞窟の楔……モニュメント、写真は手に入る?」
「ええ、今すぐにでも表示できますが。ああ、紋様ですか」
「そ。森の奴と違うよね、これ。洞窟の奴もきっと違うんじゃない」
「今、確認しました。これはどうやら、三種とも違うみたいですね」

 リューカーに飛び込みかけたカゲツネが、咄嗟に踵を返してモニュメントに触れる。その長身が手をかざして、やっと届く高さにそれは刻まれていた。何かしらの法則性を伴った、術式を思わせる紋様。円を描くそれは、森で蔦の奥に隠れたものとはパターンが違っていた。

「後続がも少しマシな解析ツールを持ってくれば……あるいは」
「あるいは、連中は……パイオニア1はもう、解析し終えたのかもな」

 ヨラシムの言葉に、エステルは肯定の意を返す。
 そうして三者が三様に、黙って見つめる中……モニュメントは、楔は静かにラグオルの地の底を穿っていた。その下にまるで、何かを押さえつけるように。

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