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 洞窟の奥深くへと、ヨラシムは駆ける。
 その手には、血に濡れたソードがフォトンの唸りを上げていた。それが渇く間もなく、振り上げられる。目の前にまた、敵が……討つべき悪とヨラシムが感じる、敵意があるから。

「チィ、トンズラーをやったのは貴様かっ!」

 ヨラシムは雄叫びで応えた。
 気勢を叫んで身を躍らせ、かざした大剣へと躍動する筋力が伝わる。漲る氣の力に合一したフォトンが、一際眩く輝いた。そのまま相手のライフルを容易く溶断するや、ヨラシムはすっと吐いた息を止める。そのままニノ太刀を翻し、逆袈裟でトドメの一撃。
 短い悲鳴と共に、相手は崩れ落ちた。
 先程に続いて二人目、ヨラシムは容赦なく立ち塞がる敵を打ち倒した。
 その命を奪い、殺した。

「奴は……奴ぁどこだ!? くそっ、雑魚にゃ用はねぇ……奴はどこだぁぁぁぁっ!」

 彼を知る者が見れば、誰もが一様にらしくないと零すだろう。
 実際、ヨラシムは平静さを失っていた。友の仇を求めて今、凶刃を手に洞窟を彷徨う。ハンターズの矜持も今は、彼の身から消え失せていた。ただあるのは、煮え滾る憎悪。友の命とも言える、ハンターズとしての人生を奪った、仇敵を貪欲に求めて目を血走らせる。
 その瞳は眼前の死体を一瞥するや、次なる獲物……真に倒すべき敵を求めて輝いた。
 そんなヨラシムの耳朶を打つ声。

「き、貴様っ、アナじゃないな! 貴様は……グアッ!?」

 無意識に体は動いた。まるで本能の様に、滾る血潮が四肢を動かす。ヨラシムは自然と、声のする方へと走っていた。ゲートを通過し、今やハンターズにとっては庭ともなった洞窟内を馳せる。居並ぶアルダービーストを無視し、遮るものは全て斬り伏せて。そうしてヨラシムは、復讐の瞬間へ向かった。

「あっ、ヨラシムさん」

 不意に視界が開けて、洞窟内でも広いフロアへとヨラシムは転がり込む。油断なくソードを構えながら、高い天井の下を、地を這う影の様に声の主へと近付く。その異様な殺気に、クエストの依頼主は……クロエは身を強張らせた。
 それに構わずヨラシムは、クロエの足元に転がる男達へ手を伸べた。

「ヨラシムさんのお陰で、こうして無事ブラックペーパーを――」
「丁度いい、吐けよ……あの男はどこだっ! ええ? おい、吐けよ……ブッ殺されてぇか!」

 ヨラシムは片手で軽々と、拘束された男を吊るし上げる。
 その余りに以前とは豹変してしまった態度に、傍らのクロエが息を飲んだ。しかし構わず、ヨラシムは容赦なく襟首を絞る手に力を込める。

「ヨラシムさん? ヨラシムさんっ! 落ち着いてください、どうしたんですか!」
「あ? あ、ああ……俺ぁ、その、あれだ……」

 事件の黒幕を絞首刑にする、ヨラシムの左腕にクロエが抱き付いて来た。それでやっと、ヨラシムは頭に昇った血を冷やす。我に返れば目の前に、怯えきった男の泣き顔があった。
 今日のクエストの目的は、謎のハンターズ失踪事件の黒幕……ブラックペーパーを抑えること。
 ヨラシムにはこのブラックペーパーという名は、特別な意味があったから。だから、クロエから突然の依頼をBEEシステムで受けた瞬間から、思考が停止して感情が爆発した。
 先日協力すると約束したにも関わらず、大人としての判断を放棄してしまった。
 核心へと迫ったクロエの言葉が、ヨラシムを獣へと変えていた。今の今まで。

「わ、悪ぃ、とりあえず……その、あれだ」
「はい。これで事件は解決に向かうと思います。あのっ、他の方は」

 解放されて咽ながら、呼吸を貪る男の背をクロエが摩る。そうして問うてくる瞳に、ヨラシムは答を告げられずに目を逸らした。真っ当なハンターズとして、己を律して生きてきたという誇りが、今は後ろめたさを引きずっている。
 全て斬り殺したなどとは、言えなかった。
 例えそれが、暴走した自分の結果でも。

「か、片付けちまった。奴等は、俺にとって……いや、馬鹿をやっちまった。俺もガキだな」

 不意に脳裏を、友人の息子が過ぎる。既にもう、ハンターズとしてはおろか、一人の人間としても重い障害を背負って生きる友。その意を継いだかのように、ハンターズという世界に飛び込んできた少年。
 ザナード=ラーカイナの面影が今は、自分に重なる気がしてヨラシムは唇を噛む。
 大人であるということを自分に命ずるには、余りにもヨラシムの血潮は熱過ぎた。

「ヨラシムさん……」
「連中は、仇なんだよ。俺の、ダチのよ。そらぁ、ハンターズは殺しはやらねぇ。でもよ……」
「ヨラシムさん」
「でもよ、つい……あれだな、大口叩いておいてよ、結局俺ぁ――」

 ボリボリと髪をかきむしる、ヨラシムの言い訳が遮られた。
 クロエが人差し指を立てて、それを唇へと押し当ててくる。背伸びして。

「ヨラシムさん。私、嬉しかったんです。ヨラシムさんが助けるって言ってくれて」
「そらぁ……子供が、そんなに何でも、背負うもんじゃねぇ、から、よ」
「それでも、嬉しかったんです。だって、こんな得にもならないクエストを」
「俺ぁハンターズだ。同業者が失踪しっぱなしで、それを放っておくなんて」

 自分で言ってみて、虚しさがこだまするのをヨラシムは痛感した。
 今の自分は、ただの憎悪に身を焦がす人殺しだと、血に濡れた大剣が無言で告げてくる。
 それでも、クロエはその血糊を拭うように言葉を重ねた。

「ヨラシムさんに何があったか、私聞きません。だって、ヨラシムさんが私のこと聞かないから」

 それがまた嬉しいのだと一言呟き、クロエは語り出した。
 クロエは、そして双子の姉のアナは孤児だった。しかも、寿命の安定しない作られた種族……ニューマンの孤児。世間はそんな二人に冷たく、世界の闇は冷酷に忍び寄った。先日のアナを利用したのも、そこにつけこんでのことだった。

「ヨラシムさんはでも、私を……私達を助けてくれた。……駄目ですか?」
「な、何がだ? 俺ぁ」
「それだけの理由で、ヨラシムさんを許しちゃ、駄目ですか? 私じゃ、駄目ですか?」

 クロエが身を寄せ、荒ぶり熱するヨラシムの体に密着してくる。凍れる殺意に満ちた熱が引き、炭火のような暖かさがヨラシムへと浸透していった。
 気付けば剣を手放し、ヨラシムは抱きついてくるクロエを抱き返しそうになり……震えて閉じられようとする手に自制を促す。そのままそっと、華奢な両肩を掴んで、優しく引き剥がす。

「駄目だね……そう簡単に許しちゃいけねぇ。人の命を奪うってなぁ、許しちゃいけねぇ」
「ヨラシムさん。でも」
「駄目だ、例え命が残されようとも……その人生を奪った奴を、俺は許せねぇからよ」

 友の未来を閉ざした者を、ヨラシムは許さない。
 同時に、その者の未来を奪う自分もまた、許す気はなかった。その為に立ち塞がる障害を排除する、それを厭わぬ自分を許せない。許してはいけない。

「へへっ、いい気なもんだぜ……お前等、ここまでやって、ただで済むと思うなよ」

 不意に、転がる男が不敵な笑みで身を起こした。両手を背中に縛られながらも、その表情にはあざけりがありありと浮かぶ。まるで、死にゆくものを哀れむように。
 クロエから離れると、今度は落ち着いてヨラシムが問い質す。

「もとよりブラックペーパーに手を出して、ただで済むと思っちゃいねぇよ」
「だろうぉな! 手前ぇ等、まとめてみんな旦那の餌食だ」
「そう、その旦那とか言う奴だ……妖しげな鎌を持った、ヒューキャスト。吐けよ、奴はどこだ?」
「貴様の、背中だ。組織に刃向う、愚か者の……背中に、常に。黒い猟犬は、そこに、いる」

 それだけ言い残して、不意に男が白目をむいた。慌てて駆け寄るヨラシムの腕の中で、またも一つの命が散る。
 服毒による自殺だった。

「くそっ! 手掛かりが……消えちまった連中の居場所も! 畜生っ!」

 今はもう調査が終わり、ハンターズ達が日々の糧を稼ぐ場へとなった洞窟。その最深部に、虚しくヨラシムの怒声が反響した。

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