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 凍てつく空気の充満する闇。
 低い唸り声をあげて周囲のモニターに明かりが灯り、システムが立ち上がる。坑道と呼ばれる魔窟の最深部で今、何かがエステルとバーニィを出迎えた。無論、歓迎の意思は感じられない……代って肌を刺すのは、殺気漲る確かな敵意。

「ここは? 行き止まり、って訳には見えないけど。それより」
「エステル、俺達ぁ今、目の前にしてるのさ。この坑道を統べるモノ……三賢者の一人を」

 照明が灯り、明滅を繰り返すモニター群に数列が雪崩と走る。それらは不規則に点滅を繰り返しながら、ぐるりと二人を取り囲んだ。

「三賢者の一人……そう、これが――」
「ボル=オプト。この場所を管理し、この先を解析するべく持ち込まれた超大規模演算装置」

 知識でしか知らぬ単語を、エステルの言葉尻を拾って告げる声が響いた。
 振り向けばそこに、一人の少女が立ち尽くしている。左右に厳つい屈強なレイキャストを従えて。エステルは思わず息を飲み、吐き出すのも忘れて驚きに眼を見張った。
 死別したと思っていた仲間が今、同じ姿の強面と一緒に、少女を挟んでいた。

「はじめまして、エステル=ロトフィーユ。流石に仕事が早いですね」
「こちらこそ、はじめまして。まずは再会を喜んでいいかしら? カレン=グラハート」

 傍らのバーニィが茶化すように口笛を吹く。それに構わず、エステルは容姿違わぬ二体のレイキャストの、その片方を……同じく作られていても見間違えようがない、馴染みの仲間に向き直った。

「カゲツネ、連絡くらいくれたらどう? 何人の女を泣かせたと思ってるの?」
「これは失礼を、エステル。しかし今、私にはかつて交わした誓いがあるのです」
「戦友の絆って奴? いいわ、別に。そんなアンタ、アタシ嫌いじゃないし」
「その点は心配してませんでした。寧ろ他のご婦人方になんと言い訳したことか」

 カゲツネは今、ライフルを肩に担いで身も心もゆるめて開く。そうしてエステルに、普段と変わらぬ軽口を叩いて安心を与えてくれた。
 生きていた……異形のアルダービーストに単身挑み、おせっかいな遺言をヨラシムに残して散ったと思われていたが。現に今、カゲツネは生きている。ただ違うのは、立場が以前とことなること。

「カゲツネは私と共に、御嬢様をお守りします。共に誓ったのです……必ず、守ると」
「ハン、子供の御守をする訳だ。いいんじゃない? カゲツネ、アンタが自分で選ぶならね」

 カゲツネと同じ姿のレイキャストが、突き放すようにエステルへと言い放った。
 今やエステルのチームは、文字通り四散していた。未熟者のザナードを追い出し、死別したと思っていたカゲツネは嘗ての仲間の元へ。ヨラシムは宿敵を求める余り、連絡一つよこさない。
 それでもエステルはまだ、自分のチームのリーダーだった。そして自分のチームとは、未熟で無謀なフォーマーと、ナンパで冷静沈着なレイキャスト、更には頼れるヒューマーしかいない。解けて散らばった破片は、いつかは再びカチリとかみ合う。その確信がある内は、仲間の意思を黙って受け入れる。

「このボル=オプトが、先に……遺跡に通じるただ一つの鍵。譲れません」
「アタシは別に、競争しているつもりはないんだけど? お嬢ちゃん」

 カレンの表情は慄然として張り詰め、その凛とした趣には悲壮感すら漂う。年端もいかぬ少女を、何がそうまでして駆り立てるのだろうか。それは本人の口から語られた。

「今、パイオニア2は英雄を必要としています。そして英雄は、一人でいい」

 パイオニア2は混乱の渦中にあった。総督府の情報統制は不安をあおり、カレンの行動が希望を植えつけている。彼女は正しく、英雄たらんとしてラグオルの地を駆けているのだ。あたかも、先を征くレッドリング・リコのように。

「そう。アンタが英雄なら、カゲツネは……仲間達は何かしら?」
「同志です。私が父の真意を暴き、この異変を治める。その為に力を貸してくれる、同志」
「ふぅん、そ。借りるだけだってさ、カゲツネ。アタシは違うけどな」

 次第に警戒レベルが上がり、セキュリティが起動しはじめる部屋の中心で。エステルは真っ直ぐカレンを見詰め、その隣に身を強張らせるカゲツネに語り掛けた。

「アタシは借りない。全部貰う。与える代わりに全部。アタシは一人で英雄になる気、ないもの」

 傍らでバーニィが、肩を竦めつつ苦笑を零した。
 構わずエステルは言の葉を紡ぐ。

「カゲツネ、英雄は一人じゃない。アタシもアンタも英雄じゃない。そう、ただの――」

 ただのハンターズで結構、充分だと吐き捨てる。同時にエステルはロッドを振りかざし、漲る精神力を束ねて集中した。それはカレンが、その左右で鋼鉄の守護神が銃を構えるのと同時。無論、その先を制してバーニィが自慢の大砲を周囲に向ける。

《シンニュウシャ、ハイジョ。ケイカイレベルMAX……セキュリティ、キドウ》

 不意に周囲のモニターが真っ赤に染まった。その中を、ボル=オプトの人格イメージが過ぎる。
 ボル=オプトはパイオニア1に積まれた、三つのスーパーコンピューターだった。三位一体、互いに互いを補完する形で連動して動く、フォトン科学文明最高峰の技術で作られた人類の英知。しかし今、それは未知の脅威を秘めて、エステル達に牙を向く。
 五人はそれぞれ互いに無言で目配せして、視線で阿吽の呼吸を取った。
 エステルもカレンも、いざ戦闘となれば互いのかみ合わない主張を保留していられる。

「さて、カレンちゃん! 親父さんに伝言はないかい? ……遺言になるかもしれないしよ!」
「貴方は確か、バーニィさんと仰いましたか。やはり、父の命で動いているのですね」
「まあ、な。カレンちゃんの言う通り、世界は英雄を欲している……そして」

 言葉を遮るように、バーニィのフレイムビジットが火を吹いた。モニターの一面が弾けて砕け散り、同時に床からセキュリティアームが屹立する。それは相互にリンクして電撃を発し、慌ててレジストする五人を容赦なく撃つ。
 カゲツネに瓜二つのキャストに守られ、その背にスターアトマイザーを振り撒きながら、カレンは平静に、しかし静かに燃える決意を吼えた。

「父の用意する英雄は、人の道を外れています! 私が……私が、皆を支える英雄にならねば!」
「いいねぇ、若さってよ。そのまま伝えるぜ? それでもう、親父さんも手加減をやめるだろうさ」

 エステルのあずかり知らぬところで、陰謀が渦巻き策謀が張り巡らされている。
 しかし構わない、意に返さない。エステルがやるべきことは一つ、それは初めてラグオルの地を踏んだ時から変わってはいないから。まだ四人で肩を並べていた、あの日のままだから。

「アンタ等は勝手にすればいいっ! でもカゲツネ、アンタは? どうすんのさ、先生」
「私は……守ると誓った絆が」
「ならいいけどね。アンタの道を、胸張っていきなよ。アタシもそうする。だからっ!」

 精神集中、感応する力が集束してゆく。エステルはロッドを翳すなり、脳裏に走る雑多な術式を拾い上げた。素早く組み立て、それは声となって喉から迸る。最後に残ったモニターへと、逃げるように映りこむボル=オプトのイメージ……そこへ向けて今、ありったけの力を解放するエステル。
 周囲の水分が凍結して凝固し、結晶となってダイヤモンドダストが舞う。
 エステルのラバータが炸裂するなり、ブル=オプトは幾重にも火球を爆ぜさせながら沈黙した。
 しかしそれは、最終防衛システムの起動を促す呼び水に過ぎなかった。

《ケイコクシマス。ケイコク……サイシュウセンメツシステム、キドウ》

 火の海と化した部屋の中央に、高い天井より何かが降りてくる。それを見上げるエステルの身を、無数のコードが鞭と襲った。それは激しく華奢な身体を打ちすえ、同時に触手のように絡み付いてくる。周囲を見渡せば、他の四人も同様に縛り上げられていた。
 そうしてエステルは、目の前に鋼鉄の機械神を出迎えた。

「そういう趣味はないんだけど……上等っ!」

 大の字に宙に吊るされ、硬質のコードが幾重にも絡み付いてくる。それはエステルの起伏を締め上げながら、周囲に噛み殺した悲鳴の四重奏を響かせた。
 その悲痛な声を遮り、携帯端末が鳴る。
 着信音は、決別して久しい、無視し続けているあの男。クラインポケットの中で携帯端末は、勝手に留守録に切り替わった。聞きたくもない声が、以前と変わらぬ言葉で強請ってくる。

《エステル、ラグオルはどうだい……坑道は、その奥には。君ならいけると信じてるよ》

 上辺だけの飾った言葉が、神経を逆撫でした。それが怒りへ憤怒を着火させ、エステルはありったけの精神力を振り絞る。しかし、体の自由を奪われ印が結べない。ロッドを握る手の感覚が薄れてゆく。
 すぐ近くに、同じく吊るされながらも絶望せず敵を睨む、カレンの横顔をみながら。エステルは信じられない声が近付いて来るのを聞いた。それは転がり込むように修羅場と化した室内に転がり込んで来た。

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