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 エステルが新しい携帯端末を買い求めて、まず真っ先にしたことは、とあるアドレスを着信拒否設定にすること。それをしている最中にも、買ったばかりでビニールを纏った端末は鳴り響いたが。次に彼女がしたことは、相変わらずのメールを無視して、ラグオルの大地に降り立つことだった。

「じゃあ、やっぱり例の柱が関係していたのね? 間違いない?」
《ほぼ確定でしょう。先ほどザナード君が触れた瞬間、突如光りはじめたのですから》

 森を疾駆するエステルの手で、カゲツネの声が鮮明に響く。感度良好、新品の携帯端末は今までと変わらず、所有者に有益な情報をもたらしてくれる。連携して洞窟や坑道に散らばる、仲間達とを繋げてくれる。
 エステルは通話を続けながら、今や新米ハンターズの登竜門になりつつある森を駆け抜けた。
 途中、何度か調査中のチームと擦れ違う。が、ここは既にあらかた調査の終えたラグオルの森。大半の人間は新人の育成や鍛錬、もしくはパイオニア1の残したお宝探しという連中だった。

「調査し終えたと思えばこれだ。やっぱり、あの柱っ!」

 以前、森に秘された貯水池で見つけた、柱状のモニュメント。洞窟や坑道にも同様のものがあったが、あれはやはり地下に眠る遺跡と関係があったのだ。レッドリング・リコがメッセージカプセルに残した通り、あのモニュメントこそが閉ざされた扉を開く鍵。
 行き止まりを前に、そのリコ本人の姿がないことが、何よりも雄弁にエステルへと語っていた。取るべき道は一つ、再び閉ざされ次なる者を……リコに続く者を待つ。
 エステルは行きがけの駄賃とばかりにネイティブエネミーを屠り焼き散らして、転がるようにモニュメントのある区画へ駆け込んだ。
 先客がいた。

「おや、貴女は先日の」

 チームの仲間であるカゲツネと、全く同じ容姿のレイキャスト。その厳つい巨体を揺すりながら、彼は軽快な駆動音とともに振り向いた。名はギリアム、例の小娘……カレン=グラハートのお目付け役である。
 思わず零れる舌打を、エステルは隠そうともしない。

「貴女達のおかげで手間が省けました。私達はただ、こうして待ってるだけでいい」
「それはどうも。人が手分けしてアチコチ駆け回ってるってのに――」
「全ては大儀の為、大事の前の小事ですよ。ご協力には感謝しますがね」
「……アンタ、カゲツネそっくりだと思ってたけど、撤回するわ」

 エステルの友人はこんなにも、割り切った人の使い方をしない。まして女性が相手ともなれば、過剰に気を遣うのをよしとする男だ。それが美徳で誇りで、楽しみですらあると豪語する……一人の人間だ。だが、目の前にいるギリアムは違う。英雄を目指す少女の、忠実なしもべにして人形。まるで太古の昔のアンドロイドだ。

「カゲツネとは同じロッド、同じファクトリーの製品ですが」
「そういう物言いが違うって言ってるの。何? またあの小娘の使いっ走り? お守も大変ね」
「……御嬢様を侮辱することは、この私が許しません」
「あら、ごめんなさい。アタシ、育ちが悪いものだから」

 黙る代わりに肩を震わせる、ギリアムに一瞥くれてエステルは歩き出す。なんの躊躇もなく、モニュメントへ。
 遺跡への扉を閉ざす三つの鍵……その一つが今、全身を蔦に覆われ天へと屹立していた。
 さて、と鼻から息を零して相対し、どうしたものかと腰に手を置くエステル。はたして彼女の仲間は坑道で、どうやってこの鍵とやらを使ってみせたのか。ザナード少年は何をやらかしたのか。
 その答がクラインポケットの中で鳴った。

「もしもし? ああ、ヨラシム。洞窟は?」
《おう、こっちも何か光り出してよ。周りの連中ビックリしちまったぜ》
「……どうやったのかな」
《知るかい、こっちが聞きたいくらいだ》

 ちらり横目でギリアムを気にしつつ、エステルは両の手で携帯端末を耳に当てる。彼女の元恋人は今はもう、普段と変わらぬ頼もしさでぶっきらぼうに言葉を続けた。その内容を解するところの、手持ちのツールではやはり文字らしき紋様の解読は出来ず、どうしたものかと触れたら光り出した……
 一言でいってデタラメである。
 しかしエステルは、恐らくザナード少年も同様のケースだと妙な確信を得ていた。寧ろ、真っ先にベタベタと触ってみたのではないだろうか? あの好奇心と探究心が強い彼のことだ、恐らくそうだろう。エステルには今、嫌に鮮明にその光景が想像できる。

「そんな、触れただけって言っても――!」

 呆れ半分でしかし、まさかと苦笑してエステルは手を伸べる。
 触れた瞬間、天へと光が迸った。

「っ! やだ、ホントに触っただけで……何? 何が条件になってるの?」
「恐らく、遺跡への扉に辿り着いた者だけが、古の封印へ触れられるのでしょう」

 ギリアムはただ淡々と、眩い光を見上げながら自身の携帯端末を取り出した。その先にいるのが誰か、呆然とするエステルでも容易に知り得る。

「御嬢様、全て終わりました……はい、それでは合流して突入しましょう」
《先行します。ギリアム、貴方は後からついてきなさい》
「御嬢様? 強行はいけません、私を待って……御嬢様!」

 傍らのエステルにも聞こえるくらい、回線の向こう側で声は澄み渡っていた。背景に滲む唸り声は、あの遺跡の入口……胎動にも似た音を刻む、深遠へいたる唯一の道。
 そこからの通話が一方的に切れて、ギリアムが焦る気配をエステルは察した。

「ふーん、随分手を焼いてるじゃない」
「……貴女には言われたくありませんね、ロトフィーユ女史」

 平静を取り繕いつつ、ギリアムが早々に歩き出す。轟音を響かせ煌々と灯るモニュメントを振り返りながら、エステルも所在無げに後を追った。同行する理由がある訳ではないが、この第207貯水池から戻る道は限られている。自然と道連れという形になった。

「貴女のチームにもいるでしょう。御嬢様と比べるのも不本意ですが、問題児が」
「ザナード君のこと? ああ、そっか。問題児か……なるほど、たしかにね」
「貴女がそうであるように、私が御嬢様に尽くすのは当然のことなのです」

 本来ならカゲツネも、と付け足し、ギリアムは足早にテレポーターへと急ぐ。その大きな背中を追いながら、エステルはフンと鼻を鳴らして追い越した。

「不本意はこっちの台詞、一緒にしないでくれる?」
「勿論、一緒になど。御嬢様はあの少年とは比べるべくも――」
「アタシとアンタを一緒にするな、って言ってるの」
「私と、貴女、ですか?」

 エステルは心外だった。
 何故なら、ザナードは彼女にとって過保護の対象でもないし、尊び祭り上げる対象でもない。ただ並び立つ仲間……故に必要があれば突き放すし、必要と認めて求め迎える。そうして再び四人で一つになった今、ようやく遺跡への道が開かれたのだ。そんな折に、自称英雄の御嬢様と仲間を一緒にされるのも迷惑だし、そのお守でしかないロボットと自分が同列に扱われるのも些か腹が立つ。

「言えた義理じゃないけどね、ええと……」
「ギリアムです、形式番号は――」
「あ、いや、いい。それよりギリアム、アンタ……ちゃんとお嬢ちゃんと話してる?」
「毎日ちゃんと、定時連絡を欠かしたことはありませんが」

 確か、同じロッドで、同じファクトリーだと言ってたが。とすればキャストというものは、非常に個体差が激しい人種のようだとエステルは思った。カゲツネを思い出せば、環境の違いが人格に及ぼす影響の大きさに、内心溜息を零す他ない。

「それは話しているとは言わないわ。御節介だけど、ちゃんと話しなさい、よっ、と」

 付き合うのはここまで。エステルはわざわざ、テレポーターまで歩かなくてもいい理由を思い出した。携帯端末で仲間を呼び出し、同時に翳した片手で印を結ぶ。

《もしもし……ああ、先輩っ! 今、柱がごわーって、こう、触ったらぐわー、って》
「はいはい、後でゆっくり聞くから。それより、そっち坑道でしょ?」
《はいっ! これから遺跡の入口に向かうところです》
「オッケェ、リューカーよろしく。言ってる意味は解るわね? パイオニア2経由で合流」
《師匠は……》
「今頃パイオニア2でリューカー待ちよ。ベテランでしょ、お師匠さんは」

 元気のいい返事と共に、少年の背後にリューカーが起動する音を聞く。それはエステルがリューカーを実行したのと同時だった。
 通話を切るなり、出現した光の柱へ飛び込みかけて、エステルはギリアムを振り返る。

「あのお嬢ちゃんに伝えて頂戴。英雄になりたきゃご自由に、ってね」

 一人で英雄にでも何にでもなればいい。そのときエステルは心底そう思った。多少はお目付け役に同情もするが、その関係性を崩せない限り、英雄になんてなれはしない。
 半端な覚悟と気持ちでは、英雄にはなれない。
 例えば英雄……そう、リコ=タイレルは独りだった。仲間もなく、しもべもなく、ただ独りで進み続けた。そして今も。それを人が英雄と歌うなら、エステルは英雄でなくていい。あの少女が英雄を目指すなら、好きにすればいい。

「アタシは四人で、ただハンターズとして進む。先に何があるかは、二の次よ」
「それは……どうして」
「お仕事だから。これで稼いでるの、プロなの。解る?」

 ラグオルの大異変も、パイオニア2移民の悲劇も、全ては己の飯の種……そう開き直る強かさが、エステルをたゆたう光へと躍らせた。残されたギリアムの、伸べる手をすり抜けるように。問おうとしては飲み込んでいるであろう、言葉の数々を置き去りにして。
 この日、遺跡への道が開かれた。カレン=グラハートを先頭に、数々の者達が踏み込んだ、その先は……この世のあらゆる地獄を持ち寄っても足りぬ、恐るべき闇の淵だった。

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