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 異文明の封印、その向こう側は瘴気が澱んでいた。正しく瘴気としか形容しえぬ、時間の堆積した空気は、焼けるように冷たく、凍えるように熱い。
 遺跡と呼ばれるエリアに足を踏み入れ、エステルは仲間達と顔を見合わせた。誰かがゴクリと息を飲む、その音が嫌に耳に残る。周囲では別のチームも、一種異様な雰囲気にたたらを踏んでいた。

「エステル、こいつぁ……」
「異常フォトンの濃度が尋常ではありませんね」

 ヨラシムやカゲツネでさえ、面にこそ不安を出さないが、今日はいつにも増して慎重に調査の準備に余念がない。互いに武器をチェックし、アイテムを整理して遺跡探査に備える。そんな二人の間で、ザナードだけが静かに呆然と立ち尽くしていた。
 こんな時は真っ先に騒ぐザナードが、今日は言葉を失ったままで。それがエステルには、少しだけ気がかりではあった。もっとも、声を掛ける前に彼は思い出したように、師匠や先生に習って準備をはじめたが。
 勿論エステルも、クラインポケットに常備してある薬品類を、いつでも使えるようにソートする。

「おう、どうしたザナード? お前、びびってんのか? 今日は静かじゃねぇか」
「この危険度がわかるなら、大したものです。今日はより慎重にいきましょう」
「は、はいっ! でも、さっきから何か……こう、具合が……僕だけ、ですか?」

 体調の不良を訴えるザナードに、心の中で頷くエステル。彼だけではない、その左右の二人も、恐らく周囲のハンターズも……勿論エステル自身も。嘔吐感、耳鳴り、頭痛、悪寒。ありとあらゆる不快な症状が、心身に浸透してくる。それは絶え間なく、エステルを苛んだ。

「このフォトン……魔素とでも言えばいいのかしら?」
「よく言われる瘴気というのは、このような空気を言うのでしょう」
「カーッ! たまんねぇな、おい? どうする、進むのか?」

 ヨラシムに問われるまでもない。周囲のチームが散発的に向かう、遺跡の奥へ……ラグオルの真実へと、エステルは姿なき道標を見定めた。無言で頷けば、誰もが並んで身構える。

「ヨラシム、フルイドお願いしたけど……OK?」
「そりゃもう、俺っちのメイトを持ってもらうんだ、それくらいはいつもの手並みよ」

 ハンターズが携行できるアイテムには、数に限りがあったが……チームを組めば自然と、その数は人数に比例して増える。フォースにとって仲間は、頼れる前衛であると同時に、もしもの時のフルイド補給役でもあった。だから、レスタの届かぬ場所で戦う事態に備えて、エステル自身も仲間の分までメイトを持つ。

「カゲツネはいつも通り先に立って。トラップの処理、よろしく」
「おまかせを……と、言いたいところですが、異文明の罠が果たして私に見破れるか」
「気構えないで。ようはセオリー通りに行こうって話」
「そういうことでしたら」

 キャストには、コンシールされたトラップの類が全て見える。その処理はカゲツネのいつもの仕事だった。レンジャーでありながら先頭に立ち、安全を確認して橋頭堡を確保。接敵時は瞬時に立ち位置をヨラシムとスイッチするのが、いつものチームの進み方だった。
 異様な雰囲気に物怖じせず、いつもの気安さでヨラシムにカゲツネが並び、一歩前を進み出す。続くヨラシムを追いかけながら、エステルは最後にザナードを振り返った。

「ザナード君は、解ってるわね?」
「あ、はい……今日はもう、ううん、これからずっと。無茶はしません」
「うん。アタシも今日は手一杯になると思うから、状況見て自分で判断して」
「わかりました、先輩っ! ポジションももう、実は考えてるんです」

 僅かに表情を明るく灯して、ザナードはヨラシムとカゲツネの斜め後についた。丁度二人で、三角形を描く、その一点は本来はエステルの立ち位置。今までその外にいたザナードが、今日は率先して列に連なる。

「僕が師匠と先生の撃ち漏らしを片付けます。先輩は――」
「ハッ! 言うようになったじゃねぇか」
「補助テクニックを切らさないようにお願いしますよ。頼りにしてますので」
「はいっ! だから先輩は遠慮なく、最後尾で長い詠唱のテクニックをバンバン使って下さい!」

 思わず小さな身を仰け反らせて、僅かにエステルははなじろんだ。あのザナードが正しく、ヨラシムが笑う通り、言うようになった。ガムシャラに突っ走るでもなく、萎縮して遠慮するでもなく、進んでチームの一員として機能しようとしている。
 いい傾向だが一つ、エステルはフンと笑って最後尾に立った。肩越しに振り返る仲間達を見渡し、ロッドを強く握ってゆく道を指す。

「あのね、ザナード君。アタシがそんな、もたもた詠唱するレベルだと思う?」

 フォースのテクニックは、高レベルの物ほど詠唱も短くなる。広域広範囲の殲滅用テクニックでさえ、エステルのレベルになれば、ものの数秒と掛らない。同じ物をザナードなら、軽く数倍の時間を有するだろう。それでも、僅か数秒の差……その差が時として、鉄火場では生死を別つ。
 エステルはことフォースとしての自分には、絶対の自信があった。
 嬉しそうにブンブン首を横に振るザナードを前に、よろしいとにんまり笑って見せる。

「それじゃ、ま……大人の突っ走り方ってのを、見せてあげる」
「いいねぇ! 今日は初っ端から全開で行くぜっ!」
「はいっ! 進みましょう……遺跡の奥へ!」
「――いや、その前に……どうも、面倒事のようですが」

 気炎をあげるヨラシムとザナードは、揃って先頭を歩いていたカゲツネの背中に顔を埋めた。師弟そろって鼻をこすりながらも、巨体の影から前を窺う。どういう仕組みかは知らぬが、遺跡自体はまだ数々の機能が生きているらしく、扉が自動で開くなり……先ほど我先にと進んだハンターズ達が、悲鳴をあげながら引き返してきた。
 その背後に、鋭い殺気を連れながら。

「くそっ、やっぱりここにも沸きやがった! でも、こいつぁ」
「バッ、バケモノだ! 突然地面から沸いてきて……い、嫌だぁぁぁ!」
「あークソッ! 仲間がやられた! 二人もだ! みんな煙みたいに吸い込まれて……」

 誰もが口々に叫びながら、手に持つ武器にフォトンの唸りを響かせる。それを吸い込みゆらりと迫るは、一際濃い瘴気を引き連れた、異形の敵意。シルエットこそ四肢をもってはいるが、それは正しく邪悪な異形としか形容しがたい生き物だった。
 もし、それがイキモノと呼べるならば。
 敵意をもって金切り声を叫ぶ、それはこの世に生を受けたモノとは思えない……さながら、この遺跡の墓守か、それとも怨嗟と憎悪の具現化か。ただ言えるのは、現実世界に脅威として立ち塞がる、ハンターズの敵ということだけ。

「せ、せせせっ、先輩っ! あ、あれっ!」
「はいはい、いちいち驚かない。ヨラシム、カゲツネ? ちゃっちゃと片付けて進むわよ」
「うへぇ、アレとやんのかよ。っしゃ、とりあえず俺が打ち込んでみらぁ。カゲツネ!」
「了解、了解。出来るだけデータを取ってみましょう。何せ初対面ですから」

 うろたえるザナードの素直さが、かえってエステル達の緊張感を払拭していた。いつも通りの空気を引きつれ、逃げ惑うハンターズに逆行して新たなエネミーへと飛び込んでゆく。
 恐れを振り払うように雄叫びをあげるザナードの、その華奢な背中をエステルは視線で後押しした。
 こうして遺跡調査は、恐るべき異形のエネミー……後にD型亜生体と呼ばれるダークエネミーとの戦いではじまった。ダークエネミー達は次から次と沸いては現れ、エステル達の進む先を阻む。しかし立ち止まらぬ気概が、並居る敵を蹴散らし、その先へと気持ちを急かしていった。

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