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 依頼人の配偶者は、ハンターズ区画のショッピングモールにいた。依頼人のいう通り、熱心な目つきで武器を物色している。ここ最近はブランドやバスター等、フォトンランクの高い武器も並ぶようになり、武器屋前はそれなりに混雑していた。
 長身痩躯のフォーマーは、人の間をすり抜けながら、目的の人物に近付く。

「あぁ? うちのカカァに言われて来た?」

 目的の人物は挨拶もそこそこに、包帯塗れの赤髪を見上げる。親子程も歳の離れたハンターズを見れば、露骨に驕った態度が面に出るのも、無理からぬ話だ。実際、少年は背ばかりひょろりと高いだけの、怪我だらけで頼りなさげな印象がある。
 ザナード・ラーカイナはそれでも、丁寧な物腰で言葉を続けた。

「ですから、奥様からご依頼が。……聞けば、武器を頻繁にお買い替えとか?」
「おうよ! 高値で取引される武器ほど、強力なものであるからな」
「それは自明の理でもありますが。まいったな、ええと……取り合えず、どんな物を?」
「最近出回り始めたパープルフォトンの物じゃな! たとえばそう、これとかじゃ」
「あっ、バスターじゃないですか! いいなあ、僕でもマグがあれば起動できるかな」
「ふっふっふ、いいじゃろ? しかもボウズ、ここを見てみぃ」
「あっ、エクストラスイッチ! ってことは、触媒にエレメントが」
「値がはるだけあって、最高じゃぞい? このファイアバスターは」

 気付けばザナードは、渡された光剣の刃なき柄を、瞳を輝かせて握っていた。確かに高価な品だが、それだけの価値がある逸品とも言える。とりわけ、職業や種族を選ばない、セイバー系やハンドガン系の武器は人気が高かった。しかも、

「しかもじゃ、こいつは対D型亜生体属性が高い……補正値はなんと、45%じゃ!」
「よっ、よんじゅうごぱーせんと……それ、すっごいじゃないですか!」
「じゃろ? そうじゃろ? これを無駄遣いとは言わせんのじゃっ!」
「……はっ、しまった! つい相手の話術に。え、ええと」

 量販品とは思えぬ一振りを返しつつ、ザナードは途方に暮れた。
 この手の交渉を伴うクエストでは、何よりハンターズの本質が問われる。腕っ節だけの猪武者では、務まらないのがハンターズだ。ザナードに今求められているのは、師匠のような豪胆さと、先生のような繊細さ……何より、先輩のような明快さ。それらを併せ持つ、相手を完全論破できる論理だった。

「あのっ、買い替えもいいですけど、その、前の武器は」
「そんなもの、下取りに出したに決まっておろう! いいか、ボウズ」

 ずい、と背伸びして、男は眉根を寄せながら顔を険しく作った。迫力に気圧され、ザナードが怯んで身を僅かに反らす。

「ラグオルの怪異は、奥へ進むほど強さを増す。それはハンターズのボウズなら解るな?」
「は、はぁ……もっとも、その根源は先日――」
「遺跡ともなれば、D型亜生体は脅威じゃ! すなわち、その対策を怠れば」
「それは、確かに仰ることはごもっとも、です、けど」
「時代は今、D属性なんじゃあ! ワシもこいつで、あの遺跡へと」
「あ、ああ、そのことなんですけど……」

 ザナード達の、快挙とも言える冒険の結末は、まだ総督府に連絡されていなかった。
 何故なら、報告は"四人で"……ザナードが秘めた思いをまた、仲間も共有していたから。
 彼等の大事なチームリーダーは、あの日から眠り姫だ。今もメディカルセンターの一室で、呼吸はすれども意識は戻らず、鼓動刻めども沈黙に眠る。ダークファルスと呼ばれる千年紀の悪魔へ、その体内へと精神を取り込まれた彼女は、身体的には健康そのもの、軽傷だったが……あの日から一度も、目覚めることはなかった。

「その、もうD属性の武器は……というか、武器の需要自体、あまりなくなるかと」
「なっ、何を言うておるんじゃ!? ラグオルに移民するには、あの謎へ挑まねば……」
「ですから、ええと……」

 口ごもるザナードはその時、ハンターズ区画全域に響き渡る、公共放送を聴いた。それは音声のみだったが、一人の少女をザナードの中に想起させる。有名人……英雄と言って差し支えない人物の声に、浪費家の旦那も首を巡らせた。

『緊急放送をお伝えします。こちらはノル・リネイルと――』
『パイオニア2の皆様、カレン・グラハートです。今日は、大事な報告があります』

 放送の声は緊張していた。しかしまだ、英雄の声音を作っている。

『結論から申し上げます。危機は去りました……ラグオルは今後、慎重な調査の後に入植を』
『まっ、待ってください、カレン・グラハート。では、一連の事件は既に解決したと?』

 頷く気配が伝わり、ショッピングモール全体がにわかに慌しくなる。

『詳細は当事者が報告の後、総督府から通達があると思いますが……敵は去りました』
『敵? 敵と仰いますと……私達は害意ある何かに、その脅威に晒されていたのですか?』

 またも首肯が無言で、しかし確かに公共の電波で船団中に広がってゆく。

『私から言えることは一つだけ……事態の悪化は止まりました。今は、それしか』
『ええと、つまり端的に言えば、敵は既に何らかの形で倒されたと? そもそも、敵とは?』
『全ては総督府から……私は、英雄を演じた私には、結果を話す義務しかありません。しかし』
『しかし?』
『真に英雄であった者達の言葉が、総督府を、この船団を未来へと導くでしょう』

 厳粛な、同世代の少女とは思えぬ声が、ザナードの耳朶を打ち、鼓膜に浸透してゆく。
 呆気に取られるのは、何も彼だけではなかった。周囲は無言で、画像もないのに天を仰いでいた。勿論、今回のクエストに関わる、浪費家の男も。その手から、カランとバスターが転げ落ちる。

「敵が、もういないじゃと? ……そっ、そんな馬鹿な!?」
「それが、残念ながら。いえ、喜ばしいことだと思いませんか?」

 ザナードは落ちたバスターを拾い上げ、それを男に握らせ語る。

「もう、高属性の武器を求める必要なんてないんですよ。全ては終りましたから」
「そうね。そしてはじまるわ……ようやく、アタシ達の移民が、ハンターズの仕事がね」

 不意に、耳を懐かしい声が貫いた。それはザナードの感傷を擦過し、胸に熱い鼓動の高鳴りを呼ぶ。振り返ればそこに、右手をギブスで固定して首から下げた、彼の先輩が、大先輩が立っていた。

「……よっす、元気そうじゃない?」
「そ、それは僕の台詞で……あ、あっ、先輩? エステル先輩っ!」

 エステル・ロトフィーユだ。
 彼女は、身体のあちこちに痛々しい傷痕を残し、それを血の滲んだ純白で覆っていたが。何事もなかったように、ザナードへと歩んでくる。その足取りもしっかりしたもので、存在感は以前と変わらない。

「バスター? 買い替えもいいけど、そもそもハンターズでない人間に武器の良し悪しは無意味よ」

 エステルの声は普段通りに瑞々しく、その追及には容赦がない。

「なっ……小娘! 何を言ってるんじゃあ!」
「アンタの為に言ってるの。……それを振るうのは彼等、ハンターズの仕事よ」

 ドン、とザナードの胸を叩きながら、彼女は毅然と言い放った。

「ま、もっとも人の趣味に口出しはしないけど。趣味なら財布と相談して折り合いをつけることね」
「さ、財布……」
「そ。アンタの財布はだれ? 彼の、ザナード君の依頼人じゃないのかな?」

 図星のようで、がっくりと男はうなだれた。余りにも短絡で明快で、明朗とした論破だった。大人の常識を踏まえ、相手の良識に訴えかける最良の一言が浴びせられた。ザナードが言い澱む間に、あっさりとエステルはクエストを片付けてしまった。

「さて、その件はいいとして。ザナード君、いくわよ?」
「いくわよ、って先輩……あっ! そ、そうだ! 傷は!? あの、医者は精神汚染が――」
「傷が痛いってことは、生きてることよ。医者のチェックは一通り。さ、みんなも呼んであるし」

 エステルがきびすを返すと、肩にひっかけただけのハンターズスーツが揺れた。
 その足は確かに、総督府へと出頭するテレポーターへと向かっていた。

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