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 タイレル総督の執務室に雁首を並べて、四人は四人とも口々に零しあう。
 誰もがまだ、決戦の傷跡も痛々しく生々しい。それでも瞳には活力が満ち、胸には希望が灯る。こうして現に今、パイオニア2は決然と存在しているから。何の為にかを再度、改めて確かめ、目的に立ち返る機会を得るから。

「あー、久しぶりに来たなぁ、ここも。前にラグオル調査開始で集まったっきりか?」
「まあ、いくら解放されてるといっても、取り立てて用の無い場所ですし」
「師匠も先生も、もっとシャンとしましょうよ〜! 僕達、総督府に来てるんですよ」
「こちとら、例の化物と限界バトルかましたお陰で、大怪我の大赤字だぞ?」
「正直、ただの報告という訳ではなく……少々下心もあるのですよ、ザナード君」

 エステルはただ、左右から応酬される子供のようなやり取りに、黙って正面の人物を見詰めていた。
 大きな執務机に肘を突き、この船団の最高責任者……コリン・タイレル総督が視線の矢を射る。その鋭い眼差しはエステルの目線と交錯し、暗黙の了解を得た後で。小さく鼻から溜息を零すや、次いでヨラシム、カゲツネ、そしてザナードと見渡してゆく。
 秘書用のデスクから立ち上がる、アイリーンが両者を交互に不安げに見守っていた。

「ゴホン! ……では調査の報告を聞こうか、エステル・ロトフィーユ君」
「だってさ。ほら、ヨラシム、カゲツネ。ザナード君も。一応仮にも、総督閣下の前なんだし」

 一応も仮にももない。コリン・タイレルは本星コーラルの十カ国同盟から正式に任命された、このパイオニア2のれっきとした総督である。その厳つい顔がピクリと痙攣し、片眉が跳ね上がった。
 しかし、エステルに悪びれた様子は微塵もない。

「では総督閣下、ご報告します。……結論から申し上げますと、パイオニア1は全滅でした」

 エステルが僅かに声を固く作ると、じゃれあうようにふざけあっていた仲間の三人も身を正した。
 簡潔な事実がただ、部屋の中の誰にも広がっていく。ある者は見聞きしたことを再認識し、ある者は最悪の想定が現実となる瞬間。短い沈黙が、船団の最高権力者とハンターズの間に横たわった。

「……全滅、かね?」
「全滅です。仔細は先程、秘書の方へレポートを提出しましたが」
「君の口から聞こう、ロトフィーユ君。……誰も生存者はいなかったと?」
「あの星で生きていたのは、一部の原生動物と狂った生態系、そして……D型亜生体」
「報告にあったダークエネミーのことかね。しかし何も、全滅と判断するのは時期尚早では――」
「お言葉ですが閣下、パイオニア1は、その人達は全員……飲み込まれてしまいました」

 全ての元凶は、千年の禁忌を紐解いた軍部にあった。どのような命令系統で、どこまで先を辿れば黒幕に辿り着くかは、それはまだ解らない。だが、パイオニア1の軍は遺跡を発見し、封印を解いてしまった。そして、闇の淵より蘇ったダークファルスに、生贄として全ての人々を捧げてしまったのだ。
 端末にディスクを差し込むアイリーンが、モニター上に踊る文字列を目で追い、うなだれる。最後には見るのを止め、目を背ける。エステルの提出したレポートには、常人ならば直視に耐えない惨状が淡々と記してあった。

「そうか、全滅か……しかし、君達は倒したのだろう? その、ダークファルスとやらを」
「倒した、という言葉の定義にもよります。退けた、という言葉が適当ではないでしょうか」
「つまり、闇の申し子は死んではいないと?」
「連中に生死の概念があるとすれば、その可能性はゼロではありません」

 エステルは頭上で、ヨラシムやカゲツネ、ザナードの視線が交差するのを感じた。
 何しろ、その手で降した三者が三様に困惑を見せるのだ。決戦を敵の内より見ていたエステルとて、疑わずにはいられない。そもそも、ダークファルスなる闇の私生児は、果たして人類が倒せおおせるものなのか? 少なくとも、先史文明にはそれができなかった。だからこの星に、ラグオルに埋葬した。

「危機は去った、ただし今だけは……そういう訳かね?」
「それ以上の明言はできかねないのが現状です。アタシは何せ、見てただけなので」

 正確に言えば、見てただけではないが。そして、パイオニア1の人間はある時間までは、全滅ではなかった。ただ一人、生きながらえてマザーに選ばれた、一人の勇敢な英雄がいた。エステルは最後の瞬間まで、その赤い影へと手を伸べていた。

「まあ、倒したっちゃー倒したよなあ? あれで死ななきゃおい、それこそ軍隊の出番だぜ」
「お忘れですか、ヨラシム。相手はその軍を、パイオニア1正規軍を飲み込んでいるんですよ」
「でも、どっちにしろ僕等は勝った。今回は、僕等四人が勝ったんですよ。ですよね、先輩っ!」

 弾むザナードの声に首肯を返して、尚もエステルは言葉を続ける。

「ラグオル入植と言う本来の目的は、パイオニア1の支援なしで行うしかないかと。ただし――」
「ただし? 条件付かね」
「ええ。今後もダークファルスの顕現に関して、最大限の警戒を払う。……研究も続ける」
「研究? ラボの仕事を言っておるのかね?」
「てっきり総督閣下の方がお詳しいのかと。ラボが何か、研究してますよね? こそこそと」
「……私とて、全権限をフルに活用できない現状は苦しくもある。目の届かない至らなさもだ」

 総督の苦しい胸の内を、エステルは彼女なりに察することができた。
 コリン・タイレルは移民達の代表であり召使であるという以外に、振るうべき力が余りに小さ過ぎる。この狭い船団内でさえ、大小さまざまな組織が暗躍しているのが現状だ。勿論、セントラルドーム爆発……いわゆるブルーバーストと呼ばれる一連の事件以降も。
 だが、エステルが目の前の男に求めるのは、何もそれだけではない。
 コリン・タイレルは全ての仮面を今、自分の前で脱ぐ義務がある……エステルはそう感じていた。

「レッドリング・リコは……彼女はどうなった。メッセージカプセルの話は聞いている」

 タイレル総督は両の肘を机に突いて手を組み、その奥に顔を伏して言葉を搾り出す。
 答えるエステルもまた、疼痛に軋る胸の内を、苦々しい感触と共に言の葉に載せた。

「彼女は最後まで英雄たらんと危機に立ち向かい……取り込まれて尚、戦っていました」
「……そうか。結構、もういいだろう。報酬については後日、正式に総督府より――」
「閣下、いえ、コリン・タイレル! 違うっ、アタシが聞きたいのは違うっ!」

 周囲の仲間達や、秘書のアイリーンさえ驚くような声音だった。エステルは気付けば一歩踏み出し、髪を揺らして叫んでいた。右腕を首から吊っているので、肩に引っ掛けただけのハンターズスーツが翻る。

「アンタが知りたいのは、知る必要があるのは、アタシが知って欲しいのは」
「ロトフィーユ君……しかし私は公人として」
「それは終った! パイオニア1全滅、敵は倒した! でも危険はまだ潜んでる、それだけ!」

 気付けばエステルは、三角布から右手を引っこ抜き、その細腕を取り巻く白い包帯を紐解いていた。そのまま床へと包帯を投げ捨て、執務机に詰め寄るや、ダン! と強く手を衝き立てる。

「アタシ達はハンターズの仕事をして、アンタは総督の仕事をした。で? その後は? 次は何?」
「……私に、その資格があるだろうか? 私のような男に」
「あるわ。アンタだけに、確かにある! 言って、アタシに聞いて……アタシに言わせて頂戴っ」

 流石にヨラシムが、カゲツネが止めに入る。それくらい、鬼気迫る勢いでエステルは、総督閣下を前にいきり立っていた。だが、静かに師匠と先生をザナードが止め、黙って見守る。

「……娘は、リコは……あの子の話を、聞かせて貰えるだろうか? いや、聞かせて欲しい」
「リコは言ったわ。一人じゃ英雄にしかなれないって……」
「あの子は、何も特別な人間では、カレン・グラハートのような人間ではなかった」
「カレン・グラハートすらただの人よ。英雄なんて、外から人が見る姿。英雄なんていないのよ」
「ならあの子は……報告にある通り、マザーとして選ばれただけの人間なのだろうか?」
「違うわね。それも結果論に過ぎないもの。リコは、アタシと同じハンターズだった」

 それも、ちょっと偉大な先人だっただけ。普通の、ただのハンターズだったのだ。レッドリング・リコなどと祭り上げられてはいるが。エステルがあの日、追憶の中で言葉を交わしたのは、一人の人間、一人の女性だった。何より、同じハンターズだった。

「……最後にそれだけ、うん……これだけはレポートじゃなく、言葉で伝えたかった」

 ――リコ・タイレルはただの人として、懸命に生き、死力を尽くして運命に抗った。結果として暗黒に呑まれようとも、その過程において後の人間に、沢山のメッセージを残した。エステル達が互いに頼り助けて挑んだ道を、一人で踏破した。英雄と言う言葉ですら生易しい、苛烈な道を征った。

「……これから私は、パイオニア2の代表としてどうすれば。あの子を失って、どうしたら……ん?」

 不意にタイレル総督が顔を上げた。わななく手をそっと伸べ、机に突き立つエステルの右手を取る。そっと両手で包み、握ってくる。

「これは――そうか、続くのだな。受け継がれ、続いてゆくのだな」
「そうよ。アンタは自分のベストを尽くせばいい。その手段はアタシ達、ハンターズが担う」

 かつてのリコのように、毅然と廉潔に。そう胸に呟き、エステルは胸を張った。
 タイレル総督がいつくしむように握るエステルの手には、その細い手首には、真っ赤な痣が輪のように取り巻いていた。それはあたかも、赤い輪の伝説を受け継いだかのように。最後の今際に、リコの手を取ったその時握り返された手首に、赤い輪が刻まれていた。

「閣下っ! 英雄は一人じゃないんです、僕等だって! いや、僕らがいるから……大丈夫ですっ!」
「まあ、レッドリングがどうこうじゃねーんだ。俺等ハンターズがやるこたぁ、変わらねぇよ」
「この船団の民全てにとっての、十全たる最良を選択してください。私達ハンターズが支えます」

 仲間達の声に頷き、エステルはそっとタイレル総督の手を解いた。そうしてきびすを返すと、颯爽と総督の執務室を後にする。続く仲間達の足取りも軽く、四人は重傷者とは思えぬ歩調でテレポーターへ向かった。
 その去り際、一度だけ肩越しにエステルは振り向き、

「英雄は一人じゃないわ。カレンが演じるなら、アタシはそれを実践する。仲間達と全員で」

 強い頷きを返すタイレル総督に満足げに微笑み、エステルは外へ……未だ真実を知らず、結果だけに戸惑うパイオニア2へと踏み出した。

 その船は、船団は今も浮いている。星の引力が凪いだ虚空の海を。
 名はパイオニア2、第二次超々長距離恒星間移民船団……第二の先駆者。
 人類の英知が第二の故郷へと送り出した箱舟は、確かに人類の高潔な魂と、それを称える賛歌に満ちていた。ハンターズと呼ばれる、無宿無頼の荒くれ冒険者達と共に。

【了】

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