「嘘?まさか…ブラックウィドウだっ、ママ見て!」  病院のベッドに身を起こした少年は、母親の腕を掴んで揺すりながら目を輝かせた。病室の入り口で花束を抱え、満面の笑みで親子を見守るフェイ。その眼差しは心なしか、普段よりも柔らかで温かい。 「良く知ってるな、坊主…そうさ、オレがブラックウィドウだ。見舞いに来たぜ?」 「本物だ…本物だよママ!夢みたいだ」  少年は咳き込みながらも、自分に歩み寄る長身を見上げて頬を抓る。夢では無い事を教えるように、フェイは花束と小さな包みを手渡した。その様子を見守るエディンは、普段とのギャップに思わず閉口…説明を求める視線をサクヤやラグナへと向ける。 「あの、あれ…何ですか、あれは」 「あの子、重い病気なんだけど。ハンターズに憧れてるんですって。で、今回の依頼を受けたの」 「いえ、そうじゃなくて…あれ、誰ですか?」 「あら、フェイの事を誤解してるんじゃなくて?勉強不足ね、ハライソ君」  フェイの言動や態度は、普段と変わらぬが。その愛想の良さはエディンには恐ろしい程の違和感。ペコリと頭を垂れる母親に会釈を返しつつ、エディンは少年を注視する。遠慮なくベットに腰掛けたフェイを見詰める、その熱の篭った視線…正直、信じられない。だってそうだろ?と思わず同意を求めたが、ラグナは退屈そうにセイバーを弄ぶだけだった。 「ハンターズに憧れるってのはいいとして…フェイさんってそんなに有名なんですか?」 「ハライソ君には馴染み無い、か。彼女は…"ブラックウィドウ"は凄腕のガンスリンガーよ」  流れ星、闇夜の狩人、シャープシューター…通り名を持つハンターズは皆、名に恥じぬ腕の持ち主。フェイもまたそうなのだと、サクヤはエディンの耳元で囁く。俄かに信じがたい事実はさらに、エディンを驚かせた。 「え、ええっ!?あのフェイさんが自腹でプレゼントまで!?」 「…おい外野、うるせぇ。っと坊主、気にすんな。ありゃオレの舎弟みてぇなもんだ」  エディを黙らせると、フェイは少年に包みを開けるよう促す。あの金に汚い、ケチでゼニゲバなフェイ…彼女が身銭を切ってまで買ったプレゼント。もどかしげにリボンを解く少年の顔は、満面の笑みで綻んでいた。 「わぁ…この石、本物?天然の?す、凄いっ」 「坊主もハンターズになんだろ?いつかそいつで銃を造んな」  フォトンウェポンに必要な、触媒となる鉱石…天然物となればそれなりに高価な代物。それを両手で大事そうに掲げて、少年は石とフェイを交互に見た。その頭をクシャクシャ撫でて、フェイも白い歯を零す。山猫亭でビールを浴びるように飲み、ゲラゲラ下品なジョークに笑ってる普段からは考えられない。 「…この仕事、きっと凄い報酬なんだろうな。だからフェイさんの演技にも自然と力が」 「だからハライソ君、誤解だってば。あれはフェイの素顔…普段はまぁ、照れ隠しかな」  ハンターズたる者ヒーローたれ。その言葉を聞き、思わずエディンは吹き出してしまった。あのフェイが?込み上げる笑いが抑えられなかったが、冷ややかなサクヤの視線に何とか応える。しかし内心、何時も自分を玩具にして弄ぶフェイの、弱点を知ったような気になって。エディンはニヤニヤと締まらない顔で少年を見守った。  そんなエディンを気に留めた様子も無く、フェイは少年の質問攻めに丁寧に答えつつ、色々な経験談を優しく話して聞かせた。面白可笑しく語ってはいるが、肝心の"ブラックウィドウ"の活躍に嘘偽りは無い…誇張せずとも、彼女のハンターズとしてのスコアは驚異的。故に通り名で呼ばれ恐れられるのだから。 「ねえ、ブラックウィドウ…一つ聞いてもいい?」 「フェイでいいぜ、何だ坊主。何でも言ってみな」  ハンターズに、凄腕レンジャーに一番大事な事は何?少年は目を輝かせて、フェイの言葉を待つ。 「いい質問だ、坊主。インスピレーションとイマジネーション、後は…コイツだ」  トン、とフェイは少年の胸を叩いた。白い寝巻きの上からでも解る、病魔に蝕まれ痩せ細った身体。その奥底に燃える、それこそが一番大事だと。 「銃爪はコイツで引くんだ…ハートを鍛えな、坊主。そしたら、いつかオレの相棒にしてやる」  真顔で真剣に、フェイは真っ直ぐな眼差しを注ぐ。大きく何度も頷く少年。耐えられなくなったエディンは、とうとう声を出して笑い出してしまった。ハートを鍛えろ?一流のレンジャーならせめて、もっと理論的で合理的な答が欲しいかった。例えば集中力を養うとか、身体を鍛えるとか。例えば優れた名銃を持つとか、頼れる仲間を集めるとか。 「…ラグナ、お願い」 「ちょっ、いや待っ…違うんですサクラギさん、つい笑っ…いや僕もハートは大事だとは思いま…」 「また下手な嘘…ハライソ君、覚悟した方がいいわよぉ?フェイ、凄い怒ってるんだから」 「え、いや、それは…そ、そんな、あっ!ちょっと降ろして下さいよ、アンセルムスさんっ!」  ラグナが不意に、ヒョイとエディンを軽々持ち上げて。そのまま病室を出て行く。その後を追ってサクヤも退室すると、改めてフェイは少年に向き直った。依頼を受けた時の話では、余命いくばくも無いと宣告された、難病を患ってるらしいが。彼女の厚意は全て、同情からくるものでは無かった。 「悪ぃな、連れが騒がしくてよ」 「ううん、今日はありがとうフェイ…また会える?」  何時でも会えると胸を張り、ドンと自分の胸を叩くと。フェイは優しく微笑み、未来の小さな相棒をそっと抱き締めた。母親の依頼が無くとも、絶対にまた来る…そう心に誓いながら。