燃え立つ紅蓮の炎。  煌々と闇を照らす、あの光は命の輝き。  あれは――フェイ。 「大した奴だよ、オレにこの手を使わせた……お前は間違いなく、強い」  翻る灼髪はまるで、長い尾を引くほうき星――思わず魅入りそうになる。  駄目、集中。今は目の前の敵を……でも、できるだろうか?  ううん、できる。私なら。私達なら。 「ただ、ストラトゥース……それは、間違った強さだ」  間違った、強さ。  私は、どうかな? きっとフェイは、またグシャグシャに頭を撫でて「まだ間違ってなんかいない」って言う。サクヤも、きっとそう。優しく笑って、抱きしめてくれる。  私はでもね、ずっと間違ってきたんだよ――間違いつづけてきた。その報いは、いつかこの身に受ける。  でも、その日まで、その時まで。その瞬間までは……私はこれから、ハンターズとして生きるよ。他に過ちを償う術を、きっと私は知らないから。  間違わないように、フェイをお手本にして。  間違ったら、きっとサクヤが教えてくれる。  そうでしょ? ね、エディン―― 「なんで? どうして死なないの!? アタシの方がずっと強いのにっ!」  どうしてかな――私も解らない。  けど、まだ動ける……戦える。  テクニックなら、大きいのがあとは一つ、二つ。節約して使えば。フルイドは出してる余裕、ないな。  内蔵にダメージはないし、骨も大丈夫。頑丈だな、私……だから、もう少し動いて。もう少し――  やだな、こんなに冷静で。ふふ、泣いたり叫んだり、したいな。 「ラグナッ! もういいっ、後はオレがやる! ガキの仕置きは慣れてんだ、代れっ」  フェイ? その髪……  きっとまた、サクヤに怒られちゃう。女の子なんだから、って。  私、前にも同じこと言われたよ。ずっと昔――もう、ずっと昔だけど。  切りすぎた前髪を見るたび、あの人を思い出すの。私の、特別な、人。  でももう、その人はいない……そして今は、特別な人、一人じゃないから。だから――  フェイ、先に行って。エディンの後を追って。  この子だけは、私が何とかしなくちゃ。周りの連中も。  大丈夫、フェイの――私達の流儀で上手くやる。まだ間違ってるかもしれないけど、私は強いから。  でもね、フェイ。弱いのに、意地を通して道理を正そうとする人がいる。そして今、挑もうとしている……  だからフェイ、行って。エディンの最初の戦いを、最後の戦いにさせない為に。 「……じゃ、行くぜ? ラグナ、また後でな」  うん、また後で。きっと、ね――きっと。 「――せいぜい急ぐことね、フェイ。あの坊や、今頃はグライアス卿と……」 「あっ、待ちなさいよフェイ! このアタシが逃がさないっ」 「クソッ、姐さんをやっといてトンズラか!? 待ちやがれっ」 「お嬢、ここは俺らに任せてグライアス卿ん所に行っ――!?」  ここは、通さない。誰も。 「アタシはマスターの所に行くのっ! いい加減にっ、死んでよぉー!」  太刀筋が見切れる。元が同じだから? でも、あの武器……直撃すれば、間違いなく――  不思議、怖い。私、死ぬのが怖いんだ。こんな気持ち初めて。あの男を殺せるなら、命なんて惜しくなかったのに……今はもう、死にたくない。  ああ、生きていたいんだ。  どうしよう、逃げだしたい。でも駄目、そうじゃない……違うな、少し違う。  きっと生きるって、私の望む生き方って、みんなの側にあるんだ。だから、みんなを側に感じれば、一人でも戦える。  どこまでも、いつまでも。 「ハァ、ハァ、おかしい……こんなの、おかしいっ! どうして、何で――」  他の連中が、まだ来る? 多数で割り込まれたらまずいな。それより…… 「もう死んでよっ! アンタ、もう用済みなのっ! アンタはマスターにいらないのっ!」  そう――私ももう、あの男はいらない。私の生きる全てだったけど、もういらない。  でも、あなたにはきっとそうじゃない……あなたにはあの男しかいないから。  誰も連れ出してくれなかった? そうかもしれない。あの男が同じ失敗をするとは思えないもの。 「ま、待て! 撃つな、お嬢に当る」 「こいつぁ……ガキの遊びってレベルじゃないな。久々に血が騒ぐぜ」 「まだ加速するっ! 面白れえ、こいつは面白れえ!」  あれは――私だ。もう一人の、私。きっと、多分、ううん、絶対……私なんだ。  あの人が連れ出してくれなければ、あそこにいるのは私。  あなたには誰も手を伸べてくれなかった……誰だってあの男は恐ろしいもの。  ――なら、私が。  でも、どうやって? 「マスター、言ってたもの! アンタ、出来損ないだって! 失敗したって!」  思い出した、あの人の最初の――でも私にできる?  ううん、できるよね? やってみせる……もう遅いかもしれないけど。  遅すぎはしないと思うから。 「お嬢が背後を取られたっ! やべぇ、もう見てらんねぇ!」  あの人は、初めて会ったとき。黙って私を、優しく―― 「ま、待てっ! 様子が……はぁ!? け、剣を――」  抱きしめてくれた。 「!?――な、何よっ、は、放して! 放しなさいよ、このっ」  こんなに小さな身体で、今までずっと……  どうしてあなたは、そんなにもあの男に従えるの?  解ってる、他に知らないんだよね。 「アタシをどうするつもり!? こんな事して――これくらいっ、すぐに引き剥がしてやるっ!」 「お、おい、どうするよ」 「どうするって……」 「――どいてろや、三下が。ったく、気になって来てみりゃこの様か」  ごめんね、私じゃなくてフェイなら……もっと上手にできると思う。  サクヤなら、もっと優しくなれると思う。  エディンなら――ふふ、おかしいの。あの人は……  嘘のつけない人に、嘘をついちゃった。誤解、後で解かないとな。そうだ――  あなたのお名前は? 私はラグナ、あなたのお姉さ――ううん、もう一人のあなた。  あなたは――!? 「ほらよ、お嬢……さっさとグライアス卿んとこにでも逃げ帰んな」 「余計なことしないで! 一人でも別に抜けだせ――ひっ!」 「俺ぁ、グライアス卿がおっかねえ。が、その周りのガキ一匹、正直言えばどうでもいいぜ」 「今更、グライアスの旦那に加勢に行く必要も感じないけどよ。さっさと飼い主んとこに失せな」 「そんな訳で、だ。こっからは俺等が相手だ。悪いが手負いの女子供でも容赦はしねぇ」  っ――待って、行かないで……そっちに、行っては、駄目。 「アンタ達っ、マスターに言いつけてやるっ! マスター……急がなきゃっ!」  ああ、行ってしまう。あの男の下へ。  あの人みたいに、上手くはいかないな。あの人はもっと、温かかったもの。私じゃ―― 「正直、ギルドのハンターズがここまでやるとは思わなかった。しかも、こんな子供が」 「感嘆に値するが……看板に泥ぬられちゃ、生かして返す訳にもいかねぇ」 「こちとら、伊達に腕っ節だけで生きちゃいないんでね。ケジメ、つけさせてもらうぜ?」  ――さっきまでの連中とは、違う。強い。  ここが私の……ううん、違う。まだ、終わりじゃない。きっとあの子も……私、諦めない。  諦めが人を殺すならば、それを踏破せしめるのもまた人。  あの男の言葉。不思議、あの男への復讐が生甲斐だったのに……今、あの男の言葉を思い出すなんて。  まだ終われない、もっと生きたい。これまでよりもっと、みんなといたい。 「――退かねぇか。だろうな、ここまで戦ったんだ。いいぜ、とっととケリ付けちまおう」 「せめてもの情けだ、一撃で楽にしてや――ん、何だ? 揺れてる、な」 「お、おいあれ! あの方向は……ま、まさかグライアス卿に何か!?」  何? 何が……この、震動は? エディン――  今、私はエディンの名を呼んだ。まさか。  嫌、それだけは――フェイ、間に合って。サクヤ、エディンを守って……  もう、誰も死なないで。私と一緒に――生きて! 「兎に角、だ。おい、姐さんを……そうそう、あんま手荒にすんなよ。後で俺が怒られる」 「流石にこいつはちとまずいぜ。先に行ってる、さっさと片付けてこいよ?」 「おうよ。そんな訳で悪いな。急な話で済まんが、さっくり殺らせて貰――ほう」  負けない……あの人の剣に、私の全てを賭ける。  身体が、軽い。痛みが遠退く――  私は、死なない。だから、みんなも。  最後に、お願いっ! 私の身体、動いてっ!