ザナード少年は途方に暮れた。  今やハンターズのはしくれである彼は、多くの先人同様にハンターズの流儀に倣って生きているつもりだから。例え実力的には、まだまだハンターズごっこの域を出ない新米でも。心意気は、寧ろ心意気だけは一人前でいたい。  だから、ザナード少年は途方に暮れていた。 「そうだよなー、証拠がないとガルス博士も信じてくれないかー」  今日の彼のクエストは、研究に没頭する余り行方不明となった研究者を探す事。それ自体は、難なく達成できた……心からラッピーを愛し、ラッピー研究に人生を捧げるガルス博士はラグオルの地表にいたのだ。精巧に出来たラッピーの着ぐるみを纏って。  問題はしかし、ガルス博士を探してラグオルに降りたばかりのザナードを襲った。 「突然変異かな、アレ……でなきゃ、誰かの悪戯? いいや、あれは普通じゃなかったぞ」  ガルス博士を探して今日、ザナードはラッピーの群生地へと足を踏み入れた。見渡す限りラッピーだらけの、ふかふかのモコモコのプリンプリン……最近はザナードも慣れたもので、ラッピー程度に遅れは取らない。  ――筈だった。  先輩が先日使った中級の炎系テクニックを、いい機会だから試してみようと思ったその矢先に。強敵は突如、ザナードの前に立ちはだかった。何の前触れもなく。 「強かったなぁ、あの青いラッピー。うん、確かにいた! 僕は見た! んだけどなぁ……」  通常のラッピーとは毛色の違う、空色をした蒼穹のラッピー。群のリーダーらしきその個体は、よたよたと逃げ惑う仲間とザナードの間に素早く割って入った。その疾きこと、正に疾風の如し。その体躯は強靭にして堅牢。  よもやの苦戦にザナードは、気付けば必死で戦っていた。仮にもハンターズならば、未確認の稀少種とは言えラッピーには負けられない。本星でラッピーに負けたと言えば、指をさされて笑われてしまう。  結果は激闘の末に辛勝……その結果が今、彼の手の中にあった。 「問題は、どうやってガルス博士に認めてもらうか、だな」  トリメイトの包みをもてあそびながら、ザナードはトランクルームへと歩く。  ラッピー研究の第一人者を自称するガルス博士でも、青いラッピーの存在は知らなかった。そればかりか、ザナードの話は信用して貰えなかった。折角の新発見を、できれば研究に役立てて欲しいとザナードは思ったが。その根拠となる証拠がない。  そんな訳で、クエストはそつなく完了しているのだが……やはりザナードは途方に暮れていた。まだガルス博士がハンターズ区画に居る間に、せめて存在の可能性だけでも認めて欲しい。 「あのぅ……」  腕組み悩んで考え込みながら、往来を歩くザナード。その背を呼び止める声。 「このトリメイトが、って駄目だ。ラッピーって、何でも集めて持ち歩く習性があるんだっけ」 「あのぉ、ザナードさん? ですよね、こんにち……」 「そうだ! こんな時こそカゲツネ先生に聞いてみよう! 早速メールだ、先生ならきっと」 「もーっ、ザナードさんっ! ええいっ!」  不意に背中からザナードは抱きつかれた。  ズシリと重いその質量によろけて、彼はそのまま前のめりに転倒。肩越しに振り返れば、申し訳なさそうに微笑む桜色のアンドロイド。その顔にザナードの頬が綻ぶ。 「エルノアさん! ども、こんにちは……け、結構重いんですね」 「ご、ごめんなさいですぅ。呼んでも気付いてもらえなかったので、あの、つい」 「ああ、僕こそ済みません。ちょっと考え事をしてました」 「そうだったんですか。お邪魔してしまいましたかぁ?」 「いや、邪魔だなんて、そんな……ただ、その、先ず降りて貰えますか」 「は、はい……その、私ったらバッテリーが重くてぇ」  もそもそとエルノアはザナードの背中から降りた。バッテリーもエルノアの一部ではと思いつつも、その事は胸に秘めてザナードも立ち上がる。改めて顔を見合わせるとしかし、それは些細なことで。自然と互いに笑顔が咲いた。 「今日は博士のお使いでぇ……あ、ザナードさんのマグ、元気ですかぁ?」 「そりゃもう、滅茶苦茶元気です! ほら、見てください……最近、進化したんですよ」  先日ヴリドラになったばかりの相棒を、クラインポケットから取り出すザナード。彼のマグは主の回りをぐるりと一周した後、真っ直ぐエルノアの胸に飛び込んだ。  マグは持ち主の鏡、とザナードの先生は行っていた。何やら気恥ずかしいが、エルノアは無邪気にザナードのヴリドラを抱きしめ頬を寄せた。 「ザナードさんもマグも、元気そうで何よりですぅ。でもザナードさん、ちょっと疲れてますかぁ?」 「や、そう見えますか? 慣れない頭を使ったんで、少し……いやぁ、ハンターズも大変ッス」 「ふふ、博士もよく研究の合間に、疲れた疲れたって。まるで子供みたいなんですよ、博士ったら」  道行く誰もが振り返る。両手の間でマグを遊ばせる、エルノアの可憐な笑顔に。  気付けばザナードも、その横顔に目を細めていた。ハンターズギルドには女性アンドロイドのハンターやレンジャーも大勢いるが、こんなにも表情豊かな人をザナードは見たことがない。本当に同世代の、等身大の少女がそこにはいた。  その彼女に、子供みたいだと言わせてしまう博士とは? 「あの、エルノアさんの博士はどんな研究をされてるんですか?」 「ええとぉ、詳しくは知らないんですぅ。お姉様となんか、難しい話をよくしてますぅ」 「そうですか、アチコチ忙しいんだな……博士って人種はきっと」 「あ、でも最近は息抜きとか言って、ラグオルの原生動物を――」  その瞬間、気付けばザナードは両手をエルノアの華奢な肩に置いていた。一縷の望みを見出し、驚き見開かれた瞳を覗き込みながら。彼は悩みの種を打ち明け、心当たりがないかを問う。 「青いラッピー、ですかぁ。黄色いのなら、えっと、知り合いの博士からサンプルを……」 「ガルス博士ですか? 僕、ついさっきまでガルス博士と一緒だったんです」 「あ、その人ですぅ。ガルス博士からハネのサンプルを貰ってぇ、それを研究してましたけど……」 「やっぱ、青いラッピーの話はナシか……うーん、参ったな」 「ご、ごめんなさいですぅ」 「や、エルノアさんは悪くないですよ。ひょっとしたら、って思っただけですから」  慌てて手を離して、ザナードは全身で大袈裟にエルノアの謝意に応えた。それがおかしくて、クスクスと笑うエルノア。口に手を当て、伏せ目がちに笑うその姿に、ザナードも脱帽して頭を掻きながら笑いを返す。 「でも、青いラッピーですかぁ。凄いですぅ、まるでこの間読んだ本みたいですぅ」 「僕の話、信じてくれるんですか? だって証拠も……まあ、こんなものしかないのに」 「どうしてザナードさんが、私に嘘つくんですかぁ? こんなにマグを大事にしてるのに」 「そ、それはどうも……あ、食べます? 倉庫に溜めてもなんだし」  ザナードはトリメイトを開封すると、その固形ブロックをペキン! と二つに折って。そっとマグを手放すエルノアの手に渡す。そうして、ちょっと高級なおやつを食べながら、二人は壁に寄りかかって並んだ。  この時もしカゲツネが居たら、余りのもどかしさに悶絶していただろう。彼ならもう、日付が変わるまでの二人の予定を埋め終え、その最初を消化しにかかっているところ。無論、互いの気持ちが合意に着地すればの話だが。 「私、この間お姉様と本を読みました……幸せの青い鳥を探すお話ですぅ」 「あ、それなら僕も知ってますよ。小さい頃、父さんが読んでくれたっけな」  ザナードは暫し、幼少期を振り返って思い出す。 「幸せの青い鳥を探し回った兄妹は、最後に気づくんですよね……青い鳥が家にいることに」  ザナードが幼い頃、我が子を寝かせて仕事に出かける父にせがんだ物語の結末。男手一つで自分を育てたハンターズの父は、色々な本を子守唄代わりに読んでくれた。  幸せの青い鳥は、実は家に最初からいた。それにただ、気付かなかっただけ。  ザナードにとって青い鳥は、忙しく働いて自分を養い、その合間を縫って遊んでくれた父だった。青い父のハンターズスーツは、幼心に格好良く見えた……最も、今では立場が逆転してしまったが。  自分が父の青い鳥であればと、ザナードは想いを馳せる。 「でも、最後にはその、家にいた青い鳥は飛んでいってしまうんですよぉ」 「あ、あれ? そんな最後でしたっけか? それは……知らなかったな、そうなんだ……」  父はいつも本を読み終えると、ザナードに布団を掛け直して言ったものだ。幸せは自分が決める、振り向けばいつでも青い鳥にあえると。そう言って父は、ヨラシムを含む多くの仲間達と夜の街へ消えて行くのだ。 「何か、悲しい話だったんですね。身近なささやかな幸せも、最後は逃げてしまうんだ」  トリメイトの最後の一欠けらを、ひょいと宙へ放って。大きく開けた口で受け止めると、ザナードは溜息を漏らした。  彼の青い鳥も、逃げたと言えば逃げたのかもしれない。ザナードの父はある日、突然仕事で重傷を負った。ハンターズとしての生活を追われ、今では車椅子の日々……義足の手術を受ける前に、その日の暮らしを食い繋ぐ為の日々が始まった。 「えっと、でもぉ……青い鳥は逃げた訳じゃないと思うんですぅ」 「え、だって飛んでっちゃうって」 「はい、最後は青い空に飛んでくんですぅ。そして、兄妹はいつかまた……」  ザナードを真似て、エルノアもトリメイトを放り投げた。それは正確な軌道で、静かに見上げるエルノアの小さな口へと収まる。それを頬張り、彼女は自分に言い聞かせるように語った。 「姉妹はいつかまた、青い鳥を探しにいくんですぅ」 「でも、青い鳥は家にいるって……」 「青い鳥は探してる時だけ、家にいるんですぅ。気付いた時にはもう、飛び立ってるんですぅ」 「ささやかな幸せは、探す者が最後に気付く……でも、甘えず探し続けなければいけない?」  エルノアは否定も肯定もせず、黙ってトリメイトを飲み込んだ。そのかすかな甘味を反芻するように、両頬を手で覆って微笑むだけ。 「そっか……なら、探してみようかな。エルノアさん、最後に。青いラッピー、信じます?」 「はいっ! ザナードさんが言うから信じますぅ。そして、ザナードさんが探すなら……」  その言葉を頼りに、心からの礼を言って。ザナードはエルノアと分かれて再びラグオルへ降り立った。数あるラッピーの群生地を、一つずつ丁寧に回る。ガルス博士がハンターズ区画から去る前に……  そして青い鳥は、やはり家にいた。  日が暮れてクタクタになったザナードが、ギルドカウンターの前で見たのは青い鳥。自分の研究の為にしゃかりきになってる、新米ハンターズを思って……少し大人げないことを言って、研究者の本質を欠いた言動を恥じた大人の善意。  助手に手伝われ、真っ青に塗り替えたラッピーのスーツに、今まさに入らんとするガルス博士。彼は汗だくのザナードと顔を合わせる……両者は同時に、腹の底から沸きあがる笑い声を響かせた。