慣れとは恐ろしい――ヨラシムは溜息。  いくら荒事家業の鉄火場人生がハンターズの生業とはいえ、生き物を殺すことに慣れるのは恐ろしかった。とはいえ、殺らなければ殺られる……それもまた大自然の摂理。  そして殺し合うなら、それは人も獣もさほど変わらなかった。 「ヨラシム、こっちは片付けました。データのほうはどうですか?」  自分が散らせた命が今、ラグオルの大地に転がっている。かつてこの世界の一部だった、その破片。今は肉塊となって、徐々に冷たくなってゆく原生動物達。  ソードの血糊を振り払うと、ヨラシムは仲間に振り返った。 「こっちもOKだ、ブーマ系とウルフ系……まあ、今や御馴染みの連中だな」  今日の仕事は単純ながらも不可解なものだった。  依頼主はとある研究機関の研究者。ラグオルで謎の大爆発が起こり、パイオニア1の人間が消失してからというもの、パイオニア2のあらゆる研究機関は大忙しだった。  忽然と人の消えたセントラルドーム、凶暴化する原生動物、果ては本星コーラルと何ら変わらず生きるラッピーの生態まで。それら全て人の知的探究心だけがなせる技とは、ヨラシムには到底思えなかった。  そこには何かしらの欲があり、それは利を求めている……そう感じるのはハンターズとしての勘。 「こっちはラッピーと、あとはヒルデベアを。これで合わせてデータは四つですね」 「そっちはゴリが出たか……おお怖ぇ」 「ハンターは手こずるでしょうね、確かに。私は基本、狙撃ですから」 「俺も今度、銃を携帯することにすっかな。流石にあんな化物と組み合うのは面倒だしよ」  二人はとりとめのない会話を交わしながら、互いが集めた原生動物のデータを統合する。  仕事の内容は、ラグオルの地表で原生動物の生態データを集めること……だが、それが何の為なのかは明かされていない。そもそも依頼主も、自分がどこの機関の者かを名乗らなかった。  それは金と信用が第一のハンターズにとっては、あまり好ましくない依頼だった。 「よぉ、カゲツネ。お前さん、どうしてこの依頼を受けた?」 「ヨラシムこそ、どうしてですか?」  さり気ない言葉の節々に、探るような気配が滲む。しかし、ヨラシムの言葉をカゲツネは、そっくりそのまま返した。 「どうしてって、そりゃお前……報酬はマトモだしよ」 「逆に、報酬以外はどこもかしこも、マトモではありませんがね」 「……あの手の研究機関は、どこも秘密主義が信条だぜ? 珍しいことじゃねぇ」 「同感です。まあ、先程の質問にですが……期待通りお答えしましょう」  カゲツネは、四種の原生動物のデータが統合されたことを確認して、ライフルを背後に担いで両手を掛けた。 「物凄い美人でしたからね、依頼主は」 「……ホントに期待通りだな、お前さん。まあ、確かに美人だったけどよ」 「私は以前、ちょっとした仕事で懲りてましてね。まあ、その前も何度かあったのですが。仕事という奴を恋敵にはすまい、と……あの女性も現在は『仕事が恋人』の類ですね」  カゲツネは何やら、苦い経験を思い出しているようで。ヨラシムはしかし、思い出を選ぶほど多くは持っていないから。眼前の仲間が浸る感傷を、想像するより他に手はない。 「何かに打ち込む女性は美しい……しかし残念なのは、それを見守るしかできないということです」 「ま、手伝えるなら手伝ってやりたくもなるけどな」 「ヨラシム、貴方が今日引き受けた理由はそれですね?」 「おいおい、一緒にすんなよ。俺ぁ別に……」 「しかし、ギルドカウンターで誰にも相手にされない人間を見るのは忍びない、と」 「……つまらねぇ客の選び方してっとよ、何でも屋の名がすたれっからな」  自分でも統合されたデータを確認し、最後の一つを回収しにヨラシムは歩き出す。その数歩後ろを、カゲツネは大きな足音を立てて続いた。周囲に敵意は既になく、満ちていた敵意は排除済み……こうして歩けば、ラグオルは穏やかで平和だった。 「しかし、選べるなら仕事は選びたいものです。私はそう思いますが」 「選び方にもよるわな、そりゃ……例えば今日の依頼主だが、あのねーちゃんは」 「先ず間違いなく、ラボ絡みでしょうね。彼女の所属に関わらず、ここ最近活発なのは……」 「そうさな、どこも後でラボに繋がってやがる。が、肝心のラボ自体は……闇の中ときたもんだ」  例えば先日、ザナードが片付けたラッピー調査の仕事がある。そこで得たデータも、最終的にはどこへゆくかは明白だった。最も、解決した本人はそんなことはお構いなしで、運よく見かけた希少種まで報告してしまう呑気さだったが。 「まあ、全てがラボに集約される訳でもなさそうですが……注意は必要ですね」 「反作用ってのかね? なんかよ、ラボが活気付いてる今だからか、他も元気になっちゃって」 「軍のほうでも独自に動いてるみたいですし」 「お前さんの古巣か、まだ繋がってんのか? 情報仕入れるツテとかよ」 「まあ、それなりに。パイオニア2の軍は小規模ながら、無視できませんからね」 「お互い苦労性だな? ええ? 気になる事が多すぎる、とくらぁ」  残りの生態データを求めて、自然とヨラシムの足は森の奥へと進む。手付きが慣れれば、足取りにも錬度が滲んだ。ラグオル調査に慣れたのか、はたまた原生動物の駆除ばかりが上達しているのか。  それは背中を守りつつ追従するカゲツネも同じらしい。 「まあでも、ラボだ軍だは正直いいんですよ。まあ、一定の注意を向けてれば」 「しかし、女はそうもいかないってか?」 「当然です。今日もあの、物憂げな表情にやられました……あの、秘め事を胸に抱きつつ、それを明かせぬ辛さに耐える……」  カゲツネが依頼主を褒めちぎる間に、ヨラシムは目的地に到着することができた。 「……そんな彼女が周囲のハンターズに無視されながらも、それでも健気に」 「好きだな、お前さんもよ。っと、見当たらねぇな……他をあたるか?」 「少し様子を見ましょう。あれは巣ごと決まった場所を移動するので。まあ……大好きですね」 「何がどうなってんだか不思議でしょうがねぇんだけどよ。まあ、今度一人位紹介しろや」  何十人もの女性と恋愛関係を持ちつつ、それを隠しもせずに維持し続けるカゲツネ。彼自身が望んでのことなのはヨラシムにも良く解る……しかし不思議なのは、カゲツネが望むことを多くの女性が許容しているという現実だった。  無論、全ての女性がそうではないし、カゲツネが袖にされる現場をヨラシムも見た事がある。それも、よく知る女性に振られるところを。ヨラシムの知りすぎる彼女はかつて、自称イケメンレイキャストとの関係を潔く破棄したものだ。見ていて清々しい位にバッサリと。 「何か面白いことでも? ヨラシム」 「いや、悪ぃ……思い出し笑いだ」 「……まあ、女性ならいつでも何人でも紹介しますよ。ヨラシム、貴方が本当に望むなら、ですが」  担いだライフルを降ろすと、カゲツネは開けた目の前のスペースへ歩み出て。油断無く周囲を見渡しながらも、構えかけたライフルの銃床を地に突いた。 「女、か……まぁ、山猫亭に行きゃあその都度、何人でもひっかけられるしな!」 「その点でも私に一言声を掛けて貰えば」 「まぁでも、今は女にかまけてる場合じゃねぇからよ」 「それは驚きの発言ですね。そんなに公益心に溢れたハンターズだとは思いませんでしたよ」  カゲツネの言葉を、手を振り肩を竦めて否定するヨラシム。  ラグオルの異変はパイオニア2の一大事……その認識はある。だが、それはヨラシムにとっては大きなビジネスチャンスでもあるのだ。無論、迷える方舟の民を思えば胸は痛いが。今、こうして一部の者達が知の利を貪るべく自分達を遣わしてる間も……パイオニア2の名も無き民は不安に怯えている。  ならば、その声無き声に応えるのがハンターズだとヨラシムは思う。のみならず、己に言い聞かせて実践してきた。だが、目の当たりにすればそこに区別も差別もない。今日、彼の前で困っていた人間が、たまたまさる研究機関の人間だっただけ。  加えて言えば、たまたまそれが見目麗しい女性だったことが、ヨラシムに強力な味方を同行させた。 「俺ぁ最近忙しくてよ。ザナードの面倒も見てやらにゃならん」 「それはでも、貴方だけの問題では……問題というか、我々の課題でしょうか」 「そうだな……まあ、アイツを一人前に仕込まにゃ、枕を高くして眠れねぇよ」 「ザナード君はご友人のご子息とか」 「ああ、奴とはマブだからな。ガキの面倒も見れば……」  仇だって取ってやる。そう心に結んで、ヨラシムはソードを再びクラインポケットから引っこ抜いた。  ヨラシムとカゲツネ、二人を巨大な影が覆った。それは見上げればどんどん広がり、腐臭が鼻をつく。 「失礼ですがヨラシム」 「あ? 今更俺らで失礼も何もあるかよ。何だ?」 「ご友人は事故で?」 「いいや、俺のミスだ。俺が一緒なら、あんなことには……」  膿んだ記憶が脳裏を過ぎる。  失敗から学ぶのが人間ならば、その失敗を認めるのが大人。しかしそれはこの年になっても、なかなかに苦々しいことだとヨラシムは振り返った。酒で紛らわすこともできず、女に甘えて忘れる気にもならない。  ザナードをこのラグオル調査で一人前のハンターズへと育てることでしか、ヨラシムは許しを請う術を知らなかった。友が許しても、自分が自分を許せない。  そして何より、友の仇敵をヨラシムは許す気が毛頭なかった。 「なあ、カゲツネ」 「はい」 「ブラックペーパーって、知ってるか?」 「何でも、武器の密売をする謎の組織とか。まあ、都市伝説の類ですが」 「じゃあよ、ブラックハウンドってのは……いや、まあ後にしようや」 「ええ、それとなく調べておきましょう。ブラックハウンド……それが貴方の敵の名ですか」  カゲツネの呟きに応えることなく、ヨラシムはソードを構えると。上空より飛来したモネストへと向き直る。巨大な食肉植物の変異体は、それ自体が巨大な羽虫であるモスマントの巣でもあった。  ラグオルの地表で人間に敵意を向ける、代表的な五種の原生動物。データ採取の最後の対象へと、二人のハンターズは武器を向ける。 「……ザナードにゃ話すなよ?」 「心得てますとも、では片付けてしまいましょう」  応、と叫んで吐いた息を止め、ヨラシムが地を蹴ってソードを翻す。その周囲に耳障りな羽音を立てて群がるモスマントを、つぎつぎとロックオンしながら。カゲツネはダメージトラップを投擲しつつ、相棒の求める敵の名を反芻する。  ブラックペーパーとブラックハウンド、前者の噂は山ほど聞くが、全てが眉唾物で組織としての実態は謎に包まれている。後者にいたっては、カゲツネにとっても初耳。  しかし彼の頭脳は瞬時に、その事を相談する恋人を何人もピックアップしていた。それを口実に、どこで時間を共にするかまでも詳細に。