ラグオル調査に関わらず、ハンターズの仕事というのはチームでの行動が望ましい。望ましいのだが、それが望めない時もあると、エステルは自分に言い訳をした。そうでもしないと、単独行動する自分を前へと進めることができなかった。  坑道に巣食う狂った機械群は、そんな彼女を凍れる殺意で出迎える。  まるで、禁忌の最奥へと、未踏破の最深部へと踏み込んだエステルを歓迎するように。 「参ったわね、こんな物まで用意してあるなんて」  ラゾンデの雷撃で沸騰した空気が、爆散するギルチックの断末魔を伝えてくる。そのメロディが奏で終えられると、無機物達の交響曲は第二楽章に突入した。ロッドを振るうエステルの前に、巨大な壁が転送されてくる。  自律歩行型戦車、ギャランゾ。  瞬間、エステルが地を蹴ると同時に、ギャランゾのランチャー群が火を吹いた。宙でターンするや、排除対象をロックオンする無数のミサイル。それに構わずエステルは、真っ直ぐギャランゾの横を駆け抜ける。フィジカルにはどうしてもハンターやレンジャーに劣るフォースだが、エステルは脚力には、取り分け脚線美には自信があった。  時限信管が作動して、爆裂のホルンが吹き鳴らされる。それはエステルの肌を熱で炙りながら、ギャランゾの装甲を吹き飛ばした。結果、露になる新たなランチャーから、さらに多くのミサイルが鳴り響く。火力のオーケストラは今、エステルの意のままに爆ぜた。 「ここだけ警備が厚い。やっぱり、この先にっ! 何かっ、あるっ!」  ここ最近多くなった独り言が、短く浅い呼吸の狭間に差し込まれる。気付けばエステルは、一人の自分を痛感し、一人のハンターズとしての限界に呻いていた。それでも尚、ラグオルの調査は続く。ここ最近はザナードは愚か、ヨラシムとも顔を合わせてはいない。何より大事な仲間を失って、まだ一週間もたっていなかった。  とりあえず他の人間と組むなり、他のチームに混じるなりする選択肢はあった。  それを選ばなかったのは、エステルがチームのリーダーだから。自らそれを放棄することは、いつか帰ってこいと弾き出した人間を、どこかで否定する事になる。  それは駄目だという想いを確かめるように、エステルは爆音に振り向いた。 「進ませて貰うわよ……邪魔するっ、ならぁ!」  かざした両手が幾重にも、複雑な印を結んで氣を高める。逆立つ薄栗色の長髪が靡いて、エステルの身は眩い輝きを帯びた。超信地旋回で向き直るギャランゾへと、高レベルのテクニックが行使される。  雷鳴。稲光。そして轟音。  強力なゾンデが薄暗い坑道を煌々と照らし、その中心でギャランゾが擱坐する。手放してたロッドを左手に、振りあげた右手で痺れる空気を掴むように、エステルが虚空を握って振り払うと。爆発の後に静寂が坑道を覆った。  そんな中、パチパチと緊張感のない拍手だけが、疲れたエステルの耳朶を打った。 「いやぁ、お見事! たいしたもんだ、相手の火力を利用しちまうたぁ……いやぁ、たまげた」  青いスーツのレイマーが、気付けば背後に……背後の扉の前に立っていた。重々しいその扉の奥こそ、坑道の下層に潜む、未だ塗り潰されていない地図上の最後の空白地。 「誰?」  咄嗟に身構えながら、エステルはクラインポケットから銃を抜く。渾身の一撃を放った後で、精神力は心許なかったから。よろける足の震えを隠しながら、腕組みよりかかる男へと銃口を向ける。 「流石だ、姐さん。その警戒心、イェスだね。そうさ、人を簡単に信用するもんじゃない」 「そうね。ギャランゾに手こずってるアタシをただ、そうやって見てた奴なら尚更」 「苦戦してたようには見えなかったんでね。でなきゃ、坑道の下層を一人旅だなんて、な」  男は飄々として掴み所がなく、それでいて笑顔は屈託がない。ただ、その裏に底知れぬ何かがあると、エステルの本能が告げていた。それしか解らないのが悔しい程に、男は泰然としている。  その男の、無遠慮かつ馴れ馴れしい一言。 「姐さん、ソロで坑道は辛くはないかい?」 「……慣れればそうでもないわ。この手の機械は本星でも、相手したことあるもの」 「しかしフルイドばっか打ってるとなあ。その美しい柔肌が泣くってもんさ」 「おあいにくさま、アタシはタブレット派だから。中毒性なんてまだ信じてる人、いるのね」  応じるエステルに男は、素直に嬉しさ丸出しの笑顔を向けてきた。 「俺の名はバーニィ。姐さんは?」 「アタシはエステル、エステル=ロトフィーユ。どちらのバーニィさんかしら?」 「俺はただのバーニィさ。ただ、今はバーニィと名乗ってる……そういうことだ」 「そう」  エステルは基本的に、一度会った人間を忘れない。それはハンターズなら誰もが、程度の差こそあれ当然の記憶力だったが。眼前の男は初対面だが、その名はどこかで聞き覚えがあった。それが、先日死んだ仲間の、とあるクエストを語った中に登場する名だと気付く。  カゲツネは確かに、バーニィという男と出会ったと言っていた。  同時に軍が……コーラル宇宙軍所属空間機動歩兵第32分隊、通称"WORKS"が動いているとも。 「軍人、には見えないけどな」 「ん? 俺がかい? よしてくれ、ガラじゃない」  バーニィは厳つい大砲を肩に担ぎ直すと、エステルの呟きを拾って鼻で笑った。  二人の間に敷き詰められていた緊張が、相互に交互に折りたたまれてゆく。 「姐さんは――」 「エステルでいいわ。子供に見られるのも不愉快だけど、逆も結構、ね」 「オーライ、エステル。エステルはここで何を?」 「アタシがハンターズだから。ハンターズが何をしてるかまで言わせる気?」  銃を納めて、エステルはバーニィの横を通り過ぎる。そうして、ロックの掛った扉へと手を伸べた。  遂に坑道の、その果てまで辿り着いた。それは同時に、次へと続く扉。森を、洞窟を駆け抜け、この坑道すら踏破したのだ。ここで終わりではないという予感がエステルにはあった。  まだ、ラグオルに起こった異変の謎は続いている。果て無き闇へのモノローグ。 「今回はまた、一番乗りに返り咲きってとこかな? あのお嬢ちゃんに先んじて」 「カレン=グラハートのこと? やだ、くだらない。アタシ達は競争してる訳じゃないし」 「これで一勝一敗、勝負は最終戦にもつれ込む訳だ」 「二勝一敗でしょ? 森の貯水池で洞窟を見つけたのはアタシ――アタシ達なんだから」  その仲間が、今はもう四散して見る影もない。それでもエステルは前に進む。去りし者を胸に秘め、遠ざかりし者を待ちながら。遠ざけし者の追いかける道を、自分で切り開く。 「ん、今最終戦って……」 「まあ、俺の調べた限りでは、な。次で最後だ。だが、この部屋を突破しない限りは」  バーニィがエステルの小さな手を握り、振り払われて頬を張られる。それに「イチチ」と薄い笑みを浮かべて、構わずエステルに代ってドアのロックを解除した。  瞬間、満ちて澱む闇の中に、無数の明かりが灯った。何かを冷却しているのか、ひやりと凍える冷気が肌を刺す。怯まず室内へと歩を進めたエステルを、無数の敵意が襲った。